これTS? 憑依?   作:am56x

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T/A31:祓魔師がやってきました。

 

 その後、桜子さんたちはホテルをキャンセルし泊まっていくことになった。キャンセル料を支払うついでに荷物も持って帰ってきた桜子さんたちは、事件発生から二年ぶりに娘との正常な付き合いを回復した。

 

「久しぶりね。お父さんの肩を叩くの……」

「そうだな」

 

 とんとんとテンポよく築作さんの肩を叩く奈緒さんはとても機嫌がいい。桜子さんが二人を眺める目付きも良く言えば落ち着き切っていて、はっきり言ってしまえばだらけきっていた。

 

「アタシは先に寝るわ。もう年かしらねぇ」

「えーお母さんは肩凝ってない? 私、やってあげようか?」

「あら、いいの? じゃあお父さん放っておいてこっちやりなさい」

「俺が先だぞ」

「眠いわ~、寝る前にすっきりして寝られたらアタシ幸せなのにな~」

「ふふっ、お父さんちょっとだけ待っててくれる?」

「奈緒は桜子に甘いな。アレは実家にいる時並にだらけきってるぞ」

「いいじゃない今日くらい」

「そうよ~、せっかく奈緒が立ち直ったんだから~」

 

 

ようやく取り戻した家族の仲を前に張り切る奈緒さんを微笑ましく見つめていた私に遥がこっそりと耳打ちしてくる。

 

「吉上先生と連絡が付いた。祓魔師を派遣してくれるって」

「祓魔師?」

「悪魔祓いの専門家。エクソシストっても呼ばれてる」

 

 吉上先生も完全に退治しきっていたと思っていた悪魔が塵同然にまで弱体化していたとはいえ生き残っていたことにはショックを隠せていなかった。吉上先生曰く、日本には悪魔に関する資料が少なくて完ぺきな対処が困難なのだそうだ。

 

 けれど今回吉上先生は伝手を四方八方あたり、どうにか来日中のエクソシストの協力を取り付けることに成功したらしい。

 

「吉上先生、すっごく声が沈んでた。多分呼ぶのにかなり苦労してる」

「あはは……吉上先生、大丈夫かな」

「後でお礼しないと」

「そうだね」

 

 

 

 翌日学校から帰り、私たちはマンションのエントランスまで降りて祓魔師の人が来るのを待ち受けていた。

 

 やがてエントランスの前に黒塗りのセダンが停車し、銀髪の少女が降り立つ。

 

「特徴と一致してる。多分あの人」

 

 年上と聞いていたのだけれど、その容姿は十歳くらいの女の子にしか見えなかった。長く伸びた銀髪は腰にまで及び、碧い瞳と相まってお人形さんみたいに愛らしい。けれど愛らしいと感じたのも一瞬、その荒んだ目付きからは威圧感がたっぷりとこちらへ振り撒かれ……と思いきや、私たちを見るなり仏頂面が途端ににへらと緩みルンルンステップを踏みながら……。

 

「うべ」

 

 自動ドアが開ききる前に駆け寄ってきたせいで、おでこをぶつけてずるずると倒れてしまう。うーん、この子は本当に高名な祓魔師なのかな。ちょっと不安になってきた。

 

「大丈夫?」

「あ、ああ……平気だ」

 

 私がロートキイル語で話しかけながら屈んで手を差し出すと、銀髪の少女は涙目になりながらも気丈に流暢なロートキイル語で返事をする。てっきり立ち上がったら手を離してくれると思ったんだけれど、離してくれない。ぎゅうと握る手はすべすべと心地よい肌触りをしていて赤ん坊のような肌をしている。

 

「あなたがアリーナ・ガブリエラ・マリア・エクセター・ドレキア・J・フレルクス?」

「その通り、気軽にアリーナと呼んでくれ給え」

 

 遥が予め聞いていた長ったらしいロートキイル人のフルネームを流暢に唱えると、些か古風な言い回しでアリーナは答えを返してくる。

 

「もしや、君もロートキイル人かな?」

「そうだよ。フィエーナ・アルゲン。フィエーナって呼んでね」

「よもやこのような異郷で同郷の民と会うとは……運命かもしれないな」

「あはは、そうだねー」

 

 私としてもまさか日本で同じ銀髪仲間に会うとは思いもしなかった。

 

「それにしても……フィエーナ、君の傍にいると心が洗われるような清浄な気分になるな。これは……もしかすると、私は君と相性がいいのかもしれないな」

 

 幼げで可愛らしい顔立ちをキリリとカッコつけたアリーナは、未だに繋いでいる私の右手を両手で包み込んで顔を一気に近づけて来る。年上と知っているけれど、小柄で愛らしい見た目で尊大な振舞いをするものだから何処か滑稽にも思え愛おしく思えてしまう。

 

「違う。それは滅魔の力」

 

 私の鼻先がアリーナの鼻に触れる直前でぐいとアリーナの顔は遥によって押しのけられあわや衝突の危険は回避された。けれど依然としてぐいぐいと顔を近づけようとするアリーナと頬に手を置いて引き離そうとする遥の攻防は続いている。何をやってるの二人とも。

 

「君は?」

「一ヶ宮遥。本件の依頼者」

「ほほう……かなりの力を持った退魔師のようだ。それにしても、ロートキイル語が話せるんだな」

「一年と少しロートキイルにいた」

「なるほどなるほど! つまり私と会話出来るよう采配してくださった神には感謝しないといけないな!」

 

 遥の手が頬に押し付けられたまま、二人はそのまま何事もないかのように会話を続ける。二人はそれでいいの?

 

「三谷から依頼を受けた時には面倒事を……とも思ったが、素晴らしい! 美少女たちとの出会いに感謝、だな!」

 

 嬉しそうに遥の手に頬を擦り付けてきてアリーナを前に、ついに遥は根負けし手を引っ込める。底知れぬ何かを感じ取ったのか、遥は私の肩に肌を寄せぶるぶると体を震わせる。

 

「フィエーナ。この人怖い」

「あはは……大丈夫だよ」

 

 目の前のあどけない顔つきのアリーナの何処が怖いのだろう。こんなに可愛らしいのに。

 

「怖がらなくていい。私も無理やりは……割と好みだが、いきなりどうこうはしないともさ」

 

 

 この人は何を言ってるんだろう。私たちより大人だから、言ってることが難しいだけなのかな。というか、いい加減手を離してはくれないかな。そう思いながら目と目を合わせるとじいと私の目をアリーナは見つめて来る。

 

「ふうむ……その瞳、王の目か」

「あはは、珍しいよねこれ」

「なるほどなるほど。フィエーナ、君は案外脆そうだ」

 

 かつてのロートキイル王と同じ紅紅の瞳に、歴史を感じさせる感想が飛んでくるかと思いきや意味の分からない返答をされる。それにしても、私が視線でやめてほしいなと感情をこめて訴えかけても応えてくれない人は里奈に続いて二人目かもしれない。結局里奈には色々無茶ぶりされて断り切れなかったな……。

 

「ど、どういう意味かな」

「ふふん、こっちの話だよ。アルゲン女の逸話が本当か、確かめる機会がよもや巡って来るとはね」

「え、と。何の逸話?」

 

 あの話がまさか身内以外にも伝わっているなんて私は想像だにしていなくて私は顔が強張るのを自覚する。いや、けれどまさか違うよね。だって、確かめるってつまりそういう意味になっちゃうもの……。

 

「ふふ、代々気の強いアルゲン女も寝床では子猫のよう、というアレだよ」

「フィエーナ?」

 

 嗜虐的なアリーナの顔つきは幼い作り故に却って妖艶さが際立って見えて、そして好奇心を垣間見せる遥の問いかけるような表情が私の知らない猥らな本性を暴き立てようとしようとしているように見え私は余裕をすっかり喪失してしまった。

 

「遥、私は違うからねっ! 早く、行こっ!」

 

 ああもう、どうしてこんな恥ずかしい目に……! 繋がれていた手を強引に振りほどいて私は二人を置いてエレベーター目掛け早足に歩を進める。追いついて来る二人の足音を聞きながら私は頭が冷えていくのを感じる。いけない、いきなり変な話をされるものだから取り乱しちゃったな。

 

「そうだフィエーナ。父方はアルゲン家として、母方は何処の家の者なんだい」

「……ライエナハウだよ」

 

 エレベーターに乗り込み、しばしの無言からアリーナが再び話しかけて来る。何を暴露されるか分からなくて、私はちょっとしり込みしながらも、それでもライエナハウ家にアルゲン家みたいな変な逸話はないはずと思い答えた。

 

「ほう! あの英雄の家系とはね! くくっ、しかしライエナハウか」

「何か変かな?」

「いいや、立派な家柄じゃないか。しかし君はライエナハウ女の逸話は知らないのかな」

「何かあるの?」

「いいや、知らないのならいいさ。ふふ、ぐふふふ……そうか、アルゲンとライエナハウの合わせ技か……となれば君は相当の……ふへへへ」

 

 だらしなく笑みを浮かべるアリーナが濁した言葉の続きを遥に聞かれたくなくて私はこれ以上質問を続けられなくなってしまった。一体、ライエナハウの名にどんな逸話があるというのだろう。知りたいけれど、知りたくないような妙な気分だ。後でこっそり聞いてみよう。

 

「大丈夫、フィエーナは私が守るから」

「ほほう! 随分勇ましいね! 私はね遥、君みたいな愛らしい美少女が気丈に振舞うのを見るといきり立つ思いに駆られるんだよ!」

「フィエーナ……」

 

 一瞬目付き鋭くしていた遥も、アリーナの発言を前に気弱になってしまいおずおずと後退する。子供のようにあどけない顔つきの美少女なのに、発言がどうにもいやらしいアリーナ……変な子だ。悪人ではないんだろうけれど、私たちを見て舌なめずりしたり変わった行動が多い。

 

 

「あら、可愛らしい子ね。あなたがアリーナちゃん?」

「んっ!? これは、人妻もありか……?」

「えっ? ごめんなさい、ロートキイル語はあまり聞き取れなくて」

「英語なら大丈夫だろうか?」

「ありがとう、英語なら分かるわ」

「では改めて、私がアリーナだ。今日はよろしく頼む」

「私の方こそよろしくお願いするわ、アリーナちゃん」

 

こくりと頷くアリーナは微笑む奈緒さんの顔に釘付けになっていた。

 

「さ、上がってちょうだい」

 

 リビングに案内されたアリーナにお茶を振舞おうとする奈緒さんに、アリーナは首を横に振る。

 

「いや、早速仕事に入らせてもらおう。パッと見た限りは問題ないようだが、一応しっかり調べておこうか」

 

 黒いブリーフケースに収められた私にはよく分からない十字架やら何やらで調査を始めるアリーナ。二時間はたっぷりと様々な方法で調査をしたアリーナは自信満々な態度で調査の終了を宣言する。

 

「うむ、完全に悪魔は消失したと言える」

「そっか、ありがとうアリーナちゃん」

「私からも感謝する。ありがとう」

「ふふん」

 

 よかった、専門家からのお墨付きも貰えた。そう安心した矢先に、アリーナは何でもないように爆弾発言をしてくる。

 

「だが、元凶はまだ生きているぞ」

「えっ」

 

 アリーナの発言は奈緒さんの安心しきった表情を硬め、遥が顔を険しくするのに十分な衝撃があった。私だって平静でいられない。

 

「それはどういうこと? 確か、本体は三谷家の退魔師に討伐されたはず」

「話は聞いているし、資料ももらった。その上で言う。まだ終わっていない」

 

 遥の詰問に鷹揚に返答するアリーナに事の深刻さは分かっているんだろうか。それとも、専門家たる彼女には何か解決策があるのかな。

 

「はは、だがそう怯えなくていいぞ。恐らく本体は死に体なのは間違いない」

「どういうこと?」

「まず、今回の悪魔だがポゼッシャーとインフェクターの合成人造悪魔だ。それだけならそう手ごわくないが、今回はネームドだったようだな。いや、ネームドとしても人造悪魔程度、大した強さじゃないんだが……こいつはいい寄生先を見つけたようだな」

 

 すっと伸ばしたアリーナのたおやかな白く細い指が遥を指さす。

 

「遥。君の類まれなる才覚を糧に分体は非常に強力に成長した。それこそ本体の方が引きずられ影響力を失いかねない程に……今や本体は封印の石碑の存在に由来して辛うじて生存しているに過ぎない」

「つまり、石碑を破壊すれば全てが終わるの?」

 

 遥の質問にアリーナは再び鷹揚な態度で頷いてみせる。

 

「だが、事態はそう簡単じゃないぞ。退魔の力、あるいは祓魔でもいいがそれらで石碑を原型を留めないレベルで破壊しなくてはならないんだ」

 

 これが件の石碑だが、とアリーナは写真を一枚懐から取り出す。木々に覆われた自然豊かな背景にも関わらず、不自然に自然が朽ちて草一つ生えていない空間に石碑があった。まるでそこだけが時が止まったように石碑には一切の劣化が見られない。まるで建立したばかりのように表面は綺麗に磨き上げられたままに陽光を鈍く反射している。

 

「見たところ、高さ一メートル弱といったところか。私ほどの祓魔師ならこれくらい真っ二つにするのは容易だが、粉みじんとなるとな」

「私なら出来る」

「ほう? それはかの天旋を使えば、か?」

 

 頷く遥はアリーナの傲岸不遜な態度にも負けないくらい自信に満ちていた。カッコいい。

 

「素晴らしい! 神器の力を使いこなせるとは、君はやはり類まれな力を持っているようだ。まあ、私には及ばないだろうが」

「そう? 負ける気はしないけど」

「ふふふ、ま、勝敗は今はいいとしようじゃないか」

 

 周囲をゆっくりと睥睨するように見回した後でアリーナはにやりと笑みを見せる。

 

「決着を付けるぞ、諸君」

 

 

 

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