デイジィとアベル(一)決戦前の蜜月   作:江崎栄一

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一九 四日目の夜、契り

 あたしとアベルはバハラタに案内されて、複数ある小屋のうちの一つへ入った。中には布団の敷かれていないベッドが四組あるだけ。ただ眠るだけのために作られた小屋のようだ。

 船乗りたちと同じ部屋での雑魚寝だったらどうしようかと思ったが、杞憂に終わった。男たちの中で女一人というのは慣れたこととはいえ、あまり好きになれない。今日はせっかくアベルと一緒にいるんだし。

 バハラタが気を遣ってくれたんだろう。冒険が終わるまでの間、アベルと二人だけでいられる今夜が最後の機会かもしれない。アベルのあたしへの気持ちが本物なのか、確かめたかった。

 アベルに肉体を奪われるなら本望だ。だが、一線を越えるとなると、容易には踏ん切りがつかない。それにあたしから誘うなんて、あたしがそこまで積極的になれるとは思えない。もし今日交わるのだとしたら、アベルから迫ってもらうほかない。

 アベルが少し遅れてバハラタと一緒に入ってきた。バハラタはシーツと毛布、手洗いの場所など、一通り備品の説明をすると、さっさと出て行ってしまった。あたしは気まずい空気の中、アベルと二人きりになった。

「デイジィ、今日は早く休もうか……」

 声が震えている。もしかしたら、アベルも意識しているのかもしれない。

「どうした? なんか変だぞ……」

 あたしは平静を装って言った。

「そ、そんなことないよ。さあ、早く支度をしよう」

 クローゼットの中にある布団とシーツを手に取り、隣り合ったベッドの上へかけていった。

 ここに風呂はないので、水に濡らしただけのタオルで、簡単に身体を洗い、新しい下着に着替えた。その上に、寝巻用に持ってきた薄手のシャツを羽織った。太ももは見えているし、胸もはだけている。かなり無防備な格好だとはいう自覚はある。これでアベルの欲望に火を付けられたらいいんだけど。

 アベルはハーフパンツに上半身は裸。これは見慣れたものだ。逞しい胸や腕の筋肉。引き締まった胴体。理想的な肉体だと思う。

 あたしたちは携帯したパンとぶどう酒で、軽い食事をはじめた。

 船はすぐに直るそうだ。たぶん明日の朝には予定通り出港することになるだろう。レイアムランドに到着したら、あたしたちはハーゴンと闘いつつ、ラーミアの卵を探さなければならない。ラーミアを復活させたら、すぐに青き珠の神殿へ向けて出発だ。二人でゆっくりできる時間は、これが最後だ。

 レイアムランドを制圧したハーゴンというのはバラモス軍の将軍だから、あのジキドと同等クラスだ。気を抜けばあたしたちでも一瞬で殺されてしまうかもしれない。日に日に高まる死の危険を実感する。

 窓の外に、満月が輝いていた。こんなときにアベルと二人で旅ができてよかった。

 あたしは緊張していた。アベルも緊張しているのか、あまりあたしの顔を見ようとしない。

 船の上で夕日を見つめていた時間を思い出した。二人で身体を寄せ合ったとき、アベルがあたしの胸元を凝視していることに気づいた。その眼の奥に、内に潜む獣性を感じた。今までに見せたことのない眼。あたしの肉体に欲望を感じていたことは明らかだった。

 あたしたちも年頃の女と男だ。二人の想いが通じているとわかった今、こう何度も二人だけで夜を過ごしていたら簡単に男女の関係に発展してしまうかもしれない。経験がないから怖いが、覚悟はできている。アベルが求めるなら拒むつもりはない。早く奪って欲しかった。

 あたしたちはそれぞれのベッドに座り、いつものように食事をしながら話した。当たり障りのない、今日の航海と闘いのことを話題に選んだ。

 死せる水で覆われた海、フレア族、そして巨大海竜の撃退。

 そんなに長い話ではなかったが、いつもより品目の少ない食事はあっという間に終わってしまった。

「さすがに今日の闘いは、もうだめかと思ったよ。あんな巨大で素早いモンスターに海で襲われるなんて、あたしは想像したこともなかった。凄いなアベルは。まったく動じてなかった。どうしてそこまで自信を持てるんだ」

 あたしが感服した様子を示すと、アベルは誇らしい顔をした。

「デイジィのおかげさ」

「何言ってるんだい。あたしはあんたを手伝っただけだ」

「そうじゃない。オイラ、デイジィの前で情けない姿は見せられないって思ったんだ。何とかしなければならないって。お前にはいつも助けてもらってばかりだっただろう。だから、オイラの成長した姿を見てもらいたかった」

 アベルは淡々と語った。

 もしかして、アベルはあたしに褒めてほしいのだろうか。

「アベル……」

 あたしは立ち上がり、アベルの頭を撫でてやった。

「デイジィ……」

 アベルの声は震えていた。

 さっき腰を上げようとしたとき、アベルの眼の奥がギラリと光った。あたしはその瞬間を見逃さなかった。アベルの視線はあたしの剥き出しの太腿に向けられていた。

「あんたは、凄い男だよ」

 あたしはアベルの隣に座り、自分の膝を叩いた。

「ここに来な。膝枕してやるよ」

 アベルは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに仰向けに寝転がった。アベルの頭があたしの太ももの上に、直に乗せられた。

「なんか、恥ずかしいな」

 アベルは照れ笑いしながら、あたしの顔を見上げた。

「あたしたちの闘いはいつだって厳しいものだった。それでも、あんたは絶対に諦めないで、何とかして勝利を掴んできたんだ。あたしには真似できない」

 アベルの頭を撫でながら話した。

「デイジィに会えて、良かったよ。前にも言ったけど、今のオイラがあるのはお前のおかげだ。そのことに恩を感じてるけど、それだけじゃない。今じゃ、お前はオイラにとって一番大切な人さ」

 あたしはアベルの頬をつねって照れ隠しをした。その頬は、まるで風邪でもひいたかのように熱を帯びていた。

「あんた、初めてあたしと会ったとき、どう思った?」

「デイジィのこと?」

「そうだよ」

 なぜかアベルは面白そうに笑った。

「生意気な奴だなって思ったよ」

 予想外の発言に、あたしは吹き出した。

「生意気ぃ? あんた、あたしより年下だろ」

「だって、あのときのオイラはデイジィよりずっと弱かっただろ。オイラ、これでもアリアハンでは一番強かったのにさ。デイジィにはとても敵わないって思ったんだ。それに、お前の剣術に心を奪われたことが、気に入らなかったんだろうな」

「あのときの小僧が、ここまでの男になるなんて、あたしも思ってなかったよ」

「オイラはまだまだデイジィには敵わない。必ずもっと強くなって、お前を守れる男になるよ」

「あんたはあの頃から強かったよ。いつも危険を顧みず、弱い者のために全力で闘っていた。ちょっと無謀すぎだけどな」

「オイラだって、時には不安になったりするさ。ジキドやバラモスは強大な敵だ。いよいよ竜伝説が解き明かされようとしている今、今度会ったらどちらかが死ぬまで闘いが続くことになるだろう」

 アベルは寂しそうな顔をした。

「でも、青き珠の勇者として、弱音は吐けないんだ。何としても、バラモスを倒して世界に平和を取り戻すまでは」

「アベル……」

 アベルだって、本当は勇者としての重圧に苦しめられているんだ。青き珠の継承者として生まれたとはいうものの、誰かがその力の使い方を指導してくれたわけではない。気が付けば世界を救う勇者としての責任を負わされ、右も左もわからないまま闘いに明け暮れる日々に突入してしまった。

 あたしたちが、唯一アベルの頼れる仲間だった。もしかしてアベルは、この冒険の中で、初めて誰かを頼りにすることができたんじゃないだろうか。

「あんたも、辛かったんだな」

 急にアベルがかわいそうになった。

「あたしは最後まであんたに付いて行くよ。背中くらいなら守ってやる。それに、冒険が終わったらあんただって休んでいいんだ」

 アベルは手の甲で眼を拭った。いつの間にか涙を流していた。

「すまない、デイジィ。弱音なんか吐いてしまって。お前の前だと、なぜか感情が出てしまうんだ」

「気にすることはない。あたしになら甘えたっていい。旅はまだまだこれからさ。一人で抱え込む必要はない」

「ありがとう……。お前に会えて、良かったよ」

 そう言って、アベルはもう一度涙を拭った。

 その言葉は嬉しかった。嘘偽りがあるとは思えない。アベルが真っ直ぐで正直な男だってことは、あたしが一番よく知っているじゃないか。もう、この言葉だけで十分だと思えた。

 アベルが泣き止むのを待って、あたしは立ち上がった。

「明日も早いんだ……。もう寝ようか」

 残念な気はするが、二人だけの時間もそろそろ終わりなのかもしれない。あたしは窓際に行き、もう一度輝く満月を見ていた。

 アベル……。

 しばらく無言で佇んでいると、背後に気配がした。アベルがすぐ後ろまで来ている。荒い息遣いが聞こえる。

「デイジィ……。いいかな」

 アベルは後ろからあたしを抱きしめた。胸の肉が腕で締め付けられた。

「あっ……。こら!」

 アベルがあたしの首筋に舌を這わせた。

 くすぐったさに耐えられず、身体を捻ってアベルの腕から逃れた。振り返ると、アベルの眼は座り、肩で息をするほど呼吸が荒くなっていた。その息遣いから、かつてないほどの興奮が読み取れた。

 もう後戻りできないところまで来てしまっていた。男は女の身体に欲望を抱くものだろう。その欲望を満たすためには、女を抱くしかない。アベルの真剣な眼を見返していると、恐れのような期待に襲われた。

 アベルの喉が大きく鳴った。

「デイジィ……。好きだ。お前が欲しいんだ」

 あたしも好きだと言おうとした。だが、アベルはあたしの言葉を待たず、腕をつかんで強引に引き寄せて唇を奪った。今までのように唇が触れるだけのキスではない。アベルはあたしの口の中に舌を挿し入れ、貪るように中を蹂躙した。

 熱く軟らかい物体が、あたしの舌を求めて蠢いた。

 怖かったが、あたしからも舌を絡め、アベルを受け止めた。

 ひとしきりあたしの口を貪ると、アベルは大きく喉を鳴らして、荒い呼吸のままあたしを見つめた。あたしの呼吸も激しくなっていた。

 顔が火照り、意識が朦朧とした。膝から力が抜け、もはやアベルの支えなしには立っていられなかった。

 あたしは眼を伏せて、アベルの胸に顔を押し付けた。アベルの心臓が激しく脈打っている。

「あたしも好きだ。アベル……」

 やっと言えた。

 それが合図になった。アベルはあたしを肩の上から抱きしめ、膝の裏に腕を入れて、抱え上げた。

 あたしをベッドへ運び、乱暴に仰向けに横たえた。アベルはすぐに覆いかぶさり、また唇を求めた。今度は首筋にも熱い舌を這わせた。 くすぐったかったが、逃れることができない。アベルは両手であたしの身体を押さえつけて動きを封じている。喘ぎ声をあげることしかできなかった。

「ああ。ア、アベル……」

 アベルの返事はなかった。もはや理性を失っているようだ。一瞬の間に状況が一変してしまった。望んでいたこととはいえ、アベルのあまりの変貌ぶりに戸惑った。

 アベルはあたしのシャツのボタンに手をかけたが、外すのに手間取っている。あたしが自分でボタンを外すと、即座にシャツが剥ぎ取られ、下着しか身に着けていない身体が露わになった。

 アベルはますます眼を血走らせ、嘗め回すようにあたしの全身を見ると、手や舌で好きなように弄り始めた。

 アベルは乱暴だった。ブラジャー越しに揉まれる乳房には痛みが走った。敏感な脇や腹にも、容赦なく舌を這わされた。あたしが抵抗する素振りを見せると、すぐに腕力で動きを封じた。ただ欲望に従ってあたしを求めているようだった。

 ブラジャーが外されると、乳房を鷲掴みにされた。先端に舌を這わされ口で吸われた。強い刺激に何度も声が漏れたが、不思議と恥ずかしさはなかった。アベルの情欲を受け止めるうちに、恐怖と緊張が徐々に和らいでいった。アベルが夢中であたしを求めることが嬉しかった。

 アベルはひとしきり上半身を蹂躙すると、下半身に興味を移した。あたしの脚を腕力で強引に開かせると、その間に身体を入れ、内ももや膝裏に舌を這わせた。脚の付け根や股や尻、特に敏感な部分も手で撫でさすった。そして、アベルは遂にパンティの腰布に指をかけた。

「アベル……。そこは、優しく……」

 あたしは恐怖を感じて、アベルに懇願した。アベルは荒い息をあげ続けていたが、正気が戻ったのか、自嘲気味な顔をした。

「すまない……。気持ちが抑えられないんだ」

「抑えなくていいんだ。でも、あたしも怖くて……」

 しばらく、二人の荒い息遣いだけが部屋に響いた。

 あたしが意を決して腰を浮かせると、アベルはゆっくりとパンティを引き抜き、隣のベッドへ放り投げた。

「デイジィ……。一生、大切にするよ」

 アベルもハーフパンツを脱ぎ、あたしたちは裸で抱き合った。アベルは再びあたしの口を激しく求めた。口の中に甘い感触が広がる。

「行くよ」

 長いキスを終えると、アベルが優しく言った。

「うん……」

 あたしは弱々しく返事をした。

 そこからは、いつもの優しいアベルだった。あたしが痛がる素振りを見せれば動きを止め、気遣いながら、ゆっくりと貫いた。

 あたしは全てをアベルに委ねた。

 思えば、こうやって誰かから必要とされるなんて、弟たちを奪われてからというもの初めてかもしれない。ずっとあたしは何かを求める側だった。両親や兄弟との楽しかった日々を取り戻すため、強さと金を追い求め、弟たちを探し続けた。

 アベルだって家族を失って孤独に生きてきたのに、あたしとは違って、いつも誰かから必要とされ、与える側だった。どこへ行っても困っている人間を助け、皆から頼りにされる。辛い過去があるなんて思いもしないほど、常に明るく振る舞う。そんな男にこそ、あたしは求めてもらいたかったのかもしれない。

 あたしは愛する男へ操を捧げる喜びに埋没することにした。ただ、アベルの肉体と体温を感じていたかった。

 こうして、あたしたちの不器用な初体験は終わった。

 事を終えたアベルは、ベッドの上で仰向けに寝転がった。あたしはその右腕を枕にして上半身に抱き着き、この無言の時間を楽しんだ。アベルの分厚い胸板が、ゆっくりと上下している。

 呼吸が落ち着いたころ、アベルは話し始めた。

「デイジィ……。不思議な気分だよ。お前とこういう関係になれるなんて」

「あたしも不思議さ。夢にも思わなかった」

 あたしの手にアベルの手が重なった。

「でも、やっぱり強引なんだな。あんなに乱暴に求めるなんてさ……」

「すまない。オイラ、初めてだったからさ……」

 アベルは言い訳するように言った。

「気にすることはないよ。ちょっと痛かったけど、あたしは嬉しいんだ」

 あたしはアベルの胸を撫でながら言った。

「デイジィ……。お前が好きだ」

 アベルは右腕であたしの身体を抱き寄せた。あたしの身体がアベルに覆いかぶさるように抱きしめられた。

「幸せだ……」

 あたしはアベルに脚を絡めて笑いかけると、アベルも照れ笑いを返した。

「オイラもさ」

「もっとアベルと二人だけで過ごしたかった」

 あたしはアベルの首筋を舐めた。汗の、塩辛い味がした。

「心配することはないさ。この旅が終わったら一緒に暮らそう。そうしたら二人の時間もたくさんあるよ」

 アベルの眼は優しく、あたしを安心させた。

「ああ、そうだな。次はもっと優しくしろよ……」

 アベルにキスをした。

 あたしは満たされた気持ちで眠った。


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