デイジィとアベル   作:江崎栄一

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一〇 決着

 アベル……。

 海に落下してから随分長い時間が経った。大丈夫なのか。海の中でモンスターと闘っているのか、それとも、まさかやられちまったんじゃ。

 あたしが心配し始めた頃、水面が大きく盛り上がった。そしてあのモンスターと一緒にアベルが空へ飛び出した。

 宙を舞いながら、アベルはモンスターの背中を蹴ってさらに飛び上がった。

「アベル!」

 あたしは安堵のあまり、叫んでいた。モンスターは手負いだ。血を流しながら海に落下した。アベルは空中を降下しながら、あたしを見る。余裕のある勇ましい顔。きっとアベルなら一人でこのモンスターを撃退できるだろう。

 アベルは再び海面に着地した。

 あんたはあたしが思っているよりも強い。まさか海洋モンスターと死せる水の中で闘えるなんて。

 少し離れたところで、モンスターが再び水面に顔を出した。今度は慎重に行くようだ。しばらくの間その場で静止してアベルの様子をうかがうと、モンスターの口が赤く光り出した。それは火の玉だった。

 モンスターは口から火の玉を放ちながら、アベルに向かって突進した。無数の火の玉がアベルを襲う。

 アベルは真っすぐにモンスターに向かって構えながら、最小限の動きで火の玉を交わし続けた。地上にいるときと完全に同じ動きだ。

「青き珠の力を自由に操っている……」

 あたしがその姿に見とれている間にも、どんどん距離が縮まっていく。すると、今度はアベルがモンスターに向かって走り出した。

 アベルは駆け続け、岩礁を踏んで宙へ跳んだ。

 それに目掛けてモンスターも飛び上がった。

 アベルが稲妻の剣を大きく振りかぶる。そこに雷光が走った。そして身を丸めてモンスターの下を取り、切りつけた。

 十メートル以上の体調を誇る殺人エイを、口の先から尻尾まで、綺麗に刃で捉えた。アベルの勝ちだ。

 モンスターが絶叫した。

 切り口から大きく割れ、全身が真っ二つになった。

 そして宝石モンスターの証であるように、絶命の間際に光りを放ち、宝石と化した。

 アベルは再び海面に降り立ち、宝石は海に沈んだ。

 群衆から歓声があがった。

「すげぇ……」

 あたしは声を漏らしていた。こんな闘いがあるなんて。

 モンスターの最後を見届けると、アベルは悠然と黄色い光に向かって歩き出した。

 その手前に来ると、アベルは懐から三つのオーブを取り出した。オーブはまだ赤と青と緑に輝き続けている。ここから、いったいどうやってイエローオーブを手に入れるっていうんだ。

 三つのオーブが放つ光は、一筋の光線となって、黄色い光に向かった。

 再び光線が海を突き刺した。

 少しの間、辺りを静寂が包むと、黄色く光る物体が海から浮き上がった。

 あれがイエローオーブで間違いないだろう。

「これで四つ揃ったぞ」

 アベルはそう言って、その黄色い物体を掴み取った。

 さすがアベルだ。あたしに向かって歩き出したアベルを見て、そう思った。

 海岸に戻ったアベルを取り囲むように群衆が集まった。その場はアベルを称える歓声で溢れかえった。

「あなたは、まさに伝説の勇者だ」

「アベル様なら、バラモスを倒すことができるかもしれんぞぉ!」

「勇者に栄光あれ!」

 例の女と一緒に子供たちが賛美の声をあげる。

「凄いじゃないか」

 あたしも声をかけることができた。

「どうだいデイジィ。一人で何とかできたよ」

 アベルは照れ臭そうに笑った。

「ケガはないか、アベル」

 外傷はないようだが、死せる水に肌が触れている。油断はできない。

「あのくらいの時間だったら、死せる水に浸かっても大丈夫みたいだ。しっかりと洗えば大丈夫だ」

 確かに問題ないように見えるが、早く身体を洗った方がいいだろう。あたしはアベルの手を掴み、群衆の中から連れ出した。人込みから離れたところで、バハラタも合流した。

「大した奴だ。いつの間にあんな力を身に着けたんだ」

 あたしの言葉が嬉しかったのか、アベルは誇らし気な顔をした。

 さっきのアベルの闘いは、あたしにはとても想像できなかったものだ。荒れ狂う海を沈め、海面に立ち、死せる水の中で海洋モンスターを撃退する。他の者には真似できない、勇者の姿だった。

「父さんの呪いの兜を切ったとき。父さんが、オイラに青き珠の使い方を教えてくれたんだ」

 アベルは遠くを見ながらそう言って笑った。だがその笑顔もどこか悲しそうに見えた。

 心も体もこんなに強いのに、悲しい過去を背負っている。五歳までに両親を失って、それからはパブロ神父が面倒を見てくれていた。きっと、今まで誰にも甘えることができなかったんだろう。それが一瞬とはいえ、オルテガの前で涙を流せて、少しは救われたんじゃないだろうか。

 あたしにだって少しは甘えたっていいんだ。

 勇ましいアベルの顔を見て、あたしは寂しくなった。

「これですべてのオーブがそろった」

 アベルがバハラタに向かって言った。心配する必要なんてなかっただろうと、そう言っているような顔だ。バハラタも感服した表情でアベルを見つめ返す。

「バハラタ、ラーミアの卵が眠るレイアムランドへ、おいらを連れてってくれるな!」

「ああ。まかしときな!」

 バハラタは片目を瞑って笑い、力強い声で快諾した。

 アベルは勇ましい顔で、笑みまで浮かべて海の向こうを見た。オーブを集め終わった直後だっていうのに、もう次のことを考えているんだ。そのレイアムランドってところで不死鳥ラーミアを復活させる。

 アベルと一緒に旅をしていると、本当に周りの環境が目まぐるしく変わっていく。気を抜いたら、このあたしですら置いて行かれてしまいそうだ。


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