これTS? 憑依?   作:am56x

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T/A23:遥の親友に遭遇しました。

 

 

 テスト週間も半分を過ぎた水曜日。智恵が珍しく憂鬱な顔つきで机に伏していた。

 

「どうしたの智恵。今日は調子悪い?」

「んや……テスト週間がもうすぐ終わっちまうだろ? そしたら軒貸地蔵尊例祭があるんだよ」

「例祭って?」

「智恵ちゃんはそこで龍笛を吹くんだよ」

「えーと?」

 

 私が雪夜と遥に視線を向けると二人も事情が分からなくて首を傾げている。

 

「二人とも端折り過ぎよ。説明してちょうだい?」

「あ、悪い。実は……」

 

 説明に入った智恵が言うには、テスト週間明けの日曜日に軒貸地蔵尊例祭というお祭りがあるのだとか。そのお祭りのイベントで智恵にとっての面倒事があるらしい。

 

「あー……お地蔵さまはウチのご先祖様も関わってるありがたい神様だから、例祭自体はしっかりやりたいって思うんだけどその時に集まる会合がなー」

「市長とか偉い人がいっぱい来るんだよね」

「あー、面倒くせーよぅ」

 

 智恵のお家はいわゆる名家らしく、このお祭りで智恵にも令嬢らしい振舞いが求められるのだとか。

 

「トモが……意外だわ」

「おい、そりゃどういう意味だ」

「むにゅう」

 

 ほっぺを摘ままれた雪夜はそのまま十秒ほどたっぷりいじくられた後で解放された。いじられたほっぺを両手で包み未練がましく睨む雪夜はちっとも怖くなく、いじらしいくらいに可愛いだけだった。

 

「だって……トモの口調ってあんまりお嬢様って感じしないんだもの」

 

 すねたように話す雪夜には意趣返しを言葉で以てしようと意図があったのかもしれない。けれど、智恵がお嬢様かあ……あんまりそういう風には見えないな。

 

「むしろ雪夜の方がお嬢様っぽいよね」

「それは否定出来ないよね智恵ちゃん」

 

 私の言葉に乗っかってきた鈴子を前に、智恵は唸り声を上げて再度机に沈み込んでいってしまった。

 

「む、ぐぐ……」

「でも、智恵はお辞儀とかすっごく綺麗だし素敵だと思う」

 

 そう遥が言うと、確かに所作の節々が丁寧だったのは思い起こされた。確かに口調を除けば、口を開かなければお嬢様に見えるかもしれない。

 

「遥! さっすがよく見てるぅ!」

「むう。暑苦しい」

 

 けれど遥の頭頂部に頬を摺り寄せては歯を見せ笑う智恵を見ると、お転婆な印象は拭えない。

 

「ま、そんな堅苦しいお祭りって訳でもないんだけどな。御堂開きまで終わっちまえばそこら辺のお祭りと同じで出店も出るし楽しめるぜ。夜は花火もあるし」

「私は毎年智恵ちゃんと一緒に行ってるよ。みんなも来る?」

「あら、テスト明けだしいいかもしれないわね~」

 

 私も思わず行くと返事をしかけたところで、遥の事情を思い出す。日曜日といえば、一番遥が苦しい戦いに身を投じる日だ。何も遥が戦っている間、私まで楽しみを我慢する必要はないのかもしれないけれど、やっぱりそういう気分にはなれなかった。

 

 遥もお祭りに行くか行かないかと話題に出た時点で取り繕うような笑みを顔に張り付けてしまっていた。こんな表情を見せたら雪夜たちも気分よくお祭りに行けなくなってしまいそうで、私は思わず遥の顔を隠すように抱き付いていた。

 

「あはは、私たちはちょっと無理かな。日曜は二人きりで過ごさせてもらうよ」

「何だ、羨ましいなおい」

 

 きっと、みんなも察してるだろうけれど上手く場の雰囲気を悪くしないよう私の遥と惚気るような動きに乗ってくれる。

 

 

 

 みんなと別れた帰り道、ぽつりと遥が謝ってきた。

 

「ごめんフィエーナ」

「どうしたの、遥?」

「行きたかったでしょ、お祭り」

 

 私は遥を悲しませるためにロートキイルから来たんじゃない。隣を歩く遥の手を握り、しっかりと目を見据えて私は首を横に振って見せる。

 

「私、遥と一緒にいる方がいいから。だから遥は気にしないで戦ってきて」

「……ありがとフィエーナ」

「ううん。私こそ一緒にいさせてくれてありがとうね」

 

 肩に頭を乗せて来て感じる遥の温もりは不快な夏の暑さとは違っていて、引き離そうという気にはならなかった。

 

「遥……やっぱり暑いよ」

「そうだね……けど、もうちょっとこうしてていい?」

「んー、遥がいいならいいよ。帰ったら思い切りシャワー浴びるんだ」

「じゃあ思い切り汗かいてもいいね」

 

 そういうなり遥は私の体をがっしりと抱き寄せてぎゅうと肢体を密着させて来る。汗ばんだ遥がくっつくと余計に暑っ苦しくて、けれど甘い体臭にはちっとも不快感がなくてむしろ脳髄の奥を痺れ差すような蠱惑的な甘みが残る。

 

 何だか変な方向にスイッチが入ってしまいそうになって私は慌てて遥を引きはがしにかかる。

 

「もう遥! 歩けないじゃない!」

「んふー」

「おーもーたーいー!」

 

 やっと離してくれたと思ったら遥の様子がおかしい。

 

「遥?」

 

 笑顔だった遥の口角が下がる。視線の先には三谷高校のものじゃない制服を着た女の子が立っていた。前髪をぱっつんと一直線に整え、長い黒髪を後ろで一本に纏め上げた仄暗い印象を受ける女の子だ。前髪に半ば隠れた瞳は動揺に揺らぎ、思い詰めた表情は今にも自殺しかねない危うさを放っている。

 

「凛……」

「はる、か」

 

 何か言葉を続けようとしばらく開き続けた口から結局何も発することなく、凛と呼ばれた少女は唇を噛んで俯いてしまう。

 

 凛。何処かで聞いた事のある名前だ。何処でだったか……そうだ、今はもう会えなくなってしまった遥の親友。つい数日前にも話題に上がったばっかりだった。まさかこんな場所で出会うことになるとは。

 

「久しぶりだね、私は……元気にしてるよ」

「そう。なら……それなら、いいの」

 

 遥が一歩足を進めると、びくんと体を震わせ一歩後退してしまう。凛のことは詳しく分からないけれど、互いに想いあっているように見えるのにどうして遥から逃げようとするのだろう。

 

「ねえ、時間があったらでいい……ちょっとお話ししない?」

「あ……それ、は……」

 

 遥がついに勇気を振り絞って声を上げると、俯いてしまった凛の隙をついて手を取ってしまう。振り払う気はないようで、むしろ触れられて一瞬喜色が見えたのは私の気のせいだろうか。

 

「行こう、凛。近くにコーヒー屋さんがあるから。フィエーナも付いてきてくれる?」

「いーよ」

「は、遥……」

 

 入ったコーヒーチェーン店は、昼下がりで中々に混んでいたけれどどうにか席を確保できた。物珍しい髪色の私にスーパー美少女な遥、危うい雰囲気をたたえたこれまた美少女の凛という組み合わせは店内でちょっとした注目を浴びる。けれど、思い詰めた二人は周囲の様子に気を配す余裕なんてない。

 

「私が注文待ってるから、遥は席で待っててよ」

「……ありがとフィエーナ」

 

 私を待たせるのに抵抗があったのかちょっとだけ逡巡した遥だけれど、今は凛のことを一番に考えて欲しい。私の想いが通じたのか、割とあっさりと引いて確保できた席に遥は戻っていく。

 

 混みあった席の中で断続的ながらも何度も話しかける遥と、悲し気に短く口を開く凛の姿を遠目に眺める。遥に親友と言わしめるまでに凛はかつて仲が良かったはずなのに、今の姿はとても見ていられなかった。

 

 今、遥はとても辛い戦いに身を置いているのに、私がとっくに克服したと思い込んでいた昔の遺恨がまた遥に心労を強いている。何だか私までとっても悲しい思いになってきた。

 

 いけない。ここで私までどんよりしてたら二人のわだかまりを深くしてしまいかねない。せめて部外者の私くらいは……。

 

 ようやく出来た注文の品を受け取り、私は席に戻る。四脚の椅子が置かれたテーブルで対面に座る二人は互いに目線を逸らしあっていた。

 

「はい、遥」

「ありがとうフィエーナ」

「これが凛の分かな。はい、どうぞ」

「あ、その、ありがとう……ございます」

 

 遥の隣に座り私は砂糖たっぷりのカフェラテをストローで吸う。店内の空調である程度涼んでいたけれど、やっぱり冷たいものはいい。一気に火照りが引いていった。

 

「凛、今日はありがとう」

「遥?」

「だって、いつもは逃げちゃうんだもん」

 

 微笑む遥に俯く凛。顔を僅かに上げては下げてを何度か繰り返し、ようやく勇気が持てたのか長い前髪の隙間から目を覗かせながら口を開く。

 

「そ、その……体調は大丈夫?」

 

 店内の騒音で危うく聞き損ないかねない小さな声だけれど、遥は心配されて嬉しいのかにっこりと笑顔を見せて頷く。

 

「大丈夫だよ。毎日だけど、睡眠時間はしっかり取ってるから」

「そう……そっか。なら、よかった」

 

 安堵の声には確かに遥を気遣うたっぷりの想いが込められている。それなのに、どうしてこんなことになっているんだろう。ふと視線を凛に向けると前髪の間から覗いていた目と目が合い、慌てて凛は俯いてしまった。どちらにせよ、結構な恥ずかしがりやさんではあるみたいだ。

 

「フィエーナのこと、気になってる? 紹介するね、今私の家にホームステイしてるんだ」

「フィエーナ・アルゲンだよ。よろしくね」

「湯浅、凛です。ロートキイルに遥がいた頃のお友達、でしたっけ?」

「そう、私のこと心配して来てくれたの」

「ふうん」

 

 おや、ちょっと嫉妬心が垣間見える。あんまり遥のことほっといちゃうと私が遥のこと取っちゃうぞー。

 

「凛は今日、学校はどうしたの?」

「ご、午前授業だったの。だから、ちょっと散歩してて、それで……」

「ここから凛の家、徒歩だと一時間以上かかるよ」

「……」

 

 この炎天下を一時間散歩なんて倒れてしまいそうだ。遥の冷静な指摘と視線に負け、凛は言い訳するために上げていた顔をまたテーブルに下ろしてしまう。

 

「ねえ凛。別に普通に会いに来てくれていいんだよ?」

 

ふるふると首を横に振った凛の隠れた目には涙がにじんでいた。

 

「ママに謝れてないから?」

 

ゆっくりとうなづいた凛の体は微かに震え始めてすらいた。罪悪感に押しつぶされそうになる罪人のようで、私は見ていられなくなってつい視線を背けてしまう。

 

「けど、凛。あれは凛のせいじゃないんだよ? 謝る必要なんてないよっ」

「そういう、訳にはいかないよ……ごめん私、もう行くから」

 

 嗚咽交じりの声で席を立った凛は駆け足に店内から去っていってしまう。その背中を見つめる遥もまた目に涙を浮かべていて、けれど立ち上がる様子はなかった。

 

「いいの? 追わなくて」

「凛の気持ち、分からなくもないから」

 

 だとしても、あんな表情をした人をそのままにするのは耐えられない。

 

「私が行くよ。関係が薄いから逆にいいかもしれない」

「……お願い、出来る?」

「任せてっ!」

 

 お店を出ると、早足で俯きながら去っていく凛の背中が見える。このくらいならすぐに追いつけると私が走ると、どうにか曲がり角に差し掛かる手前で追いつくことが出来た。

 

「ね、凛?」

「あっ、ええ、と……アルゲン、さん?」

「涙拭きなよ。はい、これ」

「あ……」

 

 私の差し出したハンカチに手を伸ばしかけて途中で止まる凛の手に無理やり持たせる。

 

「ほら、こっちに来なよ。木陰でちょっと涼しいから」

 

 木陰に置かれたベンチもすっかり温まっていたけれど、木製なのと木陰に置かれていたのとで座るのには支障がなかった。

 

 嗚咽を我慢しながら泣いていた凛が落ち着くのを待って、私は問いかける。

 

「ねえ、何を我慢してるの? 遥は仲直りしたがってるよ」

 

 そんなに意地を張る何かがあるのかな。遥にまで無理をさせてまで、何を我慢しているの?

 

「ごめんなさい。言えないです」

「こっちこそごめん。いきなり深く突っ込み過ぎだね」

 

 ここまで意地を張るのだ。そう簡単に他人に話せる内容でもないのは、よく考えなくたって冷静に考えればすぐわかることだ。私も遥が関わっているせいであんまり冷静でいられていないのかもしれない。

 

「あ……あの、これ」

 

 凛が両手で差し出してきたハンカチはたっぷりの涙を吸い取り、鼻水も混じってぐちゃぐちゃになっている。ハンカチ君、役目をしっかり果たしてくれてありがとうね。

 

「ん?」

 

 てっきり返してくれると思い私が手の平を差し出すけれど、返してくれる様子がない。

 

「あ、あの、洗って返します」

「いいよいいよ。別に汚れてないもん」

「そ、そういう訳にいきません」

 

 しっかりした部分のあるとってもいい子だ。事件に巻き込まれさえしなければ遥のいい友人として今でも仲良くしてたんだろうな……。私ともお友達になってくれるかな。

 

「そっか。それじゃ、連絡先交換しよっか。都合のいい時にまた会おう」

「え、あ、はあ……」

 

 連絡先を交換した後である程度立ち直った凛は帰ると私に告げる。

 

「でも、遠いんでしょ?」

「電車通ってますから、そんなでもないです」

「そっか。何度か来た事があるんだね」

 

 図星だったらしく、ぎくりと固まる凛は内緒にしてほしいと告げながら足早に去っていった。やっぱり、意地を張ってないでさっさとよりを戻してもいいと思うんだけどな。

 

 

 

 帰宅後。遥も退魔師としての活動を終えて戻って来た夜。私は遥と別れた後の凛の様子を話した。

 

「そっか。フィエーナに任せちゃってごめんね」

「んーん。そんなの気にしないでよ」

「でも、ありがとう」

「あはは、どーもいたしまして」

 

 ベッドに座っていた私を押し倒し、胸にぐりぐりと頭を押し付けながら遥は感謝を述べて来る。鼻先にかかる遥の艶やかな黒髪からは、シャンプーの爽やかな香りが漂ってくる。私は遥の温もりに包まれながら、ベッドに埋もれる。

 

 日本に来てから遥で一杯だ。このままだと遥の匂いに染まってしまいそうな気分になった。不思議とそれは、悪い気分ではなかった。

 

 頭の片隅でそんなどうでもいいようなことを考えながら、私は凛についての話を進める。

 

「ねえ……凛はどうしてあんなに頑ななのかな」

「一回ね、凛が私たちに謝罪しに来たことがあったの。けど、ママは後遺症があるでしょ。だから謝ることは出来なかった。凛、元気な頃のママしか知らなかったからあの時に怯えて取り乱したママを見て自分の責任を重く感じちゃったんだと思う。思い悩む必要なんてないのに」

 

 それから遥は凛に責任がないことを早口でまくしたてた。臆病な性格の凛は強引に肝試しに誘われ断るに断れなかったこと。凛についていくことを提案したのは自分自身だったこと。肝試しを提案した凛の塾仲間がそもそも既に操られ、生贄を集める機械と化してしまっていたこと。

 

「本当は……本当だったら、肝試しに行った全員が死んでたの。けど、私が偶然いたから私だけの犠牲で助かった。それも死者の出ない結果になったから凛が私を連れて来たのはむしろファインプレーだったんだ」

「そのこと、凛には伝えたの?」

「うん……けど、だからって割り切れないのも分かるから」

 

 例え何も悪いことはしていなくても、責任を感じる気持ちは確かに理解できた。

 

 凛が取った行動は事件の渦中に置かれた人間としては完ぺきに近かったのかもしれない。それでも被害は出て、親友の遥に大きな傷を遺してしまった。後悔しないはずがない。私も同じ目に遭って、果たして遥の前におめおめと顔を出せるだろうか。正直、自信を持てなかった。

 

「どうしたらいいのかな、フィエーナ」

「……遥はさ、また凛と仲良くしたいんだよね?」

 

 力強く遥は頷く。だったら。

 

「だったらもう、遥の我が儘を押し付けるしかないかもね」

「フィエーナ?」

「きっと凛は一緒にいることで罪悪感に苛まれると思う。けど、それをかき消すくらい遥が一緒にいてくれないと人生を過ごせないって我が儘を通すしかないんじゃない。凛がそばにいないと駄目なんだって思いをぶつけるしかない、かも」

「……私の、我が儘」

 

 遥も凛も互いを想いあっていて、傷つけたくないって思っている。それを否定はしないし、そのまま傷が癒えるのを待っていたらいつかは分かり合える日が来るのかもしれない。

 

 けれど凛はもう凛自身が遥の人生に関わることが悪いことだと思ってしまっているから、あるいはこのまま遥の前から消えるのを贖罪と思って消えていくかもしれない。

 

 凛が遥の元からいなくなるのを引きとどめるには、凛が傷付くかもしれなくても遥が前に出なくちゃいけない……気がする。

 

 どうなんだろう、こんな時こそヴェイルならいいアドバイスが出来たんだろう。過酷な世界とは程遠い、生ぬるい平和な世界に生きて来た私じゃヴェイルの記憶越しに遥へ寄り添う事しかできなかった。

 

 

 

 

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