デイジィとアベル(一)決戦前の蜜月   作:江崎栄一

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一三 三日目の夜

 あたしはアベルと一緒にコナンベリーの町を歩いた。空が晴れていることも関係するだろうが、昨日までとは雰囲気が違う。街路に浮浪者の姿は見えず、港や町工場には賑わいが見えた。

 他の宿屋や道具や、教会など人の集まりそうな場所には一通り行って聞き込みをしたが、弟や妹に関する情報は何も得られなかった。そもそも金を持っている連中が来るような場所じゃない。奴隷商人も、こんな町で商売なんてしないだろう。

「だめだな。ここにもトビーはいないんだ……」

 わかり切っていたことを、あたしは言った。

 もうそろそろ日が沈む時間だ。予想通り収穫はなさそうだ。

「デイジィ、あとは夜の酒場に行って、聞いてみよう。バハラタやユリカみたいな人もここまで流れて来ているんだ、きっと何か知っている人はいるはずだ」

 アベルはあたしを元気づけるように言った。

 まだ昼間の四時くらいだ。バーが賑わう時間まで、宿屋に戻ってアベルと二人だけで過ごそうかとも思ったが、昨夜あんなことがあったばかりだ。そんな男女が一つの部屋にずっと二人きり……。話すことがなくなったときにどうなるか。想像するのが恥ずかしく、怖くもあった。

 少し早いが、あたしたちは酒場に向かって歩き出した。

 こうやって二人だけで歩いていると、ふと他の仲間たちがどうしているか気になった。

「そういえば、ティアラは?」

 あたしはつい、あまり考えたくないことを口走っていた。

「ティアラ……? そうだな。場所を確認してみよう」

 アベルは立ち止まって、勇者の地図を開いた。

 意外にも、この二人旅の中でアベルがティアラの居場所を確認することは今までになかった。それが嬉しかったし、安心できた。

「ゾイック大陸には着いたようだ」

 赤い光が、ゾイック大陸の北西沖を指し示した。モコモコたちは、これから強力なモンスターたちと厳しい闘いを始めることになる。

「そうか。これからが大変だな」

 あたしがそう言うと、アベルは地図を閉じて弱々しく笑いかけた。

「そんな話を聞いたら、急に心配になってきたよ。でもきっとモコモコとドドンガが付いてるから何とかなるよ」

「あの二人ね……」

 果てしてあの能天気な二人組が、どれくらい頼りになるのか。またドジを踏んで窮地に陥らなければいいのだが。アベルもヤナックもあたしも別行動なんだ。モコモコのヘマを補ってくれる仲間はいない。

 アベルも考え込むような顔をした。

「まあ……。きっと大丈夫さ」

 あたしたちは再び歩き始めた。コナンベリーには酒場というものがあまり存在しない。昨日バハラタに連れて行かれたところが一番大きなところだ。他のところも見て回ったが、一番人が集まりそうなのはここだった。

「仕方がない。ここにしようか……」

 あたしは一抹の不安を覚えながらも、昨日と同じ酒場の門をくぐった。まだ夕飯には早いのか、客の入りはまばらだった。

 空いている二人掛けの席に向かい合って座った。

「あら、アベル様」

 背後から聞き覚えのある甘ったるい女の声がした。昨日の女だ。

「あ……。君は」

 声のした方をアベルが見た。笑顔になっているのが気に入らない。あたしはいつからこんなに嫉妬深くなったんだろうか。

「ユリカです。また会えて嬉しい! 今日はどうされたんですかぁ?」

 女は早速アベルに駆け寄り、腕に抱き着いた。

 平常心。

 アベルはこんなのに惑わされるような軽薄な男じゃない。昨日、パフパフに付いて行ったのは、オーブの情報を聞き出すためだったって、納得したじゃないか。

「町の人たちに聞きたいことがあってさ、人の集まるところを回っているんだ」

「わたしに何かできることがあれば、言ってくださいね。それとも昨日できなかったパフパフする?」

 女はいたずらっぽく笑った。ため息が出る。完全に商売女だ。アベルの奴は、この女はラーミアの神殿に仕えていた者だなんて言っていたが、嘘なんじゃないか。

 アベルは引き攣った笑顔をあたしに向けている。こういう輩のあしらい方がわからないんだろう。

 あたしは一度咳払いをして言った。

「注文……。いいかい」

 少し値段は張るようだが、この酒屋は他の店に比べて品揃えが豊富だった。なるほど、美食家のバハラタが案内するだけのことはある。

 あたしたちは肉とスープにぶどう酒を頼んで、食事を始めた。味も悪くない。

 アベルは今日もがっつくように食べている。やっぱりパンとチーズだけじゃ物足りなかったんだろう。

 あたしたちが食事に没頭していると、またあの女が来た。

「アベル様。町の人から聞きたいことって何ですか?」

 屈託のない、可愛らしい笑顔をアベルに向ける。

「いや、聞きたいことがあるのはオイラじゃないんだ。デイジィさ」

 女はようやくあたしの顔を見た。

 あたしはぶどう酒を一杯煽って、声を低くして言った。

「もし、知っているなら教えてくれ。トビーって男と、ルナって女だ」

 顔の特徴や、年齢、奴隷商人に買われていった境遇を説明した。今まで幾度となく話してきた内容だ。

 予想していた通り、返事は芳しくないものだった。

「ごめんなさい。心当たりはないわ」

「だったら、奴隷商人が集まるような場所を知らないか?」

 女は眼を瞑って、しばらく考え込んだ。

「神官様から聞いた話ですが、人間の子供をエスタークに売る奴隷商人がいるそうです」

「なんだって?」

 エスタークといえば、バラモス達の居城だ。

「エスタークでは人間を奴隷として使っているそうです。聞き分けのいい子供たちは、それなりの値段が付くので、それを目当てに人さらいをするような悪徳商人がいるそうです」

「なんだって? 人間がそんなことをするのか?」

「奴隷商人は人間です。もしかしたらバラモスの呪いで操られているのかもしれませんが、世界中にネットワークを持っていて、あらゆる国で暗躍していると聞いています」

 エスタークはゾイック大陸と地続きだ。ミネアの占いによると、トビーはゾイック大陸にいる可能性がある。この女の話と合わせると、やはりトビーはエスターク人の奴隷になっている可能性はある。

 そんなの、許せない。

「人間の敵は、人間ってわけか……」

 アベルは悲しそうな顔をした。

 トビーがエスターク人たちの奴隷として生きているなんて、いたたまれない。もしそうだったとしたら、そいつらをあたしがとっちめてトビーを助け出してやる。これから会うエスターク人全員を締め上げていけば、何か手掛かりが得られるだろうか。

「そんな話、知らなかったよ。聞かせてくれてありがとう」

 あたしは女にチップを渡して追い払った。

 あたしが弟たちのことを考えて無言でいると、アベルが手を握った。

「デイジィ。たとえそうだったとしてもオイラが付いてる。なんとかするよ」

「アベル……」

 その後、酒場にいる男たちにも聞いて回ったが、目新しい情報は得られなかった。

 あたしたちは宿屋に戻った。

 兜を脱いで、昨日と同じ場所に置いた。

「すまない、アベル。こんなことに付き合わせてしまって」

 アベルに申し訳ない気持ちがした。

「いいんだよ。お前の問題は、オイラの問題でもあるんだ」

 明朝、港でバハラタと落ち合うことになっている。そしてレイアムランドへ向けて出港する。また激動の中に放り込まれるわけだ。

 このひとときの休息はもうすぐ終わる。名残惜しいが、早く風呂に入って眠ることにした。

「デイジィ、その前にちょっといいかな」

 アベルが真っすぐあたしに向かって歩いてくる。その眼差しから、あたしを求めているんだとわかる。全身が緊張したが、早く抱きしめてもらいたいという欲求をはっきりと自覚した。あたしも歩を進めてアベルの胸へ正面から飛び込んだ。分厚い胸板に顔を押し当てると、アベルはあたしの背中を包むように優しく抱きしめた。

 しばらく無言で抱き合っていると、急に寂しさが込み上げてきた。

「変なことを言うようですまないが、聞いてくれるか?」

「なんだい」

「あんたに付いて行かないで、ティアラと一緒にメルキドに向かっていたらって考えたんだ」

「どうして……? 向こうに行きたかったの……?」

「違う……。あたしは、あんたに付いて行きたかった。ただ、いつかゾイック大陸には行ってみたいんだ」

 アベルの抱きしめる力が強くなった。まるで、どこへも行くなと言っているようだった。

「アベル、ミネアのことは覚えてるか?」

「ミネア? あの、渇きの壺の在り処を教えてくれたおばあさんのこと?」

 おばあさん……? ミネアは呪いで老婆にされていただけだ。呪いが解けて若返った姿をあんたも見ているだろう。ミネアは明らかにあんたに惚れてたっていうのに。本当に女心のわからない奴だと呆れたが、そこは敢えて何も言わなかった。

「ミネアの占いによると、もしかしたらトビーはゾイック大陸にいるかもしれないんだ。それが、気がかりだった」

「聖剣を手に入れたら、オイラたちもゾイック大陸にあるリムルダールへ行く。もしかしたらそこで見つけられるかもしれない。それに、早くバラモスを倒して、ゆっくりと二人で探すことだってできるさ」

「アベル……」

 そうか。最終決戦はもうすぐなんだ。これを終わらせることが先決じゃないか。

「オイラ、デイジィが付いてきてくれて良かったって思ってる。おかげで自分の気持ちに気が付くことができた。この旅の中で、こんなに幸せな気持ちになれる日が来るなんて、思ってもみなかったよ」

「あたしもアベルに付いてきて良かったと思ってるよ。もしもゾイック大陸に向かっていたら、一生あんたの気持ちを知ることなんてなかった。あたしは、きっと諦めていたよ」

 アベルはあたしを抱きしめている腕を解いて、両肩に手を置いた。

「あきらめるなんて、デイジィらしくないな。オイラは自分の気持ちに気が付いたときは、もう絶対にお前が欲しくて仕方がなかったのに」

 あたしたちはしばらくの間、無言で見つめ合った。

「好きだよ。デイジィ」

 アベルの顔がゆっくりと近づく。

「アベル……。あたしも好きだ」

 昨日とは違う。優しいキスだった。

 あたしはもう一度アベルに抱き着いた。


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