佐久間大学?え、学校ですか?   作:佐久間大学

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善為さず、悪為さず

 性善説と、性悪説。

 人の始まりが、善であるのか、悪であるのかを問う哲学的な議題の事だが、そもそもそれは正しいのか否か。

 何故なら、善も悪も、どちらも人が考え出した区分でしかないのだから。

 それ故に、先天的に中庸の道を歩む者も確かに存在している。

 善でもなく、悪でもなく。ただ己の中に存在する基準に従い、若しくは自身を“所有”する存在に全てを委ねていたり。

 

 故に、愚者は只管に灰色の道を、斜めに傾いて全力疾走していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第五次聖杯戦争において、最初の脱落はライダーであった。

 一瞬で首を刎ねられ、彼女の(偽)マスターも同じく殺され彼が持ち合わせていたある物もアサシンを有するキャスター陣営の手の中へ。

 

「ふふっ、面白いものを持ち帰って来たわね、アサシン」

「…………」

「魔術に疎い貴方は分からないかもしれないけれど、これは言うなればマスター権の一時的な貸与に用いられるものなのよ」

「貸与?」

「そう。魔力の供給こそ元のマスターから行われても、命令権はこの書を持っている人間に与えられるの。貴方が殺したライダーのマスターは偽物ね。これがあれば、魔術回路が無くとも魔術を行使できるようになるもの。ライダー自身も、全力とは程遠かったでしょうね」

「成る程。であるならば、小生はやはり運が良かったという事になりまするな」

 

 いつぞやと同じように、書庫の一角を場所としてキャスターと、彼女の前に跪くアサシン。

 彼女の手には、一冊の本があった。

 

「アサシン、ライダーの本当のマスターをここに連れてきなさい」

「御意。されど、小生には皆目見当がつきませぬが如何いたしましょう」

「この書を使うわ。これは未だに、令呪としての効果を持ったままなの。貴方はスキルでマスターの鞍替えが出来ないものね。このパスを貴方に擬似的に繋げるわ。後は、それを追いなさい。自然と辿り着くでしょうから」

「御意」

 

 アサシンに、書が渡され彼の体は霞に消えていく。

 その姿を見送り、キャスターは思考を回す。

 彼女の想定以上に、アサシンは有能だ。仕事は簡潔に熟しているし、何よりも裏切らない意思というものが一挙手一投足に表れている。

 キャスターの時代に居た、英雄願望など一欠けらも持ち合わせておらず全てを主に捧げる。

 もしも、彼女ではなく他のマスターが呼び出していればバーサーカー並みの被害を出していたかもしれない。

 最低限度の気配遮断と、三騎士や世界最大級の英霊と正面から剣を交える実力。こんなものを持ち合わせているなど、バグ以外の何物でもない。

 だが、その手札は彼女の手の中にある。やろうと思えば、このまま聖杯戦争を終結させることも可能かもしれない。

 

「私は、私の願いの為に」

 

 キャスターは止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーヴァントとマスターを繋ぐパスというのは、何も魔力のやり取りだけではない。

 記憶や感情、念話や五感等々、様々なモノを共有する事が出来る。

 当然ながら、場所も正確に発見可能という訳だ。

 時刻は夜。星明りと月光が澄んだ冬の空気を突き抜けて冬木の町並みを照らした美しい日だった。

 

「…………臭い」

 

 いつも通りの紋付袴のアサシンは、無銘刀を左の腰に差して眉を顰めていた。

 彼が見つめる先には、不気味な見た目の洋館。夜の闇も相俟って、暗い雰囲気を垂れ流しており光を拒絶するような暗い気配があった。

 だが、それ以上に彼をその場に留めさせたのは臭い。悪臭といっても過言ではない嫌な臭いが彼の鼻腔を刺激しており二の足を踏ませていた。

 

「――――クカカカッ、この屋敷に何の用じゃ、アサシンよ」

「……成る程、貴殿がこの臭いの元凶。随分と腐り果てた魂をお持ちのようにございまするな」

「ほう、鼻が利く。儂の正体を嗅ぎ取っ――――」

 

 アサシンと対峙していた、五百年の妄執である間桐臓硯はそれ以上の言葉を紡げなかった。

 

「蟲畜生に、語る言葉など小生にはございませぬ故」

 

 いつ抜刀したのか。アサシンの手には刀が握られており、臓硯の体は膾斬りとなって崩れ去ってしまう。

 だが、臓硯とて五百年を生きる妖怪だ。普通ならば細切れにされようとも本体の蟲がダメージを受けねば復活が可能となる。

 普通の刀(・・・・)ならば。

 アサシンは、人外特攻持ち。それも、日本の妖怪が相手ならば通常以上のバフが得られる。更に、無銘刀もまた人外特攻だ。

 そんな存在に斬られれば、如何に端末であろうとも本体との繋がりがある。

 如何にか細い糸であろうとも、毒は人外という存在を斬り伏せるのだ。

 ボロボロに崩れ去る蟲の塊を踏み越え、周囲で足を縮こまらせて落ちてくる蟲にも見向きせず、アサシンは屋敷の中へと足を向ける。

 その足取りに迷いなど無く、真っ直ぐに進んでいく。

 やがて、辿り着いたのはとある一室。ノックする事も、声をかける事も無く、斬り倒した。

 

「…………え?」

「お迎えにあがりました、ライダーのマスター」

 

 対面するは、一人の少女。穂群原の女子制服に身を包み、赤いリボンを付けた彼女は驚いた眼をアサシンに向けていた。

 

「貴方は…………」

「小生の事は、どうでも良いので。貴殿を連れていく、それだけにございます故」

 

 彼は会話をする気が本当にない。

 一瞬の間に、右手の刀が回ったかと思えばその柄頭が少女の、間桐桜の鳩尾へと突き刺さっていた。

 僅かな抵抗も許すことなく、気絶した桜を担ぎ上げアサシンは部屋の窓へと向かい大きく開け放つ。

 そして、夜空へと跳んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 特に事件なども無く、アサシンは柳洞寺へと戻ってきた。

 一応、途中で自分を監視するような視線はあったものの、そこはそれ彼の気配遮断スキルと武芸十八般スキルによって遠距離狙撃すらも無力化する予想能力を持って回避してしまっていた。

 今では、お届け者をキャスターに預けて今まで通り門番として山門の前に座っている。

 

「…………」

「小生に何か御用でございましょうか、ライダーのマスター殿」

「……………………アサシン、ですよね?」

「肯定にござりまする」

 

 アサシンの背後、玉砂利を踏んで現れた桜は彼の返答に体の震えを覚える。

 既に、彼女の手には令呪など宿ってはいない。それどころか、体に巣食っていた刻印虫すらも綺麗さっぱり取り除かれ、むしろ今までにない程に体の調子が良い程なのだが。

 やったのは、キャスターだ。彼女は、桜の体より令呪と一緒に第四次聖杯戦争の際に発生した聖杯の欠片を抜き取っていた。

 殺しても良かったのだが、アサシンを通して間桐邸の惨状を目の当たりにしていたキャスターは彼女の体を治していた。

 それは、慈悲か哀れみか。それでも、彼女は生き残る道を示した。

 そんな桜は、この柳洞寺を出ない事を条件に動くことを許されここに居る。

 聞きたいことがあったから。

 

「――――どうして、兄さんを殺したんですか」

 

 それは、ありきたりな問い。少なくとも、残された側が最初に口にするであろうと言葉。

 アサシンも、数十年生きた身だ。この言葉を聞いたことが、少なからずあった。

 

「命令にございましたゆえに」

「命、令?」

「貴殿も、既にお会いになったのでは?キャスター殿のマスター殿は、学び舎での教鞭を執られておりまする。結界が使われ続ければ、万が一がございました。故に――――」

「――――殺した」

「然様にございまする」

 

 淡々と語られる言葉。それはそのまま、アサシンの内心を示しているように聞く側であった桜には感じられる。

 納得していない。そんな気配を背中から感じ取っていたアサシンは、一つ顎を撫でると座った姿勢のまま桜の側へと向き直る。

 

「貴殿、あー……………」

「桜、です。間桐桜」

「では、桜殿。貴殿らは、戦争とは如何なるものかをご存知ですかな?」

「…………戦争、ですか?」

「しかり。戦争、戦い争う場。聖杯戦争もまた、戦争には変わり在りませぬ」

「……………………」

「貴殿の兄上もまた、桜殿よりライダーを借り受け戦争に参加した者。小生にとっては敵でしかありませぬ。そして、戦争における敵というものは命のやり取りを行う相手にございますれば」

 

 それは、戦国時代という人の命が限りなく軽かった時代の事。

 アサシンが生き抜いてきた時代の事だ。

 

「例え、百戦錬磨、万夫不当の益荒男であろうとも。女子供であろうとも、小生の前に敵として立つならば神であろうとも斬り捨てて御覧に入れる所存でございまする故」

「で、でも…………」

「何より、桜殿。貴殿とて分かっていて、兄上殿にライダーを貸与したのではありませぬか?」

「……………え?」

「如何なる理由が有りましょうとも、力を持たぬ素人が生半可な武器を片手に戦争に赴くことこそ、死に急いでいる事もありますまい。そんなものは、単なる蛮勇、もとい馬鹿のする事。戦いとは、最終的に力へと帰結するものにございます故」

 

 それだけを静かに語ったアサシン。

 だが、桜には十分すぎた言葉でもあった

 要約してしまえば、結果的に慎二()を死に追いやったのは自分()であると言われてしまったようなモノであったから。

 無論、アサシンも彼女たち間桐の事情など知る由もない。故に責める事もしないし、自身の行いを弁明しようともしない。

 ただ淡々と自分の思った事を述べるのみ。

 

「私、は……………どうすれば、よかったんでしょう……………………」

「それを小生に問われましても、お答えしかねまする。答えなど、自分で出さねば意味などありませぬ故」

「自分の、答え…………」

「小生は、一生を主に捧げると決めもうした。これは死してなお受け継がれておりまする。他者から得られた答えを己のモノと思い込むのは楽にござります。しかし、魂には刻まれぬのです」

「魂に?」

「然り。己の答えを得ねば、長く続く生涯の中でどれ程の崇高な理想も現実という世界によって摩耗し、やがて忘れる事になりましょう」

 

 アサシンは知っている。どれだけ強かろうとも、己の内側に柱が無ければ容易く折れてしまうという事を。

 何より、答えが出ていないという事は自身が目指すものに納得していないという事。

 そんなものは、極限状態に陥る前に平気で自分の願いも何もかも捨てて逃げてしまう。安易な道を進もうとしてしまう。

 

「後悔せぬ道を進みなさいませ。貴殿には、小生を殺すだけの理由がございまする。背より狙う事も否定いたしませぬ」

 

 正座から深々と頭を下げ、アサシンは再び前を向いた。

 彼の誓いは、主への忠誠と義理堅さ。答えは、折れず曲がらず歪まない鋼の心。

 鉄心ならぬ、鋼心。刻まれた誓いは歪むことなく。

 

 この対話は、間桐桜の分岐点となる。

 未だに答えは見えずとも、確かに彼女は外へと目を向ける事となったのだから。
















戦闘シーンが無いと書きにくいですね
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