宇宙世紀0089年7月上旬
「リゼちゃん、はい。おすそ分け」
「ありがとう!アンナおばさん」
「アンナさん。何時もすみませんね」
「いいのよエド。こんな片田舎にあんたみたいなお医者さんが居てくれてありがたいんだから」
年は30中頃、近所の農家のアンナさんがトマトとオレンジを持ってきてくれた。
旦那さんのボビーさんと5歳と3歳の子供が居る。
ボビーさんとアンナさんは元ジオン兵だ。だが彼女らはサイド3出身ではない。
一年戦争当時、他のサイドから半強制的に徴用され、過酷な現場に送り込まれたという話を聞いている。
しかし終戦後、戦争に生き延びた彼女らに連邦や周囲の人間からの風辺りは厳しかった。
負けた国の人間として見られたからだ。
彼女らはサイド3出身ではないため、サイド3の人間にも疎まれ、元のコロニーにも居場所がなかった。
それでこの壊滅した旧サイド4に、新しく建造された現在の新サイド6の移民計画に参加し、今に至る。
そんな人たちがこの新サイド6には多く居る。
そして栄えている中心コロニーではなく、この15番コロニーのように片田舎の地方コロニーに移り住む傾向が強い。
やはり、出来るだけ連邦の目は避けたいというのが心情だろう。
一年戦争で勝った連邦だが、それを鼻に掛けた連中がのさばり、ティターンズのような連中を産んだ。
あの戦争が何で起きたかも原因をちゃんと考えずにだ。
いや、考えた結果なのかもしれない。コロニーの連中は危険だと、地球に住む人間とはもはや別人種だと。
それで過剰な取り締まりやさらには虐殺まで……あいつらは俺らを家畜か何かかと思っているのだろうか?
だが、そんな事を思ってる連中は地球に住む人々全員ではない。
多少は優越感を持っていたとしても、そこまで過剰な思想を持つものは、一部だ。いや一部だと思いたい。
だが、そんな連中をのさばらせた連邦という組織は、既に崩壊していると言っていいだろう。
ったく。過剰な締め付けは返って反乱を招く。
住民をないがしろにした政権は革命を持って打倒される。
歴史がそれを語っているはずだが、なぜ繰り返す?
連邦の上層部はアホばかりか?
いや、頭が回る連中は五万といるが、連邦のお偉いさん方の頭の中は、自分たちの権力闘争に勝つことにしか頭が回っていない。
そんな連中の巣窟だ。
まあ、唯の町医者の俺がこんな事をうだうだ思っても仕方がない事だが……
「今日はトマトパスタと、オレンジはマーマレードにしようか?」
俺はアンナさんに貰ったトマトとオレンジを台所に持って行く。
「うん!リゼも手伝う」
リゼは笑顔だ。
この何気ない日常をなぜ、あいつら(お偉いさん)は壊そうとするのだろうか?
多分、日常の生活にしあわせを見いだせないのだろう。
いや、知らないのかもしれない。
だから壊す。
俺は台所から天井を見上げ、彼女(ハマーン)が寝ているだろう部屋に顔を向ける。
あんたも知ってるか?日常の幸せって奴を。
知らないってんなら、目が覚めたら、説教垂れた後にさんざ付き合わせてやるよ。
「お兄ちゃん。後で一緒にお風呂入ろうよ」
「……中学に入ったら一人で入るって約束しただろ?」
「えー、でも、ジュリアちゃんは何時もお兄ちゃんと入ってるって言ってたよ?」
「ジュリアの兄って、デリルの奴か!あいつ20歳だろ?あのシスコンのロリコン野郎!今度俺んとこに治療受けに来たら、超痛い消毒液まみれにしてやる!」
「ねー、お兄ちゃん!」
「ダメだ」
「お兄ちゃんの意地悪!フンだ」
「……勘弁してくれ」
デリルめ!余計な事をしやがって!
日常ですね。