佐久間大学?え、学校ですか? 作:佐久間大学
その光景は、歴戦のサーヴァントをして絶句する他ないものであった。
「血迷ったか、ランサーのマスターめ!」
動いたのは、“赤”のアーチャー。
放たれた矢は、寸分たがう事無く立ち尽くしていた“黒”のランサーの心臓を刺し貫く。
だが、
「なっ…………」
射貫かれた心臓部より流れるのは真っ赤な血ではなく、最初の変貌より全身から溢れた黒い靄であった。
ランサー自身も倒れるどころか、痛がる素振りすらない。
弱点の多さに目が行きがちだが、吸血鬼という存在は文字通りの化物だ。
夜陰に紛れて血を啜り、尋常ならざる怪力を有して、弱点でなければ死ぬ事の無い不死性を有している。
「ランサー殿…………」
「アサシン、貴方はどう見ますか?」
それぞれがそれぞれの戦闘を一時休戦し、各々の陣営で集まった面々。“黒”のアサシンとアーチャーは冷静に、自陣営のトップであった男の成れの果てを分析するしかなかった。
「味方、ではありますまい。仮に、聖杯を手に入れたとするならば…………」
「吸血鬼が増えるだけ、ですね」
「止めねばなりませぬ。少なくとも、ランサー殿の為にも」
「だとするならば、手が足りませんね。あの魔力、最早一サーヴァントの持ち合わせているモノを遥かに超えています…………っと、不味い」
言って、アーチャーは弓に矢を二本番えると即座に放っていた。
空を切り裂く矢は、今まさに“赤”のライダーの血を啜らんとしていたランサー、吸血鬼の顔面、正確にはその眼球を捉えて射貫いていた。
不死身といえども、流石の吸血鬼も目玉を射貫かれれば怯む。
仰け反ったその一瞬でライダーは離脱。入れ替わるようにして、黒い影が吸血鬼へと襲い掛かっていた。
「―――――シッ!」
「ッ!?」
右手一本で放たれた片手平突きが、吸血鬼の心臓を刺し貫き勢いそのままに壁へと突っ込んでいく。
蜘蛛の巣状に罅を壁に刻み、その中心で吸血鬼は磔にされる。
「グォアアアアアアッッ!」
「っと、危ない」
振り回された剛腕を紙一重で躱し、吸血鬼より刀を抜いたアサシンは宙返りをしながら後方へと跳び下がっていた。
「実に厄介。肉を貫いたように見えて、その実靄にでも刀を突き刺した気分にございまする」
「ですが、突破口は見えましたね」
アサシンの独り言に応えるように、アーチャーは指をさした。
見れば、壁より這い出てきた吸血鬼の胴には白煙を上げる傷跡が刻まれているではないか。
「アサシン。貴方の刀には、何かしらの逸話が?」
「…………刀、というよりも小生には人外に対するスキルがございまする。無論、この刀にも同じく。ただ、そこまで強力な代物ではありませぬ故、過信せぬようお願いいたしまする」
如何に一時休戦とはいえ、敵対する“赤”のサーヴァントを前に情報開示など実に不合理であるのだが、この場ではそんな事を言っていられない。
今にも吸血鬼は襲い掛かってきそうだ。
だが、彼はその紅く淀んだ狂気の瞳を相対したサーヴァントではなく、別の方向へと不意に向けた。
暗い廊下。歩いて来るのは、旗を携えた金髪の聖女。
この場に居るサーヴァントは知っている。彼女が聖杯戦争の中立の審判であるという事を。マスターと同じく令呪を持ち合わせているという事を。
彼女、ルーラーはその凛とした瞳を細め、吸血鬼を見る。
「吸血鬼と成り果てましたか、ランサー」
「オオアッ!」
返答は放たれた杭。恐るべきことに、吸血鬼は怪物と成り果てようとも宝具を扱えるらしい。
いや、そもそも宝具によってこの状態に至っているのだから、おかしくは無いのかもしれないが。
「已むを得ません」
杭を旗によって弾き、ルーラーは己の権限を行使する。
「ルーラー、ジャンヌ・ダルクの名においてこの場に集う全サーヴァントに令呪を持って命ずる。吸血鬼を打倒せよ!」
吸血鬼と相対する六騎のサーヴァントに、令呪のバックアップ。
これによって、少なくともこの場における互いの背を討つ可能性というものを封じる事が可能であり、同時に全員が同じ方向を向くことが可能となるだろう。
化物狩りの始まりだ。
*
この場におけるサーヴァントは聖杯戦争でも稀に見る程の強者揃い。
先手は“赤”のライダー。古今東西あらゆる英霊の中でも取り分け最速とされる俊敏性は、最早音すらも置き去りにするほど。
青銅とトネリコによって作られた槍は、空気の壁を突き破り吸血鬼へと襲い掛かる。更にそこへ、援護するように“赤”のアーチャーの狙撃が幾筋も突き刺さっていた。
「ガァアアアッ!!!!」
だが、吸血鬼が吠え、全身より放出するどす黒い霧によってライダーは距離を取らざるを得ず、矢もまた反れる。
「
全身を霧に変え逃れようとする吸血鬼。そこに業火が襲い掛かった。
骨の髄まで焼き尽くし、灰すらも消し飛ばしそうな火力だ。さしもの不死身も、元の肉体へと戻り、
「シッ……!」
銀閃が、その右腕を斬りつけていた。
炎が大きく翻り、若干薄くなったところで、“黒”のアサシンが斬り込んでいたのだ。彼の刃は人外殺し。如何に吸血鬼といえども、寧ろ吸血鬼だからこそその刃を無視することはできない。
「おのれェエエエエッ!」
怨嗟の様な声を吐きだしながら、吸血鬼は厄介な相手から始末しようとその剛腕を振り上げて、
「ゴアッ!?」
その前に、強力な蹴りによりその巨体は後方へと大きく吹き飛ばされていた。
蹴ったのは、“黒”のアーチャー。弓の名手である彼だが、同時に数々の英雄を育て上げた師であり、その体術もまたサーヴァント内でも上位に食い込む。
吹き飛ばされた吸血鬼は、しかし空中で霧と化すと、そのまま壁を伝うようにして飛翔。
敵対するサーヴァントたちを無視して、その奥にあるであろう大聖杯へと向かい―――――その直前で壁より這い出てきた三体のゴーレムによってその道を阻まれてしまう。
“黒”のキャスターはゴーレム使い。生み出されるゴーレムは現代の魔術師など歯牙にもかけないような物であり、何と白兵戦特化のセイバークラスと三合も打ち合えるのだ。
相手は怪物。如何に傑作なゴーレムだろうとも、土塊の様に破壊されるだろう。だが、破壊するためにはその足を止めねばならない。
「落ちるが良い」
放たれた三つの矢が、吸血鬼の体を射貫く。
ゴーレムの破壊に一瞬手間取ったところで撃ち落とされたのだ。更に、落ちた先には、
「セアッ!」
最速の英雄が待っている。
“赤”のライダーが振るう槍の穂先は、最早速射砲。吸血鬼の体は抉り抜かれたように一瞬の間で穴あきチーズの様な有様だ。
しかしそれでも、吸血鬼という存在は死なない、消滅しない。
「カッ!」
「おっと」
技もへったくれも無く振り上げられた右の鉤爪を、ライダーは間一髪で躱す。そして、彼の背後では斜めに切り裂かれた傷跡が壁面に刻まれた。
まさしく、暴力だ。敵を打倒するために磨かれた武威ではなく、単純に全てを破壊するためだけの行動。
歯を合わせ、唸り声を上げる吸血鬼。
いまいち決め手に欠けるのは、彼らが宝具を用いない為だろう。
“赤”の陣営は揃って宝具の破壊力が凄まじ過ぎる。“黒”の陣営は、一人は未完成、一人は対人であり威力に若干の難あり、一人は一発限りか若しくは守備型。
「“黒”のアサシン」
「何用にございましょうか、“赤”のランサー殿」
このまま膠着状態に陥りそうなこの状況。打破の為に、ランサーは今回の聖杯大戦において“黒”のセイバーに並んで刃を交えた“黒”のアサシンの下へ。
「合わせろ」
「…………承知」
言葉少なく、ランサーは業火を持って吸血鬼へと肉薄していく。
彼の炎の影響により、吸血鬼は己の肉体を霧へと変えてその場を離脱することが出来ない。そして、炎を払う為には実体を持たねばならなかった。
そこを、二体のサーヴァントは突く。
「グゥゥゥ…………!」
炎に巻かれた吸血鬼は、次の瞬間には全身を斬り刻まれていた。
アサシンは縦横無尽に通路を駆け回る。
速度の一点にのみ絞り、刀を振るのではなく逆手に固定。最早自分が上下左右どうなっているのかすらも分からないような高速機動。
目印にするのは、この場で一番煌々と照り輝く太陽の様な炎。
目まぐるしく動き回る視界の中、その炎だけを頼りに彼は刃で空を切り続ける。
そして、
「ギッ―――――!?」
振ったシャンパンのボトルよりコルクが飛ぶように、吸血鬼の首が心臓の血圧に負けるようにして天井へと回転しながら刎ね上がっていた。
「ライダー」
「おうよ!」
ランサーの声が小さく響き、“赤”のライダーがその場から消える。
その直後、首が刎ねられた吸血鬼の胴体が後方へと勢いよく飛んでいた。
胴体には複数の抉り抜かれたような穴が開いており、そこから白い煙に紛れる様に黒い霧が血の様に溢れる。
通路を滑るように離れていくその体。そこに複数の矢が襲い掛かり、床へと縫い留めてしまう。
「シッ!」
更に、未だに宙を舞っていた頭はアサシンの手によって十字に斬られ四等分。人外殺しとしての効果も上乗せされ、少なくとも頭は動かなくなった。
このまま―――――
「詰み…………ッ!」
異変、起きる。
*
崩れたのは、“赤”の陣営。ランサー、ライダー、アーチャーの三騎が大なり小なり体勢を崩し隙を晒してしまう。
そして、彼らの動きに一瞬だけ意識をつられた“黒”の陣営。
彼らの誤算は吸血鬼に対する認識。そして、ダーニックの妄執と令呪の後押しによる異常性。
「ッ!アサシン!吸血鬼はまだ…………!」
「ッ…………!」
如何に歴戦といえども、異常事態が重なり過ぎれば動きも鈍る。
“黒”のアーチャーも反応し、アサシンもまた咄嗟にガードの体勢へ。
何と、吸血鬼は首を刎ねられ、全身がズタズタに破壊されながらも、
その道中で、反応が鈍ったアサシンとアーチャーをその剛腕で吹き飛ばし、場を静観していたルーラーの頭上を飛び越えて通路の奥の闇へと消えていき、その後を慌ててルーラーが追いかけていく
失態だ。令呪と吸血鬼の不死性を侮った事が原因。
「アサシン!ルーラーを追ってください!」
「承知…………!」
咄嗟の事。吹き飛ばされた位置が吸血鬼の走り去った方へと近かったアサシンへと、アーチャーが指示を飛ばす。アサシンもまた、一切の思考を挟まずに刀を鞘へと納めると縮地を応用した高速の歩法によって音も無くその後を追いかけ始める。
恐るべきは、吸血鬼か。頭の無い状態でありながらサーヴァントと同等か、それ以上の脚力を発揮しており追いつけない。
やがて、彼は目の前に開いた扉とルーラーの背中を視認した。
そして、それを見た。
「―――――“
青い炎によってその肉体を浄化され灰へと還って崩れ行く吸血鬼の胴体を。
そして―――――
「初めまして、今回のルーラー。並びに、“黒”のアサシン」
吸血鬼をたった一人で滅ぼした神父が二人に顔を向ける。
褐色の白髪の少年とも青年とも言えるような幼さの残る顔立ちだ。何より、
「何故、ルーラーが…………」
その気配は人のようでもあるが同時にサーヴァントのようでもある。
聖杯大戦というイレギュラーに更に加えられたバグ。
前回。すなわち、第三次聖杯戦争によって呼び出されたルーラーの登場であった