デイジィとアベル(一)決戦前の蜜月   作:江崎栄一

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一八 船の上で肩を寄せ合って

 オイラたちは一旦、この近くの孤島にあるというバハラタのアジトに向かうことにした。ゾイック大陸と、レイアムランドのある炎の大陸の間には、数多くの離島が存在する。人間は住んでいない。ここで一晩明かし、翌朝レイアムランドへ向けて再び出港する。

 海竜との闘いで見張り台は壊れ、帆が焼けてしまった。あとはオイラが帆の身縄を切ってしまったこともある。応急処置はしたが、耐久性がない。これではレイアムランドへ向かう途中で漂流してしまうかもしれない。

 それに、フレア族の話によると、やはりハーゴンという将軍は凄まじい力を持った敵らしい。オイラたちも一旦休息を取り、闘いに備えた方が無難だと判断した。

 船はゆっくりと進んだ。海は静かで、あまり揺れなかった。オイラとデイジィは、船員室で、他の船乗りたちと一緒に休んでいた。チチは例によって、デイジィの兜の中で眠っている。

 しかしここは湿気が強いし、薄暗い。日が傾いてきたから、どんどん暗くなるだろう。デイジィはこういうところは嫌いだろう。落ち着かない様子でキョロキョロと周囲を見渡している姿を見てそう思った。

「不安か?」

 デイジィは苦笑いしている。

「ちょっと……。こういう場所は好きになれないんだ。ネズミが出そうでさ」

 本心だろう。顔が引きつっている。

「よし、外に出よう」

 オイラはデイジィの手を取って、外に連れ出した。日が落ちかけていた。船尾に向かい、夕焼けがよく見える位置に、二人で並んで腰を降ろした。

 オイラとデイジィは、自然と肩を寄せ合っていた。

 今までにも闘いの中で背中を合わせて立つことはよくあったが、日常の中あえて身体を密着させることはなかった。そういう仲じゃなかったんだから、当然だけど。

 身体の接触といえば、さっき海竜を倒したとき、いきなりデイジィが後ろから抱き着いてきた。驚いたが、デイジィの安心しきった顔を見て、余程嬉しかったんだとわかった。あのデイジィがオイラに気を許しているのかと思うと、たまらなく嬉しかった。

 しばらく無言で水平線を見ていたが、いつしかオイラたちはこれからの闘いについて話し始めていた。旅の終わりは近い。これからラーミアを復活させ、聖剣を手に入れる。そして聖杯を入手したティアラたちと合流だ。その後は伝説の竜を求めてバラモスと最終決戦へ突入するだろう。

「なぁ、アベル。気が早いかもしれないけど……。バラモスを倒したら、あんたどうするんだ? アリアハンへ帰るのか?」

 寂しげな夕焼けを見て、少し感傷的になっているのかもしれない。デイジィは遠くを見ながら、オイラに聞いた。

 言われてみれば、この旅を終えたらどうするかなんて、考えたこともなかった。アリアハンからティアラが攫われてからというもの、オイラは無我夢中でティアラの救出と打倒バラモス、そして竜伝説の解明だけを考えて突き進んできた。

 オイラは自嘲気味に笑った。

「そんなこと、言われるまで考えたこともなかったよ。どうしようかな……。デイジィは何かあるのか?」

「あたしは……。やっぱり、弟のトビーを探す旅を続けることになるかな」

「前にも言ったけど、オイラが手伝うよ。一緒に探そう」

「でも、トビーがどこにいるかなんて、見当もつかない。今までどんなに探したって、手掛かりすら一つも見つからなかったんだ」

「デイジィ、お前の弟なら、必ず強く成長しているよ。奴隷商人に連れられて、そのまま奴隷として生活をしているなんてないはずだ。きっと剣術を磨いて、モンスター退治をしているんじゃないかな」

 デイジィがオイラを見上げた。表情が明るくなった。

「アベル……」

 オイラはデイジィの肩に手を廻し、抱き寄せた。デイジィの頬がオイラの鎖骨の辺りに押し付けられた。不思議だった。少し前まではデイジィに手を触れるなんて、想像したこともなかったのに、今では当然のように肩を抱いている。そうすることが正しいことのように思えた。

 こうしてデイジィの肌に触れていると、心が満たされるような、不思議な感覚に襲われる。だが、どうしてこんなに胸が締め付けられるんだろう。満たされる度に、期待も大きくなり、更に求めたくなる。

 肩だけではなく、他の部位にも触れてみたいという衝動が膨れ上がる。オイラの鼓動は、徐々に速くなっていた。

「その後は?」

 デイジィは目を伏せた。オイラに何か言ってもらいたいようだ。

 バラモスを倒したからといって、世界が完全に平和になるわけではない。エスタークはまだ存続するし、彼らの作り出した宝石モンスターも世界中に蔓延している。その脅威に怯えて暮らす人々は大勢いるんだ。それに、デイジィから弟たちを奪った奴隷商人たちも存在する。悪は、エスターク人や宝石モンスターだけではない。人間の中にもいるんだ。

「二人で、旅を続けよう。オイラが初めて出会った頃のデイジィみたいな賞金稼ぎになるのもいいし、宝石モンスターたちを退治して世界中を周るのもいいかもしれない」

「生まれ故郷にとどまったりしないのか……?」

 デイジィは故郷に帰りたいのだろうか。それとも、アリアハンにいたいのだろうか。よくわからなかった。

「アリアハンにはモコモコやティアラが残るだろう。オイラには家族がいないから、そこに残る必要もない。漫然と平穏な日々を送るよりも、苦しめられた人たちを救った方がいいだろう。どうかな?」

 見つめ合いながらそう言うと、デイジィはオイラにしがみ付いて笑った。

「ああ。いいな」

 デイジィはオイラの脇に胸を押し付ける。胸の肉が押しつぶされ、横に広がった。谷間がしっかりと見えた。今まであまり意識していなかったが、デイジィもそこそこ胸が大きいようだ。手を触れてみたいという抗い難い欲求が生まれた。

「あんたと二人で旅を続けられるなんて、夢のようだよ」

 デイジィの笑顔が、たまらなく愛しかった。

「オイラたち二人なら、なんだってできるさ」

 デイジィは眼を閉じた。誰かに見られているかもしれないという意識はあったが、膨れ上がる衝動を抑えられなかった。オイラはデイジィを引き寄せ、キスをした。触れ合っている肌からデイジィの体温を感じる。

 また欲望が内から沸き上がる。腕に力を込めて、強く抱きしめた。デイジィが欲しくてたまらなかった。この柔らかそうな身体をまさぐり、押し倒して好きなようにしたかった。

 唇を離すと、デイジィはうっとりした顔で弱々しく微笑んだ。

「ずっと……。一緒にいてくれ」

 オイラの鼓動は高まり、息が上がっていた。

「ああ。嬉しいよ、アベル」

 これから、オイラたちは今までよりも危険な闘いに臨む。今日が、デイジィと二人でゆっくりできる最後の日だ。

 今日の闘いでもはっきりと死の危険を感じた。バラモスに負けるつもりなどないが、今日がデイジィと二人で過ごせる最後の夜になる可能性だってあるんだ。デイジィが欲しい。そう強く思った。

 日は沈み、辺りは暗くなっていた。オイラたちは無言で、遠くの海を眺めていた。

 背後に人の気配がした。

 デイジィから離れ、振り返った。そこに、バハラタがいた。

「邪魔して悪いな。そろそろ着くぜ。オレたちは船の修理をする。お前たちは明日の冒険に備えて先に休んでいてくれ」

 徐々に岸が近づいてきた。船が速度を落としていく。

 船着き場に着くと、バハラタはアジトと呼ばれるところへオイラたちを案内した。岩山を登って、少し森の中を歩くと木造の建屋が何棟か見えた。海からは見えない位置にある。

 船乗りたちはすぐに船の修理を始めなければならない。フレア族を撃退してしまったのだから、その事実にハーゴンが気付けば再戦の準備を始めるだろう。もたもたしている時間はない。船が直り次第、すぐに出港だ。

「ここには誰も住んでいない。オレたちの船に問題があったとき、補修できるように倉庫と寝床だけ用意してあるのさ。あと、ちょっとした食い物や酒もある」

 バハラタはオイラたちを一つの小屋の前に連れてきた。

「宿屋みたいなサービスはできないが、ここはお前ら二人だけで使ってくれ」

 デイジィを先に部屋へ入れると、バハラタがオイラの肩を抱いて、耳元で囁いた。

「デイジィはいい女だ。だが、あんなじゃじゃ馬を扱える男はお前くらいしかいない」

「バ、バハラタ……。一体なにを」

「真の勇者なら女を知らなきゃな。自信を持て。デイジィはお前を待っている。今夜、安心させてやりな」

 バハラタは笑い、オイラの背中を叩いて部屋へ押し込んだ。


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