誤字脱字報告ありがとうございます。
今回は、つなぎ回程度のお話です。
宇宙世紀0090年10月中旬
クロエがここに運び込まれてから4か月半が経ち、容態は大分回復し、退院出来るほどになった。
ただ、二日に一辺の検診と遺伝子治療は必要だ。
今の所、クロエ用に調整した遺伝子治療が上手く行っている。
だが、何かのはずみで体調が急変する可能性もある。そんな状況だ。
幸いというか、クロエはヴィンセントが借りてるアパートで一緒に住むため、ここから5分と場所は近い。
ヴィンセントの奴は入院中のクロエに告白し、結婚まで約束しやがった。
クロエはヴィンセントの事が無条件で好きだしな、なんていうか行き過ぎな位にだ。
俺だったらちょっと引くな。
そんなクロエを愛おしそうに見つめるヴィンセント。
まったく、ごちそうさまだ。
俺も一緒に病室に居るのにだ。毎回勘弁してほしいぜ。
こちとら独身なんだぞ。そのうちに壁を蹴りたくなるからな。
これで二人は恋人同士、誰憚る事もなく同棲できるってもんだ。
別に悔しいから、診療所から追い出したわけじゃないぞ。
本当に、クロエの体調はよくなった。
うまく行けばだが、来年の春までには子供を作れるぐらいまで回復するかもしれない。
それにだ。しょっちゅうここに来るトラヴィスのおっさんなんか、既にクロエの事を息子の嫁扱いだ。
退院の際にはこの三人には何度もお礼を言われた。
まあ、悪い気はしないが、さすがに照れくさい。
アンネローゼは相変わらず、花屋でバイトをしながら診療所の二階の個室病室で下宿中だ。
クロエとの遺恨も大分薄まったように思う。
トラヴィスのおっさんは、アンネローゼと、ヴィンセント、クロエの間に入り楽しく会話をしたり、アンネローゼを誘い飯を食いに行ったりと、フォローも万全だ。
ローザことハマーンはというと。
今俺とリビングでタブレット端末を見ながら、向かい合って勉強をやってる。
「組織再生治療の方法と対処についてだが、組織再生用のメディカルマシーン群により、外部から直接人体に再生を促す直接再生治療法と、必要な生体組織を遺伝子情報から再生し移植する移植再生治療法の主に二つの方法がある」
「ふむ。投薬による組織再生もあるが?」
「ああ、それは直接再生治療法の一種だ。血液の変異やがん組織による損傷時に使用する方法だな」
「ほう」
ローザは看護資格を取るため、通信講座を受けていた。
別にこの診療所で手伝いするぐらいならいらないぞとは言ってやったが、本人が資格を取りたいと希望したからだ。
まあ、流石に看護学校に通わすわけには行かない。
それに、この片田舎の15番コロニーにはそんな学校も無い。
都市部とまでとはいかなくとも、せめて30万人規模以上のコロニーじゃないと無いだろう。
通学するには、他のコロニーに行かなくちゃならないのがネックだ。
新サイド6から出るわけではないため、渡航審査は無いが、あまり人口が多い場所へと通わせたくはない。身バレのリスクはなるべく避けたい。
それに現実的に時間的にも金銭的にも厳しい。
そこで通信講座だ。
ここ以外の田舎のコロニーでも資格を取るための学校などはほぼ無い。だから通信講座が発達し、皆利用している。
ローザはそんな通信講座を受けながら、疑問があれば、俺が今のように教えてる感じだ。
元々頭がいいから覚えも速い。ほとんどテキストや通信授業だけで理解してしまうから、俺の出番は少ない。
通常2年の通信カリキュラムを多分1年で終える事が出来るだろう。
下手をすりゃ、医学試験も通るんじゃないか?ペーパーだけだったら。
別にずっと診療所の手伝いなんてものをさせるつもりは無い。
本当に自分がやりたいことが見つかれば、やればいいとも言ってやった。
まあ、立場上どうしても制限はかかるがな。
どうやら、他にもあれこれと通信講座を受けるつもりのようだ。
税務資格や不動産資格、経営学やらいろいろと調べていたな。
自身が将来何になりたいのか、模索中なのだろう。
良い傾向だ。
それとだ。アンネローゼも同じく通信講座を受けている。
なんでも司法試験を受けるって言っていた。弁護士をめざしてるらしい。
かなりの難題だ。最難関資格の一つだからな。
軍に入る前は、元々将来は法律関係の仕事をしたかったらしい。
自分の家を没落に追いやった連中を何とかしたいという思いからだったとか……。
だが、戦争が始まり、高校を卒業せずに学徒兵に志願し、その後軍事訓練養成学校に入り卒業、一応高校卒業扱いということらしいが。
それとだ。16歳でモビルスーツに乗ってやがった。
モビルスーツに乗れるだけの適正があったという事だ。体のバランス感覚や身体能力もさることながら、頭も良くなくっちゃなんねー。特に理系の工学系知識はせめて工学系の大学生並みに要求される。
モビルスーツパイロットは荒くれ者のイメージがあるが、実際奴らは高度な知識を持ってモビルスーツを動かしていやがる。
そもそもモビルスーツは、現代工学の粋を集めた最先端工学技術の塊なんだ。
そんなものを予備知識なしで動かせるなんてことは、ほぼ無い。
直感だけで動かせる奴が居たそうだが、そんなものは例外中の例外だ。
アンネローゼも元々頭が良いってのはあるが、工学知識と、司法試験とは全く別物だからな、今からの勉強は大変だろう。
それ以外にも問題はある。
彼女がサイド3出身だという事だ。
ジオン残党として兵士をやっていた事はもみ消す事は出来るが、サイド3出身者というレッテルは消えない。特に司法試験っていう法律に関するジャンルはな。言わなくてもわかるだろうが、テストで合格ラインに達したとしても、落とされるのが落ちだ。
アンネローゼも戸籍を裏ルートで手に入れた方が良いかもしれん。
そうだな、トラヴィスのおっさんに養子にしてもらえばいい。
おっさんは一応、地球出身だからな。それで帳消しになるだろう。
それとアンネローゼはよく笑う様になった。
これが本来の彼女なのだろう。
ヴィンセントから聞いたのだが、一年戦争時代のアンネローゼは軍の中に居たにも関わらず、明るく自由奔放な感じの少女だったらしい。上官として度々制するのが大変だったぐらいにな。
「多量出血の際の止血の応急処置はどうやるのだ?……おいエド、聞いてるのか?」
「おっと、すまん。ボッとしてた。止血だったな、診療所で教えてやるよ」
俺は考えに耽っていた所に目の前のローザに声をかけられる。
「ふむ……」
ローザは俺を訝しげに見ていた。
「ちょっと考え事をしてただけだ」
そう言えばローザの奴、この頃俺の事を名前で呼ぶようになった。
今迄は、貴様かお前だったのにな。
俺は自然と苦笑気味に笑みがこぼれていた。
さらに目を鋭くして俺を見るローザ。
こいつ等には新しい未来がある。
ジオン再興やら復讐や愛憎などに囚われ、軍隊という閉鎖された環境で時間を費やしちまった。
回り道をしてしまったが、漸く今、止まっていた自分の時間が動き出したといったところか。
いや、回り道をしたからこそ、今があるのかもしれない。
俺やトラヴィスのおっさんのような奴らで、こいつらが未来に進めるように、ちょっと背中を押してやればいい。
エドはもうすぐ31歳。その年にしてはちょっと達観しすぎですね。