極雷剣士のエゴイズム 作:カルピス信者
ノインベルクからフリジッド山脈を挟んだ向かい側には、イースシュタイン王国の中でもそこそこ規模の大きい街“ドライハイム”が在る。牧畜が盛んであり、名産が多いことで有名だ。特にチーズなどが美味であり、値段は高いが舌と胃を満足させるクオリティがある。
日本で食べられる大量生産品とは違い、ここでは主婦が家事の合間に作っていたりもするので、独特な風味を味わえるのだ。たまにとんでもない味に当たったりもするが、それもまた楽しみの一環といったところだろう。惜しむらくは、旅のお供に持っていこうとするとだいたい同じような味になってしまうことだろうか。保存を優先するとどうしても塩の含有量が高くなり、固く塩辛いチーズになってしまうのだ。
だからこそ、現地でしか味わえないチーズ料理には価値がある。胸焼けしそうなほどにチーズ尽くしのコースを堪能していると、ちっぽけな悩みやストレスなんて吹き飛んじゃうね。それでもあえて不満を述べるとすれば、目の前の少女のマナーの悪さくらいだろうか。
「ルーチェ……もう少しなんとかならない?」
「う……す、すまん」
「魔法使いって高度な教育が付き物だろ? ナイフとフォークの扱いも覚束ない術者なんて見たことないけど」
「あ、いや……たぶん魔法を覚えた頃は上流階級だったとは思うんだが、転生には記憶の欠損が付き物でな。最初の人生など、もうほとんど覚えていないんだ。基礎的な知識や魔法はしっかり記憶にあるんだが…」
「へぇ、そうなんだ。でも今の人生だって十年くらいは生きてる訳だし、作法くらいは学ぶだろうに」
「ぬぅ……ほとんど一人で生きてきたんだ。仕方ないだろう」
「──君の話を聞いてて思ってたんだけどさ、赤ん坊の頃から最高位の魔法が扱えたんなら迫害されるのっておかしくない? 仮にされたとしても、どうにでもなるじゃん」
「…も、もう少し聞きにくそうに聞けよ! だいぶデリケートなとこだろ!?」
「えー……だって、僕を変えるまでついてくる気なんだろ? 僕はそう簡単に変わる気はないし……そうなると、長い付き合いになるよね。だったら気を置く仲にはなりたくないからさ。わかりやすく言うなら、ルーチェをもっと知りたいんだ」
「へっ? …そ、そう……まあそういうことなら、うん…」
「ルーチェも僕に気は遣わなくていいぜ。ゲップでもおならでも好きにかませばいいさ」
「するか!」
「あ、生理がきたらちゃんと言うんだぜ──あばばばばっ!?」
けふん……こんな屋内でやめてよね、みんな驚いて見てるじゃないか。人の視線を集めるのは、讃えられる時だけでいいんだよ。それに旅をする以上、そういった部分はついて回るものだろうに。使い捨ての便利な生理用品なんてないんだからさ。
「──ったく……というか、魔法の知識があっても使えるかどうかは別だろうが。お前ほどの剣士ならそのくらい知ってるだろう」
「いや、僕も世情には
「なに? …ああ、そういえばお前も異色の魂を持っていたな。『この世界』ということは──別の世界からきたんだな?」
「別の世界なんて概念、まったく認知されてないみたいだけど……ルーチェは理解できるんだね」
「私の専門は雷と魂だ。後者の方を突き詰めていけば、別の世界の存在は自然と証明される。精霊界、天界、絶界──察するに、お前は天界からやってきたんだな?」
「ぜんぜん違うけど」
「ふがっ…!」
どや顔で断言して大外れとは、恥ずかしかろう。変な声を出しながら顔を真っ赤にする彼女は、実に可愛らしい。肌が雪のように白いからか、頬の紅潮が鮮やかに映えて、そのギャップがまた尊い。プレシャス。
「…ん? いや、絶対に違うってことはないか。僕がいた世界が天界って呼ばれてるだけかもしんないし……天界ってどんなとこなの?」
「そ──そうだろう、そうだろう! 世界が多数あると認識しなければ、そもそも名をつけることに意味はないからな。私の推測に間違いはない──お前は天界の存在だ!」
「…で、どんな世界なんだい?」
「うむ。私の研究では、そこは魂だけが存在する世界と定義している。物質に依らない、いわば精神世界とも言える天界は──」
「あ、もういいや」
「なんで!?」
「だって絶対違うし。僕が生まれた世界はこの世界と大差ないぜ。どこも似たりよったりで……一番の違いは魔法があるかないかくらいじゃないかな」
「…魔法があるとないじゃ別物じゃないのか? 人類の発展は魔法なくして語れんぞ」
「代わりに『科学』ってのがあるのさ。魔力ってエネルギーを根幹にして発達したのがこっちの世界で、電力ってエネルギーを基盤にして発達したのがあっちの世界。そのエネルギー特性の違いが、そのまま文明の違いになってるんじゃないかな?」
「ほう。興味深いな……その違いとはなんだ?」
魔法使いとは研究者の側面も持ち合わせているものだが、彼女もその例に漏れず、非常に好奇心が強いようだ。しかし口の周りを食べかすだらけにしているのは、とてもとてもどうかと思う。仕方なしにハンカチで彼女の口元を拭いつつ、僕は話を進めた。教育水準の低いこの世界では、複雑な話をちゃんと理解してくれる人は貴重で、打てば響くように疑問を返してくれる話し相手は得難いものだ。
「違いってのは──『
「ふむ…?」
「こっちの尺度で言うと、そうだな……主属性の魔法を三級以上で全て修めた魔法使いがいれば、生活に困ることはないだろ? 少なくとも、衣食住においての利便性は相当向上するよね。科学はそういった恩恵を、多数へ平均的に分配できるのさ──魔法使いを育てるより、遥かに安価で」
「──それは素晴らしいな。そうなると、魔力は電力の下位互換ということになるのか?」
「そういうわけでもないね。安定性って点じゃ一歩劣るかもしれないけど、その分かなり融通が利くのが魔力ってやつさ。特に人の意志へ顕著に反応するあたりが、それに拍車をかけてるね」
「…? あらゆる現象に意志が介在するのは、常識だろう?」
「人の意志だけで物質に反応を起こせるのはね、ルーチェ。僕の常識ではありえないんだ。だから多少調べてみたんだけど……その要因は、ありとあらゆるものに多かれ少なかれ魔力が内在してるからだった。魔力こそが、人の意志と物質の反応を繋げる回線になってる」
「ああ、その通りだ」
「あっちの世界には魔力がないから、人の意志なんていう不確定要素が混じりにくいわけ。同じ行動が常に同じ成果へ繋がるなら、結果は予測から大きく外れない。それは万事を効率化に導いて、急速な発展を可能にする。逆に魔力の扱いは個人の優劣が大きすぎて、画一的な管理は不可能だ……その代わり、あっちの世界では奇跡とさえ言える現象を引き起こせる。少なくとも、医療に関してはこっちの方が進んでるしね」
「ふむ……まあ一長一短といったところか」
くいっとワイングラスを傾け、上等なワインを気取りながら一気飲みするルーチェ。間違いなくお金の無駄な気がする上に、無理に
「…ふぅ。腹も膨れたことだし、次はどこへ行くんだ?」
「とりあえず君の服を買わなきゃだよね」
「うん? 別にこのくらいすぐに乾く」
そう言ったルーチェの言葉通り、紫電が走ったと思えばワインの染みは消えていた。どういう原理なんだろうか? まあ雷化する時は持ち物ごとそうなってるから、それを応用したのかな。僕は感覚でやってるから、そういった制御は難しいけど。
「君に似合う服を選びたかったんだけど、大丈夫ならいっか」
「…っ! ……──あ、あっ…! ま、またこぼしてしまったなぁ…! これは少ししつこそうだから、とれないかも…」
「僕って食べ物を粗末にする奴が嫌いなんだけど」
「ふぐっ…!?」
「まあ愛ゆえにってことにしておくけど、気をつけてね」
「あ、ああ、すまん──って誰が愛だ! 誰が!」
なんだかギャーギャー言っているが、どう見ても僕に気があるようにしか見えないけど。むしろついてくると言い出した時の言動から今までの行動を鑑みて、その上で気がないというなら、僕は女性を信用できなくなるぞ。
…いや、やっぱり違うのか? そういえば昔にも、思わせぶりな言動や行動を繰り返しておきながら、実は彼氏がいた女性がいたな。マジで恋する五秒前だったせいか、子供心にショックを受けた覚えがあるが──ルーチェの件も僕の勘違いということであれば、これは実に恥ずかしい。
僕は恋愛否定主義者ではないが、リアリストでもある。その上で恋と愛を語るとすれば、あれは殺し合いに次いで緊張感のある戦いなのだ。駆け引きの難しさもさることながら、敗北者となった時に味わう屈辱と惨めさは計り知れないものがある。
僕がもっとも嫌う感情は、恐怖でも怒りでもなく──悔しさである。次いで同情心や憐れみといったところだろうか。たとえ絶望の渦中にあっても、憐れみと共に手を差し伸べられたなら、僕はそれを振り払う。クソみたいなプライドと言われようが、間違った自尊心だと言われようが、それだけは認めがたい屈辱なのだ。まあ僕が他人を憐れむ分にはまったく問題ないけどね。
「…な、なんだよ。じっと見て」
「ううん。なんでもない」
ま、そのへんは置いとくとするか。こういうのは変に意識すると、いつのまにか惚れてしまったりしちゃうからな。惚れられたもん勝ちで、惚れたもん負けなのは確定的に明らかなのだ。そして僕はいつでも“上”がいい。
「ま──そうだね。“ルーチェ”」
「な、なんだ?」
「僕の足を舐めたくなったら、いつでも言ってきてくれ」
「死ねゴラぁっ!!」
「おっと危な──あばばばっ!?」
「ククッ、経験に裏打ちされたフェイントはどうだ……んきゅぅぅっ!?」
「けほっ……接触しないとできないんだから、反撃は覚悟しとかなくちゃね」
「けふん……痺れたぁ…」
これ以上、奇異の目で見られるのは耐え難いので、シビシビしているルーチェを抱っこして店を出る。提示された金額より幾分か多めに払い、それとは別に店員さんへも
そしてそのまま服飾小物を扱う店に向かったのだが──やはり既製品の数は圧倒的に少ないな。まあ工業的な大量生産は行われていないので、当然だ。そもそも大量生産をしたところで、供給過多になるだけだろう。統計が出ているわけじゃないけど、この世界の人口は一億にも満たないっぽいし。
飾られている数点の衣装は、販売目的よりも『職人の腕』を見せる意味合いが強いのだろう。この地方の民族衣装なのか、独特な装飾だけど良い
「ふーん……ルーチェ、これなんかどう?」
「か、買ってくれるのか?」
「買ってほしくないの?」
「…ほしい」
「オーケー、素直なのはいいことだぜ」
すごい嬉しそう。めっちゃ嬉しそう。ここまで喜んでくれるなら、財布の紐もガバガバのユルユルになるというものだ。店員さんはご飯の最中だったので、食べ終えるのを見計らってに声をかける。流石にこの世界で三年も過ごせば、接客の適当っぷりも慣れたものだ。そもそも店と客は対等であり、ことさらに
とはいえ愛想が悪いというわけではなく、恰幅のいいおばちゃんが張り切ってルーチェのサイズを測り始めた。飾っているものと同じ誂えの服が欲しいというと、非常に機嫌が良くなった……彼女がデザインした服なのかな?
「どのくらいで出来ますか?」
「ほうさねぇ……ま、明日の晩には間に合わせるよ」
「わかりました。じゃあ泊まりになるか……おすすめの宿とかってありますか?」
「中央広場から少し東に行ったとこに、蜂蜜酒場って酒場があるよ。二階が宿屋になってるから、そこに泊まるんならこっちも少し安くしとこうかねぇ」
「はは、じゃあそこに。お知り合いの方がやってるんですか?」
「甥がやってんのさ。ついでに斜向いの靴屋で靴も揃えてくれたら、もっと安くしとくよ。うちの服にその靴じゃちょっとねぇ…」
「うーん、商売上手。じゃあそっちもお願いします」
「お、おい……いいのか…?」
なにやら不安そうに見上げてくるルーチェ。なんというかあれだな……最高位階の魔法使いとは思えないほど、幸せに不慣れなキッズである。日本であれば、強さは金に直結しないが──この世界は違う。強ければ稼げ、強ければ敬われ、強ければ地位も権威も手に入りやすい。それを考えると、彼女の態度はおかしいなんてもんじゃないだろう。まるでネグレクトにあっていた子供のようだ。
「ルーチェ、君は……それだけ強いのに、ちょっと卑屈すぎないかい? なんだって思いのままにできくらいの実力はあるだろ? 僕だって君に勝てるとは断言はできない。なら国の一つや二つ落とせる実力はある筈だ」
「…」
「さっき話が切れちゃったけど、もう一度だけ聞いていいかな。なんで君はやり返さなかったんだい? 降りかかる理不尽に対して」
「…やり返したかったさ。だが魔法とは、強大になるにつれ体への負担も大きくなる。最低でもこのくらいの年齢になるまでは、使用に制限がかかる。特に私の魔力は莫大だからな……普通のガキと違って、段階を踏んで覚醒させていくことができんのだ。だから十の誕生日を迎え、ようやく魔力を開放し──やり返し始めたところで、あのざまだ」
「ははぁ、強ロリや強ショタがいないのはそういうわけか…」
「もっと親身になれよぉ!」
「え? ああ……よしよし」
子供の頭を撫でた経験はあまりないけれど、少なくともルーチェの髪はサラサラで撫で心地抜群だ。心地良さそうに撫でられたままの彼女の様子も、実に可愛らしい。油断すると首ったけになりそうだから、あまり直視しないようにしよう。
「…前の人生はどうだったんだい?」
「三つになる頃、殺された」
「…その前は?」
「あまり覚えていないが、少なくとも十になる前には殺されたんだろうな」
「ちょっと受け止めきれないんで、ここでサヨナラしていい?」
「おぉい!?」
「いや、あんまり重いのはちょっと…」
「べ、別に重くない! 私はすごく軽い女だ!」
「ふしだらな人もちょっと…」
「誰がふしだらだ! 私はまだ──」
「ちょっと兄さん、料金は前払いで頼むよ? あと宿屋と靴屋の方には、マルグリットに紹介されたって言えば安くなるからね」
「あ、はーい。ありがとうございます」
不幸な人間を救ってやるのが好きだとは言ったが、あまりに重いのは難しい。具体的に言うなら、精神的な傷を負っている人間とかは対象外なのだ。強さや財力でなんとかなるものならともかく、僕に精神的な癒やしを求められても困るというものだ。
だってそうだろう? 別に自分を卑下するわけじゃないけど、僕はカウンセリングにもっとも向いてないタイプの人間だ。カウンセラーが優しくある必要はないけど、それはマニュアルあってのことだ。医学のいの字も知らん僕じゃ、トラウマ抱えた人間を救う手立てなんてない。
まあ彼女がトラウマ抱えてるかっていうと、そんなことはないだろうけど。ただ十年も『与えられなかった』ことに慣れると、他者からの施しに強く反応してしまうってだけの話だ。そのうちそれが普通になることだろう。
「あ、そうだお姉さん。なにかお困りごととかないですか? ドラゴンが襲ってくるとか、吸血鬼が徘徊してるとか」
「ふふ、お姉さんなんて歳じゃないけどねぇ……アンタ冒険者かなにかかい?」
「ええ、まだ登録はしてないですけど」
「駆け出しが無茶するもんじゃないよ。何事もコツコツやってくのが、一番の近道さ」
「はは、肝に銘じておきます」
別の大陸では最高位の傭兵だったが、その証がどこででも通じるわけじゃない。そもそも大陸間の移動手段も限られている関係上、互換性を持たせる必要性も薄いしね。そしてそれが何を意味するかというと、みんな大好き僕も大好き『最強の新人』とかいうカッコいい称号になるわけだ。
水戸黄門の印籠しかり、最近の創作しかり、老若男女問わず『実は凄い人だった』ムーブはカタルシスを得られるのだ。僕が別の大陸では凄腕だったとひけらかさないのも、そういうわけだ。まあ自分で自分を凄いとか言うと、カッコ悪いってのもあるけどね。
「…まあでも、そうだねぇ。最近、街の南側が少し不穏みたいだから──それが困りごとって言えば困りごとかねぇ」
「不穏?」
「夜になるとねぇ……『出る』んだよ」
ふむふむ、なるほど……ちなみにこの『出る』というのは、死霊とかそっち系のガチなヤツである。外から侵入された以外の理由で街中に魔物が出るとすれば、ほぼほぼこいつが絡んでいると考えていいだろう。
死んだ人間の恨みつらみが魔力を媒介にして現れる──というのが通説だ。この世界の人の意思は、やたら物理的な影響をもたらすのである。管理の杜撰な墓地があると死霊も現れやすいらしいが、ここもそういうことなのかな。
「…まあ南側はもともと治安が悪いからねぇ。死霊のせいにしてなにか悪さしてる奴がいんじゃないかって、噂してる人もいるよ」
同じ街なのに治安が悪いのか……まあコミュニティが大きくなるにつれ、自然と格差はできるものだ。そしてそれらが混ざることは稀で、大抵の場合はきっちり分かれていく。ヒエラルキーの下の方からすれば、追いやられたと言い換えることもできるだろう。裕福なこの街だからこそ『治安が悪い』で済んでいるが、財政難の都市だとガチのスラムとかあるらしい。
情報にお礼を言いつつ、店を後にする。靴屋の方でも完成は明日の晩と言われたので、ルーチェの身だしなみが整うのはもう少し時間がかかるらしい。まあオーダーメイドということを考えれば、むしろ早いほうだ。手作業に限るなら、魔法が使えるこちらの方が優秀というのはままある。
「さて、空いた時間はどうするかな…」
「冒険者登録でいいんじゃないか? 私も稼ぐ手段が欲しいしな」
「うーん…」
「ダ、ダメか…? 確かに最初の登録料はお前に払ってもらわなければならんが…」
「ううん。ただルーチェにはこのまま無職でいてもらって、上下関係をはっきりさせておきたいなって…」
「ひどくない!?」
「二人以上の集団を存続させるコツはね、ルーチェ。立場を明確にすることだって団長が言ってた」
「…ふん、なら私がお前の上に立ってやろう」
「オーケー。じゃあ僕を養うために
「…それどっちが上なんだ?」
「もちろん君さ」
「納得いかん…!」
「冒険者ギルドは街の南側みたいだから、登録がてら死霊の噂も調べてみよっか」
「うむ。人の役に立つのは良いことだ」
「まったくもってその通りだね」
「…見返りは求めるなよ?」
「それは無理──おっと! ふふふ、いつまでも抱きつけるとは思わないことだね」
「ぬぅ…」
「それにさ、ルーチェ。働きに対して報酬を求めるのは当然だろ? それを否定するのは、君が他人へ善意を強要するのと同じことだよ」
「自分からお節介をして見返りを求めるのは、また違うだろう」
「僕は傭兵だぜ。だったらそれは営業みたいなもんさ」
「なら適正な報酬を求めろと言うに」
「お金も物も求めないんだぜ? 良心的じゃないか」
「心は誰にも買えない、売れない……何よりも尊いものだ。それを要求するお前は、誰よりも強欲だ」
「…っ! …言ってくれるね。復讐だのなんだの
「正しさが尊いと言っているわけじゃない。歓喜も悲哀も、憎悪も絶望も……みな等しく尊い。私の復讐は、私だけのものだった」
「…そう。ま、あの程度で考えを変える程度の復讐心だもんね。もともと大したもんじゃなかったってことじゃない?」
「…あの程度? いいや、そんなことはない。村の者はともかく、私を封印した魔法使いの方は殺すつもりだった」
「…!」
「お前が──お前が奪ったんだ、私の復讐を。だから私もお前のエゴを奪ってやる……どれだけ時間がかかっても」
「…」
…無理だと思うけどなぁ。君の決意はなるほど、確かに尊いのかもしれないけど……僕にはとてもくだらないものに見える。そう思ってしまう心を持っている限り、本当の善人にはなれる気がしないね。
「…ふふ、ちょっとクサかったか」
「うん、だいぶ。聞いてて恥ずかしかった」
「うぐっ…! う、うるさいな! さっさと行くぞ!」
「はいはい──ん?」
「どうした? ──っ! あれは…」
南側の……さっきおばちゃんが言ってた墓地の方向かな? ここからでも見えるくらい、死霊が空へと打ち上げられている。まず間違いなく厄介な騒動だろう。
「いいところに出くわすじゃないか! 行こうルーチェ!」
「だからそういうとこぉ!」
──仕方ないじゃないか、それが僕なんだから。変えてくれるんだろ? 期待しないで待ってるよ。頬を膨らませるルーチェの横顔をみながら、少しだけ口元が緩むのを感じる。ガラじゃないんだけどなぁ、こういうのは。