陽光反射オンライン 作:避雷針
RPGで最初の敵なんて武器を使うまでもなく勝てるだろう。そう思っていた時期が俺にもありました。
いや、これがただのRPGなら画面越しに攻撃コマンドを入力するだけだから問題無かっただろう。
動物さん可哀想、動物はゴハンじゃない、保護しなきゃなんて言って似非ビーガンの真似も出来るくらい余裕だった。
しかし、これはVRだった。
何が言いたいかと言うと出現した猪の迫力が怖い。
だが、猪は1体だけに対し、こっちは俺を含めて34人もいる。
俺が矢面に立たなくても誰かがやるはずだ。
いや、言葉が悪いな。言い換えよう。
俺が仕事をしないことで誰かが仕事できる。俺はそういうことに喜びを感じるんだ。
だが、完全に何もしていないと思われるのも嫌だから指示だけしておこう。
俺は肉壁達の後ろに回り込み、声を出した。
『猪だ!囲め!』
「ひぃー、来るなぁー!」
「こっちにも出たー!」
「3体に勝てるわけないだろ!」
「馬鹿やろう、俺は……」
「邪魔だ、逃げれないだろうが!」
『おい、逃げるな!くそっ、役立たずども!』
33人の肉壁がバラバラに別れて逃げていく。
烏合の衆に数の優位を活かせる力など無い。
指揮系統なんて決めてなかったから崩れるのは一瞬だった。
俺を抱えて運んでいた肉壁も荷物を放して逃げ出した。
俺は足のバグのせいで素早く動けない。
猪は俺目掛けて一直線に走ってくる。
逃げれない!っていうか間近で見ると超怖い!
その時、ふと視界の両端に何かを捉えた。
えっ、あれも猪?しかも、同時にぶつかってきそう。
ヤバイヤバイ!
死んだ振りは熊だっけ。
猪は……猪の牙の位置的に太股切り裂かれるのが致命傷に成りやすいってバッチャンが言ってたってネットで見た気がする。
ということはしゃがめばいいんだ!
って、ヤバイ。そんなこと考えている内に猪達が目の前に!怖い怖い!
俺は咄嗟に目を瞑ってしゃがみながら手を突き出した。
あれ?思ったより衝突が短いという軽いというか。
確かにタタタッと連続して腕や胸に何か当たった感じはしたが、こんなものなのか?
目を開けると猪が居ない。
何が起きた?
アイテムと所持金を確認したが、変化していない。
役立たずどもを見るとアホ面晒して固まっている。
『おい、役立たずども、見てただろ!何が起きたか話せ』
「……えーと、そのー……」
「……気付いてない?……どう伝えよう?」
声をかけるとフリーズは溶けたが、見捨てようとした負い目があるせいか、肉壁達は俺をまともに見ようとしないでこそこそ小声で会話している。
顔は妙に赤くてキモいし、俺をチラチラ見てキモいし、ホモかなと思うくらい互いに顔を見合わして喋り始めないしでイライラしてきた。
黙っていたら誰かが代わりにやってくれると思っているのか!
俺を放り出した実績のある肉壁を指差して言った。
『お前、さっさと説明しろ』
「は、はいっ!白……じゃなくていきなりいんなーくなりました!」
いんなーくなるって居なくなるでいいんだよな?どこの方言だよ。そして、情報が足りなさすぎる。
『もっと詳しく!』
「ぐっ、ぐぎぎぎぎぎ!RAIさんに猪が当たると何故か次々と消えていきました、チクショウめー!」
『誰がもっと悔しそうに話せと言った!全然分からないんだけど!』
「そうは言っても分からないものは分かりません。なあ?みんな」
「ああ」
「そうだな分からないんだなあこれが」
誰に訊いても衝突の瞬間に猪が消えたということしか分からない。
これは考えても無駄だな。
幾度にも及ぶレスバトルで鍛えられた切替の良さで俺はもっと建設的なことを考えた。
『よし、次行こう』
「えっ、怖くなかったんですか?」
『……は?お前ら、俺が猪にビビって動けなかったとか思ってないだろうな!そんなんじゃないからな!あれは……そう、作戦なんだからな!全然怖くなんてないからな!』
「アッハイ。じゃあ、また猪出たんで、前衛宜しくお願いします」
『えっ?ちょっ』
奴ら、俺を前衛という名の肉壁にしやがった!
ふざけるな!
俺は抵抗したが、多数決による数の暴力によって俺だけが前衛と言われた。
いや、前衛1後衛33とかバランス悪すぎるだろ!
猛抗議と激しい議論の結果、全員が疲れて集中力が完全に切れた頃に、前衛俺、後衛11、後方支援11、サポート11が最適なのではという発言が出てきた。
ん?????
そういうことになった。
気を取り直してフィールドの探索を進めた。
魔法が存在しないのと誰も飛び道具を持っていないので石を拾いながら歩く。戦闘中、隙があれば、誰かの後ろに回り込んで俺は投石で火力支援するんだ。
戦闘自体は問題なかった。
34人が一斉に投石するんだから火力不足はない。
ただ、出現したモンスター全てがプレイヤーの位置に関係なくフィールドの奥の方に向かっていくのは気になった。
そういえば、あの猪達も奥の方へ向かっていたな。
何が起きているんだ。
モンスターの向かっていく方向に行くと大量のモンスターが一ヶ所に密集しているのが見えた。
範囲攻撃をしたくなる光景だ。
何か地面掘ったり、土捏ねたりしてるなあ、なんて見ながらどうしようかと考えているとモンスターが動き始めた。
猪の群れがこっちに向かって来る。
結構遠いのにバレるとは、かなり警戒しているんだな。
運搬役の肉壁が俺を放り投げようとしたので、しがみついた。
背中を向けて逃げ出そうとしていた肉壁達に言う。
『逃げるな!全滅するぞ!』
「だが、あの数をどうする」
それが問題だ。
後ろに下がりながら撃退する方法はないか。
向こうの方が攻撃力も防御力も速度も数も上だ。
俺達が勝っているのは、攻撃の射程と知能くらいだ。いや、肉壁達だと知能も怪しいか。
ふと、アクションゲームや戦術シミュレーションゲームの戦法の1つが思い浮かんだ。
『引き撃ちだ!』
「はっ、そうか。奴ら体当たりしか出来ない」
「3段撃ちみたいに間隔ずらして投石した方が上手く足止め出来るんじゃないか」
「投げた後、1歩下がるを繰り返せば……」
「足元や眼を狙って先頭の速度を……」
『細かい作戦は任せた!俺は前に出て、投石で止まらなかった奴に対処する!パニックになって逃げるなよ!』
「ああ」
『声が小さい!腹から声出せ!奴らをボコボコにするぞ!』
「「「おー!」」」
『やれば出来るじゃないか』
ちなみに細かい作戦を任せるのは、俺が前衛で戦闘中に指示を出すのに不適当だからだ。
決して俺が脳筋なわけではない。
『火力足りてないぞ。DPS上げていこう!』
『弾幕薄いぞ!全力で投げろ』
『もっと力を込めろ!弾幕はパワーだぜ!』
「RAIちゃんうるさい!指示が聞こえない!」
『……すまんな』
「ええんやで」
なんてやり取りが有ったとしても俺は脳筋ではないからな!ただ、火力が一番大事だと思っているだけだぞ。
猪達は執念深かったが、街が見えてくると流石に諦めて引き返して行った。何度か挟み撃ちどころか包囲されたりしたが、手に石をいっぱい持って投げるという、0の発見に劣るとも勝らない画期的な方法を発見した俺達の敵では無く、撤退は成功した。
俺の提案した両手で1個ずつ投げる作戦は採用されなかった。利き手じゃない方で投げた時、暴投しやすかったからだ。両手をグルグル回すので見た目もなんかアホっぽいし。
ただ、暴投こそないものの複数個の石を正確に制御出来る訳がなく、石がバラバラに飛ぶため、味方の投石の巻き添えを食らうことが多かった。
俺以外はモンスターによるダメージを受けていないが、HPが減っているのはそのせいだ。
街に戻ったが、何やら騒がしい。
何だろうと街を歩いてみるとそこかしこで猪が走り回っている。
猪を見た瞬間、反射的に投石した。
投げた後でヤバっと思って周囲の被害を確認したが、猪はダメージを受け、肉壁達はダメージを受けなかった。
へえ。死の危険無く経験値を稼げるわけだ。
『肉壁ども、ボーナスチャンスだ!狩り尽くすぞ!』
この後、滅茶苦茶投石された。
猪達を全滅させた後、肉壁達にコートをプレゼントされた。コートは何故か装備出来なかったが、何も言わなくても貢いでくるとは自分の立場を弁えているな。
ついでに、街に何が起きたのか33人に調べろと言ったのに誰も動かないどころか俺が適任だと言ってきた。
じゃんけんで決めようと提案したら通った。
全敗した。くそっ、あいつらチート使ってるだろ!
何が事前に言っておくが、俺は絶対グーを出すぞ、だ。出さないじゃないか!
仕方ない。切り替えていこう。
嫌がらせに33人を従えて街中の服屋の婦人服コーナーを歩き回った後、ブラブラ散歩していると体の一部に親近感のある大男を見つけたので訊いてみた。
誰も決定的瞬間を見ていなかったので断定は出来ないが、黒鉄宮から突然猪達が現れたそうだ。そのため、黒鉄宮の入り口を封鎖するのではないかという噂もあるとのこと。
それにしても、HPへのダメージを受けないとはいえ、安全な街の中でイベントでもないのにモンスターが出てくる仕様にするなんて、開発者はバカなんじゃないか?
プレゼントされたコートを換金しながら開発者の意図を考えたが、分からなかった。
騒動によってゴタゴタしていたが、何とか宿を確保した。
寝る前に、ふと、自分の着ているドレスの説明を見ようと思い立つ。
初期装備とほぼ同等の性能で攻撃と移動速度にマイナス補正、装備可能武器種制限、状態異常扱いで脱衣と重ね着不能、一部分に破壊不能属性、各種判定の有効範囲拡大、自己修復機能極大、一定以上ダメージが蓄積すると中破モードに移行……
は?