デイジィとアベル(一)決戦前の蜜月   作:江崎栄一

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一五 海竜

「そっちも掃除は済んだようだな」

 デイジィはオイラのもとに駆け寄り、親指を立てて笑った。

 遠くからかすかに声が聞こえた。

「お、おのれ……。プレシオドン、奴らを海に叩き込め!」

 海竜の背中に乗ったフレア族の男だ。

 咆哮が響いた。

「突っ込んでくるぞ!」

 舵を取っているバハラタが叫んだ。

 見ると、数人のフレア族を背に乗せた海竜が物凄い速さでこっちに突進してくる。どうするつもりだ? まさか正面からぶつかるつもりか。

 そうではなかった。

 海竜は船のいくらか手前で、宙に飛び上がった。

「な、なんだとぉ?」

 船乗りたちが叫んだ。

 信じられない。船ほどもある巨大な胴体が、空高く三十メートルは飛び上がった。

 捨て身の攻撃か? 船にぶち当たったら、自分の身体もただでは済まないだろう。

 このままじゃ、あの腹で船が押しつぶされてしまう。

「くそぉ!」

 バハラタが思い切り舵を廻した。

 船が物凄い勢いで回転した。オイラたちは何とか転ばないように踏ん張った。

 上空の海竜は、船の見張り台に当たっただけで、船を飛び越えて行った。直撃は免れた。だが安心している場合ではなかった。

 くずれた見張り台が落ちてきた。

 オイラとデイジィは飛び跳ねてかわした。

 同じような攻撃が何度も続いたらいつかは激突してしまうだろう。しかし、こんな巨大な相手、どうやって倒したらいいんだ。この稲妻の剣を使おうにも、接触の機会がわずかしかない。ここは、ひとまず撤退か?

「アベル!」

 デイジィが不安そうな顔でオイラを見つめた。この最悪の状況を打破するアイデアがないんだろう。オイラが、何とかしなければ。

 続いて海竜が海に落ちた。

 その衝撃で海の水が盛り上がり、巨大な波となった。

 船がさらに揺れた。いままでよりもはるかに強い揺れだ。

 今度はさすがに立っていることはできない。オイラとデイジィは船べりまで跳ね飛ばされ、背中から壁にぶつかった。

 デイジィの苦悶の声が聞こえた。

「大丈夫か? デイジィ」

 デイジィが背中を抑え、顔をしかめている。

「ああ、なんとか」

「また来るぞ!」

 バハラタが叫んだ。

 オイラは船べりまで走った。周りに船乗りたちも集まる。全員、不安の色が隠せない。百戦錬磨のバハラタ一家といっても、さすがにあれだけ巨大なモンスターを相手にしたことはないのだろう。

 地上であればまだ闘いようはある。オイラとデイジィの二人で挟み込むようにしたら、モンスターをかく乱しつつ急所を突くことができるだろう。しかし海の上じゃ、そうはいかない。行動範囲はこの船の中に限られているんだ。

 そして相手の狙いは、この船を壊して、オイラたちもろとも海の藻屑と変えること。直接オイラたちを攻撃する必要すらないんだ。

 レイアムランドまでどれだけ離れているかもわからないし、今更泳いでコナンベリーに戻るなんてこともできないだろう。船が壊されることは、死を意味する。

 死……。苛烈さを増す闘いの中、この言葉は重さを増している。水龍を封じ込めたときには生死の境を彷徨うような重傷を負い、先日のジキドとの闘いでは父さんが殺された。死が身近に迫ったものであると、はっきりと感じた。

「穴の開いた帆では、すぐに追いつかれてしまう。どうする、アベル?」

 デイジィの声は弱々しくなっていた。こんな風に不安にさせてしまう自分が情けなかった。

 そう、奴を倒すしか、オイラたちに生き残る道はないんだ。何か、有効な攻撃手段を考えなければ。

「く、くそぉ……」

 オイラは天を見上げた。

 焼けてしまった帆から複数の長い縄が垂れ下がり、一方の船の側面に繋がっている。

「これだ!」

 オイラは叫び、帆の先端まで飛びあがった。そして船の側面と帆を繋ぐ縄を一本切り裂いた。

「アベル! なにをする!」

 バハラタが非難するような口調で叫んだ。すまないバハラタ。説明は後だ。

「みんな! オールの先に、布を巻いてくれ!」

 オイラはそう叫び、もう一方の船の側面へ縄を縛り付けた。

「……どうするんだ?」

 船乗りたちが、わからないと言った風に戸惑っている。

「そうか、わかった!」

 デイジィが追従した。

 オイラの考えはこうだ。船の両端に縄を渡し、船全体を巨大な弓にしてしまおうというものだ。サイズから考えたら、投石器に近いものかもしれない。そしてこの強大な弓に合った矢として、船のオールを使う。オールの先端には油をしみこませた布を巻いて、火をつけるというオマケつきだ。

 矢を引き絞るために、オールの根元に細い縄を巻き付けて、そこから二股に別れるように持ち手を造った。

 バハラタは松明を手に、船首で待った。

 遠くに海竜の姿があった。

「プレシオドン、奴らを木っ端みじんにしてしまえぇ!」

 フレア族が叫ぶと、海竜が加速した。

「来たぞ、アベル!」

 バハラタが合図を送った。

 海竜は十分に加速すると、再び空へ飛び上がった。

「みんな、力いっぱいロープを引くんだ!」

 デイジィが船乗りたちと一緒に思い切りロープを引いた。

 船の側面がきしみ、たわんだ。

 海竜が船目掛け、むささびのように滑空しながら真っすぐ向かって来る。このままでは確実に直撃する。チャンスは、これが最初で最後だ。オイラは矢の軌道が海竜に向くように調整して待った。

 バハラタが火をつけて叫んだ。

「いまだぁ!」

 来た。

「それぇ!」

 みんなが引いているロープを、オールの根元から断ち切った。

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