佐久間大学?え、学校ですか?   作:佐久間大学

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理由

 爆散した石畳。込められた魔力も相まって、その破壊跡はかなり酷い。

 だが、これは逆にチャンスだ。どちらの陣営のサーヴァントかは分からないものの、即席のコンビネーションなど戦場ではくその役にも立ちはしない。

 だがそれも、超一流には関係ない。

 

『アサシン、援護します。どうにかその場を離脱してください』

「アーチャー殿…………かたじけない」

 

 自身の背後から飛んでくる矢を見もせずに躱しながら、アサシンは後退していく。

 手傷は少ない、しかしそれは相手であった“赤”のセイバーも同じこと。いや、相手は堅牢な鎧に包まれていたのだからダメージレースでいけば、間違いなく先にアサシンが沈むことになっていただろう。

 何より、宝具は愚か、対人魔剣すらも真面に使えなかったのだからダメージソースが違い過ぎる。

 運よく相手も引いてくれたようだ。さすがに最優のサーヴァントとは言え、二対一。それも片方は遠距離特化のアーチャーであり。もう片方はセイバー相手に圧倒する技量を持つアサシンとくれば敗北の確率も十分にあり得た可能性だ。

 

「…………いい目をお持ちのようだ」

 

 戦場に生きてきたからこそ、アサシンは引き際がいかに重要か理解している。

 そもそも、戦闘から逃げるには相応の力量が無ければ成功しない。仮にそんなこと考えもせずに背を向けて逃げれば追撃を受けて殺されるだけだろう。

 かといって、背を見せずにバック走で逃げ切れるかと問われれば、否だ。人間の目は前方百二十度程と言われており、当然ながら耳より後ろは見えない。

 バック走は見えない場所へと走るのだ。当然ながら足は鈍るし、第一スピードが出ない。

 その点からみれば、バックステップで後方へと下がっていくアサシンは背中に目でもあるのではなかろうか。

 因みに、彼の背中に目などない。彼は、あくまでも人間として生まれ、育ち、そして死んだ英霊であるため。

 種明かしをすると、アサシンは五感をそれぞれ研ぎ澄ませていたのだ。今回用いたのは、触覚。わずかな風の動きも肌のすべてで感じ取ることにより、本来ならば視覚で把握できない範囲の動きや建造物などを把握できる。

 

 引くこと、数十秒。辿り着いたのは、ここシギショアラでも大きな塔のある建物。

 

「アサシン、無事でしたか」

「情けないところをお見せしましたな、アーチャー殿。貴殿の助力、感謝いたしまする」

 

 合流を果たしたのは、“黒”のアーチャー陣営であるフィオレとアーチャーの二人。

 揃って、心配そうな雰囲気をにじませているところから人の良さが滲み出ており、表情にこそ出さないものの内心でアサシンは好感を持っていた。

 

「細かな傷はありませんね、アサシン。一応の治癒魔術は働いているようですね」

「左様にございまする、アーチャーのマスター殿」

「フィオレ、と呼んで構いませんよ、アサシン。貴方もまた、“黒”の陣営にとって無くてはならない戦力に他ならないのですから」

「………………………………では、フィオレ殿と呼ばせていただきまする」

 

 ペコリと頭を下げるアサシンに、フィオレは眉をひそめる。

 自身のサーヴァントであるアーチャーも物腰が柔らかく、善意をもって自分に接してくれている事は理解しているが、同時に教師と生徒の様な関係であることもまた事実。

 ダーニックとランサーは、臣下と王。セレニケとライダーは、飼い主とペット。カウレスとバーサーカーは、友人よりの主従。ロシェとキャスターは、師弟。今は脱落してしまったが、ゴルドとセイバーが主従であっただろうか。

 この中で最も近い豹馬とアサシンの関係は最後のセイバー陣営だろう。

 そして同時に、破綻しやすいのもこの関係だったりする。

 前提として、魔術師というのはプライドの塊で、やることなすことに自負を持っており、乗せれば乗せるだけ付け上がる者が多い。

 そこに、圧倒的な力をもった従者が無条件に付き従えばどうなるか。

 その結果が、対話という人間特有のコミュニケーションツールの使用を怠ってしまったセイバー陣営のすれ違い、からの脱落だ。

 今回も、アーチャーが割って入らなければ最悪アサシンは脱落していた可能性があり、仮に落ちなくとも大きなダメージを負う事になっていただろう。

 

「アサシン、貴方はそこまでして相良さんに仕えるだけの理由があるんですか?」

「…………?それは、どういう意味にございましょうか」

「サーヴァントは戦うもの。ですが、今回のセイバーとの小競り合いは、貴方が態々戦う必要は無かった、と私は、考えているんです」

「それを考えるのは、小生ではなくマスター殿にございまする。小生はどこまで行っても、人斬り包丁。凶器に頭は要らぬのですよ」

「それは――――」

「私の、聖杯への願いは“不死の返還”です」

「アーチャー?」

 

 フィオレの言葉を遮ったアーチャーは、真っ直ぐにアサシンを見据える。

 

「それは何も、不死を惜しむからではないのです。ソレ(不死)は言うなれば、両親からの贈り物に他ならないのです。それを失ってしまった私は、最早私であって私ではないのですから」

「…………それが、アーチャー殿の願いにございますか?」

「ええ、そうです。その為に、私はフィオレを利用している、と言われてもおかしくないでしょう」

「それは…………」

「サーヴァントはそうあって、しかるべきなのですよ。貴方も願いがあって聖杯戦争に臨んだのでしょう?」

「小生の願いは……………………聖杯に託すようなものではございませぬよ」

 

 真っ直ぐに見据えてくるアーチャーの視線から逃れるようにして、アサシンは目をそらすと再び口を開いた。

 

「小生は、今一度生前の主に会いたいのです。たった一度で良い、そして生前答える事の出来なかった問いに答えたいのでございまする」

「……良い、主に出会えたのですね、貴方は」

「小生には勿体ないほどの大人物にございますれば。後にも先にも、小生の忠義のすべてはあの方の為に存在しておりまする」

「では、貴方が今の主に仕える意味がないのでは?」

「それは、違いまする。マスター殿は、小生に機会を与えてくれる方にございまする。此度の聖杯戦争においても再びあの方との再会こそ果たせませぬが、機会を与えていただけたこともまた事実。それだけで、小生が刀を手に戦うには十分な理由にございますれば」

 

 常人には共感できない極致。機会の一つで命すらもかけるのが、アサシンという男であった。

 だが、彼の視点に立てばそれもまた気狂いの領域ではないのだ。

 そもそも、英霊は聖杯戦争に呼ばれなければ基本的に座に存在するばかり。外界との関りは断たれており、聖杯戦争においてはサーヴァントとして端末を飛ばすような形となる。

 百など軽く超える数多の英霊から選ばれる七騎のサーヴァント達。触媒を用いれば魔術師の側から呼ぶ対象を選ぶことができるが、その逆として英霊側が魔術師を選ぶことはできない。選べるとすれば、召喚に応じるか否か、といったところか。

 

「アサシンの主について、聞いても良いでしょうか?」

「小生の主にございまするか?そうにございますな…………何より派手好きなお方にございました。誰よりも先を見据え、改革を恐れぬお方。しかし、それと同じく誰よりも孤独に身を置き、同時に独りが嫌いなお方でありましたな」

「周囲からの期待という事ですね?」

「然り。あの方は目がよく、手腕も優れておりましたが、同時に周囲の期待に対して演じてしまう脆さがございました。何分、出来てしまうからこそ期待は止まず。そして、最後には…………」

 

 他人から押し付けられたイメージで、アサシンの主は死んだ。

 主はそれを良しとしたが、最後の最期まで付き従ったアサシン側からすれば一方的に押し付けられた憧憬と共に死なねばならなかったあの状況そのものに思うところが無いといえば嘘になる。

 それでも、あの瞬間のやり直しを望まないのは偏に主が納得し、そしてやり直しよりももっと重視すべき事があるから。

 

「いや、はっは…………如何せん、語り過ぎましたな。存外、小生の口も回るというもの。耳汚ししてしまいましたな」

「そんな事!ありません…………アサシン、貴方の覚悟ユグドミレニアのマスターとして確りと聞かせてもらいました」

 

 フィオレは確信する。目の前のサーヴァントが自主的に裏切ることはあり得ない。見張るべきは、彼ではなくその上であるマスター(相良豹馬)である、と。


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