佐久間大学?え、学校ですか? 作:佐久間大学
聖杯大戦第三戦。
その戦端を切ったのは、“赤”の陣営だった。
夜闇に飲まれて先を見通す際に頼りとなる、星明りや月明かりが深い枝葉に遮られ影となる森の中を疾走するのは青白い肌をした巨漢。
手には、
何より、その顔には満面とも言えるほどの笑みを湛えており、その光景を表すならば夜の森を疾走する笑顔の青白いほぼ全裸の巨漢か。
変態ここに極まれりといったような格好であるが、彼もまた歴史に名を遺す英雄の一人であり、“赤”のバーサーカーその人だ。
「フハハハハハッ!!!!さあ、圧制者よ!貴様らの傲慢が潰えるときだ!!!!」
彼の思考は、“叛逆”の一点に向けられており、最も困難な道を進む事に終始している。
バーサーカーの暴走自体は珍しくもないものの、その中でも彼の邁進は常軌を逸していると言わざるを得ない。
今も、迎撃に出てきたキャスターのゴーレムが一瞬で土塊へと還され、粉砕されている所だ。
無論、魔術師が手間取るとはいえサーヴァントにしてみれば等しく、造作なく粉砕することは出来るだろう。
問題なのは、バーサーカーが手傷を負おうともその足を止める事無く、それどころか痛がる素振りも無ければ刺さった武骨な石杭を抜く気配も無いという点。
如何に、サーヴァントと言えども痛覚は存在する。自己治癒も可能であり、当然ながら槍や剣が刺さりっぱなしでは治るものも治らず、傷口の治癒どころか動きを阻害する枷に成るだろう。
正しく、化物。人という括りに収めて良いのかも分からない怪物だ。
そんな化物に相対するのは、“黒”のサーヴァントでも華奢で小柄なライダー。
白いマントを翻して、その手に握るのは装飾の施された白い突撃槍。
だが、彼らだけがこの一戦に臨んでいるわけではない。
「アレは…………」
「アーチャー?どうしました?」
「いえ。バーサーカーの後方に、二騎のサーヴァントですね。片方はアーチャーの様です」
ミレニア城塞より確認するアーチャー主従。
“赤”のバーサーカーの後方より、確かに二騎のサーヴァントが彼を追っていたのだ。
アーチャーのスキルには千里眼がある。遠方を見る事に関しては、この場のどのサーヴァントにも勝っている事だろう。
そんな彼らの傍らには、アサシンの陣営も居た。
彼ら、というか実質的にはアサシンの機動力による後詰が彼らの仕事。マスターである彪馬に求められるのはアサシンが顕現し続ける為の楔と然るべき時に令呪を使うための判断装置としての機能のみ。
知らぬは当人のみだった。
「アサシン。お前、ちょっと行って後ろの二騎倒してきてよ」
今もそんな命令を下すことに、隣のアーチャーのマスターであるフィオレはギョッとした目を彼へと向けた。彼女と同じく、アーチャーもまた訝しげな眼を向けている。
それもその筈。セイバーに負けなかったからと言って、二対一の状況に対応できるかと問われれば否だ。
特に、敵サーヴァントの片割れはアーチャーの教え子でありその実力に関してのみならず、人柄などもよく知っているが、とにかく世界に名をとどろかせる大英雄の一人であることは明らか。
何より、その肉体は特殊で一定以上の“神性”を持ち合わせていなければ傷つける事すら不可能。更に、古今東西の英雄の中でも最速とされており、馬力もあり、尚且つ高ランクの戦闘続行スキルの持ち主。
正直なところ、並み居るサーヴァントでは障害にすらなりえない。
「倒すことは、小生には荷が勝ちすぎておりまする」
案の定、アサシンもまた否を唱えた。
彼にだって出来る事と、出来ない事はある。サーヴァント二対を同時に相手取り、尚且つ片方は苦手なアーチャーが相手ともなれば、こう進言するのも致し方無い。
彪馬も本気で出来るとは考えていなかったのか、チラッとアサシンを見てその命令を取り消した。
しかし、聞く人が聞けば気付くだろう。
彼は、倒すことは無理だと言った。だがそれは、裏を返せば倒さなければ足止め程度ならばできるという事。
(成る程、やはり謙虚に見えても英雄。一定以上の自負は持ち合わせていますか)
アーチャーは内心で独り言ちた。
英雄というのは、多かれ少なかれ一定の矜持を持っているものだ。
武技、魔術、知識、膂力、速度、宝具、体質等々。その対象は多岐に渡り、同時にそれこそが彼らを英霊足らしめているとも言える。
多くの英霊を鍛えて導いてきたアーチャーから見ても、アサシンは技量の一点に限定すればトップクラス。派手さは無いが、堅実であるというのが印象だった。
どこぞの全身青タイツの槍兵のような評価だが、彼とは違い広域殲滅能力と一撃の破壊力でアサシンは劣っていると言えるだろう。ついでに、経戦能力も。
従者に止められる形となった彪馬。だが、彼としてはゴルドに優越感を取れた時が忘れられないわけで。
「じゃあ、アサシン。片方なら仕留められるんだな?」
「力を尽くしましょう」
「なら、行ってこい。そうだね、セイバーとバーサーカーが向かわなかった相手が良いかな」
「御意」
一礼したアサシンは、空間に溶ける様な気配遮断でその場から消えた。
*
“赤”のライダー並びに“赤”のアーチャーは、それぞれバーサーカーを止める為にここまで来たのだが、既に見切りを付けつつあった。
元より、バーサーカーはサーヴァントとして呼び出されたとしても、その本質は兵器としての側面が強くなる。
暴れるだけ暴れさせて戦場を荒らし、最後に自壊させる。自爆であるなら、猶の事良し。
である為、ここからは彼らの闘争の時間となる。
最初の接触は、“赤”のライダーと“黒”のセイバー並びにバーサーカー。
剣士としての技量は、やはりセイバークラスで召喚されるだけあって彼はかなりの技量を持ち合わせている。更に振るう聖剣も世界的に名の知られた一品であり、聖剣の中でもランクを付ければトップクラスだろう。
そして、バーサーカーだが。彼女は、外界の魔力を吸収し己の動力とする半永久機関的な宝具を持ち、これによってバーサーカー運用のネックとなる膨大な魔力消費を抑える事が出来る。
だが、
「その程度か?」
二騎がかりで、ライダーには擦り傷の一つも与える事が出来ない。
今も、セイバーの剣はライダーの肉体を僅かにながら捉えたが、それは表面を撫でるだけで致命傷には程遠い。バーサーカーのメイスも、表面を叩くが打撲にもならず、衝撃が奥に響いている様子もない。
なにより、その背後からは“赤”のアーチャーが放つ狙撃も脅威だ。
狩人の側面が強い彼女にとって、森の中の狙撃など時間帯など関係なく何の問題にもなりえない。
不死身にして無敵の前衛に、正確無比な狙撃を行う後衛の組み合わせ。
対する“黒”の陣営は今のところどちらも近接の前衛で、尚且つ相方がバーサーカーという状態。
劣勢を強いられる事もまた、定めであったかもしれない。
「――――むっ」
この瞬間まで。
一瞬の殺気を嗅ぎ取り、その場を飛び退いたアーチャー。
彼女と相対するようにして、岩の前に立つのは刀を抜いた形のアサシンだ。
「“黒”のアサシンか。汝が、私の前に立つとはな」
「これもまた、マスター殿の意向にございます故」
刀と弓矢。互いの距離は、数十メートル。この状況ならば、後者に軍配が挙がることは誰の目にも明らかというものだ。
「…………八歩、といった所でございましょうか」
アサシンは、下段に刀を構えると倒れこむようにして前に飛び出した。
「正面からくるか。私も、舐められたものだな」
当然ながら、アーチャーの迎撃が襲い掛かる。
一矢一矢が急所を食い破るだけではない。足を狙い、腕を狙い、機動力と戦闘能力を奪わんとしてくる。
だが、距離の問題があれども彼の動体視力もまた常軌を逸している。何より、力が無いのだから見えませんでした、では話にならない。
襲い掛かる矢を刀で払いながら、敏捷Aをもって瞬く間に距離を詰めていく。より正確に言うと、アサシンの刀は、尽く矢を切り捨てていた、と言うべきか。
迫ってくるアサシンに、アーチャーは弓を射ながら状況の分析を進めていく。
彼女の頭にも、敵の情報は入っている。ついでに、セイバーとの一戦も確認済みだ。
その点から言ってしまうと、近接戦、即ち刀を振って当たる距離感ではアーチャーに勝機は無い。
というわけで、
「戦うというなら、追ってくるが良い」
距離を更に取った。
彼女のスキルは、森の中での戦闘に向いている。
障害物は意味を為さず、後手に動いても確実に先手が採れるスキルをそれぞれ持っており、言っては何だがアサシンとの相性はすこぶる悪いのだ。
何より、両者ともに敏捷の数値は拮抗している。
それ即ち、どれだけ駆け回ろうともアーチャーが矢を放ち、アサシンがそれを斬り払って追い掛けるという事を繰り返すことになる。
膠着状態。こうなれば、どちらかが新たな手札を切らなければならないわけで。
動いたのは、アサシンだった。
飛来してくる矢を斬り払いながら、彼は左手首に懐から取り出した長めの手拭の端を器用に巻き付けて動きを阻害しない程度に、しかし外れないように縛り付けたのだ。
そうして、走り回りながら回収した掌に収まる程度の石を手拭を折り曲げた時に中央付近に当たる部分にセットし、結んでいないもう片方を左手に握った。
後は何をするのかと言えば、体の横で思いっきり振り回し始めたではないか。
そして、放たれる。
「――――ふむ、腕は鈍っておりませぬようで」
彼がやったのは
有名な所ならば、ゴリアテを打倒したダビデが用いた事だろうか。
日本にもこの技術はあり、場合によっては弓矢や投げ槍よりも重宝される戦闘手段の一つとされていた。
何せ、アサシンがやってみせた様に丈夫な長めの手拭とそこらにでも落ちているような石ころがあれば行使が可能なのだから。
何より、矢が弾かれる鉄兜や鎧であっても遠心力の載った礫の一撃を完全には防ぐことは出来ない。
アサシンはこの印地にも通じていた。そもそも、彼の主は石合戦で兵の動かし方などを学んだ質だ。ついでに、使える技術を体得するなど彼にとっては呼吸をする事にも等しい。
放たれた石は、真っ直ぐに風を切って進み、前を行くアーチャーが着地しようとしていた木の枝を穿ち、へし折っていた。
「くっ……!投石か…………」
先の足場を失ったアーチャーだが、その動きには言葉ほどの焦りはない。
アッサリと枝の折れた木の幹を蹴る事によって飛び出し、危なげなく地面に着地すると、矢を複数放って走り出した。
ただ、これで一方的な状況にはならない。
流石に連射の数では劣っているが、破壊力は十二分の石礫。しかも、彼の持ち物である手拭に包んで放つことにより、若干ながら魔力を帯びる事でサーヴァントにも効果を発揮する一撃となっていた。
狙いは、足元――――なのだが、どうやら放たれた石が巻き上げる土なども障害物認定されるらしく一向にアーチャーの足が止まる気配が無い。
この状況を終わらせるのは、
「――――姐さん!」
突っ込んできた三頭立ての
アーチャーがそれに飛び乗ると、そのままアサシンを轢き殺さんとでも言うかの様に真っ直ぐに突っ込んで来るではないか。
石をぶつけようとも意味が無い。そう判断した瞬間に、アサシンは石を捨てるとすぐに左手に鞘を呼び出して、急いで刀をその中へと収め、走った勢いのまま慣性で地面を滑っていく。
「ほう、向かってくるか!この俺の戦車を前にして臆さないか!」
「…………」
黙して語らず。向かってくる“赤”のライダーを前にして、アサシンは鞘入りのまま刀を左腰に添えて腰を若干ながら落とし迎撃の構えだ。
「ならば、見せてみろ!真の英雄たるこの俺が見極めてやる!」
「――――ッ」
交差は一瞬。衝突の直前にアサシンは跳躍しており、その下を猛スピードで戦車は通過していった。
着地したアサシンは、無表情のまま空を駆けていく戦車を眺めるばかり。
生前も含めて、彼が仕事を完遂できなかった事は多くは無い。つまりはゼロではないのだが、基本的に任された仕事は完遂するのが当たり前であったのだ。
だが、この僅かな交差がある種の因縁を生むことになる。
「――――――――フッ、楽しめそうな奴が他にも居るって事か」
空を駆ける戦車を操るライダーは、その端正な顔に好戦的な笑みを浮かべる。
原因は、彼の右の頬。うっすらと爪で引っ掻いたような赤い線が入っていたのだ。
それは傷とも言えないようなもの。それこそ、痒みが若干あれども掻いたところで血が流れる事すらあり得ないものだ。
だが、それでも傷は、傷。その事実が“赤”のライダーには嬉しくて仕方がない。
【人外殺し】は『人外特攻』
妖怪だろうと、怪物だろうと、それが神であろうとも。
“人”でなければその一撃は、等しく傷を刻むのだった。