デイジィとアベル(一)決戦前の蜜月   作:江崎栄一

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登場人物
 デイジィ   女剣士
 アベル    青き珠の勇者
 バハラタ   海賊の頭。義賊
 ユリカ    給仕の女
 モコモコ   力持ち
 ティアラ   赤き珠の聖女
 ドドンガ   ティアラの家来
 ヤナック   魔法使い
 ザナック   ヤナックの師匠
 チチ     スライム
 カカ     スライムベス
 オルテガ   アベルの父
 国王     アリアハン国王
 ミネア    占い師の少女
 殺人エイ   アベルを襲撃する
 フレア族   バハラタの船を襲撃する
 プレシオドン 海竜型の巨大モンスター
 バラモス   魔王
 ゾーマ    古代エスターク人の残留思念
 ジキド    バラモス親衛隊の隊長


第一章 コナンベリーのひととき
〇一 プロローグ 旅立ちを前に 


 アベルの家の前。あたしは一人、手すりに腰かけて佇んでいた。晴れ渡る空を飛ぶ鳥の鳴き声だけが静かに響き渡る。目の前の野原と、そこに点在する民家も平和そのものだ。一昨日の戦禍がうそのように、このアリアハンという田舎の城下町は平和を取り戻していた。

 きっと、この村はずっと静かな時を送っていたんだろう。この景色を見ているとそう思える。アベルやモコモコがあんなに純朴なのも頷ける。

 にやついていると、背後からドアの開く音がした。

「デイジィ。お待たせ」

 アベルが立っていた。そろそろ出発しようと、あたしが声をかけてからどれほどの時間も経っていない。長身に浅黒く焼けた筋肉質な肉体。勇者の衣を身に着け、背中に稲妻の剣、額には青き珠を埋め込んだサークレット。冒険の支度は整っている。

 青き珠が太陽の光を受けて煌めいた。真の勇者がこの球を持つとき、伝説の竜を封印する力が生まれるという。その勇者があたしの目の前にいるアベルだ。

 そういうあたしも、革の鎧に隼の剣、手には青い兜。旅の準備は万全だ。

「もういいのかい」

 あたしは手すりから飛び降りた。兜をかぶりながら、アベルの近くまで駆け寄る。顔を見上げると、アベルの顔には精悍さが戻っていた。真っすぐに見つめ返す視線に、一瞬どきりとした。

 あたしが心配だったのは、アベルが負った心の傷だった。

 アベルは父との死別で傷心し、昨日から家に籠っていた。あたしたちはアベルが吹っ切れるまで待つつもりだった。あたしにできることがあるなら、何でもしてやるつもりだったが、アベルは一人で心を静めたようだ。バラモスよりも早く竜伝説の謎を解明するため今日出発すると、アベルは決意した。その言葉を受けて、ティアラとモコモコも村の皆に出発のあいさつを始めた。

 あたしはモコモコたちを待ってアベルを迎えに行くつもりだった。だが、国王の使者から城に来るように言われ、集合場所をアリアハン城の前に変えた。それで一人でアベルを迎えに来たんだ。

「ああ、もう体は大丈夫だ。ほら、この通り」

 アベルは笑顔を見せて、伸びをした。どこか力がなく、強がっているように見えた。顔に疲れが見える。

 それもそのはずだ。一昨日、あたしたちはこのアリアハンでバラモスの襲撃を受けた。刺客は凄腕の戦士、呪いの兜で魔族の操り人形と化した人間だった。そいつとは、ホーン山脈であたしも手を合わせた。技も力も人間の常識を超える恐ろしい男だ。その上、剣に一筋の迷いもない。ヤナックやモコモコも倒れ、このあたしですら、あと少しで殺されるところだった。

 この時はザナックのバシルーラで難を逃れたが、次に向かったアリアハンで、あたしたちは再び、この男と複数の宝石モンスターから襲撃を受けた。

 アベルは単身、この男に闘いを挑んだ。互角の勝負を繰り広げ、勝機が見えたかに思えた。だがアベルに切ることはできなかった。この男は、アベルが幼少期に別れた実の父、オルテガだった。

 アベルはオルテガと剣を交える最中、その肩に見覚えのある傷があることに気が付いた。それは、森で迷った幼少期のアベルを、豪傑ぐまから守るために負った傷だった。

 死闘を演じている相手が実の父であることを知ったアベルは剣を捨て、懸命な呼びかけを続けた。オルテガの正気を取り戻すことに成功したが、感動の親子の再開はすぐに断ち切られた。

 この光景はバラモス親衛隊長ジキドに見られていた。もはやオルテガに戦意がないことを悟ったジキドは、自らの手でアベルを抹殺すべく襲い掛かってきた。ジキドも只者ではない。亡霊の島では、あたしとアベル、モコモコ、ヤナックの四人がかりでも逃げるのがやっとだった。オルテガはアベルを守るためジキドに捨て身の闘いを挑み、奴の腕を切り落として追い返すことに成功した。

 だが、その代償はあまりにも大きかった。ジキドの剣に胸を貫かれたオルテガは致命傷を負い、アベルの腕の中で最後の時を迎えようとしていた。

「よいか。青き珠の神殿に行き、聖剣を手に入れるのだ。聖剣は青き珠の勇者、お前にしか手にすることができん」

「でも、青き珠の神殿ってのがどこにあるのかオイラ……」

 決して弱さを見せないアベルが、人目もはばからず涙を流していた。どんな勇者だって、愛する者の死を前に強がることなんてできないだろう。

「天空に……。青き珠の神殿は天空をさまよっている。不死鳥ラーミアを蘇らせ、それに乗って行けば……」

 オルテガの声に、ゴボゴボという音が混じる。喉まで血が登っていた。その声はやっと聞こえるくらい小さいものだった。

「アベル。立派に成長したお前の姿を見ることができて、わしは、わしは……」

 アベルの両眼から止め処なく涙が零れ落ちる。

 オルテガの眼が閉じた。言葉の途中で力尽きていた。安らかな死に顔だった。

「父さん、父さん……。いやだぁ! 父さん」

 アベルの悲痛な叫びが心に刺さった。

 五歳の時に生き別れ、死んだと思っていた父とやっと会えたっていうのに、あっという間に別れが来てしまった。あたしは初めてアベルの涙を見た。ずっと弱音など吐かずに隠し通していたが、ひそかに抱えていた悲しみが表出してしまったんだ。

 ずっと一人で背伸びして生きてきたんだろう。あたしたちの前でも強がっていたのかもしれない。こんなときくらい泣いたって誰も責めやしない。思いっきり泣けばいい。慰める言葉すら思い浮かばないのが、歯がゆかった。

 気が付けば、あたしの頬にも涙が伝っていた。

 あたしたちは、アベルが落ち着くのを待って、オルテガの遺体を埋葬することにした。オルテガの巨体を埋めるために大きな穴を掘った。遺体に土をかけている間も、アベルはずっと険しい顔に涙を流し続けていた。オルテガの顔が土で覆い隠されると、とうとうアベルは崩れ落ちた。無理をしないで下がっているように行ったが、アベルは頑なにその場を離れなかった。

 しっかりと土を踏み固めると、オルテガの剣を墓標にするとアベルが言った。

 すまない、アベル。あたしたちには、これくらいしかしてやれることはない。だから、日が暮れてもいつまでもそこに佇む姿を見て、一人にすることにした。かける言葉が見つからなかった。

 アベルは深夜になっても、その墓標の前から離れなかった。上弦の月を向いた寂しそうな背中を見るのは辛かった。そして、みんなが寝静まるまで家に戻らなかった。それから丸一日家に籠って顔を出さないアベルには、ティアラですら遠慮して近づかなかった。

 あたしはもう一度アベルの顔を見つめた。いままでのような精悍さだけではない、その下に悲しみも含んだ優しい顔に変わっていた。少年のように可愛らしく思えた顔が、急に大人びたようだ。

「さあ、行こう。デイジィ」

 あたしはしばらくアベルの顔から眼が離せなかった。出会った時は青臭いガキだったのに、今は立派な勇者に成長している。このあたしですら惹かれてしまう程の……。

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