なんか、ハマーン拾っちまった。   作:ローファイト

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続きです。


⑬一つの節目

宇宙世紀0090年1月下旬

ハマーンは一応、退院が出来る状態ではあったが、怪我をする前の状態にまで回復してはいない。

今後もリハビリは必要だ。

だから、この診療所に置いてやってる。

個室病室もそのまま使ってる。

この診療所、滅多に入院患者なんて出ないし、そんな重病だったら大きな病院に移って貰ってるしな。

 

本人は何をしたらいいのか分からないようだ。

まあ、急に人生の目標がなくなったらそうだろう。

しかも、ジオン再興とかって、やばいレベルの物をな……

とりあえず、リハビリも兼ねて家事の手伝いをさせて見たのだが……

 

「お姉ちゃん洗濯機に洗剤を全部入れたらダメだよ。この蓋の目盛り分だけでいいの」

「おい、なんで掃除機が火事になる」

「ジャガイモは皮を剥かないとだよ。お姉ちゃん」

「包丁は投げナイフじゃねー、握り方はこうだ。アブね!俺を刺すつもりか?」

 

ハマーンは超がつく家事オンチだった。

今は13歳になったばかりのリゼが23歳になったばかりのハマーンに家事洗濯から料理まで一通り手ほどきをしている。

生活能力はほぼゼロだ。

やっぱりお嬢様育ちだったようだ。

しかし、文句も言わずにやろうとしてる姿勢はいい傾向だ。

へこたれて引きこもりになられても困るしな。

 

 

ハマーンには一応退院祝いとリゼとハマーンの誕生日祝いと称して、中心街のショッピングセンターに買い物に出かけた。

前は俺が買いに行ったが、今度は自分で服やら下着やらを選ばそうとしたのだが、困ったことにハマーンは自分で服を選んだことすら無い様だ。

また、店員さん頼みになる。

ハマーンと店員と服のサイズやら着心地感などと直接話をする機会があったが「ああ」「そうだ」など、やはりそっけない返事しかできない。

流石に最初の頃を考えれば、まだましか……。

 

その後、レストランで飯を食って帰るが……

ハマーンはレストランの味に不満があるようだ。

家の飯の方が良いらしい。

俺の作った飯がか?リゼの飯も俺が教えたものだし……基本パスタが多いし、レパートリーも多いわけじゃない。

手の込んだものはあまり作らないしな。

俺は昔、忙しい両親に代わって、妹達に飯や弁当も作ってやった。

妹達にとって俺の飯がお袋の味だったようだがな。

 

 

その晩、ハマーンとはある約束をした。

家での生活をするにあたって、簡単な約束事だ。

 

近所とのトラブルを避けるために言動には気をつけろ。

自分の事は自分でしろ、家の手伝いはしてもらう。

ネオ・ジオンやジオンとの関係は金輪際絶て。

これを守れるなら、ここに居ていいと言った。

 

それに、自分がやりたいことが見つかれば、やればいいとも言ってやった。

俺はここでようやく、情報端末機(スマホみたいなもの)を渡す。

今迄、ハマーンの周りにネット環境を置かなかった。

ネオ・ジオンと連絡を取り合う危険性もそうだが、ネットにあふれる不用意な情報をあたえるのは憚れたからだ。

 

 

 

 

宇宙世紀0090年2月3日

そんなある休診日……

「よう、エド。今日も診断たのむわ」

 

「トラヴィスのおっさん!わざわざ休診日に来るなよな!来るなら連絡位よこせ!出かけてたらどうするんだ!」

 

「エドが出かける?出かけても2,3時間だろ?待ってリゼちゃんに相手でもしてもらうし~」

このおっさんは相変わらず図々しい。

 

「リゼも居なかったらどうするつもりだ!」

 

「おっさん外で待ってるし~、どうせ暇だし~」

 

「はぁ、このおっさんに今更文句を言っても始まらねー」

しかし、丁度いい機会かもしれない。

このトラヴィスのおっさんにはハマーンの事を話しておいた方が良いな。

さて、どう説明するか。

 

 

「ただいまーー!あれ?トラヴィスのおじちゃんだ。こんにちは!」

「………」

元気いっぱいのリゼと軽く頭を下げる仏頂面のローザ(ハマーン)がタイミング悪く帰って来る。

リハビリの一環で散歩へと二人で出かけていたのだ。

 

「…………」

トラヴィスは挨拶を返すのも忘れたかのようにハマーンの顔をじっと見ていた。

気づかれたよな。気づいたよなきっと。このおっさん。今でこそこんな感じだが、元連邦軍で一年戦争の中、ジオンのエース部隊と戦いつつ、連邦の暗部に触れながら生き残った男だ。

頭は相当切れる。

しかも、行方知れずの息子さんの件でネオ・ジオンの事はよく調べてるはずだ。

 

「おっさん。こっちは1年戦争で行方不明になった妹のローザだ。最近見つかってやっと退院できたばっかりだ」

 

「あ、ああ、すまん。リゼちゃん相変わらず元気だね。えーっとローザさん。俺は16番コロニーで重機器の中古販売店を営んでるトラヴィスです」

おっさんが敬語?絶対気が付いてるな。

 

「リゼ、ローザ。ちょっとおっさんと出かけて来るわ。ちょっと来いおっさん」

俺はトラヴィスのおっさんを引っ張り、診療所の入口を出る。

 

「行ってらっしゃい。お兄ちゃん!」

「………」

リゼは屈託のない笑顔だったが、ローザはいぶかし気な目をトラヴィスに向け、俺に目を合わせて来た。

 

「ああ、直ぐに戻る」

俺はローザにアイコンタクトを取る。心配するなと……

 

 

俺はトラヴィスのおっさんを強引に引っ張り、畑の真ん中にある池の畔に連れて行く。

ここは、ハマーンとの散歩コースの中継地点でもある。

「エド……お前……あの子はあの女は………」

「俺の妹のローザだ」

「しかし……あれはハマーン・カーンだ。生きていたのか?いや、エドどういうつもりだ」

「おっさんには何れ話すつもりだった」

「確かに、髪型も髪の色も違う。雰囲気もちょっと違う気がする。確かにハマーン・カーンは死んだ。連邦もサイド3もそう断言している。しかし、あの女からは血の匂いがする。戦場の血の匂いがな、おれの勘がそう言っている。あの女はハマーン・カーンだと」

おっさんは口調が何時もと違い真剣そのものだった。しかも珍しく動揺しているのが目に見える。

 

「……そうだ。俺がサイド3に戦時派遣医師団で緊急避難する際に拾った。当時は怪我が酷くて誰が誰だか分からなかった。ネオ・ジオンの軍人だとしかな。だが1カ月経って分かった」

 

「エドお前……どうするつもりだ」

 

「どうもこうもしない。怪我してる奴がいたから治しただけだ」

 

「………いや…しかし」

 

「俺はあいつを治して説教するつもりだった。というか説教は済ませたけどな」

 

「連邦に引き渡す……いや」

 

「連邦に引き渡してどうなる?既に世間に死亡したとお触れを出してしまった後だ。拷問でもして、人知れず処刑するだろう。あんたも連邦のやり方を知ってるだろ?」

プライドが高い連邦の上層部は一度公表した死亡確定を覆さないだろう。

ならば、尋問し必要な情報を吐かせてから、処刑するだろう事は分かり切っている。

しかも俺は口封じのために暗殺者を差し向けられるだろう。最悪、その魔の手はリゼにまで及ぶ。

トラヴィスのおっさんにだって分かってるはずだ。連邦の闇を見て来たおっさんならな。

俺が彼女を拾い治療した段階で、選択肢なんて無かったんだよ。

 

「おっさん。見逃せ……いや、協力してくれ」

 

「エド……なんでお前」

 

「おっさんにとっても悪い話じゃない。彼女ならあんたの息子ヴィンセントの居場所が分かるかもしれない。俺が聞き出す。まあ、一年も前の話にはなるが、それでも追跡はできるだろ?」

俺はトラヴィスのおっさんを説得に掛かる。

やり方は汚いが、ギブアンドテイクだ。

 

「いや……それはありがたいが………エド、お前だよお前はどうするんだ?」

おっさんは息子の事もあるだろうに、俺の事も心配してくれてる。

いつも軽口をたたき合ってるが、この情に厚いトラヴィスという人間を基本的に信頼し尊敬してる。

 

「俺?俺は今までどおりだけど……まあ、おっさんが協力してくれるし大丈夫だろ?」

 

「エド、相変わらず肝っ玉はでかいな。いいだろう。乗ったその話」

動揺が混ざったおっさんの顔は漸く何時のような適当な感じに戻り、ため息を吐きながら了承する。

 

「よろしくなおっさん」

 

「はぁ、お前と出会った時も驚いたが、今日程驚いたことは無かったぞ」

 

「そうか?」

 

「で、本当の所はどうなんだ?ハマーンに惚れたのか?」

おっさんは何時ものいやらしい笑みを浮かべてくる。

 

「アホかおっさん。……治療していくうちに情が湧いたのは確かだ。俺の下の妹が生きていれば、本当にハマーンと同じ年だったんだ。……俺の妹と同じ年なんだよ」

 

「エド……」

 

俺は一年戦争で何もかも失った。

故郷も家族も友人も恋人も………。

だが、残ったものもある。

この体と戦友と言える連中との絆だ。

それに今では15番コロニーが新たな故郷になり、リゼが俺の元に来て……、あいつ(ハマーン)も来た。

あいつは戦争を長引かせた悪党ではあるが、あいつも一年戦争から続く負の連鎖の中で生きて来た被害者でもあった。

戦争は嫌いだ。戦争を起こした連中も嫌いだ。

だが……窓から宇宙の星々を寂しそうに見上げるあいつを誰が憎むことが出来る。

 




トラヴィス・カークランド元連邦軍中尉
地球連邦軍第20機械化混成部隊「スレイブ・レイス」の部隊長。
表向きは新兵器実験部隊だが、裏では連邦軍内で汚職や不法行為を行う友軍を抹殺する部隊だった。さらに言うと、司令官のグレイブの政敵や邪魔な存在をも命令で消していた。
敵対するサイド3の女性と息子を儲けているため、その事でも司令官から脅されていた。

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