レッドシュガー・デッドバレット   作:八つ手

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・今回の登場人物


【五十嵐もみじ(いがらしもみじ)】
 主人公。クリードを持ててない系アサシン。
 得意技は致命。

【黒江双葉(くろえふたば)】
 加古隊の新人隊員。
 ナチュラルなクールには憧れるが、如何にも作ったようなクールは大嫌いなので、東京オリンピックの被る傘とかには絶対吐き気を催す。はず。

【加古望(かこのぞみ)】
 加古隊の炒飯。
 他人の別の側面を初めて見た時に思うことは、
 「(今日はこのタイプの炒飯(スタンド)をよく食べてくれそうね……)」

【緑川駿(みどりかわしゅん)】
 A級・草壁隊の隊員。
 ボーダーにハマって、一緒に遊んでいた女の子を置き去りにした、と書くとたいへん罪深い中学一年生。

【太刀川慶】
 A級・太刀川隊の隊長。N.O1アタッカー。
 ふざけた単位をし、ふざけた眼球をした男が、ふざけた強さでボーダーを徘徊するさまはあまりにも有名。
 効率の一切を度外視した孤月二刀流を操るが、彼自身にとっては一番効率がいい動きになるというふざけた存在。
 弱点は論文の締め切り。



黒江双葉①

「双葉ー!こっちこっちー!」

 

 あたしは、人の飾らない本心が好きだった。

 

 通っている小学校は結構距離が遠い山奥に有る。

 あたしは空き時間にはひとつ上の駿(しゅん)と、木をよじ登ったり、山菜を摘んだり、きのこを見分けたりして、数年をすごしていた。

 特に不満はなかった。

 胃は頑丈になったし、体も他の女子と比べて圧倒的に動く。

 あたしは何ら欲張らずとも、学級随一の活発者(ヒーロー)だった。

 

 高学年になったとき、両親から「中学からは都市部に通えるぞ」と言われた。

 その時にも、特に何も思わなかった。

 強いて言うなら、山と離れるなら、空き時間をどうやって過ごそうかと、他人事のように思ったくらいだった。

 

 六年生になって、駿が居なくなった。

 ひとつ上だったから、先に中学校に進学したのだ。

 あたしは、全く山で遊ばなくなった。

 それから、駿が居なくても出来ることを考えるようになった。

 中学校に行ったとき、あたしには何が出来るんだろうと考えた。

 

 部活動…駿は所属しているんだろうか?

 聞く機会が出来なかったので、考えるのをやめた。

 

 勉強は…あまり好きでも無かったけど、苦手でもなかった。

 というか駿が馬鹿だったので、考えるのをやめた。

 

 やがて本当に、駿が居なくても出来ることを考えるようになった。

 そのときに目にしたのが、ファッションだった。

 

 大人に憧れる子供の心境で、事実あたしは歳から言っても、そういうものだろう。

 といっても、単に着飾ることに呑まれてるような、服に着られているような状態は好きじゃなかった。

 それこそ、本当に大人に憧れていた。

 服を着こなす大人の在り方が有って、初めてかっこいいんだと、そう思った。

 

 中学に行くまで、時は動き出さない。

 もどかしいくらい、この一年が遠い。

 止まったように感じる時を寂しく過ごし、半年以上が過ぎた頃――――

 

「ボーダーってとこ、凄い楽しいんだよ!双葉も来たら?」

 

 久しぶりに電話してきた駿が、こちらの気持ちも全く考えずに言い放ってのけた。

 

「ばびゅーんって体動けるようになるし、俺より強い人もいっぱいいて全然敵わないし、どれだけ居ても飽きない!すごいよ!」

 

 山奥に忘れて置きかけていた感情を、あろうことかあいつが掘り起こしてきた。

 こちらが退屈を過ごしていることを一切考えもせず、単純に魅力だけを少ない語彙力で頭悪く伝えてくる。

 ありていに言って、すごいムカついた。

 

 ただ、あたしよりも動ける駿が「敵わない」と言うのだ。

 想像もできない環境。

 未知の世界。

 トリオンだとかトリガーだとかいうのはイマイチ理解出来なかったけど、兎に角凄いということはよく分かった。

 

 あとは、思い立ったままに動いた。

 中学校に進学するまで、もう待ってられない。

 両親を説得して、十二歳になった途端にボーダー本部に入隊の希望を申し込めるように話をつけた。

 勉強に珍しく力を入れ、先月の末に誕生日を迎え、満を持して電話で申し込む。

 その際、「いや、小学生は……」と惑う声が聞こえたが、これも両親に頼み込んで本部との直談判にありつけた。

 ついでに駿を巻き込んで「駿が誘った」とも言わせた。

 駿は向こうでもなかなか優秀な成績を持っていたのか、それが効いたのかもしれない。

 ゴタゴタしている内、入隊時に行う審査の記録次第で、君の待遇を決めると言われたところまで取り付けた。

 

 トリガーとかいうので強くなった状態の体で、大きい怪獣を十一秒で倒した。

 駿が四秒だったと聞いてものすごく悔しかったが、向こうからすれば四秒も十一秒もあまり変わらないらしく、とても早いとやたら褒めちぎられた。

 

 結論として、ボーダー入隊は成功した。

 

 その直後、如何にもファッションモデルに見えた人……加古さんから勧誘を受けて、隊に入る約束をしたり。

 駿の足下にも及ばない、イケてなさそうな他のC級隊員(見習い)をバッサバッサとなぎ倒していくうち、数日でB級隊員(正隊員)と認められた。

 

 正隊員の居るところには、駿が言った通りの世界が広がっていた。

 あたしより強くトリガーを扱う人、今のうちでは背伸びしても勝てそうだと思えない人。

 そして、勝つことが当たり前と自信を持ちながら、当然のようにそれを実行してくる人がいっぱい居た。

 

 そのうちの一人の太刀川慶という人から、個人ランク戦の十本勝負で十本全部を取られながら、あたしは質問した。

 

「今使ってるこげつ…?刀って、誰から習えば良いんでしょうか」

「誰からでも良いんじゃないか?俺は嫌だけど」

 

 そういうの柄じゃないんだよなー、ずっと切った張ったしてたいんだよなー、とばかりしか言わなかった。

 内心イラッとしたけど本音しか言ってなさそうだったので、切り口を変えてあたしがどんな人から習うのかが似合いそうかと聞いた。

 そう――――似合いそうか。

 今目の前にいるような変な人の名前が上がりそうだったけど、ニュアンスで全てを答えてそうな目の前の人なら、きっと誰かのことをなんとなくでしゃべるはずだ。

 その期待を、彼を裏切ることはなかった。

 

「うーん、五十嵐じゃないか?あいつ、型無しが型を付けて歩いたような奴だし」

「五十嵐?」

「五十嵐もみじって奴。ここ数ヶ月あいつ暇そうな顔してるから、お前一人行ってもなんともないと思うぞ」

「強いんですか?」

「一度本気でやらせればな。出させてみろよ。きっとお前驚くぞ」

 

 ま、俺のほうが強いんだけどな。

 最後にそうさらっと言ってのけて、黒コートのふざけた男は去っていった。

 ふざけていたが、彼は同時にふざけたほどに強い孤月の使い手だった。

 その彼が推すのだから、どれほどの人なのかと思い――――

 

 

◆

 

 

 ――――重心を低くし、逆袈裟にして斬り込む。

 

 視界の先で対峙する黒髪の持ち主が、こちらの拍子に、切り口に合わせるように後方に下がる。

 千鳥足のようで、決して芯を揺らぐことのない幽玄な足さばき。

 

 先程までは、この間合取りにペースを絡め取られて、何度も急所に刃を差し込まれた。

 敵の足を見るな、動作の塊を反射で捉えろ。

 自分の攻撃をずっと続け、相手に空気を握らせるな。

 体を動かしつつ、心の端に忍ばせるように注意を置く。

 

 勢いを止まず、回転を交えた後、横斜めに角度を付けて斬り込みに行く。

 先の袈裟斬りと狙いは同じだ――――面をとって斬る。

 垂直や水平ではない、角度をつけた攻撃は、人には避けにくい。

 

 周囲の遮蔽物(アスレチック)に頼るには、今の位置から更に十何畳も下がらなければいけない。

 太刀川という人はかなり動けたが、あの人が強かったのは兎に角地力だった。

 この人にはそれがない。

 自分もこの瞬間、山で育った感性の利点を半ば封じるが、それ以上に押すことで勝ち目の見える相手だ。

 

 ぐっ。

 

 そう、こちらの間合いが先に整えば、跳んで躱すしか無い。

 相手の体が一瞬、跳ねるために立ち止まる。

 その予備動作が見れるだけで十分だ。

 跳ねて躱したところを、三の太刀で二つに切り落とす。

 

 そうして切り始めが地を掠りそうな横薙ぎを振るい、あたしは想定したとおりに上を見て――――

 

「はい、そこ」

「えっ?」

 

 下から響く声。

 悟ったときには遅い。

 自(・)分(・)の(・)斬(・)撃(・)よ(・)り(・)下(・)か(・)ら(・)跳(・)ね(・)上(・)が(・)っ(・)た(・)刃(・)で、体を真っ二つに切り込まれた。

 

『戦闘体、活動限界』

 

 ……無慈悲な機械的なアナウンスの音が聞こえた。

 あたしの体が瞬時に、部屋の機能で再生(さいげん)されることを確認した彼女は、ふー、と息を吐いた。

 

『十本勝負、七対三ってところね』

 

 模擬戦の勝負状況を管理している加古さんのアナウンスが、この部屋…加古隊のトレーニングルームに響き渡った。

 七が五十嵐(いがらし)もみじ……先輩の勝率で、三があたし、黒江双葉(くろえふたば)の勝率であり――――

 

 結論でいえば、あ(・)た(・)し(・)は五十嵐先輩には敵わなかった。

 圧勝されたというほどでもないが、狐につままれたような負けを何度か拾った。

 地力の違いだろうか、動きのだ(・)ま(・)し(・)が上手い。

 最初に三回は勝った……いや、単に動きを見られていて、後からそれ以上の敗北を与えられてしまった。

 確かに、一朝一夕ではない動きをする。

 

「いやー、強いねクーちゃん!あたし、三回も負けちゃうなんて!」

「…あたしは、まだまだです」

「そうかな?他の人だったら、すぐにずばって斬られちゃいそうだけど」

 

 だけど、だけれど――――

 

「――――あなたは、三(・)回(・)も(・)負(・)け(・)な(・)い(・)で(・)し(・)ょ(・)う(・)」

「へっ?」

 

 ――――こ(・)の(・)人(・)は(・)、手(・)を(・)抜(・)い(・)て(・)い(・)る(・)。

 

「全力を出してください、五十嵐先輩」

「えっと……これが全力って言ったら?」

「嘘です」

 

 正直なところを言うと、あたしが後半ポイントを取れなかったのは、このことに対する憤りが主だ。

 まっすぐ戦ってくれない。

 まっすぐ戦わないのがスタイル、とも思えない。

 もっとも、そう彼女から言い切るには、この十本勝負一つでは根拠はない。

 だけど、確実に全力じゃない。

 彼女が、恐らく孤月を使ったのが久しぶりだということを考えても。

 これだけは、この見逃し難い直感が告げていた。

 

「本気でもないでしょう。あなたには余裕しかない。あたしは気にいりません」

 

 これはあ(・)な(・)た(・)の(・)剣(・)ですか?

 

 そう敵意を込めて、孤月の刃の先端を五十嵐先輩に向ける。

 彼女の瞳は、あたしの瞳やあたしの刃に向かない。

 目線をくだっている。

 

 あたしが先程戦った太刀川さんは、今思えば恐ろしく強かったんだろう。

 そして、太刀さばきの一つ一つが、川の文(・)字(・)通(・)り(・)に、奔っていた。

 だからこそ、比較してこの剣を見ればわかる。

 乗(・)っていない。

 彼女には乗っていない。

 自分のための太刀筋をしていない。

 合わせているだけだ。あたしに。

 単に動きを合わせて、あたしに勝利を奪っただけ。

 

 それであたしに勝ったような気分でいたつもりか?

 

「この程度ですか?これで終わりですか?それがあたしが夢見た世界の、戦う人なんですか?」

「クーちゃん」

 

 あたしは、黒江双葉は、怒っている。

 ツインテールにした後ろ髪が震えそうな錯覚を覚えそうなほどに。

 地団駄しては、この格子の入った白い部屋も、地鳴らして、雪崩れた山奥に変えてやろうかと思うくらい。

 

 ――――三(・)文(・)の(・)徳(・)も(・)な(・)い(・)見(・)栄(・)を(・)張(・)る(・)よ(・)う(・)な(・)人(・)は(・)、嫌(・)い(・)だ(・)。

 

「あの太刀川って人は、あの人自身が持っている自信の分だけ強かった!そのあの人が勧めた分、期待したのに!」

「クーちゃん」

 

 柄を握っていない、左の拳を痛いほどに握る。

 

 願望が、期待が壊れていくような音がする。

 心の中のそれが鬱陶しくて、あたしはありったけを目の前の人に叫んだ。

 もはや、相手の表情など知ったものか。

 あたしは言いたいことを言うだけだ。

 

「なんで!なんでそんな動きをしたんですか!あたしにはわからない!なんで!敵わないような動きをしてくれない!なんでそんな、そんな――――」

 

「――――錆びたような

「クーちゃんっ!!」

 

 耳に、怒号が走る。

 一度口を閉じかけて……五十嵐先輩が怒鳴ったと理解して、逆に頬がつり上がった。

 一周回って、楽しくなってくる。

 

 ……どうやら、向こうもそれなりに怒ったらしい。

 ああそうだ、これで何も思わないなら、それこそ冷血とでもなんとでも思っていた。

 だが、まだだ。

 さっきからそうだ。

 彼女はうつむいたままだ。

 あたしに目を合わせようとしちゃいない。

 

「……どうしたんですか、五十嵐先輩?なにも言ってくれないなら、何もわかりませんよ」

「…………」

「年下に言われて、何も思わないんですか……思ったんですよね?言ってみてくださいよ」

「…………」

 

 眼中に無いというわけじゃないらしい。

 だけど気に食わない。

 だから言ってやる。

 それで引き下がったらそれまでだ。

 下手なことを言ったら、年上として評価なんかしてやらない。

 だから――――

 

「本(・)気(・)で(・)言ってみてください。全力で――――目(・)を(・)合(・)わ(・)せ(・)て(・)」

 

 これで何もしなかったら、所詮そこまでの人だったということだ――――

 

「……」

 

 一息分の時間。

 何も言わない。

 

「……」

 

 もう一息分の時間。

 何も動かない。

 

「――――」

 

 最後の一息分の、時間。

 ああそうだ、なにも――――

 

「加古さん、もう十本分の管理、お願いできますか?」

 

 ! 喋った――――

 

『いいわよ』

「ついでに、終わったらすごい大きな音で合図ください。空気が和太鼓とかみたくで震えるくらい」

『分かったわ。後で耳鳴りしても知らないわよ』

「ありがとうございます」

 

 ふーーーーーーーっ。

 

 目の前の人物が、大きく息を吐いた。

 溜め込んでいた鬱憤をありったけ、吐き出すように。

 長く、長く、長く、長く、長く、長く、吐いて。

 

 上を――――こちらを向いた。

 

「黒(・)江(・)ちゃん」

 

 僅かな間だけ、会話のための目線の合い方をした。

 ただ、その彼女の目線は、模擬戦の前のときとは――――ましてや、さっきの模擬戦のときとは、まっ反対に大違いだった。

 

 そう……凝固した血のように、あたしを固めて見据えた冷(・)た(・)い(・)目(・)つ(・)き(・)をしていて――――

 

「もうとっくに嫌いかもしれないけど」

 

 目の前の黒髪の持ち主が、左手を自らの頭にかかげる。

 

 その時に気づいた。

 彼女の耳にかかっているヘッドホンのカチューシャ部分が、実はバ(・)イ(・)ザ(・)ー(・)だったということに。

 

 かしゃんっ。

 

 バイザーは高機能なのか、左手で目元に傾けられたと共に自動的にひき締まり、目にフィットする丁度いい長さにまで全長を落ち着かせた。

 

『模擬戦、開始』

 

 同時に、機械的なアナウンスが響き、いつのまにか、あたしが彼女に気圧されていたことに気づいた。

 違う。

 先程までとは、確実に――――

 

「私のこと――――もっと嫌いになっても知らないよ」

 

 まったくもって起伏のない声色と同時――――彼女は、鬼神のように。

 一切の躊躇も容赦もなく――――怒涛のように走りきた。

 

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