極雷剣士のエゴイズム 作:カルピス信者
地面を灰色に染める、狼のような魔物。その死骸の数は優に百を超え、大半が焦げ臭い匂いを放っている。毛皮はほとんどが使い物にならず、肉も不味いが──素材として無価値という訳でもない。その証拠に、回収業者がドンドンと死骸を荷馬車へ積み込んでいく。
それを崖の上で見下ろす僕の横には、金髪をたなびかせて物思いに耽る美青年がいた。魔物の大部分は僕が倒したものだが、隣の彼も少なからず活躍していた。流麗な剣技が冴え渡る、巷でも大人気の二枚目剣士だ。そんな彼をじっと見ていると──視線に気が付いたのか、こちらを見返してきた。
「…なんだ?」
「──実は最近、悩みがあってさ。聞いてくれるかい?」
「断る」
「ありがとう。それでさぁ…」
「断ると言ったが」
「まーまー、聞いて減るもんじゃないって」
「俺の時間が減る」
…友達とは思えない辛辣な対応である。しかしこの無愛想をクールと言い換えて、カッコイイとほざく婦女子のなんと多いことか。いや、悔しくなんてないけどね。ほんとに。どうせいざ付き合うと『貴方って面白くないのね』とか言われるタイプの野郎だ、この男は。僕が喋りかけなければ、いつまでも無言でい続けるのだ。
「そう、それで悩みの方なんだけど……僕って過小評価されすぎじゃない?」
「評価が足りないと言う奴ほど、自己評価が高すぎる傾向にあるな」
「いや、僕はもっと褒められてもいい筈だ! 街へ入ればパレードが開かれ! 城へ入れば可愛い王女が迎えてくれてもいいくらい!」
「そうですね」
「なんだよその『心底くだらない』みたいな顔は」
「心底くだらんからだ」
「そうは言うけども! やっぱ最強に相応しい待遇ってものがあるじゃん!」
「何が言いたいんだ?」
「もっとちやほやされたぁい…!」
「俗物め」
「俗なことが悪いことみたいに言うのはやめてよね。人の世に生きる限り、ついてまわるもんだろ?」
「人のことなど気にせず、己を高める努力をしろ」
「もう充分に高まってるって。僕より強い奴とかいる?」
「…真竜エトワールに……伝説の悪神とか……いるだろう」
「そんなのが僕と戦う理由ある? だいたい努力なら死ぬほどしたっての! 僕より努力してて僕より弱いやつもそりゃいるだろうけど! それでも僕は頑張った!」
「自分を褒めるのは、死ぬ間際だけにしておけ」
「いやだね。僕は相対評価の方が好きなんだ! 自分を高めるのは、他者がいてこそさ。どれだけ自分が弱くたっていい──他人がそれ以上に弱いなら…!」
「志が低い…!」
蔑むような視線が僕を貫く。やだやだ、強さにストイックな男はこれだから。どれだけ強くなろうが、相手がいないんじゃ意味なくない? 僕はもう、この三年のあいだ死物狂いで頑張った。そろそろ報われてもいいんじゃないだろうか。拾ってくれた傭兵団の団長には感謝しているが、充分に元はとってもらった筈だ。そう──端的に言えば、長期休暇とか頂いてもいいんじゃなかろうか。いや、いい筈だ。
もっと平和な地方とかに赴いて、人々に感謝とか感謝とか感謝とかされたい。むせび泣きされながら『命の恩人ですじゃ…!』とか言われたい。『こんなの大したことじゃないですよ~』とか言ってマウントとりたい。
イヤらしいって? いいじゃないか別に。だいたい『え? 僕ってすごいですか?』とかいう奴に善人なんていないんだ。僕みたいに自分の実力がわかっててそれを言うのは、性格が悪い奴。逆に心の底から言ってるんなら、本質的に自分本位な奴だ。
会社員で例えるなら、全てを自分基準にしてしまう──上司にすると最悪なタイプである。『僕がこうできるんだから、みんなできるだろう』と言って無茶振りをするのと、なにも変わらない。他人を見ないからこそ、自分が突出していると気付かないってことだし。それで優秀なら救いようもあるが、真逆ならもっとタチが悪い。自分の無能に気付きすらしない無能は、グループにいると害以外のナニモノでもないからだ。
…話がそれた。とにかく僕は、この強さをもっと人々の役に立てたい──という建前を胸に、人々から褒めそやされたいのだ。己の内でぐんぐんと肥大化する承認欲求を手懐けて、充足感という幸福で胸を満たしたい。他人の不幸は蜜の味というが、まさにそれだ。他人の不幸を僕が取り除くことによって感謝され、気持ちよくなる。どっちもウィンウィンで、いいことばかりだろう。
「そういうわけで、僕はしばらく
「どういうわけだ」
「心を癒やしたいの! わかる? スマホもゲームもAVもない、娯楽皆無な世界で現代人が生きる辛さ! そりゃあ
「またいつもの発作か…」
「とにかく僕は行く! 団長には適当に言っといて!」
「わかった」
「もっと引き留めてくれよ!」
「どっちだ」
「もっと惜しまれたいんだよ! たとえ君でも!」
「しばらく寂しくなるな…」
「ひゅー、そんな感じそんな感じ。僕がいなくなって初めてわかる大切さを、喧伝しといてくれよ」
小さいため息をつく彼を尻目に、僕は崖を飛び降りた。雷の速度で動ける僕にすれば、傭兵団がどこへ移動しようとすぐに帰還できる。マクスウェルもそれがわかっているから、ことさら引き留めようとはしなかったのだろう。よし、行くか──新天地。
■
僕がこの世界にきたのは、およそ三年前だ。まあ一日が何時間かは不明なので、厳密には違うかもしれないけど。とりあえず陽が昇って落ちてを千回ちょっと繰り返したくらいである。幸か不幸か、すぐに傭兵団に拾われたせいで命を落とすことはなかったが──命を落としかけたことは何度もある。
行く宛がないと人は頑張れるもので、強制的な叩き上げを繰り返した結果、トップクラスの傭兵という評価を得られるまでになった。ちなみに傭兵とは言っても、実態は猟師に近いものだ。人と戦うことはほぼない……少なくとも、僕は模擬戦以外で戦ったことはない。
繁殖力
場所によって冒険者とか掃除人とか言い方は変わるが、国同士のあれこれに関わらないというのは、概ね同様である。そもそも、魔物を殺すのと人を殺すのはわけが違うしね。一線は越えたくないという傭兵の方が多数派なのは間違いないだろう。
──さて、そんなこんなで他の大陸にやってきた僕こと『
まあ基本は武と名乗っているので、からかわれることもない。独り立ちしたらまず役所に行って改名するのが僕の夢だ……まあもう無理だけど。運命は
こんな目にあった僕は不幸と言えるだろうが、世の中にはもっと不幸な人が溢れているのだ。僕は下を見て安心するタイプなので、そこで心の平穏を保っているところもある。なんて嫌な奴だって? これが僕なんだから仕方ないだろうが。僕はこんな自分のことが大好きだから、なにも問題はないのだ。
さてさて、今は田舎の、道とも言えないような道をのんびり歩いているところだけど……なにかトラブルの一つでも起こらないものか。魔物に追われる馬車とか、逃げ出した奴隷とか、明らかに問題を抱えていそうなメイドとお嬢様の二人組とか、僕はいつでもウェルカムだ。
雷の速度で動けるんだから、自分から探しに行けるだろって? いやいや、雷の速度で動けるとはいったが、それに意識が追いつくかといえばそんなことはない。戦闘中に上手く使うのはコツがいるし、移動中は大雑把な方向を決めて、自分という雷を空気に流しているだけなのだ。破裂音が近所迷惑で、本拠地では使えない移動手段である。直接的に村や街へ行かないのも同じ理由だ。
…お、なにやら遠目に村らしきものが見える。魔物とかドラゴンに襲われてたりしないかな? 他人から感謝されるコツとは、不幸な人間を探すことから始まるのだ。奴隷を好待遇で迎え、好かれようとするようなものだ。言いたいわー、良い笑顔で『これが普通なんだよ』とか言って善人面したいわー。
とりあえず小さい畑を耕しているおっちゃんに声をかけてみる。こういった村の端に住んでいる人は、しょぼくれたおっちゃんでも実は強かったりする場合がある。真っ先に魔物の標的になる関係上、村の防波堤として機能しているのだ。
「こんにちはー!」
「む……旅人か? 珍しいな」
「いきなりで申し訳ないんですけど、魔物とかドラゴンとかに襲われてたりしませんか?」
「ほんとにいきなりだな!」
「伝説の薬草でしか治らない重病患者とかでもいいんですけど」
「『でもいい』!?」
「いえ、人の役に立ちたいなって」
「胡散臭っ! ──別に困ってる人間なんていねえよ」
「つまらない村ですね…」
「喧嘩売ってんのか!?」
トマトっぽい野菜を作っているようなので、お金を払って一つ頂く。瑞々しくもなければ甘くもない、青臭さすら感じるイマイチな味だ。日本で食べ慣れた野菜より美味しいものは、これまで出会ったことがない。品種改良を重ねた研究者やお百姓さんに、もっと感謝するべきだったのだろうか。
「まっず……あ、いや。美味しくないですね」
「気の使い方おかしいだろ! …というかそれは火入れて食うもんだ」
「ああ、なるほど。ところで伝説の武器が眠る小屋とかはありませんか?」
「こんなど田舎になにを求めてるんだお前は…」
「重税に苦しんでたりしませんか?」
「ねえよ」
「悪徳貴族が若い娘をさらっていくとか」
「反乱待ったなしだろ」
「くっ……自立心の高い奴らめ。
「死ねオラァ!」
「──ぐへぇっ!」
いい右フックだ……熊くらいなら一撃だろう。なんだか怒らせてしまったようなので軽く謝りつつ、なにか面白い噂でもないか聞いてみる。インターネットなどある筈もなく、情報において重要なのは人の口である。
「なんかこう……なんかありません?」
「ふわっとしすぎだろ…」
「もう伝説とかじゃなくてもいいんで、古い言い伝えとかありませんか? 口伝のみで継承される奥義とか」
「だから普通の村になにを求めてんだっつーの」
「おや、お客さんかい?」
すぐ横にある小ぢんまりとした家から、おっちゃんの奥さんらしき女性が出てきた。細身で金髪碧眼の美女だ。なるほど、これは事件である。
「伝説のナントカを探してんだとよ。んなもんある訳ねえってのによ」
「ふぅん…? もしかしてあの山に眠る伝説の魔神のことかい?」
「なんだそれ!? 俺は聞いたことねえぞ!」
「お婆ちゃんが昔、聞かせてくれたんだよ。あそこには封印された魔神と、それを守る竜がいるって」
「お前の婆さんって──ああ、そういうことか…」
「どういうこと?」
「コイツの婆さんはな、与太話をガキに聞かせんのが趣味だったんだよ。真に受けたガキが村中掘り返したり、池で溺れたり、いい迷惑だったぜ」
「そうね。それで泳げなくなったお馬鹿さんもいるもんね」
「…うるせえ」
僕の目の前でイチャイチャするんじゃねーよ。爆発魔法唱えるぞ。使えないけど。しかしお婆さんの与太話か……意外とこういうところに真実が紛れてたりしない? どのみち大した時間はかからないし、行ってみるのもいいだろう。
「情報ありがとうございます。とりあえず行ってみるよ!」
「いや、まあ期待しねえ方がいいと思うが──っつーかほんとに魔神がいたとして、どうするつもりなんだよ」
「そりゃあまあ、復活させて……世の中が阿鼻叫喚の地獄絵図になったところで、世界を救う勇者として僕が登場するのさ!」
「最悪だコイツ!」
「あっはっは、アンタ面白いねぇ。もし本当にいたら教えておくれよ。料金は前払いで払っとくからさ」
そう言って引っ込んだ奥さんは、なにやら包みを渡してきた。どうやらお弁当を作ってくれたようで、感謝感激である。パンに具を挟んだ簡単なものらしいが、こういうのは味よりも心遣いが嬉しいものだ。見送ってくれる二人に手を振り返し、僕は山へと向かった。
■
うーん……探索を開始してから小一時間ほど。僕の目の前には、見るからに怪しい結界が張られていた。まさか本当に本当だったのだろうか? 素晴らしい、あの家のババアは良きババアだったようだ。
魔法とかはイマイチよくわからないので、結界は無理やり絶ち切るとしよう。大抵の魔法は、物理でなんとかなるものだ。世界最高のスパコンだって、ハンマーがあれば容易く壊せる……そんな感じである。まあこのレベルの結界を壊せるのは、早々いないだろうけど。僕ってスゲー。
「ん──防衛システムか…?」
試しに剣でツンツンしていると、空間が揺らいだ。ざわりと木々が震え、空気が冷えていく。上空にエネルギーが収束していくのを見ていると──ついには形を成し、そこには白い竜が威容を誇っていた。冷気を纏っているのか、白い煙が辺りに立ち込める。まるでドライアイスの塊だぜ。
「ココハ邪悪ナル魔神ガ眠ル──」
ていっ。空から雷のように剣を一閃させ、竜の首を落とす。喋る知能のある存在を殺すのは嫌だが、コイツに関してはただの魔法生命体……要はロボットみたいなものだ。故に躊躇もない。
そのまま結界ごと破壊し、先へ進む。洞穴でもあるのかと思いきや、その先には氷漬けにされた少女がいた。結界にしても、それを守る竜の属性からしても、魔神とやらを封印したのは氷結を得意とする魔法使いだったらしい。ちなみに僕は氷結のレモンが好きだ。
しかしこの少女……実に可哀そうである。封印された魔神というカッコいい字面に反して、クソダサい体勢──杖を慌てて拾う瞬間を氷漬けにされている。もうちょっとなんとかしてやれよ。僕はとりあえず後ろに回って、氷越しのパンチラを堪能した。
この白パン少女が魔神かぁ……というか、なにをもって魔神と称されたのだろうか。この世界には魔王なんてわかりやすい悪役もいなければ、魔物を統率する指揮者なんてものもいない。となれば、彼女はなにをしでかして魔神と呼ばれるようになったのだろう……興味が尽きないな。もちろん、白いパンツの中身にも興味が尽きない。
ところで、この封印を解くにはどうすればいいんだろう。殴って砕いたりすれば、中身までいっちゃいそうで怖いな。というか意識はあるのか? この状態で意識だけあったら、それはそれで地獄だよね。
うーん……よし、一思いに斬ってしまうか。ルイベみたいになっちゃったらトラウマになりそうだが、そこは僕の腕を信じるとしよう。
「──ふっ!」
おっ、上手くいったようだ。滑らかな肌にも、安っぽくて白い服にも傷一つ付けることなく解放することができた。ケツ側から斬ったおかげで、たたらを踏んでよつん這いになった彼女のパンモロがよく見える。少し食い込み気味で、小さなお尻の形がまるわかりだ。
…さて、どういう反応をするのだろう。封印された瞬間で止まっていたのか、それとも意識は保ち続けていたのか。ゆっくりと立ち上がり、手足の感覚を確かめるようにグッパグッパしている少女。そして数瞬の後、ゆらりとこちらへと振り向いた。
「くっ──あっはははは! まさか封印を解く者が現れるとはな! 何を思って此処へ来たのかは知らんが……くくっ、後悔する──」
「お久しぶりにございます、御方。貴方様の忠実なるシモベ、武でございます。遅ればせながら馳せ参じた次第…!」
「えっ…? …………そ、そうか。うむ、ご苦労…」
わざわざ助けにきてくれたのに、覚えてないのはまずい──みたいな表情をしている。必死に思い出そうとしているが、まあ初対面なので忘れるもクソもないよね。しかし面白そうなので、もう少し続けることにしよう。
「そのご尊顔……ああ、懐かしくも麗しい! 御方の復活を心よりお待ちしていました!」
「う、うん……そうか…」
「かつてのように抱きしめても?」
「だっ!? …え、いや、え…?」
「…もしかして私のことをお忘れですか?」
「…! い、いや! そんなことはないぞ! そうだ、存分に抱きしめるがいい! かつてのように!」
「では失礼して…」
あー、やわっこい。やはりロクな娯楽がないこの世界では、他人からの超絶称賛か、可愛い女の子にお触りするくらいしか幸せがないな。しかし魔神というにはチョロすぎるこの少女は、いったいどういう人物なのだろうか。
「…こ、こうしていると……その、なんだ。初めて会ったときのことを思い出すな。お前は覚えているか?」
「ええ、もちろん」
「そ、そうか! もちろん私も覚えているが……い、いつぐらいのことだったかな。あと場所は……どこだったっけ…」
「忘れもしませんよ。貴方を初めて見た時──氷漬けに封印されていました。それを私が解放し、抱きしめた時が最初の出会いです」
「…それって今じゃない?」
「まさに」
「死ねゴラァッ!!」
「おっと」
魔神の少女から雷が迸る。なんという偶然か、彼女も雷の使い手のようだ。金髪だった髪の毛が輝く白に染まり、パチパチと放電している。僕も戦闘状態はあんな感じだが、やはりコーカソイド系の人種の方が良く似合ってるな。僕の場合はコスプレ感が拭えないのが悲しいところだ。
「何を怒ってるんだ!」
「何もかもだボケ!」
「あんなに抱きしめあった仲じゃないか!」
「大部分はそこだよ!」
雷がそこかしこに猛り、まるで山頂は荒神が暴れ狂っているようだ。木々は倒れ、魔物たちがこぞって逃げ出している。空には暗雲が立ち込め、天候すら変える彼女の魔法の凄まじさを物語っていた。
「…ククッ! 謝るなら今のうちだぞ」
「ごめんなさい」
「…っ!? も、もっと気持ちを込めろ!」
「申し訳ございませんでした!」
「ぬぐっ…!」
「謝ったんだから許してくれるんだよね」
「うっ…」
「じゃあこの件はもうおしまいってことで。次は君が僕に感謝する番だぜ」
「な、なにっ!?」
「竜まで倒して、わざわざ君を解放したんだ。常識のある人なら、まずお礼を言うのが基本だと思うんだけど。もちろん君が“その程度”の奴だっていうなら、諦めるけど」
「ぬ、ぐぐ……あ、ありがとう…」
「もっと気持ちを込めろ!」
「ありがとうございました!」
「よし!」
「うがぁぁぁ! なんなのお前!」
「人に名前を尋ねる時は自分から!」
「くっ……『ルーチェ・ルミナリア』だ。お前の名前は!」
「田中武と申します。よろしくお願いします」
「あ、どうもご丁寧に……ってちがぁう! ぬぅぅ…! そもそもだ! お前は何が目的で私の封印を解いた!」
「いや、君がすごく可愛かったからさぁ」
「えっ……そ、そうか?」
「うん。今まで見たきた女の子で一番可愛いぜ」
「そ、そうか…!」
「…」
「…」
会話が終わってしまった。なんだか照れているようだが、この可愛さで褒めれられ慣れていないということがあるのだろうか? 日本じゃないんだぜ、日本じゃ。スペインほど情熱的というわけではないが、草食系の男子は少ない世界なのだ。女の子を褒めるのはマナーである。
「ところで君はなぜ封印なんかされてたんだい?」
「え? あ、ああ……私はちょっと特殊な体質でな。死んでも転生するんだ」
「それを体質と言い張る君に脱帽だよ」
「う、うるさいな! それで……まあ何度も生き死にを繰り返しているわけだが、時には鬼だ悪魔だと罵られることもある。そりゃまあ、気持ちはわかるさ。我が子が生まれてきたと思ったら、中身は赤の他人だったんだからな。でも! だからって迫害することないだろ!?」
「ふむふむ」
「やられたらやり返すのは当然だ。だから村の二つ三つ滅ぼしたら、凄腕の冒険者が私を懲らしめにきたんだ」
「やり返しすぎたんじゃない?」
「ひ、人は殺していないぞ! 住むところがなくなって、慌てる姿を笑ってやっただけだ!」
「うーん…」
「私に石を投げて笑った奴らの村だ! 当然の報いだろう!」
「むむむ……ノットギルティ」
「だ、だろ? ふふっ、話のわかる奴じゃないか」
もし僕が石を投げられて笑われたら、相手を裸にしてM字開脚で固定しつつ大通りに放置するくらいのことはやるだろう。それを考えたら、彼女のやったことは子供のイタズラくらいのものだ……いや、そうでもないかな。まあどっちもどっちって感じだし、司法が
「…少し、気になることがあるんだが」
「なんだい?」
「そ、その……まあ、なんだ。私が可愛いから解放したと言っていたが……最初から外見を知っていたわけじゃないだろう。どうせタチの悪い魔物を封印しただとか、悪人が眠ってるだとか伝わっていたんじゃないか? ここへきた目的はなんだったんだ」
「魔物っていうか、魔神が眠ってるって噂を聞いてきたんだけどね」
「魔神…? ふむ──まあ私の魔法の腕は神ってるからな」
「ひどい造語だ…」
「というか、答えになってないぞ。なら魔神に会いに来た理由はなんだ?」
「そりゃあもちろん、人々を襲う魔神を討伐したかったからさ」
「うん…? もう封印されてたじゃないか」
「ああ、違う違う。封印を解いて魔神が暴れだしたところで、僕がそれを討伐して──人々の称賛を一身に受けたかったんだ」
「お前が一番ギルティだよ!」
「まあこんな可愛い娘だとは思ってなかったけど」
「そ、そう? えへへ…」
生き死にを繰り返しているというなら、精神年齢はもっと高くあるべきではなかろうか。年相応にしか見えないのは、肉体の年齢に引っ張られているとかかな。しかしマッチポンプ計画も頓挫した以上、どうしたものか。むしろ彼女はどうするんだろう。
「君はこれからどうするんだい?」
「…ん? そうだな……まずは私の封印を依頼した村のやつら──は生きていないだろうから、その子孫を酷い目に合わせてやるとしよう。その後で、私を封印した奴に復讐だ。あれ程の魔法使いなら、まだ生きている可能性は高い」
「また封印されるんじゃない?」
「前は油断していただけだ!
「…ふぅん。でもさ、もう済んだことなんだし、もっと楽しんで生きたらどう? 復讐が悪いとは言わないけど、そこに幸せがあるかってなると怪しいぜ」
「なんだ、つまらん説得でもするつもりか?」
「暗い復讐なんかよりさ、人を助けて感謝される方が楽しいと思わない? 僕と一緒に人助けの旅なんかどうかな」
「はん……人の幸せが自分の幸せってやつか? 理解できないな」
「──馬鹿野郎!」
「っ!? な、なんだよ…」
「幸せな人間を見てたらイライラするだけだろうが! あくまで『不幸な人間を幸せにしてやる』のが好きなんだ!」
「だいぶ酷かった!」
「『幸せにしてやった』って事実からくる優越感……それはただ上から見下すのとはわけが違うぜ。自分が善なる者であるという自尊すら満たす、高度なムーブ…! 僕は善行のためなら、魔神を解き放つくらいはやってみせる!」
「邪悪すぎるわ!」
「惚れたか?」
「惚れるか!」
女はクズに惚れやすいと聞くが、クズな僕に女が惚れないのはどういうわけだ。クズの方向性が違うのか? それとも……いや、考えても仕方ないか。それより彼女にどこを襲うのか尋ねてみると、やはりと言うべきか、ここから一番近いさっきの村だそうだ。誰が何をどうしようと僕にとってはどうでもいいのだが……さっき頂いたサンドイッチのお礼は返したいところだ。戦いたくはないけど。
僕の腕なら魔神だろうがなんだろうが一蹴できると踏んでいたのだが──先程の臨戦態勢の雰囲気を見るに、彼女は相当な実力者だ。戦う前から勝利を確信できるほど実力差があるとは思えない。僕は世界最強の剣士だと自負しているが、世界で二番目の剣士と三番目の剣士が同時に襲ってきたら、負けるのは間違いなく僕である。同じく、最高位の魔法使いと戦って絶対に勝てる保証もないのだ。
「考え直す気はないかい? 君があの村を襲うなら、僕は戦ってでも止めるけど」
「なに? 貴様……まさかあの村の者か?」
「違うけど、多少の義理はある」
「ククッ──義理で命を落とすつもりか?」
「え? さっき人殺しはしないって言ってたじゃないか。君はもしかして、大嘘付きのクズだったのかい?」
「えっ……いやまぁ、その…」
「どっち? 僕があの村を守るために戦った時、君が最低最悪の行為に手を染めるか否か! はっきりしろよ!」
「う……いや、だから……殺すまでは、その…」
「殺すの? 殺さないの? ちゃんと言葉にしてほしいんだけど」
「だ、だから殺しまではせんと言ってるだろうが!」
「よし! なら行け!」
「お前なんなの!?」
「僕は君のもう少し後にいくから」
「な、なんでだよ」
「ここで僕が頑張っても、誰もそれを認識しないじゃないか。功績には相応の感謝があるべきだ!」
「封印を解いた責任と相殺じゃないか?」
「信賞は求めるけど、必罰は要らないんだよね」
「ク、クズぅ…」
「親の報いを子に……子孫に負わせる君も大概だと思うけど」
「“血”には責がある。貴族も農民もそこは変わらん」
「そういう風潮はいまだに馴染めないなぁ…」
「ふん……どちらにせよ、お前が私より強くなければ成り立たん計画だな。クク──身の程を知れよ、クソガキ」
ギシリ、と空気が軋んだ。先程のものより更に重い圧が、場を満たす。うーん……結局こうなるのか。とはいえ、どちらにせよ村の中で戦闘行為は下策だ。戦い終わった後に村がボロボロになっていれば、感謝の量が減ることは間違いないだろう。強者同士の戦いは、周りの被害も馬鹿にならない。特に片方が魔法使いともなると尚更だ。
空に暗雲が立ち込める。雷を扱う魔法使いの──その中でも高位の術者にとっては常套手段だ。環境とは、戦闘において重要な位置を占める。極寒や焦熱で平時と同様のコンディションを保つのは、人間である以上不可能だ。
故に高位の術者と戦う時は、環境を整えられる前に倒すべきである……と、団長が言っていたような気がする。対人での戦闘経験は本当に少ないから、そのくらいしか覚えてないや。しかし先人の教えは無視するべきではないだろう。
ならなぜ棒立ちで見ていたのかって? ──そりゃ僕にとっても有利に働くからに決まってるじゃないか。
「ふぅ──せいっ!」
「なっ…!?」
増える黒雲に剣をかざし、特大の雷を落とす。剣先から柄までが紫電を纏い──そのまま体へと流れゆく。バチバチと耳障りな音が何度か繰り返され、頭の天辺から足の爪先まで雷が行き渡った時、僕は雷そのものへと変化していた。
「ちぃ──!」
僕の変化を見て、彼女の杖先が揺らめく。『遅い!』とでも言ってやりたいところだが、そんなことをしている暇があればさっさと攻撃するべきだ。光の速さとほぼ同速を誇るこの状態は、無敵に近い。彼女が僕の行動を許した時点で、勝敗は決まったと言えるだろう。
しかし前にも言ったが、意識までが光速に近付いたわけじゃない。攻撃の際はまず場所を決め、そこに電気を流す道を作り、移動するという手順が必要なのだ。そこまで三手、攻撃も含めれば必要となるのは四手だ。そこだけを見れば速度の優位も下がるんじゃないかという意見も出るだろう。けれど、それを覆すのが“光速”というものだ。僕の認識においては複数の手順がかかるが、相手から見れば──いや、相手からは何も見えたものじゃないだろう。
彼女の背を移動場所に指定し、ほぼ同時に動き始める。剣を首筋に突きつけ、『身の程は知ったか?』とでも言えば戦闘は終わるだろう。
「身の程は知っ──ん?」
「ククッ、馬鹿め!」
──移動が終わった僕の視界には、少女の背ではなく広がる空があるのみだった。そして少しの混乱の後、何をされたか理解する。“雷”とはジグザグに動くものであるとよく表現されるが、あれは空気中を効率よく通電させた結果であり、それこそが最短の理想的なルートなのだ。
つまり『電気の通り道』を誘導された結果が、
けれど、戦況が覆るには充分すぎたのだろう。振り返った僕の視界には、掲げた杖に雷を落とす少女の姿があった。それは先程僕自身がとった行動の焼き直しのようで、そしてよく知った状態である反面、客観的に見るのは初めての姿だった。
「ククッ──剣士と魔法使い……相反する者同士だが、強さを求めれば行き着く先は同じだな」
「まあ自然そのものになれば、負けることはないもんね」
この状態の本領は、攻撃よりも防御性能にある。この世から雷という現象を消してしまわない限り、僕は不滅である。もちろん彼女も同様であり、それが意味するところは──
「…」
「…」
一応試して見たが、どんな攻撃も透過し合うだけだ。透過というか、接触面が同化してるだけだろうけど……なんにしても、これが真の
「──私の勝ちだな!」
「え? なんでさ」
「お前の目的は私を止めることだ。だが私の目的は、あの村の住居という住居を壊し尽くしてやることだ! クククッ…! 目に焼き付けておくんだな──あの村から煙が上がる様を! 雷の雨でも降らしてやろ……ん? ………んんっ!?」
『あの村』というところで、遥か下にある村を指差した彼女。しかし予想外の事態に驚きの声を上げ、そしてそれは彼女の視線を追った僕も同様だった。なんと彼女が行動するまでもなく、村から煙が上がっていたのだ。
「…燃えてるね。既に」
「わ、私はまだ何もしてないぞ!」
「んー……あれは……魔物の群れ? いや、違うな。統制も取れてないし──あっ」
「な、なんだ?」
「君が最初に威圧してきた時、山の魔物が一気に逃げ出してたからさ。たぶん恐慌に陥ったそいつらの一部が、通り道になるあの村を襲ってるんじゃないかな」
「…っ!」
「よかったね。労せずして復讐完了だぜ」
「…!」
「まあ住居だけ破壊できるような器用さなんて、彼等にはないだろうけど」
「くっ──……ふん。いい気味だ」
「そう。よかったね」
「…」
「…」
「──は、早く助けに行けよ! 英雄扱いされたいんだろ!?」
「助けたいなら君が行けば?」
「ぐっ……誰が!」
「そう。じゃ、僕も行かない」
さあて、どう出るのかな。できれば彼女には復讐を諦めてほしいところだ。なんといっても、彼女が怒りをあらわにして出した名前──『ウェコウェルシア・ウィル・ウィンターホープ』は、僕が所属する傭兵団の団長だ。なにやってんのあの人。
かなりのロリババアだとは聞いていたが、何百年生きてるんだろうか。というかそれだけ生きられるなら、魔法使いを目指せばよかった。目指す職業を激しく間違えた感。永遠の命とかはいらないけど、長生きはしたいよね。
まあ団長には恩があるし、恩人が狙われているとなれば僕も無視はできない。といっても、僕が守る必要があるかは不明だが──それでもだ。そのためには、彼女……ルーチェの改心が必要である。
この状況で憎む対象である村人を助けてしまえば、復讐心も揺れるだろう。なし崩しで団長への復讐も諦めてくれれば万々歳だ。彼女が生きてる限り団長を狙い続けるというなら、僕は守り続けるしかなくなるが、それはあまりに面倒である。ここでスッキリサッパリ復讐を諦めてくれるのがベストだ。
幸いまだ死人は出ていないみたいだし、村人は全て中央に集まっているようだ。電磁波を利用した知覚範囲の拡大くらい、彼女にとっても朝飯前だろう。この雷状態であれば、村の広場までコンマ一秒すらかからない。死人が出る直前に動いたって間に合うからこそ、僕も動かない。
──僕がどれだけ『動く気がない』と装えるか。彼女の義心がどれだけ復讐心に勝るか。ギリギリの戦いである。
「説得なんてする気はないぜ。誰かの心に響く言葉なんてのは、持ち合わせちゃいないしね。そういうのは心が綺麗な人間がやるもんさ」
「…」
「強いていうなら、そうだね……後悔だけはしないようにすれば? 使い古されすぎてサビが浮いてる言葉だけど、それだけに核心をついてるとも言えるし。死んでも終わらない君の人生に当てはまるかは、わからないけどさ」
「…お前は私を気持ち悪いと思わないのか? 本来あるべき
「別に? 見た目からわかる気持ち悪さでもあるまいし。生まれた瞬間に喋ってるの見たら、思ってただろうけど」
「…正直だな」
「何かを気持ち悪いって思うのは、どうしようもない感情だから仕方ないだろ? 思っちゃうだけならいいのさ。重要なのは、それを口に出すかどうかさ。今の君は、嘘をついてほしくなさそうだった」
「…」
うーん……あとひと押しくらいで行けそうな気がする。しかし僕の言葉は何かにつけ薄っぺらいと言われるし、あまり口数を多くしても逆効果だろう。沈黙は金、雄弁は銀である。
「もう戦線が崩れるね」
「…っ」
「…」
「…」
「…僕が人から感謝されたいのはさ、自分を好きでいたいからなんだよね」
「…?」
「どうしても、どうしても他人からの評価ってやつが気になっちゃうんだよ。そんな自分があんまり好きじゃなかったんだけど……もう根っこの方がそんなだからさ、いまさら変えようがないのさ」
「それで、お前はどうしたんだ…?」
「そう──僕が変われないなら、変わるべきは世界の方なんじゃないかって思ったのさ」
「…ん?」
「つまり世界全てが! 僕を称賛するべきだと!」
「お前の思考回路はどうなってるんだ?」
「一緒に行こうぜ、ルーチェ。彼等を助ければ、僕の言葉もきっと理解できるさ」
大勢の人々から感謝される状況ってのは、麻薬など目じゃないくらいに中毒性がある。ツイッターで一度バズってしまった人が、もう一度それを味わいたくて嘘松ムーブをかますのと同じことだ。承認欲求とは、人に備わった本能である。彼女はあんまり人に感謝されたこともなさそうだし、ここは一度その快感を味あわせて、脳味噌を承認欲求漬けにしてやろう。さながら女騎士を目の前にしたオークの気分である。人を堕とす快感ってあるよね。
僕が差し出した手を握り返した彼女の瞳には、決意ではなく安堵が広がっていた。なるほど……欲しがっていたのは自分を変える言葉ではなく、自分の行動に対する言い訳だったってことね。人を見る目はかなりあるつもりだったが、僕もまだまだだ。
ま、でもそうだよね。人は悪い方へは簡単に傾くが、良い方には早々に変われるものじゃない。永く生きてる彼女なら尚更だ……今はこれで良しとしておこう。
──雷状態のせいで握手はスカッと空振ったが、目的は重なった。さ、傭兵の本領発揮といきますか。
■
イースシュタイン王国、ローゼングラム領、僻地“ノインベルク”。フリジッド山脈近くに位置するこの村は、王国において箸にも棒にもかからない、のどかな村である。魔物は山を降りることがあまりなく、むしろ偶の
──そんな平穏な村は今現在、存亡の危機に陥っていた。山を覆った黒雲、鳴り響く雷鳴。何事かと不安がる村民たち。不穏な空気をいち早く察知し、村の中央へ人を集めた村長の判断は、行動としては間違っていなかったが──どうしようもない理不尽というのは、どこにでも存在するものだ。
「イグナーツさん!」
「こっちは大丈夫だ! それよりケヴィン、矢を回収してこい。魔物の移動がいつまで続くかわからん……できる限り消費は抑えておけよ」
「はい! …しかしいったい何事なんでしょうね。急に天気も変わるし、なにか変ですよ今日は」
「…魔神でも復活したのかもな」
「はは、もしかしてカロリーネ婆さんのアレですか? あの人の話を信じちゃったら、うちの村の周りは人外魔境ですよ。魔神と魔王と古龍と大精霊と……あと何がいましたっけ?」
「お前……割と話を聞いてやってたんだな」
「話の最後にお菓子が出たんで!」
強大な何かの気配に、魔物はこぞって縄張りを後にしたが──村を襲ったのは、その中でも極々僅かな数だ。目的があって村を目指したわけではなく、通り道を突っ切ろうとしただけなのだからそれも当然だろう。さらにその中でも臆病な個体はルートを変えているのだから、村の中へ直接入ろうとする魔物は、十数分に一回程度の頻度でしか現れていない。
しかし普段から魔物があまり出現しない関係上、村の規模から考えれば充分に脅威だ。なにより、普段はお目にかかれない強い魔物も含まれていたのである。はっきり“強者”と言える存在が二人しかいない状況では、厳しいものがあるだろう。二百人規模でしかない村の戦力としては、破格の力を有する彼等──弓の名手『ケヴィン・ヴァルツァー』、元冒険者『イグナーツ・ドゥーゼ』。この二人を持ってしても、今のノインベルクの状況は危機的であった。
「…! イグナーツさん。やっぱ矢の方は後にします」
「…ああ、そうしろ」
それを象徴するように、彼等の前に現れた一体の四足獣──“フランメリア”。獲物を焼いて食べる、一風変わった魔物として認知されている“脅威度A”の難敵だ。竜の幼体であれば餌にしてしまうほどの、強さと獰猛性を秘めた化け物である。
操る炎は調理用とは思えない火力を有し、通常の一軒家であれば瞬く間に消し炭となるだろう。ケヴィンとイグナーツの二人もそれを理解しているのか、今日一番の警戒を見せていた。特にケヴィンの方は、フランメリアという魔物に対して弓矢が役に立たないことを理解し、悔しそうに表情を歪めていた。
「援護に徹しろよ。倒す必要はないんだ……追い返せれば、それでいい」
「だいぶ気が立ってるように見えますけど…」
「ビビってんのさ。コイツも逃げ出してきた口だろ? 慎重で臆病な面もあるってこった……手こずるかもしれないと思えば、すぐに退くぜ」
「そうっすかねぇ…」
そうは思えない──と口に出しつつも、ケヴィンは矢に魔力を纏わせ、見当違いの方向へ放つ。それを見るや、彼の方向へ飛びかかるフランメリア。しかし後方からの爆発音に即座に反応し、身を翻す。
威力は低いが派手な光と音で気をそらす炸裂矢が役目を果たし、イグナーツが魔物への距離を詰める。しかし淡く光る火花がフランメリアの体から放出されたのを見て、慌ててきびすを返す。そして次の瞬間、光を発する炎の渦が立ち昇った。
イグナーツの家を含む、三軒の家が
ケヴィンは焦りながら炸裂矢を何度か放つも、既に害はないと見切られたのだろう。大した効果も見せずに終わってしまう。魔物に通じる攻撃手段は断たれ、彼にできることは精々が囮くらいのものだ──そして彼には、その覚悟があった。
冷や汗をかきながら半端な距離を維持し、気を引くように村の外へと足を向ける。イグナーツを救うにも、村の人々を救うにも、犠牲なしとはなりそうもない──そんな言葉が彼の脳裏に
フランメリアが逃げ出した要因──あらゆる生物を震撼させるであろう、神の雷がまたもや山の上に響いたのだ。そして間隔をあけずに、もう一度。それはフランメリアの恐怖心を煽るには充分な衝撃であり、目の前の弱者を無視して逃げ出すのも当然のことであった。
ただし、逃げ出したのは村の中心方向へだ。山からできる限り離れたいとなれば、それは当たり前の方向転換である。その行動を見たケヴィンは慌てて炸裂矢を放つが、フランメリアは一瞥すらくれることなく、一目散に逃げだした。
「追……うぞ…っ!」
「イグナーツさん! 大丈夫ですか?」
「薬……草は、食っ……た…!」
「すぐに効かないでしょ! 休んでてください! 下手すりゃ気道が塞がって死にますよ!」
イグナーツを諌めながら走り出すケヴィンであったが、後ろからついてくる足音にため息をつく。息が上がれば、それだけ喉も苦しくなるだろう。それでも執念のように走り続ける彼を、呆れと尊敬が混じった目で見つめる。
「…先に行きます!」
村一番の俊足を持つケヴィンは、脚に風の力を込めて更にそれを速めた。フランメリアの足はそれほどでもないようで、離されはしないものの──距離が詰まることもない。そして避難した村の人々の前には、最終防衛ラインとして数人が控えていた。そこで躊躇しさえすればまだ大丈夫だと、ケヴィンは自分に言い聞かせる。しかし──
「くっ…!」
「…ディ……アナ…!」
まるで止まる様子のない魔物の後ろ姿に、ケヴィンとイグナーツは、ここにきて初めて絶望を覚えた。最終防衛ラインとはいうものの、多少なり腕に覚えがある程度の人間でしかない。燃え盛る車のように走る魔物を止められる力はなく、そのまま
なにより、その数人の中には──イグナーツの妻であるディアナも入っているのだ。後ろに守るべき者がいる以上、彼女は逃げないだろう……二人はそう確信していた。
「逃……げ……ろ…! ディ……アナ…!」
「くっ……そぉっ!!」
ディアナ以外の数人は、魔物の進行方向から逃げ出したが──彼等を責めるのは酷だろう。蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う村民の逃走時間を、一秒伸ばすためだけに命を張れる人間はそういない。彼女がたまたまそういう人間だったと言うだけの話だ。
「う──おおぉぉぉ!!」
無駄だと理解していながらも、手に持った剣を投げつけるイグナーツ。渾身の力で放った鉄の塊は、まるで棒切れのように尾で叩き落とされた。砕けるほどに歯を噛み締めながら、妻に──細腕に握った
炎に蹂躙されながら引き裂かれる妻の姿を幻視したイグナーツ。しかしその幻影は、網膜を焼きかねないほどの光量にかき消され──次の瞬間、轟音が村に響いた。音に先んじて到着した極大の雷が、都合二本、落雷となって迸る。
──そして消し炭となったフランメリアの居た場所には、白い雷と化した二人の男女が佇んでいた。
■
さて、僕は男に抱きつかれて喜ぶような趣味は一切ない。しかし──しかしだ。その男がむせび泣きながら、男泣きをしながら、感謝の言葉を何度も述べながら抱きついてきたとすれば、アリよりのアリである。
自尊心が、自分が強者であるという優越感が、その他諸々の感情が満たされていくのを感じる。周囲のギャラリーが感謝の言葉を口々に叫んでいるところも、ポイントが高い。
後ろでは奥さんに抱きしめられているルーチェが、複雑な表情をしてされるがままになっていた。美女と美少女が抱擁を交わしている姿は、中々に悪くない光景である。
「ありがとうね、本当に……ありがとうね…!」
「あ、ああ……うむ」
「私が死んでたら、イグナーツがどんなに悲しんでたか…! 本当にありがとう…」
「ぬ……男が悲しむだのなんだのより、命を長らえたことを喜べよ」
「ふふっ、そっちも嬉しいよ。でもね、人間いつかは……そう、自分以外の人が喜んだり悲しんだりする方に一喜一憂しちゃうようになるの」
「…それは……」
「私の笑顔も、みんなの笑顔も……ここにいる全員の笑顔は、あなたがいなければ存在しなかった。だからね、何度でも言うわ。ありがとうって」
「あ、ああ…」
泣き笑いをする奥さんの笑顔は、少し見惚れるほどに美しかった。ルーチェは雷にでも打たれたように呆然としていたが、きっと彼女も承認欲求教会へと入信したのだろう。まるで教祖のように扱われるこの状況は、一度でも味わえば逃れられないのだ。
「そういやお前、さっきの雷に山の上の雷…」
「ギクッ」
いやまあ、落ち着いて考えればわかっちゃうよね。悪気はなかったが、この騒動の四割くらいは僕のせいなのだ。直前に山へと向かった僕は怪しすぎるだろう。ここは全てを謎にして、さっさと逃げるべきだろうか。
「もしかして、本当に魔神がいたのか?」
「あー、うー……うん、そう。戦いの余波で魔物が逃げ出したみたいで、その、申し訳ないというかなんというか…」
「いや、いいさ。どのみちそんなのが山にいたんなら、遅かれ早かれこうなってたかもしれないしな。未来の
「…っ!」
ルーチェがまたもや呆然としている。とりあえず話の流れ的に、僕が魔神を倒したっぽい雰囲気が醸し出されているので、余計なことは言わないようにしよう。そうだ、僕はなにも嘘など言っていない。あちらが勝手に勘違いしただけだ。彼女がなにかボロを出す前に、さっさとお
「あ、これ──氷竜の核氷って言って……超高純度の魔力の塊だから、あげる。高値で売れるから、復興の足しにしてください。充分賄えると思うんで…」
「おいおい、いくらなんでも貰えねーよ。もう返しきれねえほど恩を受けて──お、おい!?」
「先を急ぐので失礼! もし恩を返したいのなら、僕の銅像を立てて崇めといてください!」
「スゴイこと言われた!」
「行くよルーチェ! ──ではでは皆さん、お元気で! この村を救った僕の名前は『田中武』! 『田中武』でございます!」
「えぇ…」
ピクリとも動かないルーチェを抱え、全力で走り始める。雷状態でなくとも、時速数百キロくらいは余裕だ。雷を扱う魔法使いや剣士は基本的に素早いし、雷への耐性も高い。雷化状態で千日手とは言ったが、そもそも互いの攻撃は通りにくかっただろう。
十数キロ離れたところでようやく一息つき、固まったままの彼女を下ろす。いったいどうしたというんだろうか。おっぱい揉んだりしたら我に返るかな? まあ揉むほどないけど。
「ルーチェ? さっきからどうしたのさ」
「わ、私は……いや、違う……じゃない、だから…」
「…?」
「わ──私は!」
「うん?」
「私は……変わろうと思う。お前の言った通り、人を助けると──清々しい気持ちになる。晴れやかな気持ちになる」
「そりゃいいね。僕としても願ったり叶ったりだ」
「だから、私はお前についていく」
「オーケーオーケー、旅は道連れ世は情け! 二人で人助けの旅を楽しもうじゃないか」
「いや、私の目的はそれじゃない」
「…ん? どゆこと?」
意を決したような彼女の瞳には、眩しい光が満ち満ちていた。後ろ向きな人間には不可能な、陽キャ特有の瞳である。人間は簡単に変われないと言ったばかりだけど、これは前言を撤回せざるを得ないようだ。ルーチェは外見も内面も素晴らしい人間になったらしい。変われなかった僕からすると、ちょっとばかり嫉妬案件である。しかし目的が違うとはどういうことだろうか?
「お前は邪悪な善人だ!」
「ひどくない?」
「私の、やっとできた私の目標…! 私が! お前を
「あ、間に合ってますんで」
「心配するな、もう迷いはない! お前が本当の意味で幸せになれるように、お前を本当の意味で幸せにできるように──それが私の幸せにも繋がる気がするんだ」
「君、影響されやすいってよく言われない?」
「今日からよろしく頼む。改めて名乗ろう……『ルーチェ・ルミナリア』だ。位階はお前と同じ“極雷”──『極雷の魔女』ルーチェだ」
「僕の話、聞いてる?」
サブカルクソ女なみに自己陶酔してる感。問題は、僕の人物眼が彼女の決意を本物だと判断していることだ。本気で僕を変えるつもりみたいだが、それは無理というものだろう。なにより、僕はこんな自分が大好きである。変わる必要性を感じない。
うーん……ここはさっさと逃げの一手だな。こういう時、雷の使い手は便利だ。なにせ大陸間の移動すら一瞬で終わるのだ。逃げを決め込んだ瞬間、相手からすればどうしようもなくなる。
「雷化状態で触れ合った時、お前の魂は記憶しておいた。雷と魂は密接に関わっているんだ……同じ“極めた”者同士でなければ、ありえなかった現象でもある。いわば私とお前だけの……き、絆だ! 惑星上のどこにいたって、お前を見失いはしない…!」
「嘘ぉん…」
「お前も私と同じで、普通とは違う魂を持っているな……まるで別の世界で生まれた人間みたいだ」
「くっ……色々と余計なお世話さ! 僕は僕のやり方を変えるつもりはな──あばばばばばっ!?」
なにやら抱きつかれたと思ったら、体中に電気が走った。もちろん恋に落ちたとかじゃなくて、物理的に痺れたのだ。しかしなぜだ? 雷使いの耐性を考えれば、この程度の電気でどうこうなるわけないのに。どういうことだってばよ。
「お前が間違える度に、こうしてやる。雷使い同士といえどやりようはあるんだ。年の功というやつだな……私も辛いが、これもお前のた──あばばばばばっ!?」
「なるほど、こうか」
「けほっ……お、おま……私がそれを習得するのにどれだけかかったと思ってるんだ!」
「僕って天才だからさ。あと僕についてくるんなら、君が僕を否定する度にこうするぜ」
「の、望むところだ!」
「むぅ……諦めないのか。うーん…………ま、いっか。一応メリットもあるし」
「メリット?」
「常に美少女を連れていると、モテない男の羨望が心地良いからね──あばばばばっ! …せぇいっ!」
「──んきゅっ…!? んんぅぅっ…!」
「なんでちょっとエロくなったの!?」
ぐたっと地面に崩れ落ちたルーチェを抱きかかえる。同じ痺れ方をするなら、素の身体能力が高い僕の方が有利だ。そんなことは彼女もわかってるだろうに。“僕のために”というのは完全にルーチェのエゴだが、僕はエゴが強い人の方が人間らしくて好きだ。しばらくは付き合ってやるとしよう。
…しかしお仕置きで痺れさせられる、か。そのうち『ダーリン好きだっちゃ』とか言い出しそうで怖いな。そうなったら、虎柄の下着でもプレゼントしてやろう──うん、そうしよう。