デイジィとアベル(一)決戦前の蜜月   作:江崎栄一

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〇七 パフパフ娘とデイジィの視線

「ご遠慮なさらないで。とおっても気持ちいいんだから」

 パフパフか。ヤナックから話に聞いたことがあるが、試したことはない。確か、女の人の胸に顔を埋めて、乳房で挟み込んでもらう行為だ。ドランの都でもサーラ姫と一緒にいたときにパフパフ娘から声をかけられたが、断ってしまったんだ。オイラだって興味はあるけど、今も急いでいるんだ。残念ながら、また断らざるを得ないだろう。

 それに、今はデイジィが目の前にいる。

 恐る恐るデイジィの方に眼を向けると、あからさまに不機嫌な様子で顔を背けていた。やっぱり、これ以上デレデレした顔は見せられない。

 きっぱりと断ろうとしたとき、女が耳元で囁いた。

「ラーミアのことでお話が」

 オイラにしか聞こえない程度の小さな声だった。

 どういうことだ? どうしてこの娘はオイラがラーミアを探してるって知ってるんだ? オイラにだけ聞こえるように言う理由は?

 だめだ、考えてわかる問題じゃない。

「ねぇ、いいでしょお!」

 女がオイラに抱きついた。

「ちょっと! あんたねぇ!」

 デイジィが女を睨みつけた。完全に怒っている……。そりゃそうだろう。オイラ達はバラモスの世界侵攻の状況や、最後のオーブの在り処について情報交換をしているんだ。遊んでいる場合じゃない。

 でもこの娘は何かを知っている。だけど何らかの事情があってオイラにしか話せないようだ。

 いったい、オイラはどうすればいいんだ。今立ち上がったら、パフパフしてもらいに行くと言っているようにしか見えない。そんなのデイジィの前で恥ずかしいし、後でなんて言われるかわからない。いや、今すぐ殴り飛ばされるかもしれない……。しかしここで躊躇していたら、デイジィはこの娘を追い払ってしまうだろう。

 仕方がない。デイジィには後で説明しよう。

「オ、オイラ、パフパフしてもらおうかな」

 デイジィの様子をうかがいながら、立ち上がった。

 その言葉を聞くや否や、デイジィは瞬時にオイラを振り返った。唖然とした表情をしている。

「うれしぃ! じゃあ、二階でね」

「はいはい」

 早く立ち去らないと。

「アベルぅ!」

 デイジィの呆れた声が胸に突き刺さる。どうやら力づくで止めるつもりはないようだが、後で誤解は解かなければ。決してやましい気持ちで決めたわけじゃない。許してくれ。仕方がなかったんだ。

 しかしこの娘はなんでこんなに身体を密着させてくるんだ。背中にデイジィの視線を感じる。真面目な話をするはずなのに、そこまで演技をする必要はないだろう。

 改めてこの娘の服装をよく見てみると、本当に過激な格好だとわかる。乳房と腰を隠す布切れを身に着けただけで、ほとんど下着姿と変わらない。胸の谷間もしっかりと強調されていて、まさしくパフパフに誘うための格好のようだ。

 パフパフって、手で触ってもよかったんだろうか。そういえば女の人の胸って、デイジィのしか見たことがないな。

 気が付くと、オイラは二階に案内されていた。

「さ、中へ」

 その娘がドアを開けて、オイラを促した。

 そこは普通の寝室のようだった。ちょうど、オイラとデイジィが取った宿屋の部屋と同じようだ。さて、話を聞かないと……。期待に胸が膨らんだ。

 振り返ると、扉の前でその娘は土下座していた。

「バラモスの手の者がいるかもしれないので、とんだご無礼をしてしまいました。お許しください。勇者アベル様」

 僅かに残っていたパフパフへの期待も、バラモスの名を聞いた途端に雲散した。

「どうしてオイラのことを? 君は一体?」

「私は、ラーミアの神殿に仕えておりました。ユリカと申します」

「あの丘の上の?」

 ラーミアの神殿といえば、昨日オイラたちが旅の泉から飛び出たところだ。なるほど、竜伝説に関わる仕事をしていたのであれば、オイラの青き珠を見て勇者だと気づくのは当然だ。

「もう行かれたのですね?」

「ああ」

 そういうことであれば、教えてもらいたいことはたくさんある。

「教えてくれ、ラーミアの卵はどうなったんだ?」

「実は、不死鳥ラーミアの卵は、あの神殿に死せる水が押し寄せる前、神官の命令によりレイアムランドへ移してしまったのです」

「そうだったのか、じゃあ、あの荒れ果てた神殿は?」

「バラモスの宝石モンスターが攻め込んできたのは、神官のカンナ様とハンナ様が旅立たれた翌日のことでした。でも、安全だと思われたレイアムランドも、ハーゴンという将軍のために、危機に瀕していると聞いています。アベル様、一刻も早く、ラーミアを蘇らせ、バラモスを」

 レイアムランドは既にハーゴンに支配されたとバハラタから聞いている。これではラーミアの卵が見つかり、破壊されてしまうのは時間の問題だ。早くラーミアを蘇らせなければ。

「待ってくれ、ラーミアは四つのオーブがそろわないと、蘇らせることができないんだ。オイラ、まだ三つしか」

 ユリカはにっこりと笑った。

「それならご安心くださいませ。三つのオーブが、海に沈んだイエローオーブの位置を教えてくれるはずです」

「海に沈んだ?」

「もともとイエローオーブは、ハンナ様がお持ちになっていたのです。ラーミアの卵をレイアムランドへ移そうとしたとき、突然の嵐に襲われ、海の中へ落ちてしまったのです」

「海の中へ……」

 ここら辺の海も、既に死せる水で覆われている。海に潜って海底を探るのは困難だろう。最後のオーブの位置がわかったところで、死せる水の中で探索活動を行うのは危険だ。

 どうすればいいんだ。

 しばらく考えていると、父さんの言葉が脳裏に浮かんだ。青き珠の勇者。

 もしかしたら、青き珠の力を使えば何かできるかもしれない。

 四つのオーブは竜伝説を解く上でのカギだ。そうであれば、伝説の竜を復活させるというこの青き珠が、オイラの行く手を助けてくれるはずだ。

「でもよかったぁ、こうしてアベル様とお話しすることができて」

 ユリカが安心しきったように話した。そう、彼女の役割はもう終わったんだ。あとは青き珠の勇者であるオイラがオーブを探し出さなければならないんだ。

 三つのオーブが最後のオーブへ導いてくれる、国王様はそう言っていた。

 オイラは袋からオーブを取り出した。

 ユリカも緊張した面持ちで覗き込んだ。

「これが三つのオーブですか? まぁ。なんて綺麗な玉ですこと!」

 ユリカはまたオイラに身体を密着させると、甘えた声でそう言った。


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