佐久間大学?え、学校ですか?   作:佐久間大学

25 / 31
完全に箸休めな蛇足な話です
残り、恐らく3、4話前後で終わる…………筈











閑話

 混沌とした夜が終わり、陽はまた昇る。聖杯大戦もいよいよ大詰めといったところか。

 

「…………」

 

 吹き抜ける朝の風を受けながら、城塞の塔の天辺へと座り込み目を閉じるアサシン。

 彼の内心は外側からは何も悟れない。ただひたすらに無表情のまま目を閉じ、内面へと没入していく様に見えるぐらいだろうか。

 事実、彼の内面は荒れている。それこそ、常日頃の彼に比べれば圧倒的なまでに。

 アサシンは、忠誠の英霊だ。最後の最後まで主に付き従い、一度として裏切ったことなど無い、そんな人物が彼だった。

 聖杯戦争に呼ばれたとしても、基本的にそのスタンスは変わらない。

 マスターへの忠誠を誓い、死力を尽くすのが彼だ。

 だが今回、その在り方を捻じ曲げてでもアサシンは相手の目的を止めると決めた。その為に力を尽くすとも。

 どうしても、受け入れられなかったから。受け入れるわけにはいかなかったから。その後押しとして、マスターであった男のクズっぷりがあったことは否定しない。

 とにかく、アサシンはこのまま一人最後の戦いが始まるまで過ごすつもりであった。

 そう“あった”、つまりは過去形である。

 

「あ、居た。おーい、アサシンー!」

「……ライダー殿?」

 

 閉じていた目を開けて、下を見たアサシンの視界に入ってきたのはピンクの髪を揺らして手を振る“黒”のライダーの姿だった。

 いったい何の用か分からないが、少なくともアサシンは火急の要件ではないと当たりを付ける。その場合なら念話で呼び出せば済み、態々どこに居るかも分からないような者を足で探すメリットは無い。

 軽い動作で立ち上がり、屋根から飛び降りた彼は体重を感じさせる事無くライダーの前へと降り立った。

 

「何用にございましょうか、ライダー殿」

「ひゃー!凄いね、アサシン!君ってあんな高いところから飛び降りて、物音ひとつしないなんてさ!ボクなら、もしかしたら顔から落ちるかもしれないのに!」

「は、はあ…………して、小生には何用で―――――」

「あ、そうだったそうだった。キミに頼み、と言うかボクのマスターがキミに用事があるんだよ」

「ライダー殿のマスターが?」

「そうそう。ほら、マスターってセイバーの心臓を貰ったじゃないか。それで、体が強くなったんだけど剣を使うって事でアーチャーから習ったんだけど…………」

「アーチャー殿は、素手や弓の名手。剣は門外漢という事にございますな?そこで、刀を使う小生に白羽の矢が立った、と」

「ま、つまりはアサシンにはマスターの先生になってほしいってわけさ!」

「…………」

 

 快活に笑うライダーに対して、アサシンの表情は複雑だ。

 彼としては、目の前で裏切り行為を見せたのだからもっと警戒されて然るべきだと思っていた。だが、蓋を開けてみればこうして“黒”の陣営の隠し玉の教導を求められているこの状況。

 ライダーが伝えに来たという事は、アーチャーやルーラーなどもこの件を了承したという事だろう。

 

「アサシン?」

「…………ええ、小生で良ければお受けいたしましょう」

「ホント!?いやー、助かるよ!」

 

 喜色満面にライダーは、アサシンの手を取って上下にブンブン振り回す。

 この能天気さと言うべきか、人懐っこさが彼の武器なのだろう。死んだ目をしながら、アサシンはそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 刀と剣。この二つは、使い方が似て非なるものと言える。

 刀は押し当てて引く事によって斬る。剣は垂直に振り下ろして叩き割る。

 勿論、全てが全てそうではないし、剣や刀も形状によっては使い方が違う事も少なくない。

 

「故に、小生が教導するのは刃物の扱いにございまする」

「ああ、よろしく頼む」

 

 城塞の中庭にて、日光の元それぞれに木剣を構えるのはアサシンとライダーのマスターであるジーク。少し離れてその場を見守るのは、アーチャー、ルーラー、ライダーの三騎とそれから、現在ユグドミレニアのトップとなっているフィオレ。

 木剣の長さは通常の腰の佩くことが出来る程度の長さの物。真剣を用いないのはもしもの場合を考えての配慮だった。

 

「宜しいですかな、ジーク殿。そもそも西洋の剣は諸刃、故に刀身に触れて押し込むことは基本的に不可能という事をご理解くださいませ」

「ああ」

「それ故に、振るう場合利き手を軸とし、もう片方の手で柄の先端を掴み振るうのです」

 

 言って、アサシンは器用に木剣を振り回して見せた。

 真似するようにして剣を振るうジーク。だが、その姿はどこかぎこちない。

 その様子を確認していたアサシン。すぐさま、自分が勘違いをしていたことに気が付く。

 ジークは元々ホムンクルスだ。弱弱しかった姿を知っているからか初歩の初歩から教えようと考えたのだが、どうやら手加減の心配は必要なかったらしい。

 

「ジーク殿」

「なんだ?」

「素振りは結構。これより、小生と手合わせをいたしましょう」

「手合わせ?だが、木剣といえども痛いだろう?」

「心配なさらずとも、問題ありませぬよ。さあ、どうぞ」

 

 両手を左右に開いて招き入れるような体勢のアサシンに対して、ジークは一瞬困惑したような雰囲気を発したが直ぐに木剣を構え、まっすぐ前へと踏み込んだ。

 木と木がぶつかり合う音が甲高く響く。

 サーヴァントと竜殺しの心臓を得ようとも一介のホムンクルスではその実力には大きな隔たりがある。

 それはステータスだけではない。英雄としての経験や、そもそも有しているスペックによる違いにも端を発する隔絶した差なのだ。

 アサシンから見て、ジークの技能は拙い。拙いが、同時にしっかりとした芯を感じさせるものだった。

 根っこはあれども育っていない。そして、体格に剣術があっていない印象を覚える。

 数度木剣を交え、そして大きく弾いたところでアサシンは口を開いた。

 

「ジーク殿、魔術回路の起動をお願いいたします」

「なぜだ?」

「貴殿の剣術は、言ってしまえば剛剣。己の筋力をもって対象を切り伏せるものにございまする。使いこなせれば強力なものとなりましょう。しかし、それはあくまでも振るえるだけの力があってこその物。少なくとも、如何に体格が成長しようとも筋力が届いていない素のジーク殿では、大した成果は見込めますまい」

「俺の足りない力を、魔力で補うという事か?」

「然り。使えるものを使う。戦いとは高潔なモノでも、健全なモノでも、美しいモノでもありませぬ。血と泥にまみれ、どうしようもなく救いがない。それが戦争というものにございまする。だからこそ、全てを利用いたしましょう。例えそれが気休めでしかなくとも、死ねば自動的に敗者となるのですから」

 

 英雄だろうと何だろうと死ねば終わりだ。その道はそこで途切れ、それから先に物理的な干渉など許されない。

 アサシンならば、主と共に燃える寺にて焼け死んだ先、主の部下たちのいざこざには一切関与していない。

 どうしようもないと言われてしまえばそれまでだが、それが人生だ。殺伐とした人生観に関しては彼の生きてきた現実が厳しすぎたという事で一つ。

 納得したのかは分からないが、ジークは素直に魔術回路を起動。全身に強化魔術を付与して、先程とは比べ物にならない速度と力強さをもって突っ込んでいった。

 再び始まる実戦稽古。

 その様子を眺め、アーチャーは感嘆の声を漏らしていた。

 

「ほお、彼には教え子を持った経験でもあるんでしょうかね」

「アサシンに、弟子が?」

「ええ、そうです。見てください、フィオレ。二人の手合わせを見て、どう感じますか?」

「どう…………」

 

 己のサーヴァントに促されて前へと視線を戻したフィオレ。

 彼女の視界に映るのは、庭を踏み砕きながらかなりの速度で接近し木剣を振るうジークと、そんな彼を正面から受け止め弾き続けるアサシンが居る。

 ホムンクルスではあるが、その魔術回路は一級品。それに加えて後天的にサーヴァントの心臓を移植され成長したジーク。実力も、魔術師としてみれば高いだろう。

 対してアサシンの戦闘に関しては、門外漢である彼女にはほとんど分からない。

 派手さは無いと思う。少なくとも“赤”の陣営に所属したサーヴァントのみならず、“黒”の陣営含めてアサシンの戦闘スタイルは地味と言う外ない。宝具も、ゴーレムを破壊する折に一瞬顕現した限り。それにしたって、ビームが出るとか、この世には存在しないであろう生き物が召喚される等ではなく建造物を出現させるというもの。

 そして今、アサシンは()()()()()()()()()()()()ジークの相手を―――――

 

「…………一歩も、動いていない?」

「ええ、その通り。更に、ジークの実力よりも僅かに上程度の力量で相手をしています。見極めも完璧ですね。どれだけジークの出力が上がろうとも、アサシンの全力を超えられない限りはあのままでしょう」

 

 淡々と言い切ったアーチャー。

 彼の目から見ても、アサシンは技術で剛力を制するタイプの戦士。いや、そもそもその方面にしか伸ばせなかったという方が正しいだろう。

 神代から時間が流れ、神秘が薄れた時代。余程特異な生まれ方でもしない限りは、基本的に特殊な、それこそ神との混血などの人間は生まれてこない。

 アサシンはある意味、特殊な生まれだがそれだけで何かしらの恩恵があったわけではない。寧ろ、同僚と比べれば成長率以外は劣っていた面が多かったかもしれない。

 だからこその、技術特化。鍛えれば身に付くであろうソレを全力をもって習得していった。

 ある意味、アーチャーとは相性がいいかもしれない。何せ彼は根っからの教師気質。技能習得にかけては一流であるのだから。

 

「あっ…………」

 

 それから数分後、ジークの手より木剣が弾かれた。

 

「はっ……はっ…………!」

「ふむ……まあ、及第点といったところにございましょう。ジーク殿の剣術の大前提は、力によるもの。強化魔術を息をする様に行使できるようになったならば、少なくとも最低限度は戦えるかと」

「これでも、最低限度なのか…………?」

「少なくとも、敵方のランサー、並びにライダーが相手ならば五秒も持ちませぬな」

 

 厳しい現実。もっとも、アサシンが挙げる相手はサーヴァントという存在の中でも上澄みの様な存在でありトップサーヴァントと呼称される面々なのだから強くて当たり前なのだが。

 もっと言うなら、ただの魔術師がサーヴァントに張り合おうとする時点で間違っている。

 その無謀を彼は為さねばならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 “黒”の陣営は慢性的な人材不足である。ホムンクルスで補っているとはいえ、どこかしらに綻びが生まれる事はしょっちゅうだ。

 

「…………なぜ、小生が」

 

 釈然としない、そんな表情を浮かべたアサシンは首を傾げる。

 彼は今、羽織を脱ぎ袴にエプロンというちぐはぐな格好となって、その手には刀ではなくフライパンを握っていた。

 傍らには、何やら字が細かく書かれた一枚の紙が。

 

「はんばーぐ…………牛と豚の肉…………」

 

 それは、料理のレシピ。事の発端は、彼がマスターたちへと夜食を振る舞ったことに始まる。

 味噌もしょうゆも無いが、塩コショウあれば十二分。胃に優しい、野菜スープ擬きはフィオレ以下、ユグドミレニアのマスターたちに好評だった。

 そこで、カウレスが問うたのだ。他の料理はできるのか、と。

 果たして、アサシンの答えはレシピさえ貰えたならば可能だろうという言葉。

 そこからは早かった。

 どこから聞き及んだのかライダーが、自国のレシピを持ち出して、アサシンに作るようにねだり出来上がった料理は彼やルーラーが舌鼓を打つほどの出来栄えだった。調理担当のホムンクルスよりも腕が良かったのは、偏に彼自身の器用さのお陰だろう。

 それからだ。様々な国の料理を作らされる羽目に陥ったのは。

 フランス、ドイツ、スペイン、ロシア、ルーマニア。その他諸々、様々な国の料理をレシピ片手に作ってきた。

 フライパンの中で音をたてながら焼き上がっていくひき肉の塊を眺めながら、アサシンは考えていた。

 近々、最終決戦になるであろうこと。そして、その戦いが終わればもう二度と会う事は無いであろうことを。

 英霊は、文字通り星の数ほど居る。純粋な戦士から将軍、王、奴隷、発明家、作家等々。

 その中から選ばれるのは七騎のみ。クラスに分かれ、触媒による召喚でなければ狙った存在は早々出てこない。

 何より、こうして轡を共にして戦うこと自体がありえないだろう。聖杯戦争とは“戦争”なのだから。

 

「願わくば、勝利を」

 

 熱々の料理を更に盛り付け、そんならしくないことを呟き、彼はキッチンを後にする。

 最後の時は、刻一刻と迫って来ていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。