佐久間大学?え、学校ですか? 作:佐久間大学
空中庭園、いや空中要塞と言う外ない“赤”のアサシンの宝具。
大規模な宝具であり、準備にはそれ相応の時間を要するが発動さえしてしまえば並大抵のサーヴァントでは接近する事すらまず不可能。
「ふむ、一度乗りはしましたが飛行機というものは、凄いものにございまするな」
ゴウゴウと耳元で切られていく風の音を聞きながら、羽織をはためかせてアサシンは目を細める。
上空八千メートル。小型機の機体の上、翼の真ん中に膝をつくようにして、彼は前方を睨んでいるのだ。
これは何も奇をてらったとか、頭がおかしくなったとかそんな理由ではない。
相手の拠点は高度七千五百メートルに浮かぶ巨大な要塞。それも黒海の上空ともなれば、乗り込む手段は自然と空路一本に絞られることになる。
“黒”の陣営が用意したのは、ジャンボジェット機数機と小型機。庭園の防衛機構に関しては、ライダーの宝具によって破壊することになった。
アサシンが、屋根の上に載っているのは偏に護衛のため。
仮にライダーが落とされても、守る事に特化したアサシンの宝具を発動すれば、最悪マスターであるフィオレたちを守る事ができるのだから。
とはいえ、そんな事になった時点で彼らの敗北。今回の戦いに“次”は存在しないのだから。
*
サーヴァントにとって知名度補正というのは、かなり大きい。
実力を発揮するというのもあり、しかし知名度が高ければ高いほどに相手に真名がバレやすくなるデメリットもあるのだがとにかく大切なのだ。
なぜこんな基本事項を再確認するかと問われれば、“黒”の陣営が乗り込んだ場所に理由があった。
厄介なのは防衛機構や、その高度だけではない。
この庭園、もとい空中要塞はアサシンの領域とされ知名度補正は最高クラス。逆に、他サーヴァントの知名度補正はほぼ0に落ち込んでしまう。
ライダーの頑張りと、根性によってどうにか防衛機構を突破した“黒”の陣営。
だが、一大戦力でもあるアーチャーが“赤”のライダーへと抑えられてしまい、更には“黒”のアサシンが組み替えられた庭園によって飛ばされ別行動に。
「ふむ…………」
そして、件の彼アサシンは左手を腰に差した刀、その鍔元へと添えて鯉口を切り周囲を見渡していた。
周りに広がるのは幾本もの大きな石柱が無数に建ち並ぶ広大な空間だった。
「誘いこまれた………いや、分断が目的にございまするな」
サーヴァントに対抗できるのは、サーヴァントのみ。
アーチャーは抑えられた。ライダーは、満身創痍も近い状態。となれば、戦えるのはアサシン、ルーラー、短時間限定でジークのみ。
不意に風を切る音を、アサシンの耳は捉えた。
反射的に刀を振るえば、衝撃と共に弾ける緑の光と残骸が。
「貴殿が、小生の相手にございまするか、アーチャー殿」
「汝、に恨みは無い。だが、これも戦いの為でな」
遠方より弓を引き絞る“赤”のアーチャー。
その姿を確認したアサシンは、一考を挟むことなく彼女を中心とした円を描くようにして駆け出した。
相手は狩人。獲物を追い立てる事になれた存在だ。そんな相手を前に、彼は先ず距離を詰めるところから始めねばならないのだから気が滅入るというもの。
高速で飛来してくる矢を切りながら、冷静にしかし距離は縮まらない。
場所が悪い。建ち並んだ石柱が自然と視界を狭めており、その上アーチャーは視界の悪い状況でも高速で動き回りながら矢を放つことになれていたのだ。
右から飛んできたとも思えば、左から矢が飛んでくる。どれだけ切り払おうともどうにも千日手になってしまいどうにもならない現状。
「…………」
ついに、アサシンの足が止まってしまう。
四方八方から、矢やら弾丸やらが飛んでくる戦場を経験しているおかげで今はまだ大丈夫だ。だがそれでも、ジリ貧であることには変わりがない。
彼は考える。
アサシンの戦闘手段において致命傷を与えられるのは、刀による斬撃。つまりは、近づいて切りつけられる距離に迫らなければならない。
矢を切り払いながら、その思考一点に狭まっていく現状の中、ふと彼は周りを見渡した。
消えていく矢の残骸と、石柱群。
「…………やるしか、ありますまい」
何度目かの矢を払い、アサシンは防御手段でもある刀を納刀。そして、駆けだした。
急な動きに、弦を引き絞っていたアーチャーは眉を顰める。
戦況は、彼女の圧倒的な優勢。距離の優位性、得物の差と手札の数によってこのまま平押しでも勝ちは転がり込んでくる、その筈だった。
突然動き出したアサシンが向かったのはいくつも建ち並んでいる石柱の一つ。
一際強い踏み込みと共にその姿は掻き消えて、柱には幾筋もの銀閃が走った。直後には倒壊、盛大な粉塵を巻き上げてその黒い姿は白い煙の向こう側へと消えていく。
その後も、数本の石柱が斬り倒されて、大きく粉塵が舞い上がった。
「その程度で隠れたつもりか?」
アーチャーは鼻白む。
確かに粉塵による目晦ましの効果はあるだろう。だが、そんな粉塵の中でも粉塵の独特な動きまではごまかせない。
何より、
「―――――我が弓と矢を以って
弓を引き絞り、紡がれる口上と同時に膨大な魔力が練り上げられていく。
「この災厄を捧がん―――――【
天へと向けて放たれる二本の矢。どこまでも続くような暗闇へと消え、そして空は瞬いた。
降り注ぐのは、矢の雨。その規模は容易く周囲を飲み込んでしまうほどのものであり断続的な豪雨そのものが兵器となって襲い来るようなもの。
粉塵を中心とした半径数十メートルを指定した矢の豪雨。
穿たれる砕けた石材や、粉塵を眺めながらアーチャーは己の乗る石柱の天辺で目を細めていた。
今の己のマスターより敵の真名は既に聞き及んでいる彼女。ステータスの類も知らされていたが、そちらは余程特筆すべき面が無ければ気にする必要がない為聞き流し済み。
矢の豪雨が収まった後、どこかから吹いて北風が黒い何かを粉塵と一緒に吹き飛ばしていった。
「アレは…………」
彼女の優れた視力は、吹き飛ぶ黒いソレが布の塊であることに気が付いた。ついでに幾つもの穴が開いている事にも。
それは、アサシンが着ていたであろう羽織。
仕立ての良い代物も穴が空けば襤褸布同然。そして、その光景はこの戦いの決着を―――――
「…………ッ!なにっ―――――!?」
「…………」
反応できたのは、彼女の優れた感覚器官のお陰だろうか。
だが、彼女は狩人ではあっても生粋の戦士ではない。いや、そこらの弓兵と比べれば比べ物にもならない一流の使い手であることは否定できないのだが、それでも僅かなゆるみがあった。
仕留めたであろうアサシンによる背後からの強襲。咄嗟に振り返ったアーチャーだったがその胴を袈裟斬りに大きく切り裂かれ口から鮮血が零れる。
反動で倒れる体。石柱の上で踏ん張ることも出来ず、彼女は背中から下へと落ちていく。
そして、アサシンは攻め手を緩めない。すぐさま石柱を飛び降り切っ先を落ちていくアーチャーへと向け、刀そのものを体の側面へと置くように引き絞って、石柱の側面を足場に跳躍。消えるかのような速度で、アーチャーへと襲い掛かっていた。
音が遅れるような速さで床へとぶつかる両者。粉塵が大きく舞い上がり、衝撃によって石柱群は砕けていく。
粉塵が晴れた陥没した床。その中央に大の字で仰向けに倒れるアーチャーと、そんな彼女の霊核を刀で貫き膝をついて項垂れた格好のアサシン。
「ごふっ!…………そう、か……汝は、アサシン…………だった、な…………」
「然様にございまする」
アーチャーが失念していた事実。らしくないから忘れてもおかしくは無いのだが、アサシンは『アサシン』というクラスのサーヴァントである。
搦め手上等、不意打ち騙し討ちは基本事項。刀で正面から戦ってばかりだからその点が浮き彫りにならないだけで、彼自身は使えるもの全てを使って勝ちをもぎ取るのだから。
とはいえ、無傷ではない。彼の左腕はかなりボロボロで持ち上がらない。
一応治癒魔術が機能しているおかげで徐々に徐々に治ってきてはいるのだが、それでもこの最終戦が終わるまでに完治することは無いだろう。
握る刀の柄をひねり、アーチャーへの止めを刺しアサシンは立ち上がる。
空蝉の術。それが今回のカギとなったアサシンの手札の一つ。
忍術と呼称すると、炎を起こしたり、水上を歩き回るようなものを想像されがちだが、この空蝉というのはいうなれば変わり身の術。
今回は羽織を身代わりとして、あたかも攻撃を食らったかのように見せかけて、気配遮断を用いた不意打ちを敢行。
そして、彼の狙ったところではなかったのだがアサシンらしい動きを今までほとんどしてこなかったことが今回生きた。
未だに空を舞っている羽織を回収し、穴だらけのソレを羽織り直してアサシンは部屋を飛び出していく。
ダメージがあろうとも、今は止まれない。合流か、或いは残りの敵を仕留める、ないしは消耗させなければならないのだから。
図らずも、彼の進む先はこの要塞の最深部。王が待ち構える場であるのだから、運命は場を引っ掻き回すことを求めているらしい。
*
“赤”のアサシンにとって、己の庭でもある空中庭園内部の状況を把握するのは己の目で部屋の中を見渡す程度には容易いことであった。
「アーチャーが敗れた、か」
今まさに終わりを告げた決戦の一つを確認し、玉座に退廃的な態度で腰掛ける彼女は、憂うようにため息を一つこぼしていた。
“赤”のアサシンにしてみれば、これは何とも予想外。少なくとも“黒”のアサシンが“赤”のアーチャーにこの短時間で勝利するとは考えてはいなかったのだ。
彼女のマスターもまた、“黒”のアサシンと同じく極東の英霊であるのだが最早極小島国などと馬鹿にできるような状況ではない。
そもそも、もっと早くに対策を打つべきだったのだ。あの、“赤”のセイバーと剣を打ち合わせて無傷で生還したあの時に。
アーチャーを破った今、確実に処理するには今しかないだろう。下手な場所に通して、合流させてしまえばそれこそ己のマスターの障壁になりかねない。
「業腹だが、我の手ずから殺してやろう」
蠱惑的に微笑む女帝は、己の勝利を疑わない。
彼女の庭なのだ。どれだけ抗おうともそれは、掌の上の事に過ぎないのだから。