「ご遠慮なさらないで。とおっても気持ちいいんだから」
パフパフか。ヤナックから話に聞いたことがあるが、試したことはない。確か、女の人の胸に顔を埋めて、乳房で挟み込んでもらう行為だ。ドランの都でもサーラ姫と一緒にいたときにパフパフ娘から声をかけられたが、断ってしまったんだ。オイラだって興味はあるけど、今も急いでいるんだ。残念ながら、また断らざるを得ないだろう。
それに、今はデイジィが目の前にいる。
恐る恐るデイジィの方に眼を向けると、あからさまに不機嫌な様子で顔を背けていた。やっぱり、これ以上デレデレした顔は見せられない。
きっぱりと断ろうとしたとき、女が耳元で囁いた。
「ラーミアのことでお話が」
オイラにしか聞こえない程度の小さな声だった。
どういうことだ? どうしてこの娘はオイラがラーミアを探してるって知ってるんだ? オイラにだけ聞こえるように言う理由は?
だめだ、考えてわかる問題じゃない。
「ねぇ、いいでしょお!」
女がオイラに抱きついた。
「ちょっと! あんたねぇ!」
デイジィが女を睨みつけた。完全に怒っている……。そりゃそうだろう。オイラ達はバラモスの世界侵攻の状況や、最後のオーブの在り処について情報交換をしているんだ。遊んでいる場合じゃない。
でもこの娘は何かを知っている。だけど何らかの事情があってオイラにしか話せないようだ。
いったい、オイラはどうすればいいんだ。今立ち上がったら、パフパフしてもらいに行くと言っているようにしか見えない。そんなのデイジィの前で恥ずかしいし、後でなんて言われるかわからない。いや、今すぐ殴り飛ばされるかもしれない……。しかしここで躊躇していたら、デイジィはこの娘を追い払ってしまうだろう。
仕方がない。デイジィには後で説明しよう。
「オ、オイラ、パフパフしてもらおうかな」
デイジィの様子をうかがいながら、立ち上がった。
その言葉を聞くや否や、デイジィは瞬時にオイラを振り返った。唖然とした表情をしている。
「うれしぃ! じゃあ、二階でね」
「はいはい」
早く立ち去らないと。
「アベルぅ!」
デイジィの呆れた声が胸に突き刺さる。どうやら力づくで止めるつもりはないようだが、後で誤解は解かなければ。決してやましい気持ちで決めたわけじゃない。許してくれ。仕方がなかったんだ。
しかしこの娘はなんでこんなに身体を密着させてくるんだ。背中にデイジィの視線を感じる。真面目な話をするはずなのに、そこまで演技をする必要はないだろう。
改めてこの娘の服装をよく見てみると、本当に過激な格好だとわかる。乳房と腰を隠す布切れを身に着けただけで、ほとんど下着姿と変わらない。胸の谷間もしっかりと強調されていて、まさしくパフパフに誘うための格好のようだ。
パフパフって、手で触ってもよかったんだろうか。そういえば女の人の胸って、デイジィのしか見たことがないな。
気が付くと、オイラは二階に案内されていた。
「さ、中へ」
その娘がドアを開けて、オイラを促した。
そこは普通の寝室のようだった。ちょうど、オイラとデイジィが取った宿屋の部屋と同じようだ。さて、話を聞かないと……。期待に胸が膨らんだ。
振り返ると、扉の前でその娘は土下座していた。
「バラモスの手の者がいるかもしれないので、とんだご無礼をしてしまいました。お許しください。勇者アベル様」
僅かに残っていたパフパフへの期待も、バラモスの名を聞いた途端に雲散した。
「どうしてオイラのことを? 君は一体?」
「私は、ラーミアの神殿に仕えておりました。ユリカと申します」
「あの丘の上の?」
ラーミアの神殿といえば、昨日オイラたちが旅の泉から飛び出たところだ。なるほど、竜伝説に関わる仕事をしていたのであれば、オイラの青き珠を見て勇者だと気づくのは当然だ。
「もう行かれたのですね?」
「ああ」
そういうことであれば、教えてもらいたいことはたくさんある。
「教えてくれ、ラーミアの卵はどうなったんだ?」
「実は、不死鳥ラーミアの卵は、あの神殿に死せる水が押し寄せる前、神官の命令によりレイアムランドへ移してしまったのです」
「そうだったのか、じゃあ、あの荒れ果てた神殿は?」
「バラモスの宝石モンスターが攻め込んできたのは、神官のカンナ様とハンナ様が旅立たれた翌日のことでした。でも、安全だと思われたレイアムランドも、ハーゴンという将軍のために、危機に瀕していると聞いています。アベル様、一刻も早く、ラーミアを蘇らせ、バラモスを」
レイアムランドは既にハーゴンに支配されたとバハラタから聞いている。これではラーミアの卵が見つかり、破壊されてしまうのは時間の問題だ。早くラーミアを蘇らせなければ。
「待ってくれ、ラーミアは四つのオーブがそろわないと、蘇らせることができないんだ。オイラ、まだ三つしか」
ユリカはにっこりと笑った。
「それならご安心くださいませ。三つのオーブが、海に沈んだイエローオーブの位置を教えてくれるはずです」
「海に沈んだ?」
「もともとイエローオーブは、ハンナ様がお持ちになっていたのです。ラーミアの卵をレイアムランドへ移そうとしたとき、突然の嵐に襲われ、海の中へ落ちてしまったのです」
「海の中へ……」
ここら辺の海も、既に死せる水で覆われている。海に潜って海底を探るのは困難だろう。最後のオーブの位置がわかったところで、死せる水の中で探索活動を行うのは危険だ。
どうすればいいんだ。
しばらく考えていると、父さんの言葉が脳裏に浮かんだ。青き珠の勇者。
もしかしたら、青き珠の力を使えば何かできるかもしれない。
四つのオーブは竜伝説を解く上でのカギだ。そうであれば、伝説の竜を復活させるというこの青き珠が、オイラの行く手を助けてくれるはずだ。
「でもよかったぁ、こうしてアベル様とお話しすることができて」
ユリカが安心しきったように話した。そう、彼女の役割はもう終わったんだ。あとは青き珠の勇者であるオイラがオーブを探し出さなければならないんだ。
三つのオーブが最後のオーブへ導いてくれる、国王様はそう言っていた。
オイラは袋からオーブを取り出した。
ユリカも緊張した面持ちで覗き込んだ。
「これが三つのオーブですか? まぁ。なんて綺麗な玉ですこと!」
ユリカはまたオイラに身体を密着させると、甘えた声でそう言った。