佐久間大学?え、学校ですか? 作:佐久間大学
時間感覚を失いそうな、朝が来て昼になり夜と終わる毎日。
サーヴァントとなったアサシンは、キャスターによる魔力供給によって現界している為基本的に食事の必要が無く、同時に死人である為鍛練なども殆ど意味を為さない。
要するに、暇を持て余していた。
何せ、日がな一日山門の中央に陣取って、霊体化した状態のまま正座しているだけなのだから。糞真面目な堅物でも退屈しないわけではないのだ。
だが、それを飲み干し、噛み殺すからこその彼でもあったが。
「…………」
正座を崩さずに瞼を下ろし、呼吸は体が膨らまない程度にか細く短く小さく。
特別な意味があるわけではないが、強いて挙げるならば気を練っているといった所か。
生前からの癖なのだが、彼は暇になるとこうしてジッと微動だにせずただただ何かを待ち続けるという事が少なからずあった。
それは敬愛する主であったり、切磋琢磨する同輩や目を掛けていた後輩であったり。はたまた、敵であったり。
因みに、この状態の彼は無防備に見えて無防備ではないため、不用意に近づけば悲しい結末が待っていたりする。
周囲の景色は、日が落ちて夜の帳が世界を包み込むような状態。今宵も聖杯戦争に参加する魔術師たちの裏の読み合いが行われ、血で血を洗う様な血塗れ戦争が勃発しかねない、そんな夜だ。
もっとも、まだまだ始まったばかり。魔術師という人種の特性上、性急に事を進める事は少ない。特に、手痛いしっぺ返しなど喰らおうものならば憤死しかねないのが彼らだ。ついでに、死ぬよりも悍ましい目に遭う事も少なくない。
だからこそ、今日も――――
「…………ッ!」
終わる
立ち上がる、アサシン。刀を左腰に添えて、左手で鍔を押し上げ直ぐにでも斬れるように鯉口を切っていた。
彼が睨むのは、山門へと続く石段。明かりに乏しく、周りが森に囲まれている事から普通ならば先を見通すことは難しい、若しくは不可能であるのだが、彼は先の先まで見通していた。
「――――こんばんは。良い夜ね」
真っ白な少女。暗紫のコートと帽子を纏った少女が石段の先に居た。
違和感しかない光景だ。時刻としては、21時を過ぎているだろうか。二月の
だが、そんな事は今のアサシンには関係ない。彼が見つめるのは、少女の傍らに立つ巌の様な巨漢であるからだ。
身長は二メートルを軽く超えており、全身は強靭さを傍目からも感じさせる筋肉の塊。
アサシンとて、二メートル近い身長ではあるのだがその手足は男と比べれば小枝の様な頼りなさしか与えないほど見た目には歴然たる差があった。
「…………貴殿は、この寺に何か御用があっての来訪でございましょうか?」
「変な事、聞くのね。貴方がサーヴァントでわたしがマスターなら、やる事は一つじゃない」
少女は、ゾッとするような透明な笑みを浮かべて首を傾げた。
「――――やっちゃえ、バーサーカー」
「■■■■■■■■■――――ッ!!!!!!」
狂戦士が放たれる。
*
アサシンにとって、身体能力に隔たりがある事は珍しくない。
それこそ、彼の同僚である突撃バーサーカーや同輩である血塗れ忠犬バーサーカー等と比べれば身体能力はやはり低かった。
生前からの事だ。それが顕著に反映される聖杯戦争であってもそれは変わらない――――筈だった。
「…………っ!」
上段から片手で振り下ろされた、岩から削り出したような武骨な斧剣を自身の左側へと逸らしたアサシンは、その余波によって大きく吹き飛ばされていた。
砕かれた石段が粉塵となって夜空を埋めて、視界を白く染め――――直後に黒が飛び出してきた。
「■■■■■■■■――――ッ!!!!」
「速い…………」
バーサーカーの巨体は、三百キロを超えている。
普通ならば、僅かにでも鈍重さを与えそうなものだが彼の肉体は筋肉の塊であり、同時に彼は半人半神。そのスペックは、サーヴァントという枠組みでもトップクラスであり例え狂化を施されようとも武技に綻びなど簡単には生まれない。
アサシンとて、その実力は高い。同世代の同郷サーヴァントの中でもトップクラスの技量を持っている。
それでも、
「両手足は、炸薬。斧剣は一撃必殺。小生とは、比べ物にならない身体能力にございますねぇ…………」
防戦一方。
愛刀をもって斧剣を逸らし、いなし、外させる。隙を埋める様な拳打の関しては、肩や腰の動きを見ていればどうとでもなる。
いや、やはりおかしい。
相手はバーサーカーとはいえ、世界的な大英雄の一角“ヘラクレス”だ。怪力の代名詞にして、数々の偉業を成し遂げた傑物。
対してアサシンは、名前を聞いても一瞬首を傾げる様なマイナー英霊だ。少なくとも出身地である日本においても日本史選択の者でもなければ深くは知らないだろう。
ステータスでも、知名度でも負けている。
それでも彼は正面から、バーサーカーと打ち合えている。一歩たりとも引くことなく、その場に留まり応戦し続けていた。
要因の一つに、彼の刀が挙げられる。
日本刀の理念は、“折れず、曲がらず、よく斬れる”。彼の刀は、それをそのままに再現しているのだ。
宝具。英霊としての生涯が具現化したような奇跡の産物。アサシンの刀は、彼自身が戦場に立ったその日より常に側に在り続け、一度も折れる事無くすべての障害を切り捨ててきた。
ランクにすれば、Bといった所か。只管に頑丈であるだけで、ビームを打てたり持っているだけで所有者に加護を与えるような代物ではない。強いて挙げても、人外特攻が付いている程度。
この場においては、盾以上の役割はあまりにも期待できない。
ここでもう一つの要因だ。これは彼のスキルに関連している。
言葉そのものは、江戸時代初期のモノであるが、彼は武芸十八般を修めていた。
柔術、剣術、居合術、槍術、棒術、砲術、弓術、薙刀術、馬術、水泳術等々、十八という数に収まらない様々な技法。
注目すべきは、手数の多さ。選択肢の多彩さ。
英霊は、究極の一を持つ存在が多々居るが、アサシンもまたその一人であり、同時に万能の人としての素質も持ち合わせていた。
「■■■■■■■■――――ッ!!!!」
「――――フッ」
今も、荒れ狂う暴威の中を、まるで水をかき分けるようにしてアサシンは捌いていく。
無論、無傷ではない。全身には、細かいながらもうっすらと傷が目立っており、紋付袴にも何か所か解れが出始めていた。
それでも、彼は止まらない。むしろ止まらないからこそ、今現在進行形でバーサーカーをいなせているのだから。
対するバーサーカーもまた、狂化によって鈍った思考の中でそれでも目の前のサーヴァントの脅威度合いをしっかりと認識していた。
彼は、狂化を受けようとも大英雄。戦闘能力もさることながら、その精神力もまた常人とは比べる事すらも烏滸がましい程に強靭だ。
攻撃手段が、本能側へと偏り過ぎている嫌いはあるものの何度斬りつけても、殴り掛かっても水を打つような手応えの無さしか返ってこないからだ。
これは、違う。自分が今まで相手してきた
かといって、今のバーサーカーが搦め手を扱えるはずもなく、無理に扱えばそれは致命的な隙へと変わる事だろう。
千日手。このままこの戦闘が続けば、膠着状態のまま進むことになるのは明らか。
その筈だった。
「…………むっ」
一瞬の間、アサシンは後方へと飛び下がっていた。
歴戦の勘。孤軍奮闘することの多かったアサシンは、己の勘を疑う事はしない。それは、ある種の直観。経験に基づいた肉体の動きに他ならないから。
案の定というべきか、彼がその場を飛び退いたコンマ数秒後に、巨大な雷が降り注いできた。
バーサーカーもまた、下がっていたのだがその動きはアサシンと比べれば僅かに遅い。左手の先が雷に打たれてズタズタに皮膚が裂けてしまう。
彼には、というかアサシンにもそうだが対魔力スキルが無い。つまり、そのまま自分の体の魔力への耐性で魔術や魔法を受けねばならないのだが、この一撃はAランク相当。耐性云々以前の問題だ。
『アサシン、生きているかしら』
『キャスター殿?何用ですかな』
『そのサーヴァントは、貴方では持て余すわ。神殿を壊されるのも面倒だもの。援護してあげる』
『それは、ありがたい。今の小生では、千日手に陥るところでありました故』
『宝具の使用も許可するわ。ああそれと、そこの聖杯も持ってきなさい。殺しちゃだめよ』
それだけ言って、キャスターとの念話が途切れる。
宝具の開帳。それはそのまま、サーヴァントとしての真名を晒す事にも等しい行為。同時に必殺技でもある為この状況をどうにか破壊するための手段にもなるだろう。
とはいえ、アサシンの通常宝具は派手さの無いシンプルな対人宝具であるのだが。
「ふぅ…………」
全身に魔力を回し、構えるは右半身を引いた霞の構え。
「――――貴殿、名のある武人とお見受けいたす」
紡がれるは、前口上。
「なればこそ、貴殿の
飛び出す、体。
羽織の裾がはためき、彼の体は僅か一歩でバーサーカーの眼前へと現れていた。
「■■■■■■■■――――ッ!!!!」
当然反応するバーサーカー。斧剣を振るって、目の前の敵を叩き潰さんとする――――が、その前に視界が反転した。
風を切る音。
「――――【
赤に彩られた銀閃が空を薙ぎ、首を失った巨漢の傷口より血が勢いよく噴水のように噴き上がっていた。
日常よりも、戦闘シーンの方が書いていて楽しい今日この頃