今、ハマーンは昼飯の用意をしに行ってる。このトラヴィスのおっさんとヴィンセント、アンネローゼの3人の分もな……
しかし、問題がある。
ヴィンセントとアンネローゼにハマーンである事がバレてしまう事だ。
元部下と敵対勢力の元ジオン残党兵のこの二人にバレると厄介である事は間違いない。
ハマーンは任せろと自信満々だった。
二人を説得するつもりか、それともバレないようにやり過ごすつもりなのか……
少々心配だが、俺が何とか出来そうもないから、任すしかない。
いざとなれば、トラヴィスのおっさんが何とかしてくれると俺は期待していたりする。
「よし、腹が減っては戦は出来ねーって格言がある位だ。今後の事は、飯を食った後だ。上に妹が用意してる。しばらくロクに食ってなかっただろ?」
俺は意を決して、3人を昼食に誘う。
「流石エドっ!腹減ってしかたなかったんだ」
「頂きます」
「ありがとうございます」
俺は3人をハマーンが居る三階の居住スペースへと案内する。
三階へと行き際に、トラヴィスのおっさんが神妙な面持ちでコソコソと話しかけてくる。
内容は予想通りだった。
「エド、ローザさんの事はどうするつもりだ?」
「ローザが自分で何とかすると言っていたし…不安だが。そんでおっさんは二人には?」
「俺からは何も話してない」
「まあ、なるようになれだ。いざとなった時はおっさん、助けてくれよな」
「ああ、そのつもりだ」
まじで、なるようになるしかない。
最悪俺がローザをおっさんがヴィンセントとアンネローゼを全力で止めるまでだ。
俺は嫌な予感がしてならない。
任せろと言ったあの自信満々のローザの不敵な笑みが、俺をどうしようもなく不安に駆り立てる。
やっぱあれだ……
堂々とハマーン・カーンだと名乗りそうで怖い。
そんで居丈高に『我の前にひれ伏せ』とか言って、威圧して強引に、2人を付き従わせようとするんじゃなかろうか?
そんで、ハマーンの威に恐れをなした二人がひれ伏し、その光景に満足そうに頷く。
俺にどうだと言わんばかりに、不敵な笑みを送って来るまで見える……
いやいやいや、後々の事を考えれば、そんな事をしないだろう。
ああ見えても賢い女だ。
だが……不安だ。
階段を上り、扉を開けるとリビングダイニングだ。
俺が先に入り中の様子を見る……
ローザはキッチンの中だ。……特に変わった様子は無い。
その後、3人が入って来た。
「客人、昼食を用意している」
ローザはエプロンを脱ぎながら3人に声をかけ、テーブルの席に座るように促す。
……普通だ。言い方と表情は何時もと同じで堅いが……
俺はホッと息を吐く。ちょっと拍子抜け感はあるが、これでいい。
「俺の上の妹のローザだ」
俺は初めてローザに会う二人にそう紹介する。
「ヴィンセントです。突然押し寄せて申し訳……ありません」
ヴィンセントはローザの顔を見て……一瞬言葉を詰まらせていた。
バレたか?バレるよな。もと上司と部下だし。
「アンネローゼです。よろしく」
アンネローゼは普通に挨拶をした。
まあ、直接面識はないわけだし、普通にしていればバレはしないか。
いや、いずれはちゃんと話さないといけないが。
「ローザさん、わるいね」
トラヴィスのおっさんは何時もの感じで挨拶をする。
「事情はある程度聞いている」
ローザはそう言って、空いてるコップにオレンジジュースを注ぐ。
楕円形のダイニングテーブルに俺とローザが並び、対面にヴィンセント、おっさん、アンネローゼが座る。
そして、皆は、俺とローザが料理したサンドイッチとサラダ、ベーコンスクランブルエッグを食していく。
しかし、食卓はシンと静まりかえっている。
ローザがしゃべらないのは何時もの事で、二人で食事するときはこんな感じなんだが……何だか気まずい。
ヴィンセントの奴は黙々と昼食を食べるローザの顔をチラチラと見ては、疑問顔をしてやがるし。まだ、バレてない様子だが……、気になってるよな。
トラヴィスのおっさんは苦笑してるし……
「おいしい。ローザさんが作ったんですか?」
そんな中、アンネローゼが口を開く。
「ああ」
だが、ローザの返事は何時ものそっけない物だ。
会話が途切れてしまった。
この後も、アンネローゼが話題を振るが、ローザの「ああ」か「いや」で会話が終わってしまう。
アンネローゼ、許してやってほしい。
これはこいつの仕様なんだ。
悪気が有るわけじゃない。
もしかして、このままいけば、バレずに済むんじゃないか?
ヴィンセントも何か引っかかっているようだが、確証を得られていないようだしな。
しかし……
皆が食事を終わらせたのを見計らって、ローザはヴィンセントにゆっくりとした口調で話しかける。
「ヴィンセント少佐。もう、貴殿は分かっているのだろう?」
「……ということはやはり……ハマーン様でしたか。お言葉をかけられるまで、確証が得られませんでした。1年半以上前、戦死されたと……髪の色や髪型が違っていたのもそうでしたが、貴方の雰囲気が私の知ってるネオ・ジオンを束ねるハマーン・カーン様とあまりにも異なっていたので……生きてらしたのですね」
ヴィンセントは少々緊張した面持ちだが、冷静に努め返答をしていた。
どうやら落ち着いて話せる雰囲気だ。食事を摂った後のこのタイミングが良かったのだろう。今は事の成り行きを見守るのがベストか。
「え?……ハマーン・カーンって……どういう事?ヴィンセント隊長」
アンネローゼはハマーンとヴィンセントを交互に見て、困惑気味に聞く。
「私は、嘗てハマーン・カーンと名乗っていた女だ」
「え?えええ?……それって?」
アンネローゼは慌てて席を立とうとしたが、トラヴィスのおっさんが、肩に手をやり首を振って座るように促していた。
「ハマーン様、なぜこのような所に?」
「私は1年半前に本来なら宇宙の藻屑となり死んでいた。だが、死の一歩手前でこの男に拾われ……一命をとりとめ、9カ月前に目を覚ましこうして生きている」
「9か月間も目を覚まさなかった……いえ、ネオ・ジオンには戻られないのですか?」
「……戻るつもりは無い。ハマーン・カーンの役割は終わっている。一年半前にな。今は貴殿の眼鏡にかなう新たな指導者がジオン残党を束ねているのだろう?」
「いえ……新たな指導者が立ったとは聞いてはおりましたが、詳しくは知りません。私はユーリー・ハスラー将軍に誘われ、今回のグレミー残党兵討伐隊に参加したまでです」
「……ハスラーが従う程の人物か……まさかな…奴は死んだハズだ」
ハマーンは何かを考えているようだった。
「………」
「話が逸れたな。……ヴィンセント少佐、私の今の名はローザだ。ローザ・ヘイガーだ。そう言う事にしてもらえないだろうか?頼む」
ハマーンは頭を小さく下げる。
……俺はこの時少々驚いた。あのローザ、いやハマーンが人に頭を下げたのだ。
「………ハマーン様……いえ、ローザさん。頭をお上げください。それを言うならば私も同じです。いえ、私は逃亡したのです戦場から……逃亡兵は重い罪では?…ですが、私はもう戦場に戻るのはこりごりです。私は私の手の届く者を大切にし、生きていくと決めたのです。だから……お互い様です」
ヴィンセントははにかんだ笑顔でそう答えた。
ハマーンはアンネローゼに視線を移す。
自然と皆の視線はアンネローゼへと向かう。
「わ、私だって、もう戦う意味が無いし、もう……復讐とか疲れちゃったのよ。貴方があのハマーン・カーンだって驚いたけど、納得だわ。あのプレッシャーは流石にね。……でも今は先生の妹なのでしょ?」
アンネローゼもこの言い回しだと、了解してくれたのだろう。
「そう言う事だ。この男には死なせてもらえない上に、無理矢理妹にさせられたのだがな」
ハマーンはそう言って俺に不敵な笑みを零す。
「無理矢理っておい。……まあ、何とかまとまったようだな。というわけで、ヴィンセントとアンネローゼさんも、こいつの事は黙ってやってほしい。というか一蓮托生だ。特にヴィンセント!あんたはネオ・ジオンの佐官だったのだろ?もう、普通に暮らせないぞ!お前さんも名前を変えないとな。まあ、その辺はおっさんが手配してくれるだろうが。それとだ。トラヴィスのおっさんに一生感謝し続けろ!」
話はどうやらついたようだ。
俺はここでようやくこの話に入り、口を出す。
そんで、皆同じ仲間(ムジナ)に引きずり込む。
これでここに居る全員、一連托生って事だ。
ヴィンセントもアンネローゼ、下で寝てるクロエも言わば戦場から脱走した逃亡兵だ。
逃亡兵は罪が重い。下手すりゃ銃殺だ。
まあ、今のネオ・ジオンもジオン残党も正規兵じゃないから、そんなものが適用されるかも怪しいがな。
しかし、それよりもだ。
特に佐官だったヴィンセントは連邦にマークされてるだろう。
このまま、何もなかったように生活できるわけが無い。色々と偽装工作が必要となる。
まあ、おっさんの事だ。この辺の事はどうとでも出来るだろう。
何せ、一年戦争では人類の半分も死に、遺体も無い人たちが殆どだ。
誰かに成りすますなんてことは日常茶飯事だ。
名前と戸籍を売買する裏ビジネスみたいなものもあるぐらいだ。
ふぅ、何とかまとまったな。
あのハマーンが頭を下げるか……。
この状況下でほぼ最大の出来だな。
やはり賢い女だ。
ただの居丈高しいだけの女じゃない。
そんなハマーンが何故、ネオ・ジオンを率いて、地球に対して宣戦布告をし全面戦争へと突き進んだのかが疑問が残る。
あいつ自身も、勝機が無い事を知っていたような口ぶりだった。
それはそうとだ。
アンネローゼとクロエが、ローザと打ち解け、友人関係になってくれれば言う事は無い。
あいつ、友達とか今まで居なかっただろうしな。