一二 告白後の朝
オイラがデイジィに対して持っている気持ちは、恋であることに気づいた。昨夜それがわかってからというもの、内から湧き起こる衝動を抑えることができず、すぐにその想いをデイジィへ告白した。にべもなく突き放されることを覚悟していただけに、デイジィもオイラのことが好きだと聞いて、嬉しさのあまり我を失ってしまった。気が付いたときには、強引にデイジィの唇を奪っていた。
自分がやったことだというのに、信じられなかった。女の人相手にこんな積極的になったことはないし、当然こんな乱暴に扱ったことなんてない。ましてや相手はあのデイジィだ。あんなことをしたら今までの信頼関係を失ってしまうかもしれないし、殴り飛ばされる危険だってある。
奪った唇を離すと、デイジィは泣きながらオイラにしがみ付いてきた。オイラの胸に顔を押し付けて泣きじゃくる様子から、怒っていたり悲しんでいたりする訳ではないようだった。泣き止むまで無言で抱きしめ続けた。そしてデイジィは「嬉しいよ」と一言だけ言って、ベッドに寝転がってしまった。
自分の気持ちが通じたことが嬉しかったのと、モンスターとの闘いで疲れていたこともあるのかもしれない。意外にもオイラはすぐに眠りについていた。
遠くから声が聞こえた気がした。
「おはよう。アベル」
目を開けると、ベッドの脇からデイジィがオイラの顔を覗き込んでいた。
「デイジィ……」
今までに見たことがないような優しい眼。まるで剣など一度も振るったことのない、少女のようなかわいらしい顔だった。
「お、おはよう……」
デイジィは、そっとオイラの肩に手を置いた。
「ちゃんと眠れたか?」
「あ、ああ」
眼をこすりながら、ベッドの上に身を起こした。デイジィの表情と声から考えて、怒ってはいないようだ。
デイジィは窓際の椅子に腰かけた。
「アベル。昨日のこと覚えてるか? 驚いたよ。あんたがあんなに積極的だなんてさ」
顔は笑っているが、非難するような言い方だった。
言い訳はしない方がいいだろう。
「オイラ、つい我を忘れてしまったんだ。お前を傷つけてしまったのなら、すまない……」
「本気、なんだよな……?」
デイジィは俯きながら聞いた。
「本気さ。お前が、好きなんだ」
この気持ちに偽りはない。この二人旅の中ではっきりと自覚していた。
「アベル……。あたしは嬉しいよ」
そう言って、デイジィは頬を染めて真っすぐにオイラの眼を見た。いつもの鋭い眼つきはない。無防備な、弱々しくさえ思える笑顔だった。
「デイジィもオイラのことを想ってたなんて驚いたよ。一体、どうして……?」
デイジィは少し考えこむようにしてから言った。
「あたしもよくわからないんだ。気づいたら惹かれていた。いつも自分の危険を顧みないで、勇敢に闘うあんたの姿に心を奪われたんだと思う」
なんだか照れ臭かった。デイジィに褒められているようだ。
「別に、お前の前でいい格好しようとか考えてたわけじゃないんだけどな」
「そういう打算的じゃないところさ。何度もそういう姿を見てきた」
デイジィは一度言葉を切った。
「でも、この気持ちに気が付いたのは、あんたが水龍を封じ込めて、大けがをしたときだった。あんたを失うかもしれないって思ったとき、自分のこと以上に辛かったんだ……」
デイジィの声は悲し気になっていた。あの出来事が、デイジィに深い傷を与えてしまったようだ。
「すまない。もうあんなことにはならないようにするよ」
もうデイジィを傷つけるわけにはいかない。これからも闘いは更に苛烈を極めることになるが、この青き珠や伝説の武具の力を借りて、乗り切らなければならない。仲間はもちろん、自分自身も守らなければならないという決意が固くなった。
「さあ、朝飯にしようぜ」
そう言って、デイジィは楽しそうに笑った。
オイラ達は一階の食堂に来た。目立たないように、青き珠の埋め込まれたサークレットは外し、稲妻の剣はシーツに包んで持ってきた。デイジィも兜を外している。
空が晴れているということもあるだろうが、昨日までとは雰囲気が違う。食堂内の人たちや外を行き交う人たちに、どこか活気がみなぎっている。
オイラは二人分のパンとミルクをトレーに乗せて、デイジィと二人で掛けるテーブルの上に置いた。
「随分にぎやかになったな」
そう呟くと、デイジィはミルクを飲んで、真剣な眼になった。
「ここの連中は、昨日のアベルの活躍を、青き珠の勇者の力を目の当たりにしたんだ。今までの鬱屈した気分から解放されて、高揚しているんだろう。それに海が静まって、ようやく船が出せるようになった。これからもっと活気が出てくるだろうな」
バハラタたちもレイアムランドへ向かう船の準備を進めている。きっと他の船乗りたちも一斉に動き出したことだろう。
「そうか、これでコナンベリーも平和になってくれるといいな」
あとは、この町の人たちの頑張りだ。この人たちに対して、オイラのしてやれることは終わったんだ。
「呑気なものさ。あたしたちの旅はこれからが正念場だってのに……」
「まあ、そう言うなよ、デイジィ。オイラたちの旅はオイラたちの旅だ。ここの人たちには、コナンベリーを立て直してもらえれば、それでいいよ」
デイジィは眼を細めてオイラを見つめた。
「ああ、そうだな」
オイラたちはパンとミルクだけの簡単な食事を終えて、部屋に戻った。
さて、今日はどうするか。オーブを手に入れ、ラーミアの卵がレイアムランドにあるとわかった今、これ以上コナンベリーにいてもやることはない。町の道具屋に行ったって、大したものはありそうにない。今日は、デイジィと二人でゆっくりと過ごそうかと思っていると、デイジィは兜をかぶり剣を手にしていた。
「デイジィ、どこへ?」
「こんな町にいるとは思わないけど、せっかくだから、弟のトビーを探してみるよ」
デイジィはさっさと部屋を出て行こうとした。その背中を見て、無性に寂しくなった。駆け寄って、後ろからデイジィの肩に手を置いた。
「待ってくれ。約束したじゃないか。オイラが協力するって……。一緒に行こう」
デイジィは振り返って、寂しげな顔を見せた。
「アベル……」
デイジィは弱々しく笑った。
「じゃあ、お願いしても、いいか?」
「お前のためだったら、何だってするよ」