佐久間大学?え、学校ですか? 作:佐久間大学
サーヴァントには、食事は基本的に必要ではない。
これは、そもそも彼らが死人であり霊体であり魔力によって成立した存在であるから。
無論、完璧には無駄ではないし。サーヴァントによっては、むしろ食事を好むものも少なからずいる。某騎士王や救国の聖女などが健啖家筆頭であろうか。
とにかく、基本的にはそれこそ魔力が足りていない場合を除いてサーヴァントは食事をとらない。
「…………」
「こちらをどうぞ、アサシン。中身は焼き鮭とおかかです。それから、こっちの水筒にはお茶が入ってますから。使い方は分かりますか?」
「聖杯より知識は与えられております故…………桜殿」
「はい?」
「なぜ、小生に食事を?」
朝の陽ざしが射し込む柳洞寺の山門前に座ったアサシンは、振り返ることなくおにぎりが二つと沢庵が二切れ載った皿と、温かいお茶の入った水筒を乗せたお盆を持ってやってきた桜に問う。
今日は平日。本来ならば、彼女もまた学校に行かねばならない日だ。攫ってきた張本人であるとはいえ、気にならないわけではない。
何より、桜からすればアサシンは兄である慎二の仇だ。彼自身も、背中から無言で刺される事も是としている。
でありながら、持ってきたのはおにぎりとお茶。心眼のスキルから相手の嘘や隠し事をある程度見抜けるアサシンから見ても、毒入りなどではない事は明らか。そもそも、今アサシンが死ねば間違いなくキャスターも終わる。
だからこそ、不可解であった。
対して、桜は笑むでもなく、怒るでもなく、悲しむでもなく、何処か迷ったような雰囲気を滲ませて少しの言葉を選ぶような間を置いて口を開く。
「…………アサシンの事を、私自身どう思ってるのか分からないんです。ええ、確かに貴方は兄さんの仇。けれど、貴方はお爺様を斬ってくれました。私から全てを奪って、けれど私を救ってくれて。私は、私が分からないんです」
「…………」
「だから、こうしていつも通りの事をしようと思いました。誰かの為の食事と、誰かと囲む食卓。本当なら、先輩たちと囲む筈ですけど、今はそれを許さない状況ですから」
言うだけ言うと、桜は後で回収に来る旨を伝えて踵を返してしまった。
「…………美味」
蟻に集られるのはご免被る、とアサシンはおにぎりを受け取り齧り付く。
絶妙な塩気と、具材の味。合間に挟む沢庵の浸かり具合といい、彼は貪るようにしてぺろりと二つを平らげてしまった。
そして、うっすら塩気の残った指先をなめ、次は水筒へ。頭頂部の蓋兼コップを取り中身を注げば、薄い緑の薫り高い緑茶。
スンッ、と匂いを嗅げば良いものと直ぐに分かる事だろう。
「…………ふむ、これもまたいい味にございまする」
ホッと一息つけば、サーヴァントになってからはあまり感じなかった寒さが際立つ感覚を覚えるアサシン。
因みに、茶に関しては煩い忠犬バーサーカーが居たため作法などに関しても一通り修めていたりする。万能故に伸ばした腕は広かった。
コップを手の中に収め正座したアサシンは、朝日に目を細め遠くを眺める。
見た目こそ若々しいのだが、纏う雰囲気は老成のソレ。悪く言ってしまえば彼の雰囲気は、爺臭かった。例としては、定年退職後の趣味の無い老人が縁側に腰かけて日向ぼっこしている姿だろうか。
もっとも、それは見せかけであると言われてもおかしくないのがアサシンではあったが。
仮に、ここから襲撃を受ければ、即座に刀を抜いて応戦できる。
そもそも、現在残っているのがセイバー、アーチャー、ランサー、バーサーカー、そしてアサシンとキャスター。
最初の脱落がライダーであったが、その他のサーヴァントは未だに健在。
特に、セイバーとアーチャーに関しては柳洞寺への襲撃が起きていないため、少なくともアサシンは知らない。キャスターならば、使い魔を放って何か情報を得ているかもしれないが、それらに関しても彼には降りてきてはいなかった。
故にアサシンにできる事は、最初の言いつけ通りに門を守護し続ける事。幸運なのは、アサシンの令呪が一角も消費されていない事か。
令呪は、絶対的な命令権として行使される事もあるが、それ単体ならば膨大な無色の魔力の塊だ。
サーヴァントとマスターの間に絶対的な信頼、ないしは裏切らない関係性が出来ているならば、令呪はドーピングに用いる方が勝利にこぎつける可能性が近付く。
アサシンとキャスターの関係は、後者だ。
少なくとも、キャスターが裏切ることも視野に入れているのに対して、アサシンは今生の全てをキャスターの勝利に費やすことも厭わない。
ある意味、理想的すぎる。前衛のアサシンが敵を足止めし、後衛のキャスターが刈り取る。
既に神殿は完成済み。少なくとも、この柳洞寺を含む一帯はキャスターのテリトリーであり何処からともなくAランクの魔術が飛んでくるのだ。
更に、そこにアサシンのアンブッシュ。並みのサーヴァントならば、何もさせずに勝てる。
だからこそ、油断しない。少なくとも、三騎のサーヴァントと交戦したアサシンは、気のゆるみなど以ての外だと考えている。
ライダーは殺せた。ランサーは、互いに本気ではなかった。バーサーカーは首を刎ねれたものの、その後直ぐに再起動を果たしていた。
セイバーとアーチャーがどの程度の実力かは分からないが、アサシンが警戒するのは後者だ。
彼には遠距離戦闘を行う手段が無い。流石に、刀で鎌鼬を起こしたりは出来ない。仮にできても、射程という点で負ける。
「…………ふぅ」
水筒を元に戻し、アサシンはお盆を傍らに置いて姿勢正しく正座の体勢。
瞑目し、精神統一。ただ目指す結果のみを見つめる。
*
事態が動いたのは、とある夜の帳が下りた後であった。
「――――来られましたか」
「よお、テメーの首獲りに来たぜ、アサシン」
「小生の首に、それほどの価値はありますまい」
「いいや、十分すぎるぜ。オレの参加理由も果たせる」
あの神父の手駒はご免だがな、と内心で続けるランサー。
階段上から見下ろす形となったアサシンは、今回は正座で待つようなことはしない。
「居合とやらは使わねえのか?」
「そもそも、居合とは実戦で用いる技術にはございません。敵の虚を突き、敵が油断している時こそが居合の使い時でありまして、
居合は達人ともなれば、鍔鳴りが響いた時点で納刀されていると言われる程に速い。しかし、その実攻撃の軌道が限定されてしまうという弱点もあった。
鞘が、左の腰に有れば刀の所有者は右利き。居合の軌道は、左から右。斜め下か真横からが基本となるだろう。
決まれば必殺にも至れるが、防がれれば一転劣勢に。
故に、アサシンは抜刀した。抜刀し、構え、本気の殺意を昇らせる。
濃密なまでの死の気配に、しかしランサーが怖気づくはずもない。
むしろ、好戦的な笑みを浮かべて呪いの朱槍を構えると冷や汗も脂汗も流すことなく鋭く睨んで、同じく殺気を放ち始める。
ステータスだけ見れば、筋力と魔力を除けば五分。幸運に関しては、基本戦闘ではどちらも影響しないためカウントしない。
「――――セアッ!」
「――――ッ」
仕掛けたのは、ランサーだ。
アサシンの対人魔剣は、大前提として先手がとれねば意味が無い。そして、アサシン自身が一歩で距離を詰める必要がある。
踏み込みが遅れたのは、強敵が相手の場合は一度様子見に動いてしまう彼の悪い癖のせいであった。
赤い線を引き放たれる神速の三段突き。
顔、喉、心臓と全て急所を正確無比に狙うそれらに対して、アサシンは体を右に逃がしながら刀の切っ先を落として左手を刀身の鎬に添えて槍の穂先を滑らせて回避していた。
同時に、左手の親指と人差し指の間に刀の峰を挟んで溜めを作り、放つ。
風を斬る銀閃が弧を描いた。
「甘ぇよ!」
甲高い金属音。刀身が、朱色の柄を滑っていく。
槍と刀では間合いが違う。特に、槍を持つ相手に刀を持つ者は数倍の実力が無ければならないというのが通例だ。
では、アサシンの技量とランサーの技量が隔絶しているかと問われればそれは違う。
刀だけで勝とうとすれば、数倍の技量が必要になるというだけ。
相手の足場を予め踏み潰し踏み込ませず、槍の引手に合わせて前に詰めれば刀の刀身のみならず柄頭や鍔でさえも攻撃に転用する。
それだけではない。
「チッ………器用な事しやがるじゃねぇか」
先程までは右手順手であった刀が、今では左手逆手に持たれている。
アサシンの剣術は、型が無い。正眼や八相等の構えこそとるものの、その本質は戦場に置いて磨かれた実戦剣術であるからだ。
例えば、彼の刀は、柄を握り刃筋を立てて振るわれるだけではない。まるで棒術に用いられる棒のように、長くもない柄を軸にクルクルと器用に回され、相手が刀を弾いたと思えば、次の瞬間には反対側から切っ先が襲ってくるなどザラに起きる。
ランサーが感心するのは、その回転率と虚実の入り混じり。
彼は力と技ならば、前者で制することが少なくない。無論、その技量は凄まじいが。
これは、彼の出身であるケルト神話が力こそすべてな面があるせいでもある。割合にすれば、7:3程度で力などのフィジカルに振られているのではなかろうか。
対してアサシンは、技量に8割、力に2割といった所。柔よく剛を制すという奴である。
弾かれたならば踏ん張らずに、次の一撃に上乗せする。防がれたのならば、押し込まずに刃を引いて浅くでも斬りつけ流血を促す。
隙を見つければ、
「――――ハッ!」
「おおっ!?」
手首を掴んで小手返し。
槍を使う前提として、ランサーの片手は前に出ている。
突きを斬撃で僅かにそらし、紋付袴の腹部辺りを軽く斬られたがアサシンは突き出されたランサーの右手首を取った。
突きの勢いを利用しながら体を突きの方向へと引き込んでランサーの体勢が若干崩れたところで一気に前へ。
結果、ランサーは背中から階段下へと投げ落とされることになる。
本当ならば叩きつけたいところであったが、階下は自然と低い位置となるわけで叩きつけられる可能性を考えての途中で放していた。
見事な小手返しであった。ただ、中途半端で終わってしまった為に、空中で姿勢制御を行ったランサーは問題なく石段に着地を決める。
「やりやがる。あのまま叩きつける事も出来たんじゃねぇか?」
「そうしていれば、小生の体に風穴が一つ空いていた事でしょう。あの程度では倒れますまい」
「ハッ、当然だろ」
互いに決定打に欠ける。
だからこそ、
「――――ま、長引くのも詰まらねぇだろ」
ランサーが呟くと同時に、呪いの朱槍に魔力が溢れる。
瞬間、アサシンは全身の血の気が引くのを感じた。見て分かったのだ、あの一撃は不味いと。
対抗するように口上を述べる。
「この一撃、手向けとして受け取るが良い」
「――――貴殿の首を、献上いたす」
サーヴァントの宝具開放。ランサーもアサシンも、このままダラダラと戦い続ける事を良しとしなかったのだ。
踏み出したのは、僅かにアサシンが勝った。さりとてそれは本当に僅かな時間であり、常人は愚か並みのサーヴァントでは見切る事すら出来ないかもしれない。
しかし、両者は互いが互いに相手の軌道を確りと己の双眸で把握していた。
「その心臓、貰い受ける!――――――――【
「我が主の供物となれ!――――――――【
衝突まで、コンマ一秒。
「――――
「――――
一刺一殺の呪いの朱槍と一斬一殺の不壊の打刀。
「――――ッ」
「――――ごふっ…………」
一刀の元に、ランサーの首が宙を舞い赤い線を夜空に引く。
一刺の元に、アサシンの体が石段に叩きつけられ磔にされる。
互いが互いに一撃必殺をぶつけ合ったその結果、互いが互いに無視できないダメージを負う結果となったのだが、
「…………っ……小生の…………勝ちに……………………ございますれ……………………ば…………」
アサシンは辛うじて生き残っていた。
ランサーの宝具【刺し穿つ死棘の槍】は、因果逆転の呪いの朱槍。
心臓を貫いた、という結果を作って放つ一撃であり、確実に相手を即死させるというチート染みた権能に近いと称される代物だ。
躱すには、敏捷など関係なく、偏に幸運の値がモノをいう。
最低でもBランク以上の幸運値であれば漸く辛うじてずらせるかといった所。
アサシンの幸運の値はBランクだ。これが一段階目。
彼が辛うじて生き残ったのは、幸運値と対人魔剣、そしてスキルの心眼によるものが大きく、どれか一つでもなければ良くて相打ち、最悪一方的に心臓を穿たれて終わっていただろう。
アサシンの魔剣は、絶対的な先制権を得る一撃必殺の首狩り刀。今回は、相手の朱槍が因果逆転により結果を作る前に首を刎ねる事が確定しており、結果的に先にランサーが死んだ。
そこから、結果が作られるが持ち主の補正が入らない槍の穂先は幸運値によって僅かに鈍り、そこから1パーセントでも逆転の可能性があるならば動きに移せるという(真)の効果と、直感含めた(偽)の効果が同時発動し着弾点の心臓よりも僅かにずらすことに成功していた。
とはいえ、片方の肺が潰され貫かれた衝撃によって全身に衝撃を受けてしまって真面に動ける状態ではないが。
互角の勝負は、時の運によってアサシンへと転がり込んだ。
2騎目の脱落は、ランサーである。