誤字脱字報告ありがとうございます。
今回は日常編です。
宇宙世紀0090年5月上旬
ハマーンとの生活は1年と5カ月が経つ。
実際目が覚めたのが昨年9月だから、実質9カ月ってところか。
リハビリも終わり、ほぼ前のとおり動けるようになっているはずだ。
だが本人はネオ・ジオンに帰るつもりは毛頭ない様だ。
今は、ここでの生活を四苦八苦しながらも過ごしている。
前の生活とは全く違うだろうしな。
だが、嫌そうには見えない。
不愛想で高飛車なところは当初と変わらんが、どこか楽し気な気もする。
一般人の生活は真新しいものだらけなのだろう。
この頃は色々な事を自らやろうとしていた。
その一つが自転車だ。
今、新サイド6では空前の自転車ブームだった。
電動スクーター等の便利な乗り物はあるんだが、健康志向色が強い新サイド6の住人にとって、エコで体を動かせ手軽に楽しめる自転車は人気を博している。
交通手段にもなるし、子供から大人まで自ら操作して乗れる乗り物だ。
リゼは中学に自転車通学のため、普通に乗れる。
元々運動神経とバランス感覚が優れてるから直ぐに乗れた。
俺は軍大学時代に一応自動二輪やその他の免許を取得してるから、自転車も当然乗れたのだが……
ハマーンも運動神経が良さそうな体をしてるし、軍務経験があるから、そうなのだろうと、乗れるものだろうと高を括っていたのだが。
俺の自転車を貸して、乗った途端にそのまま横に倒れた……
俺は一瞬自分の目を疑い、助け起こすのに時間が要した。
モビルスーツのパイロットとしても超一流のハマーン様は自転車に乗れなかったのだ。
まさか、初めて乗ったとは思わなかった。
最初から言ってくれればよかったものの……、まあ、子供からお年寄りまで、誰でも乗ってるから当然自分も乗れるものだろうと考えたのだろう。きっと。
俺が毎日、休憩時間に見てやっていたが、自転車が乗れるようになるのに5日かかった。
ハマーンの腕とか脚とか磨り傷だらけだ。
宇宙空間で自由自在にモビルスーツを動かせるのに、なぜだ?
あれって、宇宙での360度を感じるバランス感覚が必要なんだろ?
モビルスーツが乗れて、なぜチャリが乗れん?
まあ、自転車を動かす筋肉は普段の生活には使わんし……、お嬢様だったハマーンは自転車どころか電動スクーターも乗ったことが無いのだろう。
それとだ。練習中に補助の手を放して、慌てふためくハマーンを見れたのは、なんか新鮮だった。
後から、なぜ手を離したかと、少々顔を赤くしてきつく問い詰められたが……、これは練習していく中の課程で必要な処置だからな。
今はちゃんと乗れるようになっている。
今度の休暇にでもリゼと3人でチャリで出かけるのもありだな。
そんな日常を過ごしていた。
宇宙世紀0090年5月中頃
その日は休診日で、リゼとハマーンとで、チャリでちょっと遠出をすることになった。
何でも、ここからチャリで30分ぐらいの所に新しい喫茶店が出来たらしい。
そこのウリであるクレープが絶品らしい。
リゼが友達に聞いて、ハマーンと俺を説得したのが始まりだった。
ハマーンは「よかろう」と何時もの調子で答えるが、表情が若干緩んでいた。きっとその絶品クレープを食べて見たかったのだろう。大の甘党だしな。
例によって、民主主義的な決定で行く事になる。……別に反対したわけじゃないんだが。
俺達三人でチャリで出かける。
ハマーンとリゼが並走し、その後ろを俺が追いかけ走るスタイルだ。
リゼからハマーンに笑顔で色々話しかける。
ハマーンの答えはそっけないものだが、これはこいつの仕様だ。
だが、表情は柔らかい。
こう見ると、本当の姉妹に見えない事も無い。
髪は染めて、リゼと俺と同じ薄いブラウンにしてるからか……いや、雰囲気か……。
そう言えば、ハマーンにも本当の妹がいるらしいが、6年前にザビ家の政争に巻き込まれないように、どこかに逃がしたらしい。
それから会って無いとか。
その場所はハマーンは知っているはずだが、いずれは会いに行くのだろうか?
いや、死んだハズの人間が会いに行くのは不都合だと、もう二度と会わないつもりだろうか?
何れにしろ今は厳しい。ハマーンを公共の宇宙船などに乗せるわけにいかない。
渡航審査でバレてしまうだろうしな。
出来れば、会わせてやりたいとは思う。
そんなこんなで目的の喫茶店に着き、その絶品クレープとやらを堪能し、家に帰る。
ただ、こんな事でもリゼは嬉しそうだ。
ハマーンもまんざらでもなさそうだ。相変わらず表情は硬いが、ほんの少し口元が緩んでいた。
こういうのは悪くない。
俺もこの二人を見ているだけで、心が和む。
何気ない日常がかけがえのないものだと……。
ネオ・ジオンの指導者にして鉄の女と呼ばれた彼女は、今は自転車に乗り、新緑が芽吹く田畑の中を走っている。
俺にはテレビで見たハマーン・カーンという女傑と、今目の前にいるローザと名乗る彼女がとても同じ人物には見えなかった。
この頃、宇宙のどこかでまた、次なる闘争が始まろうとしていた。
この時の俺には知る由もなかった。
次回は多少ストーリーが動きます。