佐久間大学?え、学校ですか?   作:佐久間大学

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佐久間大学?え、学校ですか?

 目が覚めると、赤ん坊になっていた件について。

 え、本当に待って。どういう状況なのコレ。

 

 ソモソモ、オレハダレダ?コノキオクハ、ダレノモノナンダ?

 

 アア…………アタマガ、イタクテタマラナイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうも皆さん、佐久間盛重です。

 いや、誰だよとか言わないでくださいよ。これでも、織田家に仕えた家老の一人なんですから。まあ、柴田勝家殿と比べれば、格落ちは否めませんがね。

 けど、こんな影の薄い小生ではありますが、主である織田信秀様が家督をお継ぎになられて頃より小姓の一人として付き従っておりましてね。

 十の頃には、戦場に立ち信秀様より下賜された一振りの無銘刀を持って敵兵の首を上げる事も少なくはありませんでしたな。

 その二年の後、信秀様は嫡子を得られるのですが――――いやはや何とも、吉法師様は乳飲み子の頃より破天荒が人の革を被ったような方でして。

 あと数年で元服というお年ではありますがまだまだ遊びたい盛り、この前も――――

 

兒丸(こまる)!兒丸はおらぬか!」

「ここに」

「おお!そこに居ったか!街へ出るぞ!供をせい!」

「御意に」

 

 この黒髪のお方こそ、小生の主である信秀様の嫡子であられる吉法師様にございます。

 因みに、兒丸というのは小生の幼名にございます。既に七尺に迫る体格故、不似合いとは小生も思いまするが吉法師様が楽し気ですのでこれで宜しいでしょう。

 

 長々とここまで連ねては参りましたが、一つ皆様に言わねばならぬ事がございます。

 何とも小生、前世の知識を持っていたらしいのですよ。

 ええ、過去形です。小生の内側に残っているのは、記憶と思しき残り滓のみ。その他に関しては、小生の内側には残っていないのでございます。

 もっとも、小生が覚えていようといまいと最早関係はありますまい。

 小生は、佐久間盛重。主を守る刀であり、盾であったならばそれで良いのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 佐久間盛重。若しくは佐久間大学と呼ばれた武将に関する資料はほとんど残されていない。

 織田信秀に仕え、その後に信行、信長といった具合に織田家に仕えてきた老中の一人であるのだが、その評価に関しては歴史家の間でも分かれている。

 というのも、彼は信秀の代では忠義を尽くしていたが、彼の死後は長男であった信長ではなく信行、いうところの織田信勝に仕えていた家老であった。

 だが、彼は信行が信長に謀反を起こした際に信長へと寝返り、情報を流していたとされる。

 その後は、信行が倒れたのちに信長方の家老として取り上げられ、ある意味では蝙蝠として生き永らえた形となる。

 そして、彼の最後は永禄3年(今でいう所の1560年)桶狭間の戦いにおいて丸根砦の守護を任ぜられて近隣の鷲津砦などと連携して今川方の尾張侵攻の拠点であった大高城の牽制していたのだが、最終的には今川軍先鋒である松平元康攻勢によって砦は陥落、盛重自身も討ち死にする事となった。

 彼の生年月日は判明していない。そもそも、織田家には多くの佐久間姓を持つ家臣が居り“盛重”という名前もこの時代に限れば特段珍しくない。

 ただ、信秀の時代から付き従う家臣という事は、最低でも柴田勝家とは同期であることは確かなのだ。

 

 

 と、これまでが史実の彼の話。この世界、即ち中身が少し違うこの世界では少し毛色が違う。

 まず、彼の年だが信長よりも十二歳年上であった。信長自身の生誕が天文3年(今でいう所の1534年)の5月12日とされている事から、盛重の生まれは十二年分引いて大永2年(今でいう所の1522年)となり裏付けが済んでいないが柴田勝家と同時期に生まれたとされる。

 幼少の折より、早くから言葉を話し、立ち上がれるようになれば直ぐに剣を振るい始めたとされる程の異常性を示しており、それと同時に多くの知識を得る為に学者の家に忍び込んだという話も残っている。

 そんな彼だが、数え年で五つを数えたころに家の意向と信秀自身のスカウトによって小姓となる事になる。

 鎧の着用や、使い走り、夜食の準備や夜伽の準備等々。そんな日々の中で、彼は武術の腕に更なる磨きをかけて六年後。数え年ならば十一(今の10歳)の折に戦場に立つこととなった。

 敵は、織田達勝並びに織田左衛門。小競り合いばかりで大規模な戦には発展せず、最終的には講和となったのだが、この戦いで兒丸(幼少期の盛重)は信秀より一振りの無銘刀を貸与されており、それを用いて五つの足軽首と二つの部将(一部隊の将の事)首を上げる大手柄を上げる事となる。

 さらにこの時、彼は権六(後の柴田勝家)と出会う。

 この頃より、剛力を持って正面より叩き潰す戦法を用いていた権六と、知識と技術の二つを吸収し確実に弱点を狙い撃つような戦法であった兒丸の二人。

 これから長い時間、背を預けて戦う二人の初戦。

 

 

 

 

 

 

 

 

「カカレェ!カカレェ!」

「権六殿。出過ぎるな、小生も追い切れませぬ」

「知らん!わし等の初戦ぞ兒丸!殿に良い知らせを届けられぬならば、面目が立たん!」

「やれやれ」

 

 黒い着物に灰色の袴という典型的な紋付袴姿の兒丸は、背を預けた若き鬼武者にため息が止まらない思いを抱いていた。

 周りは敵ばかり、背を預けるのは突撃馬鹿。中々どうして詰んでいるのではないだろうか。

 発端は、信秀の戦であり二人は“一応”非戦闘員であった為、信秀が逃がしていたのだが運悪くも逃げた先に敵兵がやって来てしまった。

 二人だけならば、逃げる事も考えただろう。だが、非戦闘員として一括りに逃がされていたのだから事がこじれてしまった。

 最初に仕掛けたのは、権六。信秀より貸与されていた槍を振り回し、兵の一人を叩き殺してしまった。数え年で十一であった彼だが、その体格は六尺に迫らんとするほどであり体格は皮膚の下にはち切れんばかりの筋肉を内包したもの。数年間絶え間なく鍛えてきた兒丸が馬鹿らしくなるほどのフィジカルを有していた。

 仲間がやられた。当然ながら、兵士たちは権六へと襲い掛かっていった。

 それに対して、権六は前に突っ込むという無茶を慣行。

 確かに彼は強かった。強かったが、相手は数が多く直ぐに取り囲まれて袋叩きにあう――――事にはならなかった。

 敵兵の背後から、兒丸が首を刎ねたからだ。そうして、冒頭に戻る。

 権六は素槍の柄、その中ほどを掴み。兒丸は、四葉の鍔を持つ黒い柄紐の巻かれた刀を八相の構え。

 

「小僧共……生きて逃げられると思っているのか?」

「フンッ!貴様らこそ、我らが殿に刃を向けて生き残れると思っておるのか!」

「吠えるな、野犬め……!あのような阿呆、さっさと始末をつけるべきなのだ!」

「阿呆、だと?」

「そうだ!織田信秀は、織田の家を亡ぼす阿呆者よ!あのような馬鹿に家督を譲った信定も血迷ったよう――――」

 

 だ、と続けようとした男だったが言葉は出なかった。

 気づけば、天地が反転し頭上に見えるのは自分の体。そして、、

 

(しゅ、修羅…………)

 

 刀を振るった鬼の姿であった。

 彼は、逆鱗に触れてしまったのだ。その証拠に、権六の目は赤く輝き線を引き、兒丸も同じく怪しい光が瞳に灯り口の端から蒸気が漏れる。

 

「権六殿、先程の言葉訂正させていただきまする」

「応」

「きゃつらを、塵殺いたしましょう」

「応ッ!!!」

 

 二人は同時に前へと、互いに背を向けて飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初の大手柄。

 権六と兒丸。この二人が為した手柄より、さらに二年後。大きな転機が訪れる。

 織田信秀の嫡子、長女(・・)である吉法師が生まれたのだ。

 現代であれば喜ばれる命の誕生であるが、この時代では少し違う。少なくとも、今この時に関しては特に。

 というのも、吉法師(後の織田信長)には兄が一人いた。だが、その兄も側室の子であるという理由から相続権が無かったのだ。

 そこで生まれた吉法師。彼女が男であったならば、そのまま世継ぎとして大事にされたかもしれない。

 しかし、女として生まれてしまった。そのせいで彼女は母の愛をあまり深くは受けられなかったとされている。さりとて、世話をする者が居なければ赤ん坊など直ぐに死んでしまう。

 そこで、乳母が用意された。だが、それだけではない。

 彼女は女とは言え、織田家の子供だ。攫われでもすればそれだけでも一大事。かといって、武将一人をその側につける事など出来るはずもない。

 という訳で、白羽の矢が立ったのが兒丸改め、佐久間盛重であった。

 年は数え年で十三。でありながら剣の腕で見れば織田家最強である権六改め、柴田勝家とも真正面から斬り合い、時には勝利を掴む。

 そんな男だが、その内情は穏やかその物。

 キレれば修羅だが、基本的に根が真面目で大人しい彼は吉法師の面倒をよく見ていた。それこそ、彼の腕に抱かれれば泣いていた彼女は笑顔になる程に。

 時折、戦に駆り出される事はあれども彼は基本的に彼女の側に居た。

 そして、盛重が居ればその友である勝家もまたやって来ることが多い訳で。しかしどういう訳か、盛重は吉法師が見ている前では一度として勝家に負ける事が無かった。

 なぜかは、彼自身も分からない。ただ、この子の前では負けてはいけない、と脳裏を何かが叩いていたのだ。

 こんな話が残っている。

 それは、吉法師が5歳となったある日の事。

 

 

 

 

 

 

 

 その日は、生憎の曇り空であった。尾張の地は、未だに信秀が統治に駆けずり回っており安全とは到底言えない土地柄。

 

「むぅ……ここにあったはず………」

「吉法師様?」

「待て!兒丸よ、もう少しだけまっておれ!」

 

 長い黒髪を振り乱し、何かを探す少女、吉法師。

 場所は山中。少し前に、ここに来た際に彼女は可憐な木瓜の花が咲いていたらしい。それを彼女は求めて、守である盛重を連れてやって来ていた。

 だが、どうにも見つからない。

 ここ最近、戦続きの父に少しでも綺麗なモノを見て貰いたいという子供心であったのだが、このままでは雨が降ることになるだろう。

 

「吉法師様、戻りますぞ。小生も傘を持っておりませぬ。万が一にでも、貴方様を濡れて帰すようなことになれば、小生は腹を切らねばなりますまい」

「むぅ……それは、ならんぞ兒丸よ。お前は、わしの右腕として天下に名を馳せるのだからな!」

「であるならば、戻りましょうぞ。権六殿も、今日は居るでしょう」

「デアルカ!」

 

 幼い妹と、その兄。傍から見れば、二人は主従というよりも兄妹に見えた。

 ある意味では、間違っていない。吉法師は、盛重に育てられたも同然。学問も世間の常識も、剣術や槍術等の武術など様々な事柄を彼は何の躊躇いもなく吉法師に授け続けてきた。

 少し前に、弟君が生まれたのだが盛重はそのあたりに関してはノータッチ。むしろ、吉法師に向けられる目が減ったためにより一層の英才教育に精を出していた。

 彼は気付いていたのだ。この少女がただならぬ才覚の持ち主であると。それこそ、自分等歯牙にもかけない雄飛を見せるだろうと確信している節さえあった。

 であるならば、今は雌伏の時間。力を溜め、技術を磨き、知識を飲み込んで、飛び立つその瞬間を虎視眈々と狙い続ける。

 そして、彼はその時間を守るためならば、悪鬼羅刹どころか、修羅神仏さえ切り捨てて見せる。

 

「…………む」

「?どうした、兒丸。何が――――」

「お静かに、吉法師様」

 

 唐突に立ち止まった盛重は、吉法師の手を名残惜しくも放し左手で鯉口を切って右手で刀を抜き放っていた。

 チリチリと焦げ付くような雰囲気。吉法師もまた、彼の変化に気づき疑問の声を飲み込んで年の割には大きな背中の後ろへと隠れる。

 それを確認し、盛重は口を開いた。

 

「何者か。小生のみならず、吉法師様を狙う不届きな輩よ。姿を見せろッ!!!」

 

 喝、と周囲十数メートルに覇気でも叩きつける様な一喝が響き渡る。

 その声に反応したのか、瘴気とでも言えそうな暗い空気が彼らの前により集まり、ある形を象っていく。

 

「――――ひっ……!」

 

 象られたソレに、思わず吉法師の喉が鳴る。

 才気あふれる彼女ではあるが、やはりまだまだ子供。遊びたい盛りであるし、誰かに愛されたいし、怖いものは怖い。

 特に、目の前に現れたソレは恐怖を煽って仕方がない化物であったのだから、尚更だ。

 そして、ソレはただ存在しているだけでも盛重の怒りを煽ってしまえる代物でもあった。

 

「…………成る程、亡者といった所でしょうな。呼称するならば、首無し」

 

 首の無い青カビ色の血色の悪い二メートル後半といった所のでっぷりとした腹を持つ首の無い大男。その手には、身の丈を遥かに超える刃こぼれを起こした大太刀が一振り。

 化物だ。見ているだけでも怖気(おぞけ)が走る。

 しかし、

 

「化物風情が…………吉法師様に殺気を向けるでないわ!!!!!!」

 

 烈火の如き赫怒。首無しは、知らずの内に彼の、盛重の逆鱗に触れていた。

 彼の全ては、彼より上位の存在の為にある。だからこそ、信秀が侮辱されれば激昂するし、吉法師に殺気を向けられれば赫怒する。

 自分の事であれば、何と言われようとも彼は怒らないし命の危機でもなければ刀を抜こうともしないだろう。

 だからこそ、殺す。己の大事にしているモノに手を向けたのだから、殺す。

 先手は、盛重であった。紋付袴の羽織を翻して、刀は霞の構えで前へと飛び出していた。

 目に宿る純粋過ぎる殺意は、彼の足を怖気如きでは緩ませたりしない。

 今も目の前で首無しが迎え撃つ形で大太刀を持ち上げて横薙ぎに振り回そうとしているのだが、躊躇うことなく彼の体はデッドラインを超えていた。

 迫ってくる刃こぼれした大太刀。それは、盛重から見て左から右への軌道。

 

「――――フッ」

 

 限りなくスローモーションに見える光景の中、盛重は構えを変えた。

 右手のみに刀を握り、一歩踏み出すと同時により深く沈みこんだのだ。これによって、頭の後ろの方で括っていた髪が尻尾の様に跳ねて大太刀に刈られていったが、肉体へのダメージは0。

 沈みながら重力すらも利用して加速。更に前へと突っ込みながら、盛重は右手の刀を手の中で回転させ逆手持ちへと変化させていた。

 駆け込みながら、右腕を弓の様に引き絞り、左腕も右側へと傾ける事で体そのものを右方向へと捩じる。

 

「二度死ね、化物め」

 

 大太刀を振り下ろそうとした首無しであったが、それよりも早く盛重の体がその巨体の横を通り抜けた。同時に右の刀が振り切られており、濁った黒い血が線を引く。

 それで終わりではない。斬られた反動で動きの止まった首無しを、返す刀で順手に持ち替えた盛重が切り捨てたのだ。

 前と後ろから、交差するように断ち切られた首無し。その巨体を四分割され白い靄となって消えていく。

 

「フンッ、下郎が。死したならば、大人しく成仏されよ」

 

 刀を振って血を払い、鞘へと納める。

 もしも、彼が一人で相対していたならばもっと時間が掛かった事だろう。

 だが、佐久間盛重はそんな怪物を二撃で斬り殺したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 図らずも、最初になした人外殺し。佐久間盛重には、それ以来人外との縁が出来てしまったらしい。

 質の悪い事に、その縁の基本は敵対関係。良縁として友誼を結ぶことは、極端に長いとも言えない彼の人生で一度も無かったのだから筋金入りだ。

 

 閑話休題

 

 それから数年、吉法師はうつけの所業をしながらもすくすくと育っていった。

 馬を出鱈目に走り回す遠乗りや悪童たちと野遊び等々。それら全てを、盛重は止める事は無かった。それどころか、常に供をするのみ。

 それは後の資料に置いて、彼と信秀、そしてもう一人だけが理解できたことであったらしい。

 盛重の人外殺しより十三年。信長18歳、盛重30歳。

 織田信秀が病床によってその命を落とした。

 ただ、この死には裏があったらしく、一説には彼に美女の側室をめとらせて酒浸りにし命を削り取った重臣が居たとか。

 そして有名な、織田信長抹香ぶん投げ事件がある。

 詳細省くが彼女は、正装の一つもすることなくズカズカと葬儀に乗り込んで抹香を一握り手に取って何を思ったのか信秀の位牌へとぶん投げたのだ。

 これには多くの参列者が居た葬儀に置いて、顰蹙を買った。

 だが、彼女はどこ吹く風。抹香を投げるだけ投げて、手を合わせる事も無くその場を去ったとされている。

 様々な憶測が、後年で語られることとなるのだがその一つに、為すべきことを残した意に対する怒りがあったとされる説がある。

 真偽は不明だ。そもそも、彼女にはおいそれと内心を語る暇も、相手も居なかったのだから。

 信秀が急速に広げた領地は、安定していない。更に少し前に、今川方の太原雪斎に敗北を喫しておりそれ以来どうにも周りが落ち着かせてはくれない状況だった。

 何より、重臣。彼らは、等しく信長を女であるからという理由で侮っていた。

 そして、弘治二年(1556年)稲生の戦い勃発。

 後世には、信長が後継者となる事に不満を抱いた家臣たちが信勝を担いで起こした内乱であるされているのだが――――真実は少し毛色が違う。

 信勝()担ぎ上げたのではなく、信勝()不満を持つ重臣たちを唆したのだ。

 その中には、信勝の口車に乗せられた、柴田勝家の姿もあった。

 彼と相対し正面切って戦うことになったのが、名塚に砦を築く事を信長より命じられ堅守を任された佐久間盛重であった。

 一説には、彼は信勝方の二重スパイも行っており情報の全ては、信長方へと漏れていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

「盛重、君が僕の方につくとは思わなかったよ」

「…………」

「もっとも、忠義は姉上に向けている。だろう?」

「申し訳ありませぬ、信勝様。これもまた、信長様のご意思でございます故」

「分かっているさ。姉上の事、僕が何をやっているのかも分かっているんだよね。当然かな。だって、姉上だもの。無能な僕とは、訳が違う」

 

 夜の末森城。庭に出て月を見上げる信勝と、彼の斜め後方に控える盛重。

 決起までは数日。重臣たちは、既に捕らぬ狸の皮算用とでも言うべきかこの戦いに勝利し権力を握った後の事を夢想する始末。

 それら全てが、信勝の策略であるとも知らずに。

 

「ねぇ、盛重。君が名塚の守りに就くのかな?」

「勝家殿を止めねばなりませぬ故、致し方ないのです」

「そうだね、確かにそうだ。勝家を止められるのは、織田家(うち)でも盛重だけだし」

「…………」

「盛重」

 

 月を背に振り向いた信勝。

 

「姉上を頼むよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 後の歴史にも残った、稲生の戦いは信長の勝利に終わった。

 信勝は赦免されたものの、その二年後に自らの居城に火を放って自殺してしまう。

 これが、分岐点。弟の死を経て、信長は雄飛を開始する事となるのだ。

 そんな最初の大戦こそ、有名な桶狭間の戦い。

 そして同時に、佐久間盛重という男が終わる戦いでもあった。

 そう、終わりだ。彼の星は、この戦の前哨戦である丸根砦にて潰える事となるのだから。

 これは何も彼が弱い事を示すわけではない。まあ、尾張の兵は日ノ本最弱という評価を受ける程度には弱いのだが本質の問題はそこではない。

 兵数が違い過ぎた。最強と名高い武田やそのライバルの上杉が一万少しであったなら、今川方は最低でもその倍の人数である二万五千~四万五千という兵力を誇っていたのだ。

 対して織田は、未だに安定していない領地のせいで使えるのは五千が限界。それ以上は、鼻血も出ないという酷い有様。

 当然ながら正面からの戦闘ではどうあっても勝ち目が無い。そこで取れる手段といえば、最早本陣の急襲によって今川義元本人の首を刎ねる以外に方法が無かった。

 そこで必要なのが準備のための壁と、侵攻ルートの制限。今川方が巨大な軍であるからこそ、細長い谷間へと誘導し、そこで急襲をかます。

 端的に言ってしまえば、自分たちの土俵に無理矢理相手を引き摺り上げる様な手腕だ。

 重要になったのが、相手の油断を継続させる事。取るに足りない上洛の道すがらに踏み潰して進めるだけの雑魚であると思わせ続ける事。

 何より、裏切らずに戦死できるものを配置しなければならなかった。

 この時の信長の周りにそこまでの信を置けるものなど一人しかいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 丸根砦は地獄と化した。

 当然だ相手は万を超える大軍。対する砦の兵は、五百かそこらでしかない。一人が四十人殺して漸く並べる様な次元の話だ。先ず不可能。

 

「次…………」

 

 あちらこちらで戦いが起きている砦の中でも、最も激しい戦闘の行われている大門前の広場にて修羅が一人立っていた。

 いつもの通り、紋付袴という妙な出で立ちに、鎧などの防具の類は一切身に着けず後頭部で括った黒髪を翻して無銘刀を振り回す。

 彼の周りには、等しく首を刎ねられた死体が何十と転がっていた。

 佐久間盛重の剣術は、一撃必殺を主としている。

 戦場は、生き物だ。一歩でも足を止めてしまえば、そのまま周りの兵士に集られて穴だらけにされてしまう。そうなれば、万夫不当の英雄であろうとも死は避けられない。仮に死ななくとも、戦力がダウンする事は確実だろう。

 だからこそ、盛重は足を止める可能性を潰すことにした。その一つが、極力鍔迫り合いを行わないという点。

 これをやってしまうと当然ながら、足が止まる。かといって、相手のガードごと斬り捨てるなどという荒業を連発してしまえば体力を大きく消耗し、敵に抗える時間が短くなる。

 という訳で、一撃必殺だ。一刀を持って首を刎ねる。鉄の棒きれである刀をへし折るよりも、人の首を刎ねる方が少しはマシであるし、何より基本的に一撃で死ぬ。

 今も三日月の軌跡を描いて、赤い道が引かれ首が飛んでいく。

 彼の剣術を支えるのは、何も技術だけではない。

 先代の主君である織田信秀より下賜された、彼の手にある一振りの無銘刀。この刀、どれだけ斬って捨てようとも血や脂で刃が痛む様子が無い。それどころか、振るえば振るう程にその鋭さを増していき彼自身の手にも馴染む様なそんな感覚を覚えさせるのだ。

 

「……次」

 

 既に数える事を止めた骸がまた一つ。

 盛重自身の体にも、小さいが細かな傷が幾つも刻まれている。ついでに、動き続けている為若干ながら息も切れ始めていた。

 もっとも、彼自身は消耗など度外視してこの戦場に立っているのだが。

 既に、死ぬ前提で彼はここに来た。

 一騎当千という言葉があるが、所詮は一人で千人を相手取るという事。相手が万を超えれば十分の一を狩れるとは言え残り九千人が敵として残るのだ。況してや今川は、最低でも二万人。二十分の一狩れるのが精々。

 そんな事は、分かっている。それでも、名乗りを上げたのは、年齢的な問題があった。

 現在、盛重は38歳。数え年なら三十九歳だ。

 この時代、とにかく長生きが出来ない。特に戦場を仕事場としている者たちは、今日生き残っても明日には死ぬようなそんな世界で生きている。

 常に命の危機が付いて回るというのは、ストレスになるし、そのストレスが呼び水となって酒に溺れてしまえば卒中まっしぐら。お塩ペロペロなど以ての外だ。

 話を戻すが、寿命で言ってしまえばどうやっても盛重の方が早く死ぬ。ならば戦場ならばどうか。それでも、盛重の方が早く死ぬ可能性の方が高いだろう。

 これは、前線に立つか否かの問題。そして、盛重は前線も前線、最前線で戦う。

 彼は、信長に新たな右腕が必要だと思っていたのだ。それこそ、自分以上の存在であるか、もしくは同程度の若い世代を。

 

「さあ、小生を斬り殺せるものは居ませぬかな?」

 

 周囲を囲まれ、それでも盛重は不敵に笑う。足は止まってしまったが、動いたところで死地は死地。ならば開き直って一人でも多くの命を道連れにするのが賢明というもの。

 ただ一つ、彼も気付いていない事があった。

 それは、敵からの丸根砦の見え方。

 今川軍の先鋒、松平元康は三千の軍。その後に次鋒の朝比奈などが続いているのだが、後方から指揮を執っている彼らからすると砦の中に兵を食われているようになって来ていたのだ。

 そもそも、丸根砦は小高い丘にあり入り口の城門に行くまでには傾斜を登る為か、下からは砦の中が見え難い形となっている。

 既に千以上の兵士が送り込まれて、そして一人も返ってこない。

 彼らにとって、最早は砦は砦ではない。地獄への門。大口を開けた奈落への一本道にしか見えなかった。

 そして、自然と先鋒と次鋒の足が止まれば後続の部隊も足が止まる。

 少し考えれば分かる事だが、飛行機の無いこの時代の戦場の主役は歩兵だ。若しくは騎兵。

 彼らに共通しているのは、道を通る必要があるという事。そして、この時代の軍関係者は大軍を通すだけの道を模索しなければならなかった。

 現在今川軍が使用している道は、確かに広い。広いが、何千何万もの男たちがだまになって通れるほどの幅は無い。

 軍というのは人だけでは構成されない。馬や兵糧、武具の予備等々。様々な要素が積み重なった形が群体だ。それは、時代が流れて装備が変わり人が戦わなくなっても変わらない事。

 要するに、渋滞が起きていたのだ。

 たった一人に数万の軍勢が停められる。たった一つの砦を攻略できない。

 

 運命が、今変わる

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から述べれば、織田軍と今川軍の戦は織田軍の完勝によって幕を下ろした。

 そして、後世には呼ばれた“丸根砦の惨劇”

 当然だ。まさか、数万という軍勢がたった一つの砦を踏み壊していけないなど誰が考えるものか。

 そして、佐久間盛重という男も生き残った。

 あらましは、こうだ。丸根砦を踏み壊せなかった今川義元は大いに怒り狂い、是が非でもぶっ壊さんと全軍を持って砦へと襲い掛かったのだ。

 しかし、城門といえども大挙して襲い掛かってくる兵士全てを丸呑みにできる大きさではない。精々が、人が四人程横並びでギリギリ入ってこられる程度か。

 更に城門の両脇が死体によって狭められていれば、入っていけるものなど更に減る。盛重は道を狭める事で一対一、多くとも一対二の状況を作ることで首を刎ね続けたのだ。

 普通ならば、小隊一つを残して先に進むのがベストであった筈だ。しかし、今川義元は自尊心の強い男であった。それこそ、砦の一つは愚か織田信長という弱小勢力に道を阻まれたというだけでも怒り狂っていたのだから。

 そしてその隙を、信長は討った。

 今川軍の目は、前に向き過ぎていた。何より、今川義元自身も太原雪斎に軍略の類は任せっぱなしであったせいで明るくない。

 結果、背後をつかれ義元自身討たれてしまった。

 ただ、それよりも信長はまず最初に丸根砦の盛重救援を優先したという話が残っている。

 そして、彼らは見た。その凄惨な光景を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 走る、走る、走る。似合っていると、己の右腕が褒めてくれた紅蓮の外套をはためかせて、彼女は戦場を駆けていた。

 

「盛重ぇえええええ!!!」

 

 堅牢堅固に守られていた城門を抜け、そして彼女は見た、その光景を。

 赤、赤、赤。城門の内側は、等しく赤が満ち満ちており何処を向いても鉄の臭いが鼻を衝きどこからか、アンモニアの様な臭いすら漂ってくるではないか。

 そして転がるのは、首と胴体が離れた死体の数々。

 

「盛重ッ!」

 

 その中央に彼女、織田信長の探していた者は居た。

 彼の代名詞とも言える、紋付袴はボロボロに切り傷に塗れ、その下から覗く素肌からはダラダラと血が溢れ続ける。

 全身、それこそ怪我をしていない場所を探すだけでも一苦労な状態だ。それでも、

 

「………ああ…………信長…………様………」

 

 それでも彼は生きていた。

 いつもまとめている髪は、髪紐が切れたためか垂れ下がっており、両膝をついて項垂れていた盛重の表情を完全に隠してしまっている。

 刀を握った右手は、爪がボロボロになっており掌には血が滲んでそれが柄紐に染み込み、赤黒く変色させていた。

 数多の骸を乗り越えて、それでも彼はそこに居た。

 持ち上げられた顔には、瞳には既に光が無い。文字通り、死力を尽くした盛重の体は既に空っぽであったのだ。

 それでも、敬愛する主の為に立ち上がろうと足に力を籠める。同時に、傷口から新たに血が流れ始めてしまうが、それでも刀を杖に立ち上がろうとする。

 体が半分程持ち上がったところで、信長がようやく彼の元へと辿り着いた。

 

「汚れます…………ぞ…………………乳母殿、に…………怒られて…………………しまいまする…………」

「そなたの血を汚い等、わしが思う訳が無かろう!!!っ、よくぞ…………よくぞ、生き残ってくれた…………!」

 

 今にも崩れ落ちそうであった盛重の体を、信長は抱き留めていた。

 一臣下にとっていい様な主の姿ではないかもしれないが、彼は彼女の育ての親とも言える存在だ。

 だからこそ、

 

「うぅ…………無理を、無理をしてくれるな盛重…………!そなたに何かあれば、わしはどうにかなってしまう…………!」

「ふ…………ふ、ご心配……めされる、な…………信長、様…………しょうせ……い…………は……そう、易々と…………死にませぬ、ゆえ…………」

 

 泣いたって良いだろう。そして、そんな彼女を抱き上げる誰かが居ても良いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 佐久間盛重の運命は、変わった。

 織田信長の第一の家臣として、常に最前線に立ち続け彼女の側を守り続けた忠義の将。

 

 その最期は、あまりにも劇的であり熱烈であり――――惨劇であった。

 

 本能寺の変。革新に過ぎた織田信長を、明智光秀が謀反により焼き殺した歴史的一件だ。

 そしてこの一件こそが、真の意味で佐久間盛重という男を日ノ本全土に轟かせることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「信長様!お逃げ下され!殿は小生が――――」

「のう、盛重よ………………………………そなたは、幸せであったか?」

 

 燃え盛る堂内で、それは静かな声が尋ねる。

 一人は、白襦袢で静かに微笑む女性。もう一人は、還暦を迎え白髪の増えた長髪を後頭部で纏めたはかま姿の男性。

 男性、佐久間盛重は苦みの走った顔で彼女、信長を見た。

 悟ってしまったのだ。伊達に、約五十年も側に居ないのだから。

 歯を食いしばり、何十年も供をした愛刀の柄を一度だけ強く握りしめ、そして緩めると彼は彼女の前に正座で座り込んだ。

 

「幸せに、ございました。小生は、貴方様に出会えたこの浮世が誠に幸せに満ち溢れておりました……!」

「そう、か…………そう言うてくれるか、兒丸よ」

「当然に、ございますよ。吉法師様」

 

 燃える堂内にて、幼名を互いに呼び合う二人。

 信長は、笑い。盛重は、苦みを噛み締め泣き笑い。

 そうして、彼女は立ち上がると数歩進んで彼の膝の上に座った。

 

「ふふっ、結局わしの背丈は伸びなんだ。そなたも、権六も、デカいばかりであったというのになぁ」

「…………」

「最後の頼みだ、兒丸よ。聞いてくれるか?」

「何なりと、何なりとお申し付けくださいませ、吉法師様。小生は、貴方の剣であり、貴方を守る盾であります故」

「そうか……嬉しい事を言うな、そなたは。ならば、最後の瞬間までわしの供をせい。その命が尽き果てるまで、わしに尽くすのだろう?」

「御意に」

「くくっ、せっかくの最後じゃしな。物騒なモノを捨てて、わしを抱いて見せよ。ほれ」

「…………ご無礼仕りまする」

 

 熱気に軋む床に、無銘刀が置かれる。

 華奢な体に、武骨な腕が回された。

 

「そういえば、そなたに抱きしめられるなど童の時いらいじゃと、わし思うんじゃが?」

「吉法師様は、ご立派になられましたゆえに。小生如きの腕では包み切れぬのですよ」

「カカッ!嬉しい事を言ってくれる!…………そうか、わしもまた成長できておったんじゃな。うむうむ、やはりそなたに褒められるのは嬉しいのう、兒丸よ」

「…………お戯れを」

「いやいや、冗談ではないぞ。勝蔵やサルも、そなたに褒めてもらう事がわしの褒美よりも嬉しそうじゃったし」

 

 カラカラと笑う信長は、盛重の頬を撫でた。

 周囲も火の手が回りきっており、最早倒壊までは秒読みだろう。

 

「――――」

 

 最後の言葉が紡がれると同時に、崩れ落ちるお堂。爆炎が二人の姿を完全に飲み込んでしまう。

 

 二人の主従は、こうして人生に幕を下ろした。再び彼らが出会うのは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、佐久間盛重は本能寺において、主である織田信長と共に炎に消えた。今も彼の死体は、主である信長と同様に発見されていない。

 その代わり、彼の遺留品は今も国の博物館に収集され大事に保管されている。

 無銘刀の事だ。拵えは残っていないが、その白銀に輝く刀身は今なおガラスケースの向こう側で光を失う事が無い。

 

 そして、この刀こそが佐久間盛重という男の最期を血に彩った。

 

 本能寺の変に置いて、明智光秀は最低でも一万数千もの兵を率いて謀反を起こした。

 彼は、燃え盛るお堂を見送り目的を為したと兵を引こうとしていた。だが、その直後兵の中から悲鳴が上がったのだ。

 彼が見たのは、異様な光景であった。

 何と、一振りの刀が宙に浮いているではないか。

 柄も鍔も、鞘すらない刀は刀身のみとなり比喩なく宙を舞って、兵の首を刈り取っていく。

 そう、首だ。胴や腕などを斬りつけるのではなく、首をピンポイントで刎ね飛ばしていくのだ。まるで、意思を持つかのように。

 誰かが言った。あれは、佐久間様の刀だと。

 また、誰かが言った。アレは、佐久間様の剣技だと。

 そして、光秀は気が付く。無銘刀だ、と。

 

 気づいた時には遅かった。彼の首は宙を舞い、眉間を正確にその切っ先が貫いていたのだから。

 

 一説には、人外殺しを為した刃には何かが憑いていて最後に持ち主であった盛重の仇を討ったというものもある。

 

 兎にも角にも、これにて佐久間盛重のお話は、お終い。どっとはらい














何書いてるんでしょうね、私
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