佐久間大学?え、学校ですか?   作:佐久間大学

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子守唄

 幼児というのは、癒しだ。

 幼い仕草は当然として、その場に居るだけでも大きく周りを和ませてくれる。

 

「ふぅ…………」

 

 多くの女性サーヴァントへと立香を預けた盛重は少し離れたテーブル席に腰掛けると、湯呑から熱いお茶を飲みつつ、一つ息を吐きだしていた。

 他はどうあれ、カルデアのサーヴァントたちは英雄、反英雄問わずにマスターに対して大なり小なりの好意を向けている。そんな彼らだ、幼児となった彼女に何かしら手を出す事は無いだろうと彼は考えての別行動。

 

「面白いことに巻き込まれた様じゃの、盛重」

「!信長様…………」

「立つでないわ。このカルデアにおいては、わしもそなたも一介のサーヴァントに過ぎん。というか、前々から言っておったじゃろ?イベの時からじゃし」

「いえ、しかし……小生にとっては、この仮初の命であろうとも主君は信長様にございます故…………」

「カーッ!相ッ変わらずの糞真面目っぷりじゃのぉ」

 

 カラカラと笑う軍服姿の少女。

 彼女こそ、盛重の敬愛する主であり人としての人生を共にした日本屈指の英雄、織田信長その人だ。

 少女の形をしているが、その実力は確か。特に“神”に関して、彼女はトップクラスに相性がいいと言える。

 

 本来ならばあり得ない大量のサーヴァント召喚からなされた奇跡。そして、これは盛重の大願でもあった。それが成就した今、もしも次の聖杯戦争が行われようとも彼が応える可能性は限りなく低いだろう。

 

「暇だからって、部下に絡むのは止めたらどうです?」

 

 ニヨニヨと部下に絡みまくっている信長。具体的には、対面に座りながらも大きく体をテーブルへと投げ出して、鉄面皮である盛重の顔面をムニムニこねくり回していた。

 そんな彼女へと声を掛けるのは桜色の着物に袴姿の少女剣士。

 新選組の天才剣士、沖田総司その人である。

 

「何じゃ、人斬り。わしの部下は部下じゃ。好きにして良かろう?」

「どこの暴君ですかあなたは。佐久間さんも、嫌なら嫌と言うべきですよ?ノッブがつけ上がります」

「問題ありませぬ。信長様は稚児の頃より活発でありましたからな」

「ノッブの小さい頃ですか?」

 

 自分の飲み物を片手に、沖田は自然な動作で信長の隣へと腰を下ろす。口ではどうあれ、二人はよく一緒に居た。そのつながりから、彼女と盛重も交流があるのだ。

 

「ええ。乳飲み子の頃より、知っておりますな」

「ほほう、ちっちゃい時のノッブの話…………気になりますね!」

 

 キラキラと目を輝かせた沖田。

 

「それは、信長様にお伺いせねばなりますまい」

「良いですよね、ノッブ!」

「良いわけあるかい!何がうれしくてわしの嬉し恥ずかし、記憶にも無い様な話をされねばならんのじゃ!?」

 

 却下じゃ却下、と信長は手を振る。

 確かに、彼女にしてみれば記憶も無い様な頃よりの付き合いであるし、忘れていることだって少なくはない。

 そんな話を根掘り葉掘り他者の口から話されるなどどんな羞恥プレイだろうか。

 そこから始まる二人の口論。さりとて、じゃれているだけであり盛重としても止める様なことではない。茶を啜り、再びホッと一息ついた。

 実に平和だ。人理修復という現状でありながら、カルデアに流れる時というのは穏やか。

 このまま平穏無事に終われば―――――

 

「あ~~~~~っ!」

「ッ、立香殿…………!」

 

 食堂に響く幼い泣き声。その瞬間、盛重は自身の敏捷を存分に生かして一切の音を立てることなくその場から消えていた。

 

 

 

 

 

 

 床にへたり込んで泣き喚く幼児と、そんな彼女を相手にどうすべきか分からない英霊の図。

 そんな場に黒い影が割り込んだ。

 

「失礼いたします」

 

 するりと人垣を抜けた盛重は、流れるような動作で未だに泣いている立香を抱き上げ、その背を優しく叩きつつ体をユラユラと揺らす。

 

「ひっく……ぐすっ………………」

 

 盛重の羽織に顔を埋めて、嗚咽を漏らす立香。

 そんな彼女に対して、彼はふと胸の内に昔の記憶が顔を覗かせてきていた。

 それは、数十年にも及ぶ“佐久間盛重”という記録の中でも何度かあった事。そして、日常という中で最も穏やかな時間。

 

「~♪」

 

 彼の口より紡がれるのは、静かな唄だった。

 ユラユラと揺れながら、ゆっくりゆっくり背を優しく叩き、囁くように詩を紡いでいく。

 やがて、立香の方からも嗚咽が収まり、力いっぱい羽織を握っていた手の力も緩むと、ほんの少しだけ露になった頬には涙の後こそあれども穏やかな寝顔となっていた。

 

「~♪…………はぁ、良かった………………………あ」

 

 立香を寝かしつけたところで唄を止めた盛重は、そこで漸く我に返った。

 周りを見れば、凄まじいまでの周囲からの好奇の視線が刺さる、刺さる。特に、聖杯戦争で顔を合わせた金ぴか王や裏切りの魔女、蒼い槍兵等々には面白いものを見るような目で見られている。

 

「その……お耳汚しをしてしまい、申し訳ございませぬ」

 

 頬を指で掻いて所在なさげな盛重は、目を逸らす。

 彼自身は歌謡に関する技能を習得しているわけではない。故に、本人の認識としては、手慰み程度でしかないのだ。

 だが、

 

「いや、とても上手だったよ。私も、思わず聞き惚れちゃったし」

「キャット秘蔵のニンジンを進呈しよう!」

「良い声で歌うじゃないか!アタシの船で歌ってみないかい?」

 

 存外、周りの反応は悪くない。むしろ、好意的な声が多く聞こえてきた。

 これは盛重にも予想外。目を白黒させて、オロオロとするばかりだ。

 そんな彼の姿を遠目に、少し瞼が落ちかけている信長は頬杖をついて眺めていた。隣では、沖田が驚いたように目を見開いていた。

 

「え、あの人多芸過ぎませんか?唄も得意とか」

「まあ、あ奴には経験が多いからの」

「…………あれ?佐久間さんってそんなに子供いましたっけ?」

「いや、あ奴は未婚じゃ。家の為に養子は何人か居った様じゃがあ奴自身が育て上げた者は、確か居らん筈じゃし」

「じゃあ、どういうことですか。まさか、自分の子でもない赤の他人を育てたって言うんですか?」

「そうじゃよ?」

 

 半ばやけくそであった沖田だったが、思わぬ返答に目を見開く。ついでに、病弱スキルが併発し咽ると同時に血が溢れた。

 

「ゴホッ!ゲホッ!…………え、本当ですか?いつも通りの冗談ではなく?」

「なぜ、わしがいつも冗談噛ましていると思われとるんじゃ?というか、わしも盛重に育てられた一人じゃし」

「初耳!?」

「ついでに、ほれ茶々や勝蔵らへんも寝ておるじゃろ?」

「ッ、まさか…………!」

「あの辺も、盛重が一枚噛んでおる。具体的には寝かしつけじゃ」

「織田家に貢献し過ぎじゃありませんかね!?」

 

 沖田が叫ぶのも無理はない。

 鬼武蔵の異名を持つ森長可は、テーブルに突っ伏して寝ており、その近くでは少女の見た目でありながら包容力のある茶々が同じくテーブルでスヤスヤ寝息を立てていた。

 どちらも、最低でも三度は盛重に生前寝かしつけられており、それは霊基に刻まれるほどの思い出でもあった。

 

 一方、人だかりでは進展が。

 

「…………」

「つまり、此度の一件は頼光殿が母を名乗った折に、という事にございましょうか?」

「私は…………何か気に障ってしまったのでしょうか…………」

「ふむ…………」

 

 暗い雰囲気を発する彼女は、平安の神秘殺しこと源頼光。

 実に豊満なプロポーションを持ち合わせており、マスターである立香を我が子の様に可愛がるサーヴァント筆頭でもあった。

 そんな彼女は、現在落ち込んでいる。原因は、彼女が母であると名乗った直後に、立香に大泣きされてしまったから。

 

「頼光殿」

「なん、でしょうか?」

「これから語りまするは、小生の見解にございまする。多分な個人の視点を盛り込んでおります故、聞きたくないとお答えになるならば、小生も口を閉じましょう。如何なさいまするか?」

「…………それは、マスターの為になりますか?」

「断言はできかねまする。しかし、此度立香殿が泣かれた理由の一端にはなりましょう」

 

 それは、盛重の経験則より端を発する。

 とはいえ、何も特別な事でも特殊な事でもない。要は、子供の目線に立っての話。

 

「…………それが彼女の為ならば」

「では、僭越ながら」

 

 頼光の言葉を受けて、盛重は羽織を脱ぐと眠る立香を起こさないように、しかし手際よく彼女の体を包み込み即席のお包みとして、腕の中へと抱きなおす。

 そして、徐にその口を開いた。

 

「まず、立香殿には生みの親が居り、彼女自身の記憶にも確りと残っているという事にございまする」

「それは…………」

「そう、元の姿の立香殿でも変わりませぬ。しかし、今の彼女は幼児。つまりは、自分の世界が限りなく狭いという事になりまする」

「狭い?」

「この年の子であるならば、両親、そして少数のご友人が精々。外出に際しても基本的には両親の側を大きくは離れませぬ」

「…………」

「親元を離れるという事は、それだけ世界が広がり、同時にその子にもまた世界を受け入れるだけの器が出来上がっているという事。そして、此度の一件は器の出来ていない場所に中身を注がれてしまい、その結果として感情が溢れてしまったのでしょうな」

「では、私はどうすれば…………?」

「酷なようにございまするが、立香殿に両親を思い出させぬ事が最低限度必要な事。尚且つ、寂しさなどを与えぬように接する事、にございましょうか」

 

 さあ、と盛重はそこで言葉を切って眠る立香を頼光へと差し出した。

 

「あの、盛重さん…………?」

「母でなくとも、貴殿の愛情深さならば何の問題もありませぬ。思う心が大切なのですから」

 

 愛情は誰もが注げる。しかし、母としての在り方はやはり男には難しいというもの。

 母は強しという言葉もある様に、子を持つ母親というのは強く逞しいのだ。

 

 

 この後、マスターが元に戻った際に、盛重の事をしゃくと呼んでしまったり、子供サーヴァントが彼に子守唄をねだったりするのだが、それは全くの余談である。

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