金沢のグルメ   作:超時空

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◇石川県金沢市の回転寿司

 ……俺は腹が減っていた。

 輸入雑貨の個人商をやっている俺だが、今日は旧友を訪ねて石川県金沢市に来ていた。

 懐かしい話で随分遅くなってしまった。

 雨の夜、金沢の街をレンタカーで走る。

 どうやら俺は道に迷ったらしい。

 ふと車内時計を見る。

 午後8時47分。

 

「うひゃあ。もうこんな時間か」

 

 どうりで腹が減るわけだ。

 道に迷ったうえに、腹も減っている。最低の気分だ。

 とにかくメシだ。何か食えば後はどうにもできる。

 しかし、雨粒を拭うワイパー越しに見える看板は、ハンバーガーショップや牛丼屋ばかりだ。

 

「ファミリーレストランって言うのもなあ……おっ?」

 

 差し掛かった交差点の一角に回転寿司の看板を見つけた。

 

「回転寿司か……北陸と言えば魚だよな。それに北陸の回転寿司はうまいって聞くぞ。よし」

 

 俺はレンタカーを駐車場に入れた。

 

「へえ。全皿100円か。安いね」

 

 店内には大勢の空席待ちの客がいた。

 

「ねーママー。おスシはー? おスシまだー?」

「もうちょっとだからね。アッちゃん良い子だからもうちょっと待ってようね」

 

 レジの近くに置かれたモニターには『ただいま20分まち』と表示されていた。

 20分も待たされるのか。どうする。引き返すか?

 いや、ここで引き返すのはマヌケすぎる。

 進むも退くもできすに迷っていると、店員が声をかけてきた。

 

「お客様何名様ですかー?」

「あ、一人だけど」

「カウンター席でよろしければ、すぐにお通しできますがー?」

「じゃあ、それで」

 

 ついてるぞ。なるほどね。待っている客はみなテーブル席が空くのを待っている訳か。

 

「ふう」

 

 カウンター席に腰をおろし、ようやく人心地ついた。

 

「さて、何からいこうかな」

 

 レーンを見れば、目の前を郡上牧が流れて行った。

 なんだあの茶色いのは。肉団子に見えたが。

 レーンの上に貼られたメニュー表にはハンバーグとあった。

 他にもエビフライや牛カルビ、グラタンにカラアゲなんてのもある。何なんだ。寿司屋じゃないのか?

 まったく。寿司屋に入ったんなら魚を食えば良いのに。魚を。

 日本人の味覚はどうしてしまったんだろう。

 

「へえ。きつねうどんもあるのか。何でもあるね。最近の回転寿司は」

 

 すいませーん。と俺は店員を呼んだ。

 

「きつねうどん一つ」

「申し訳ございません。ご注文はお手元のタッチパネルからお願いいたします」

 

 いきなり肩すかしだ。

 周りを見れば、みな慣れた手つきでタッチパネルを操作している。

 きつねうどんの絵柄に触れ、一杯注文した。

 ふん。合理化か。何でもかんでも機械にやらせて合理化すればいいってもんじゃないでしょ。

 うん? そう言えば、寿司を握る店員が一人も見えないぞ。レーンは壁の奥から伸びているが。

 そうか。調理場を分けて、客席を多く作っているのか。これも合理化と言えば合理化だな。

 と、電子音がした。誰かの携帯電話でも鳴ったのかと思ったが、注文したきつねうどんの到着を知らせる音だった。

 

 

・【きつねうどん】

あたたかいどんぶりに意外なほどしっかりしたうどん。

出汁は魚介の風味が濃く、麺のコシも強い。お揚げはちょうどよい厚み。甘味強い。

 

 

「いただきますか」

 

 割りばしを割り、薄白い汁に浸かったうどんをすくいあげる。

 ハフハフ。

 

「あちっ。熱々だな」

 

 ズルズル。

 

「うん。味も中々」

 

 金沢のうどんは関西風なのか。東京の濃い、いかにも醤油って色したうどんに慣れていると、新鮮に感じるね。どうも。

 

「次はどれにしようかな」

 

 色々あって迷うな。定番のマグロにしようかとも思ったけれど、

 

「百円天ぷらだって。食べてみようかな」

 

 とりあえず、エビ天とイカ天を注文した。

 

「まずはエビから。へえ、うまそうだ」

 

 醤油を散らして一口。

 

「うん。エビ天だ。こっちはイカ天だな」

 

 あ。しまった。さっきのきつねうどんにエビ天を入れれば天ぷらうどんにできたのに。

 どうしよう。もう一杯うどんを頼むのもバカバカしいし……。

 周囲を見回すと、家族連れやカップルの姿が目立った。

 なんだか俺一人だけ場の雰囲気にあっていないような……。

 さっさと食ってさっさと出てしまおう。

 と、レーン越しのテーブル席に家族連れが座った。

 

「アッちゃんおスシ何にする?」

「エービーフーラーイー!」

 

 なるほど。さっき回っていたハンバーグとかは、こういった子供が食べるんだな。しかし、こういった子供が大きくなって本格的な寿司屋に入った時、『すみません。エビフライの握りを一つ』とか言うのだろうか。

 

「ふふ」

 

 何を食べようかと考えていると、壁のポスターが目に留まった。

 

「中トロか」

 

 よし。これにしよう。

 俺はタッチパネルに手を伸ばした。

 

「あれ?」

 

 が、目当ての中トロが見つからない。店員を呼んだ。

 

「すみません」

「はい」

「中トロが見つからないんですが」

「申し訳ございません。中トロは売り切れです」

 

 参ったな。これだと思ったのに。

 

「じゃあエンガワを一枚」

「申し訳ありません。タッチパネルからお願いします」

 

 そうだった……。

 それから俺は適当に何枚か食べて店を出た。

 外はまだ雨が降っていた。

 そう言えば金沢の友人が言っていた。

 雨の多い金沢では、「弁当忘れても傘忘れるな」と言うらしい。

 タバコに火をつけ、紫煙を夜の雨に吹きかける。

 俺なら傘は忘れても弁当は忘れないな。

 雨脚は強い。駐車場まで走る事にした。

 

 

 おわり

 

 

 




※この作品は2010年に制作されたものです。
作中に登場する店舗、メニューは、2010年当時のもので現在のものとは異なる場合があります。

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