あたしたちはアリアハン城に来ていた。衛兵から王の間へ案内されると、国王と王妃が待っていた。まずはアベルとティアラから、国王に出発のあいさつをする。アベルの肩にはスライムのチチ、ティアラの肩にはスライムベスのカカが座り、同じように国王の方を向いている。
あたしはモコモコとドドンガと並んで、一歩引いたところからその様子を見守った。国王は何をアベルに伝えたいっていうんだ。
「立派になったのう、アベル。その瞳に、昔とは比べ物にならぬほどの強い輝きがある。悲しみを乗り越えた者のみが真の強さを得るという。そなたは父の死を乗り越え、また強くなったようじゃ」
まったく、偉そうにこのオヤジは……。
ムーアに襲われて腰を抜かしてたあの情けない姿を思い出すと笑ってしまう。あたしが助けなかったら、こいつも宝石モンスターどもに殺されていたっていうのに。
「国王様、オイラたちはこれから聖剣と聖杯を取りに行きます。何か知っていることがあれば、教えてください」
アベルが国王に向かって一歩踏み出した。
「そうか、ついに聖剣と聖杯のことを……」
「聖杯は、ゾイック大陸にあるということだけで、あとは何もわかっていないんです」
王が王妃と目くばせした。そして手元の地図を広げ、一点を指さした。
「聖杯はゾイック大陸のここ、メルキドにある」
ゾイック大陸?
「ガイア海峡を挟んで、アリアハンからすぐじゃないか」
あたしは驚きの声をあげていた。ゾイック大陸といえば、闇のバザールで出会ったミネアの占いに出た、トビーがいるかもしれないという場所だ。
国王は面白そうに笑っている。
「ひっでえな。そういうこと知ってんだったら、オラ達が旅立つ前に全部教えてくれりゃいいのにさ」
モコモコがため息交じりにぼやいた。
「あのころのお前たちはまだまだヒヨッコじゃったからの。聖剣や聖杯のことなどを話してもチンプンカンプンじゃっただろう」
「ええ、まあ、確かにね……」
モコモコは素直に認め、引き下がった。そりゃあそうだろう。あの頃のアベルとモコモコは、ただ腕っぷしが強いだけの無鉄砲なガキだった。いきなりゾイック大陸なんかにでも行ってみろ。あっさりと凶悪な宝石モンスターどもの餌食になっていただろう。そんな素直なところは嫌いじゃないけどな。
あたしはドドンガと一緒になって笑った。
「ティアラ、聖杯は赤き珠の聖女にしか手にすることはできぬ」
「はい、何としても私の手で」
ティアラの眼にも力がこもった。赤き珠の聖女としての使命を全うする決意ができたようだ。この少しの間でよく成長した。ホーン山脈で初めて話したころは、ただめそめそしてアベルにすがることしかできない小娘だったのに。
「国王様、聖剣は天空にあり。そのためには不死鳥ラーミアを蘇らせなければなりません。そのためには四つのオーブが必要です。オイラたちはまだ三つしか……」
「三つ揃ったか、それなら話は早い」
国王はゆっくりと立ち上がり、歩き出した。
あたしたちは城の地下に案内された。薄暗い、壁際のオイルランプが淡く照らすだけの造りの空間。肌を撫でる空気は、湿気を含み、冷たい。
「旅の泉だぁ……」
モコモコが懐かしそうに言った。目の前には、旅の泉と呼ばれる、渦を巻く小さな池がある。この泉は世界のどこかに存在する別の泉と繋がっていて、これに飛び込むと瞬時に向こう側に行くことができる。
あたしも一人で旅していた時は、何度も想いを込めて飛び込んだものだ。飛び出た先で、奴隷商人に連れて行かれた弟と妹に会えるんじゃないかって、いつも淡い期待を抱いていた。
「そなたたちは三つのオーブに願いを込めて、再びこの泉へ飛び込むのじゃ」
「では、四つ目のイエローオーブは?」
話が見えないといったように、アベルが聞いた。
「三つのオーブが、最後のオーブへ、そなたを導いてくれるだろう」
どういうことだ? 旅の泉にそんな機能があるとは知らなかった。願い次第でどこへでも行けるということなのか? あたしの願いがかなえられなかったのは願う力が弱かったからなのか? それとも、オーブに秘められた力が、そうさせるのだろうか。
「わかりました。よし、行こう!」
あたしが取り留めもなく考えを巡らせている間に、アベルはもう決断してしまった。アベルの肩に座るチチも旅立ちの決意はできている。泉を見つめる視線は精悍だ。
そうだ、迷う時間なんてない。
「おおう!」
あたしもすぐに応じる。モコモコも同時だった。最後のオーブがどこにあるか判らないということは、この泉に飛び込んだら、いきなりモンスターの巣の中に飛び出すことだってあり得るわけだ。でも、あたしはどこへだって付いていく覚悟だ。アベルが望む限り。
ティアラの叫ぶような声が、あたしたちを遮った。
「待ってアベル! 別々に、探しましょう。アベルは聖剣を、私は聖杯を」
ティアラが驚くべき提案をした。
「ティ、ティアラ……」
「一日も早く竜を蘇らせなければ、世界は死せる水で覆われてしまうわ。私はガイア海峡を渡って、メルキドへ」
すかさずモコモコがティアラの前に躍り出た。
「無茶だよティアラ! ガイア海峡はモンスターの巣なんだぞ、女の子が行くところじゃねぇ!」
ちょっと待て、モコモコ。
「あたしも……。女なんだけど」
「オラ、お前を女だと思ってねぇ」
「なにぃ!」
失礼なことをはっきりと言いやがって。
それに嘘をつくんじゃない。お前はヤナックと一緒になってあたしが温泉に入っているのを覗こうとしただろう。自分で暴露しておいて忘れたのか。スケベそうな顔で笑いやがって。くそ……。
「よし、別々に探そう!」
アベルが力を込めて言った。
「ええ!」
何を言ってるんだアベル。戦力を分散させて、今度またジキドのような強敵に襲われたらどうする。それに、パーティ編成はどうするんだ。
「オイラ、ティアラを信じる。ティアラだって成長して、強くなっているんだ」
「アベル!」
ティアラは感動したような眼で、アベルを見上げた。アベルもじっと見返している。また二人だけの世界に入っているようだった。長い時間見つめ合う二人を前に、胸が痛んだ。
「んじゃ、オラはティアラに付いて行く!」
「ドドンガも!」
あたしが考えている間に話が進んでしまった。モコモコとドドンガの奴、絶対に何も考えていない。ただティアラと一緒にいたいだけじゃないか。
だが、そんな姿勢が羨ましく感じられた。これだけ何度もアベルとティアラの親密さを見せつけられてるってのに、まだティアラを諦めないんだから。
あとは、あたしがどちらに付いて行くか決めるだけだ。人数のバランスから考えて当然アベルに付いて行くべきだ。でも、まさかアベルの奴一人で最後のオーブを取りに行くなんて言わないよな。吹雪の剣を取りに行くときは、試練だとか言って一人で行ってしまった……。
今回の争点は、戦力にならないティアラを誰が守るかってことだ。そう考えると、どうせアベルはあたしにティアラを守ってくれって言うんだろう。
「じゃあ、あたしは……」
アベル……。あたしは……。
自分から言い出すことができなかった。あたしは、やっぱり自分の気持ちに正直になれないんだ。そうやって言いよどんでいるあたしの手を、ティアラが握った。
「デイジィ……。アベルを助けてあげてね」
「ティアラ」
あたしは素直になれない自分の気持ちと葛藤していた。
いいのか、ティアラ。あんたの男が他の女と二人旅することになるんだぞ。だが、ティアラの瞳に曇りはなかった。そんな不安の色などなく、ただ純粋にあたしに向かってお願いしている。
あたしのアベルに対する気持ちに気づいてないんだろう。アベルといいティアラといい、アリアハンの奴らはなんて鈍感なんだ。
「お願い」
ティアラは懇願するように、あたしの手を強く握った。
「ああ」
あたしは笑顔を作った。
これしかないんだ。別に二人で遊びに行くわけじゃない。あたしにだって、アベルを助ける義務がある。アベルだけいつも辛い試練に向かわせるわけにはいかない。
こうしてあたしたちのパーティ編成は決まった。モコモコとドドンガはティアラと一緒にゾイック大陸へ聖杯を取りに。そしてあたしはアベルと一緒に最後のオーブを取りに旅の泉へ。どう考えても戦力的に拮抗した割り振りではないが、そこはあえて言及しなかった。
話がついたところで、国王が話し始めた。
「そうじゃアベル。金の鍵は持っているな。出すがよい」
アベルが懐からカギを出し、国王に渡した。ナジミの塔で手に入れた不思議な鍵。この鍵を使えばどんな施錠も解くことができる。王が金庫の鍵を開けた。
「二人ともここまで成長したのなら、これが役に立つだろう。勇者の地図と、聖女の地図というものだ。これでお互いがどこにいるか一目で判る」
国王が、折りたたまれた紙を差し出した。それぞれの地図をアベルとティアラが開くと、紙の上に青い球体が現れた。
球体の表面に世界地図が書き込まれている。その地図を、紙から放たれる淡い光が照らした。
あたし達のいるアリアハンの位置に、赤と青に光る点が現れた。おそらく青き珠と赤き珠のある位置を指し示しているのだろう。美しい光景だった。これが古代エスターク人の持っていた技術なのか。これほどまでに高度な技術を持ちながら、この古代文明はどうして衰退してしまったのだろうか。いつもながら不思議に思う。
「ああ、これは便利だ!」
「ありがとうございます。国王様ぁ!」
アベルとティアラはこの便利な地図を手に入れて喜んでいる。どうせこの二人は頻繁にこの地図を開いて互いの無事を確認するんだろう。アベルが何回この地図を開くか、数えてやろうか……。
「うん。良い知らせをまっておるぞ」
まあいい。これでアベルも少しは安心できるだろう。あたしは、それでいいんだ。あんたはずっとティアラのことを気にかけ続けてくれ。その心があたしに向くことなんて期待していない。
「落ち合う場所は。リムルダール。いいな、ティアラ」
「ええ、必ず」
アベルがティアラの手を両手で握り、真剣な眼で見た。ティアラの眼にも固い決意がある。二人の顔は、唇が触れてしまいそうなほど近づいた。あたしが眼を背けようと思ったとき、二人の肩の上に座っていたチチとカカがすり寄り、キスをした。その様子を見た二人は顔を赤らめて、やっと顔を離した。
「行こう、デイジィ」
アベルはあたしに真剣な視線を送った。
「ああ!」
あたしはアベルの眼を見つめ返し、一緒に旅の泉へ飛び込んだ。最後のオーブの元へ導かれることを願って。
これでいいんだ。
あたしたちは馴れ合いの関係じゃない。アベルは、あたしの相棒なんだ。