バハラタはフレア族の男を捕虜にした。これから尋問にかけ、レイアムランドの状況、そしてハーゴンとはどんな奴なのかを聞き出す。そしてレイアムランドに着いた後は、ハーゴンのもとまで案内するように話を付ける。
フレア族を懐柔する役目に抜擢されたのはアベルだった。船乗りたちはフレア族の卑劣な奇襲攻撃に怒っている。一歩間違えれば尋問中に殺してしまうかもしれないので、控えてもらうことにした。
一方バハラタは、この危機的状況の中で航海を指揮しなければならない。
そういうことならばと、交渉事の得意なあたしが名乗りをあげた。しかしどういうわけかフレア族の男はあたしを見ると震えだし、声も出せない状態になる。これでは尋問どころではない。どう考えても、この中で一番優しそうに見えるのはこのあたしなのに、失礼な奴だと思う。もしかしたら女性恐怖症なのかもしれないが。
それで、残るアベルに決まったというわけだ。気がかりなのは、アベルが優しすぎることだ。相手が頑なに拒絶したら無理やり口を割らせることはできないだろう。様子を見に行けないのが残念だ。
あたしはゆっくり進む船の上、日陰になったところへ腰を降ろして海を眺めていた。
順当に行けば明日には不死鳥ラーミアを復活させる。今日がアベルと二人で過ごせる最後の夜か。
アベル……。
なぜか不安を覚え、胸が痛んだ。あたしはこれ以上、いったい何を望んでいるのだろうか。もはや諦めていたアベルと恋仲になれた。それに加えて、闘いの相棒としての関係は今までと変わらない。
背後に人の気配がした。船の揺れや波の音で掻き消されていたのだろう。こんな近くまで人が接近するのに気づかないのは初めてかもしれない。
「よぉ、デイジィ。浮かない顔してどうした」
バハラタの声。その顔は優しげだった。あたしをからかったりする意図はないようだ。
「別に……。ただ海を眺めてただけさ」
バハラタはあたしの隣に腰を降ろした。
「アベルのことか……?」
あたしは咄嗟にバハラタの顔を覗き込んだ。その眼は遠くの海を向いていた。
「この間はからかったりして悪かった。お前らがそういう仲だなんて、知らなかったんだ。何を悩んでいるんだ」
あたしはため息をついた。
「そういう仲って……。あたしたちは何でもないよ」
「俺にはわかるよ。お前らと最後に会った闇のバザールでは、もっと浅い関係に見えた。最高の女と最高の男。お互いにこれだけ信頼し合ってるんだから、くっ付いたら面白いなと思っていたんだ」
そう言われると照れてしまう。
「よかったら、あの後何があったのか聞かせてくれないか」
そういえば、闇のバザールでバハラタと別れた後、あたしたちが何をしてきたのか、まだバハラタに詳しく話していなかった。
あたしは、かいつまんで話すことにした。
ドムドーラの復活や渇きのツボ、水龍の召喚について話すと、さすがにバハラタも驚いた顔をしていた。バハラタといえども、世界中に散らばる竜伝説については知らないことが多い。一通りの流れを説明し終えると、話題はアベルに対するあたしの想いへと移っていた。
今までにこの手のことを誰かに話したことはない。長い間一匹狼で友人などいなかったし、恋をしたことなどなかった。だけど、どういうわけかバハラタになら話してもいいという気になっていた。あたしよりも随分年上な、成熟した大人だからなのかもしれない。
「ここから先の話は誰にも言わないでくれ」
あたしは続けた。
この気持ちに気づいたのは、赤き珠の神殿に到着した時だった。目の前の湖に浮かぶ神殿にティアラがいることがわかった。いつもは誰かのためにばかり行動するアベルが、ティアラのこととなると我を失い、すべてを優先させることに嫉妬した。
ティアラが赤き珠の力を授かった直後、あたしたちはバラモスの襲撃を受けた。気が動転したティアラは不本意な形で竜を呼び出しまう。現れた竜は、伝説の竜などではなく、ただ破壊を楽しむだけの水龍だった。
その水龍も、やはり青き珠の勇者であるアベルにしか封印することはできない。単身水龍に立ち向かったアベルは、封印することには成功したが、瀕死の重傷を負ってしまう。本当に命をつなげるかわからない状態となったとき、あたしはアベルのことをどれだけ大切に想っているのか初めて気が付いた。
唯一助かる道はヤナックの師匠であるザナックに頼むことであると知って、背負ってホーン山脈まで行くことにした。道中は苦難の連続だったが、アベルのためだと思えば力が湧いて出た。
しかし、背中で昏睡しているアベルは何度もティアラの名を呼び続けていた。アベルの心はティアラに向いていることを諭されるようで、胸が張り裂けそうだった。アベルが助かるのならそれでもいいと思って、あたしは迷うことなく歩を進めた。
苦難はそれで終わらなかった。アベルの傷は想像以上に深く、ザナックの魔法ですら延命処置をすることが精いっぱいだった。最後の手段はパデキアの葉を煎じて飲ませることだと聞いて、ティアラと一緒に取りに行った。
ここでも苦難はあったが、何とかアベルを回復させることはできた。だが意識を取り戻したアベルが最初にしたのはティアラを抱きしめることだった。そして次の日アベルは、命を吹き込んでくれたのはティアラなんだと思うとあたしに向かって言った。
アベルの心の深いところにティアラがいるんだと痛感させられる三日間だった。アベルへの恋心に気が付いた途端にこんな仕打ちだ。
この胸の痛みに耐えるには、あくまでも相棒としてアベルを想い、闘いに没頭することだと心に刻んで冒険を続けることにした。アベルの助けになるならそれでいいと思っていた。
「健気だな……。お前がそんな辛い想いをしていたなんて、考えもしなかった。この間は軽口を叩いてすまなかった」
ずっと黙って聞いていたバハラタが謝罪の言葉を口にした。
「いいのさ。でもアベルがパフパフ女に付いて行ったときは本当にあきれたよ……。女心には鈍感なくせに、通りすがりの女には興味があるなんてさ」
「だが、お前の想いはアベルに通じたんだろう」
バハラタにどれだけ興味があるのかわからないが、こうやって話していると、なぜかもっと聞いてもらいたいという気持ちになった。バハラタからしてみれば、あたしの悩みなんて青臭いものだろう。
「イエローオーブを手に入れた日の夜さ。アベルの方から言ってきたんだよ。あたしのことが好きだって。それで、あたしの気持ちを確認すると、強引に抱き寄せて……」
そこであえて言葉を切った。
「良かったじゃないか。それにしても、お前を無理やり抱きしめるなんて、アベルもなかなか大胆だな」
バハラタは楽しそうに笑った。
「ああ、あたしも驚いたよ」
あたしは苦笑しながら言った。
「アベルはあたしのことが好きだと言ったけど、あたしに引け目を感じているようだった。アベルの気持ちが本当に恋心なのか、なんだか確信が持てないんだ。男が好きな、女らしい女は他にたくさんいるだろう?」
「心配するな。男ってのは、そういう強い女に本気で惚れるもんだ。アベルほどの男なら、取るに足らない女になんて興味はない。手の届かないようないい女、他のどんな男にも相手が務まらないような女に本気になるのさ」
バハラタは真剣な眼で断言した。
「あんたも、そうなのかい?」
「ああ……。海の男は皆そうさ。お前みたいな女に惚れちまうんだ。オレが惚れた女も、お前みたいに気が強かった。結局、オレの手には余る女だったよ」
だった? バハラタは終わった話をしているようだ。
「捨てられたのか……? あんたらしくもない」
バハラタはしばらく言葉を発しなかった。そして寂しそうな顔をすると、懐に手を入れ、短剣を出した。鞘と柄の部分に、金と宝石で装飾を施されている。武器というよりも、美術品のようだ。
「あいつは、今も俺と共にいる」
あたしはそれ以上聞かなかった。
「デイジィ。話はわかった。そのティアラって女とアベルの関係が心配なんだろう」
「ああ……。アベルは単なる幼馴染だって言ってたけどな」
「大丈夫だ。あいつは嘘をついたり、女を弄んだりするような男じゃねぇ。オレが保証する」
あたしはバハラタに笑いかけた。
「それでも心配だったら、身体で繋ぎ止めるといい。アベルみたいな男なら、一度抱いた女を邪険にすることなんてないはずだ」
恥ずかしさで、急に顔が熱くなった。
「な、何を言ってるんだ! あたしたちはまだそんな関係じゃない!」
「まあ、これは単なる一案だ。どうするかは、お前が決めるんだ。デイジィ」
バハラタの声は落ち着いていた。
この男は本当の女たらしだ。ここまで話すつもりはなかった。だが、バハラタの言葉を聞いて安心できたというのも事実だ。
「ありがとう。バハラタ」