レッドシュガー・デッドバレット   作:八つ手

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・今回の登場人物

【五十嵐もみじ(いがらしもみじ)】
 主人公。悩み多きラウンドワンのバイター。
 ダーツでパジェロを当てることを夢見ていた時期もあったが、例の番組が終わったことでその希望は儚く散り失せた。

【信濃川匙(しなのがわさじ)】
 ラウンドワン三門支店長。五十代。
 普段は己の力を三割しか出さないようにシフトを組んで奥の手を温存しておく、絶妙だか巧妙だかよくわからない男。
 身も蓋もなく言えばパトレ○バーの後藤さんに似た容姿を持つ。
 尊敬する人物は、せがた三四郎と武豊。

【迅悠一(じんゆういち)】
 ボーダー玉狛支部のS級隊員。ワートリ界一胃薬が必要な男。
 未来を視て、悪い行方を変えるためにずっと裏工作を繰り返すボーダー最古参の一人として長らく重宝されているのだから、ご褒美に女性のお尻を触ることくらい許してもいいじゃないと思うかもしれないが、社会は許してくれない。
 彼の天敵は、一歩間違えれば己を即破滅させる現代社会そのもの。
 リスキーな報酬には代償が必要だ。
 つらい。

【加古望(かこのぞみ)】
 ボーダーA級隊・加古隊の隊長。
 月見蓮と戦いになる大人の女オーラを作り出すスキルを持つが、そこから発生したボーナスポイントを全て炒飯に極振りしたオフライン不遇職。
 しかし炒飯にポイントを振り分けることを運営神は予測してなかったのか、炒飯で無双する私TUEEEE系隊長が誕生してしまった。
「私、また何かやってしまったかしら?」

【黒江双葉(くろえふたば)】
 ボーダーA級隊・加古隊の新人隊員。
 このときはまだ山由来の地属性が強く、風属性を獲得していない時期。
 いずれ火属性と水属性を獲得し、地水火風カリスマニンジャ高校生として三門市のファッションの頂点に君臨する未来があるとか、ないとか。



五十嵐もみじ②

 夜の繁華街の如き明かりか、それとも往年のスペースインベーダーや、windowsXP搭載のピンボールゲームのような、青紫の輝く色合いか。

 バブル崩壊前の意匠の一部を引き継ぎつつもモダンに建設され、混沌としたスペースアートワークじみた光景は、年老いて時代に取り残された人間の多くを置き去りにする。

 

 ラウンドワン三門支店。

 現代の若者達が遊戯にふけるところの、つまりは大手ゲームセンターの支店の一つだ。

 広大な敷地に併設されたボーリング場、UFOキャッチャー、運動遊戯施設(スポッチャ)、ボックスカラオケ等……ちゃんぽんとばかりに放り込まれた全部詰めの施設達は、来訪客に広く浅く各娯楽を自然と提供し、飽きさせない構造になっている。

 

 高校生アルバイターであるところのもみじは、この店舗のシフトに無理のない範囲で混ざっている。

 清潔感があり、屈託のない笑みで、自然とした振る舞いで案内を行う――

 その接客力・集客力は中々に高く、ボーダーの隊員勤務でなかったら、高校卒業後に正社員待遇に即格上げされても、全くおかしくはなかった。

 

「ふぅ――」

 

 そのもみじが店員の制服ではなく、私服……つまりバイト明けの一般客として向かい合っているのは、ダーツ場だった。

 上述した大規模な敷設遊技場群に比べると、専有するスペースの小さく設定された、比較的穴場と言える場所である。

 彼女はアルバイトの終わりに毎回、このダーツ場に寄っている。

 

すぅ……――

 

 意識を集中し、視界を一点に凝縮させる。

 ダーツのターゲットの円輪を見つめ瞑想ことで、一年間この場に向き合ってきた彼女の意識は周囲の音を即座に置き去りにし、浮遊するかの如き、全能感のある認識力の拡大を彼女にもたらす。

 その間隔が彼女のもとに訪れるたびに、その中から()をたぐり寄せ、制御を試みる。

 ピント部分をズームした一眼レフカメラのように、正面に向けて意識を拡大し。

 

はぁ……――

 

 ()()()()()()()()()()

 

 限界まで純粋に磨き上げ、研ぎ澄ませた日本刀は、しかして仕上げの工程の是非で使い心地が決まる。

 彼女の意識の指向性は、この瞬時の静寂で一眼レフカメラから、顕微鏡にまでその形を変えていった。

 

 あとは、この体が動くかどうか。

 

……――

 

 彼女の無意識は識っている。

 全身の血液はフラットに巡り、己の重心の中心……正中線が、どのように彼女の体幹を支えているのか、魂で理解している。

 あとはそう……最後の()()だけだ。

 

「――ふっ!!」

 

 全身から、淀みのない瞬間的な動きだけで力あるバネを発現し、右手を真正面に――まるで掌底の如くに中空に叩きつける。

 その先端には、虚空の先の的の中央に向かって放たれるダーツの矢。

 殺傷能力が無いように作られた遊戯用の鏃は、その構造とは裏腹に、いっぺんの狂いもない直線軌道となって――

 

「……あっ」

 

 的の中央から微妙に外れた、半径の真ん中付近の、獲得できるポイントが微妙な着弾点に叩きつけられた。

 

「だめかぁ……」

 

 彼女がこの一年前から習慣として始めたダーツ訓練は、この日、またしても失敗に終わった。

 

 三輪隊を辞めた後に自ら希望してB級に格下げしたもみじは、ボーダー内で個人ランク戦を行わなくなった。

 もみじが保有するトリガーの構成の内、レイガストはA級権限で改造された専用のものだ。

 レーティングマッチ制度で戦いの順位を競う個人ランク戦……厳密には、レーティングされるポイントが変動する類の対人戦でこれは使用できず、彼女は個人戦を自粛せざるを得ないでいた。

 尤もこれは、レイガストを標準のそれに戻せば解消できることだが……

 

 それより当時の彼女が選んだものがアルバイトであり、そしてこのシフト終わりの、30分程度を要するダーツ訓練。

 通常の投げの構えから逸脱し、鏃を殴るように的へ叩きつけるそれは、彼女がレイガストをスラスターで撃ち放つときの構えの一つを彷彿とさせた。

 しかし、未だ納得行く形で、的の中央に鏃が刺さったことはなく――

 

「お、五十嵐ちゃん。今日もやってるねぇ」

「あっ!店長、見てたんですか!?」

 

 落ち着いたような、いたずら好きのような、若干にかすれた男の声。

 へらへらとした表情を浮かべた男は、神出鬼没のようにもみじの背後三メートルほどに存在していた。

 

 いつの間に後ろにっ!?と狼狽するもみじを尻目に、待機されているダーツの矢の元に歩んでは一本の鏃を右手に持ち、かるーい拍子で適当に的に向けてさっくりと投げる。

 

「これ、普通に投げるんじゃだめなの?いつも気になっててさ」

 

 鏃は山なりの軌道を描き、かつ的の中央に導かれるように正確に射止められた。

 ついでに聞こえた「君が集中してるのを単に見てただけだよ」という弁は、このラウンドワンの領域を支配する、尋常ならざる男の語った戯言である。

 

 ラウンドワン三門支店長、信濃川匙(しなのがわさじ)

 白髪のない強力な黒髪を優雅にバックに丸め上げ、五十代の年相応に痩せた頬に顔の輪郭は、彼の放つ独特のにへら笑いに哀愁を漂わせる。

 その上で、ラウンドワンの制服を無理なく着こなす整った体格も併せ持っていた。

 

「普通に投げたら、すぐ中央に当たっちゃうなー、って思ったので!」

「なるほど、縛りプレイ」

 

 拳を握って腕を曲げるもみじの活発な動作に、信濃川はトーンを変わらず、しかし内心感心した返しをする。

 

 彼は自他共に認めるゲーマーとのことで、若い頃は数々のゲーセンを実力のみで荒らした、台風を自称していた。

 だが年を経たある時に嗜好が変わったのか、ゲームセンターを経営することに熱が傾くようになった……という胡散臭い話も、信濃川当人の談である。

 

 彼はしゅびっ、と的を殴るようなもみじの動作を適当に何回か真似をして、数瞬の間をおいた後、口を進めた。

 

()()ね」

「えっ?」

「流れだよ。風向きってやつさ」

 

 俺そういうのわかるんだよ。人生経験豊富なおじさんだから。

 そう言って店の業務をサボっているように振る舞う信濃川店長は、しかし実際にこの日も業務の大半を終わらせており、他の店員の接客対応が間に合っている時間帯を見計らってここでのんびりしている。

 得も言われぬ凄みと、怪しげな説得力を同時に言動から醸し出す五十の細マッチョのおじさんは、賭博場を差配する元締めのような視線で周囲を見つめる。

 

「五十嵐ちゃん、多分俺より詳しい知見も有るっちゃ有るでしょ?そういう雰囲気してるし。要するに勝つ流れさ」

 

 成功の流れとも言う。

 

 勝ちを得られる者と、負けを得続けるもの。

 この字面で何が違うかといえば、それは『その瞬間で持っている負担が違う』ことだ。

 具体的には、抱えている()()()()()()の差である。

 

 スポーツ哲学やエンターテインメント、ハウツー本などに於いて必ずまことしやかに囁かれる理論「悩みがあると弱い」。

 悩みがあると動きが鈍るだとか、精神攻撃に弱いだとか、緊張で眠れないだとか……まぁ、間違いではない。

 しかし、その実際の内実は、悩みごとが脳みそを巣食っている在り方そのものに有る。

 

 人間の脳が一度に思考に傾けられる容量は、人によって効率と大きさに違いがあり、かつ限度が存在する。

 日々、綿のように膨れ上がり、脳髄に巣食った悩みという腫瘍は、この思考のリソースそのものを奪い去っているのだ。

 思考というプロセスを体内の血流とするならば、悩みというのは血管の腫瘍……およびそれによって起こりうる()()()である。

 

 話を戻そう。

 例えば競技や対戦によって、負けを拾った人間が二人居たとする。

 片方はまず負けた原因を図示し改善点を掲げ、もう片方は負けたことをひたすら悔やんだ。

 両者は負けるたびにこの行動を繰り返し、やがて明確な違いが出た。

 前者の人間がやがてより多くの勝ちを得るようになったのに対し、後者の人間は次こそは勝てるはずだと、やがて勝つための努力を放棄してしまった。

 

 現実ではよくある光景だ。

 ストイックに勝ちを拾う人間ほど普段の振る舞いがスマートであり、勝ちに拘泥する人間ほど泥沼に溺れていく。

 特に、理論値が視覚化されにくいギャンブル等では、これは顕著と言えるだろう。

 

 負けという現実、事実は覆せないものだ。

 しかし原因を探り、次回以降に類似したケースに対処する力を鍛え上げることは出来る。

 この工程の最も重要なところは、負けという事象をデータ化し、記録として脳の外に排出することで、脳を酷使するプロセスそのものに区切りを付けられることにこそ有る。

 

 しかし、負けという現象そのものに悩む人間には、それができない。

 肥大化した思考の闇は、決して覆せない現象を頭の中だけでも覆すために、さらなる脳のリソースを後悔と怒りなどの負の感情に費やす。

 その負の感情がさらなる悩みを生み、それを覆すために、更に自分で自分の脳みそを汚染していく。

 結果、そこからの逃避のために競技から離れたり、敗因の研究を怠ったり、目先の勝利にアイデンティティを依存するようになる。

 最悪、人格形成に悪影響を及ぼすと言っても良い。

 

 成功のために必要な能力は、脳みそに余力をもたらす力だ。

 脳みそは人生が続く限り常に使われ続ける器官だが、物事の原因を理解し、解決法を狙って定めることで、効率よく運用することが出来る。

 そしてそのための力は、精神を上向き、物事に正面から向き合う限り、必ず鍛え続けることが出来る――

 

「それが風向きさ。出来るやつと、出来ないやつの違いでも有る」

「……」

「見に覚えあったでしょ?」

 

 地の文ほど細かく丁寧に語ったわけではないが、信濃川はなんとなくでこの持論をもみじに向けた。

 無論、自覚のない人間に理屈を語っても、頭が悩みでいっぱいな金槌な人間から賛同と理解を得ることは難しい。

 広い意味でいえば、今の理屈を語れるようになったこの瞬間こそが、信濃川が意味する『流れ』だったのだが……

 

「近い内、ダーツ(これ)うまくいきそうだったらまた呼んでね?こっちも()()しとくから」

「えっ、店長?」

 

 意味深な言動でもみじを惑わせた直後、すぐさま彼は姿をくらませてしまった。

 

「……店長?むー……」

 

 言いたいことだけを言われて撤退されてしまったのは、中々に鼻につく。

 頬を膨らませて地団駄を踏んだ後店を出て、仕方なくもみじは帰宅の途についたのだった。

 

 

 

 

 翌日。

 

 ずしぃん……

 

 広げた口の中から覗かせた単眼(モノアイ)が無惨にも破壊され、全長何十メートルもの白い巨躯が地面に倒れ伏す。

 首が短く、しかし太くマッシブな草食恐竜のようなフォルムを持っているこの怪獣は、近界民(ネイバー)の捕獲用大型トリオン兵・バンダーだった。

 バンダーは動きは鈍重だが装甲は厚く、その大きさは一般人にとってやはり驚異と言わざるを得ないものだ。

 

 それをボーダー正隊員は、現場では単騎で難なく地に沈める事ができる。

 トリオン兵のモノアイは視覚を司ると同時に弱点でもあり、この機関を狙って破壊することで、速やかに機能を停止させることができるからだ。

 

 「よしっ」

 

 バンダーが機能停止したことを念入りに確認し、もみじは一呼吸を入れた。

 

 

 

 巨大な白い長方形の構造物になっているボーダー本部基地。

 その周囲の町並みは無人の警戒区域となっており、近界民(ネイバー)の出現位置を誘引するための専用の(ゲート)が開発されている。

 警戒区域内に発生したトリオン兵は防衛任務中のボーダー隊員によって速やかに始末され、残骸は本部に回収されて、研究資材やエネルギーに還元されるのだ。

 

 本日も数時間で数体のトリオン兵を撃破したもみじは防衛任務と、基地での報告を終え、帰宅しようと通路を歩き――

 

「よーう五十嵐」

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ひゃあっ――」

 

 唐突の驚愕。

 もみじは半歩即座に前に出て、体軸を背後へと回転させる。

 それはお尻に感じた不快感から速やかに逃れるため――ではない。

 

「せいっ!」

「おぶぇっ!?」

 

 格闘家のような気持ちいいフォルムでもみじから描かれた後ろ回し蹴りが、青色の隊服を着た男性隊員の延髄に直撃し、そのまま爽快に通路の壁に頭部をめり込ませた。

 ギャグ漫画の如くに人体を酷使される絵面を監視カメラに提供し、壁に食い込んだ顔面の持ち主は全身をうなだれる。

 

「……ふーん(うーん)へははひひひーへほえ(目覚ましにいいねこれ)

「やっぱりっ!もうっ!いつもこれやってて親に顔向けできるんですか迅さんっ!?」

 

 迅、と言われた飄々とした青年は「あらよっと」と顔面を壁から引き剥がす。

 正確な己のデスマスクを残した壁面を芸術家のように賛美した後、、もみじの元へ振り返った。

 

「ごめんごめん……でも大丈夫だよ。未来のためのお金はいつでも持ってる」

「セクハラで未来に借金することがそんなに楽しいんですっ!?」

 

 壁面の修理予算と、対訴訟用の示談金。

 それを予め蓄えきっては紫と黒塗りの五十嵐隊員に(故意に)接触し、全ての責任を負った迅隊員に対し、五十嵐から言い渡された未来の結末とは――

 

「おとなしく本部に説教されてきてくださいねっ!私はっ!全くっ!関知しないのでっ!」

「ですよねー……これは鬼怒田さん達にどやされちゃう」

 

 イケメンにのみ許されるゆるきゃらスマイルを披露しながら、壁面の魚拓を消すことを真剣に惜しむ男こそ、迅悠一。

 当人いわく『実力派エリート』で、ボーダー内部に於いて数少ないS()()()()の肩書を持つものでも有る。

 

 ――S級隊員。

 トリガーには通常装備であるノーマルトリガーとは別に、希少である特別な黒色のトリガーが存在する。

 ノーマルトリガーとは比較にならない強力な性能を保有するそれは、()()()()()()()()と呼ばれる。

 そしてそのブラックトリガーを装備・使用することを許された選ばれしものこそが、このS級隊員だった。

 

 迅悠一には、無数に分岐する()()()()()()()()()

 サイドエフェクトと呼ばれる、上から超感覚(S)超技能(A)特殊体質(B)強化五感(C)にランク分けされる、特殊な才能の一つだ。

 もみじにもサイドエフェクトに認定されている才覚は有るがこちらはCランクで、対して迅の未来視(それ)はSランクに認定される、大雑把に超能力と称しても過言ではないものだった。

 

 ……その未来視の力を、彼はたった今セクハラを成功させるために使用したのだった。

 たった今累計十数度目の被害に遭ったもみじをはじめとしたボーダーの女性隊員の臀部は、彼の未来に支配されていると言っても過言ではない。

 なんともちんけ――否、恐ろしきボーダー闇の縮図である。

 

「五十嵐、お詫びと言ったらなんだけど、今日加古さんのところで炒飯パーティーが有るらしいんだ。夕食に困ってたら行ってきたらどうだ?」

「えっ、本当!?迅さんは!?」

「俺は行かないよ。ぼんち揚げ炒飯が作られない限りはね」

 

 加古望(かこのぞみ)と呼ばれるボーダーA級隊員は、炒飯づくり随一の殺手(やりて)だ。

 十分の八の確率で人を炒飯で感動させ……十分のニの確率で、炒飯で人を殺すことが出来る。

 (誘いを断れずに)パーティーで熱心に累計死亡回数を更新するデッド・レコードホルダーが存在する程度には、このデウス・エクス・炒飯は先進的に狂っていた。

 ちなみにもみじが炒飯で死んだ割合は十%ほどなので、わりかし運がいい方ではある。

 それ故に炒飯の魅力に取りつかれ、魔の手から逃れられないのだが。

 

「じゃあ、今度迅さんも一緒に来てくださいね!私もぼんち揚げを食材に買ってくるので!」

「……えっ?……ああ、うん。そうだな」

 

 炒飯の魔力によって一瞬で機嫌を取り戻し、はしゃぎまわるもみじとは対象的に、もみじに気づかせない程度に苦虫を噛み潰した嫌悪感が表情からにじみ出る迅。

 ……未来はもう、動き出している。

 もみじの発言によって今この瞬間……近く最悪の未来の一つが半ば確定したことを彼は直感で理解し、死を受け入れた罪人のように憑き物が落ちた所作で、もみじを後の自分の処刑場へと送り出した。

 

 

 

 

「あら、それ明日だけど」

「えっ!?」

 

 炒飯工房が併設された魔女の窯であるところのA級・加古隊室で、はっきりと隊長の加古はもみじに言い放った。

 

 小南桐絵に近い髪型だが金髪で、後ろのくせっ毛がなく、隊服は半ばの袖服とジーンズが違和感なく繋がり、黒と青紫を基調したデザインとなっている。

 紫色の、腰に巻かれたポーチに履きこなされたブーツは、バストが有りながらにすらりと長身に整った、モデル体型の美を有意義に引き出している。

 唇の左下に付いた一個のほくろがアダルティさを引き立たせ、大人の魅力を感じさせる――

 

 ――半月後に19の誕生日を迎える、()()()である。

 

 大学受験を控えた月見さんを見てもそうだけど、どうやってこのオーラを保っているのだろうかと、もみじは常に疑問に思っていた。

 体幹と筋力の鍛錬?日焼け止めの徹底?炒飯を介して、美容食品を積極的に摂取している……?

 答えは出ない。

 深淵に潜り込むことは死を意味する。

 というか既に深淵の炒飯でもみじも何回か死んでいるが、これは脳の片隅に置いておく。

 

「じゃあ買い出しとかじゃなくて、小早川(ハー)ちゃんと真衣(マー)ちゃんは今日は普通に居ないんですね?」

「そうね。買い出しは明日頑張ってもらうわ……それにしても、まだパーティーのことは言って無かったのに、どうして?」

「迅さんがぼんち揚げ炒飯食べたいって言ってたんですよ!」

「あら、なるほどね!あの人炒飯にやたらこだわりがあるかと思ったら……なんだ、ぼんち揚げの優先度が高かったのね!」

 

 加古は天啓を得た、という顔で拳を掌に叩き「ならぼんち揚げと炒飯なら究極じゃない!他の食材も混ぜましょう!」と発想が更に化学反応(ケミストリー)を起こしだす。

 迅が未来を視ているだとか、そのような可能性の考慮はもうまったくもって問題ではない。

 その先に炒飯があるか、無いかということだけが、この加古望みの三大欲求の一つ……食欲を支配する魔の性質だった。

 そしてとうに炒飯の魔力に飲み込まれたもみじも、迅の結末をもう全く憂いてはいない。

 

 地獄の窯が、蓋を開けようとしている。

 儀式魔法の前動作によって、既に蒸れるほどの魔力を蓄えた儀式の祭祀場が、一日早くにして新たな炒飯の産声をあげようと鳴動を始めんとしたとき――

 

「加古さん……その人は?」

「ふえっ?」

「ああ双葉、その子はもみじちゃんよ。五十嵐もみじちゃん」

「! この人がですか?」

 

 双葉と呼ばれた女の子は、感情の起伏が少なそうな声でもみじに名前に反応した。

 

 金髪のショートで、額が右斜に目立つように揃えられた前髪に、女子では珍しく横髪を伸ばしていない。

 頭のサイズが横に二人分になったかのように、ミドルの後ろ髪をツインテールのボンボンに盛り立てている。

 着ている隊服は加古隊の黒と紫のそれであり、腰から下がショートパンツになっているところが最も異なる。

 部隊員に許された衣装のデザインカスタマイズの一貫だ。

 

「この子……新しく加古隊にメンバーが入ったんですか?」

「そうよ。これからの新人王候補の黒江双葉。黒江(K)だからね、初見からピンときたわ!」

「はじめまして、黒江双葉です。ここが一番オシャレそうだったので入りました」

「はじめまして黒江ちゃん!五十嵐もみじって言います。仲良くしようね!」

 

 二人は礼を交わした。

 

 加古隊は以前まで、戦闘員が二名の構成員で戦っていた。

 A級に入るものの部隊に伸び悩みを感じた彼女は、自らが勧誘する部隊員に拘り望む()()()()()K()の波動を求め、B級の正隊員入隊直後のC級……見習い隊員を偶然観察していた。

 その時に出会ったのが彼女……黒江双葉だ。

 

 一年前まで、黒江と同じ小学校に通っていた、一つ年上の緑川駿という男子の隊員がこの数ヶ月ですっかりボーダー生活に染まったのを見て、それを羨みすぎた黒江。

 先月末に十二歳になることを口実に両親を無理やり説得して、ボーダーに入隊希望の直談判を叩きつけたという。

 ボーダー上層部は小学生が入隊希望することに戸惑いを隠せなかったが、迅が「なんかピンときた」という理由で強権を通し、最終的に基本入隊日の一月を待たずに早期で入隊した。

 後半の経緯を黒江本人は知らないが、小学生が入隊出来たのは多分あの人のせいだろうと、迅を見知ってさっきも苦渋を舐めさせられていたもみじは勘ぐるのだった。

 

「じゃあ黒江ちゃん……クールそうだからクーちゃんでいいや!で、早期入隊だと……対近界民戦闘訓練はやってない?弱いバンダー倒して撃破記録測るの」

「一応やって、11秒でした。駿が4秒だったので私は未熟です」

「ふっつーに早いじゃん!それにもうB級ってことは……一週間で上がってきたんだね!」

「ちなみにクールなコーディネートは私と真衣と杏の三人で頑張ったわ。これからもみっちり教え込んでいくわよ」

「お、さっすが加古さん!」

「ありがとうございます。助かります」

 

 ぺこり。

 素直に加古に頭を下げる、都会のファッションに憧れる12歳。

 中学に入学するその瞬間から、いっぱしのファッションガールとして振る舞うのが目下の目標だという。

 この加古隊で鍛錬を積めばそれも夢ではないと、彼女は意気込んでいた。

 

 彼女の平面的な発言の裏に溢れ出る確かな熱意を感じ、もみじは感心しながらも……しかし、先程の会話に一つの疑問点を残していた。

 

「クーちゃん、私のこと知ってるの?」

「女子で()()が上手い人だって聞きました」

「…………えっ?誰から?」

 

 狼狽するもみじ。

 もみじがレイガストを使い始めて、これまでざっと一年半以上が悠に経過していた。

 彼女が孤月を使っていたのはレイガストが開発される間までだ。

 レイガストが開発されて以降はそちらに乗り換えた以上、孤月時代のもみじを知る人はそう多くない。

 そもそも彼女は孤月を扱うこと自体がそう好きではなかった。

 そのうえ、孤月の個人ランクポイント(レーティング)でも彼女はレイガストに乗り換え後、表示ネームを匿名表示にしてある。

 

 けれども昔は、いや昔も変わらず、実力は必要だった。

 当時腕前を上げるために、タイマン……しかもナイショで完全集中しての特訓に付き合わせた相手は、それこそごく限られた人物しか居ないのだが――

 

()()()って人が言ってました」

「…………」

「今から模擬戦を試してもらっていいですか?」

 

 もみじの心を支配する一瞬の虚無。

 その直後に湧き上がる、背後から同盟者にナイフを突き立てられ、裏切られた血を流した決定的な怒り。

 

 かつての、かげの、とっくんあいてのひとりとして、しんようしてたんだけど。

 わたし、むかし、こげつがつよかったって。

 ほかの、ひとに、いうなって、いったよね??

 

「…………」

「五十嵐先輩?」

「……加古さん、明日炒飯パーティーに太刀川(ター)さん呼んで良い?」

「良いわよ!早めに誘ってもらってきていい?」

「もちろんっ!」

 

 ――この運命を作った迅悠一と太刀川慶は殺す。

 ――死なずとも、死ぬかもしれないという恐怖は絶対に味わってもらう。

 

 ここ数日に特に追い込まれ、限界近くまで悩み抜いたもみじの精神の闇のキャパシティは、ほぼほぼ飽和を迎えつつ有った。

 誰かに敵意を抱くことを好まない彼女が、心の内で二人分の死刑宣告をかまし始める程度には、なんかもうすごい心が疲れていた。

 ついでに黒江のリクエストを断れず、絶望的な内心を隠しつつもトレーニングルームに向かうもみじだったが……

 

 ……精一杯抑えていた彼女の負の感情の一部は、この後で一度溢れ出すこととなる。

 




Q.正式入隊日は1・5・9月だよね?黒江の入隊そこじゃね?
A.ガバは見逃せ(震え声)
 おとなはウソつきではないのです。まちがいをするだけです。
 書いてる内に「これよく考えたら違うやんけ!」と思うことは、プロットを作ってても割とよくある。よくあるのだ。
 誰がそのガバの煽りを受けると思う?(同期入隊の)茶野隊だ。
 次回、装甲騎兵ボトムズ。
 来週ももみじと地獄に付き合ってもらう。

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