レッドシュガー・デッドバレット   作:八つ手

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・今回の登場人物


【五十嵐もみじ(いがらしもみじ)】
 主人公。結局、ラウンドワンに備え付いていた数々のゲームはあまりやらなかった。
 ランクポイントはポイントが多い人から刈り取るのがセオリーと考えているため、この時期明けから、太刀川ほどでは無いにせよ、時折やってくるポイント収穫の死神として恐れられるようになる。


【信濃川匙(しなのがわさじ)】
 ラウンドワン三門支店長。
 あらゆる音ゲーを嗜んで身につけた驚異的な肺活力と、ゾンビゲーを嗜んで身につけた警戒を怠らない常在戦場の心が、神出鬼没の歩法と観察力を生み出したと本人は語るが、真実は定かではない。


【米屋陽介(よねやようすけ)】
 A級三輪隊隊員。
 三輪隊のムードメーカーであり、学力をそれなりに犠牲にすることで、主に三輪の青春を保つ力を得た。
 一説には三輪が自分の知らないところでなにかに楽しんでいることが気になったのか、ボーダー入隊を早く決断したという。
 学力より大事なことが、この世界には満ちるように溢れているとは、彼の心の談。


【風間蒼也(かざまそうや)】
 A級風間隊隊長。
 彼がスコーピオンを欠けさせたところは誰も見たことがない。
 実際には一度でも誰かが見たのだろうが、しかし彼の刃が欠けたという報告や噂話は欠片も広まってこない。
 某隊員がその真実を突き止めるべく風間蒼也本人の観察を始めた直後、背後から背の低い誰かに肩を叩かれて――――




小南桐絵②

 

 

――――振り返ること一週間前。

 

 

 

「というわけで五十嵐ちゃん、君自由ね」

「え、えぇ……?」

 

 ラウンドワン三門支店。

 A級に復帰したもみじは、ボーダーでの活動時間を増やすため、高校生になってから実に八ヶ月ほど通っていたバイト先であるラウンドワンを辞めるために顔を出していた。

 が、事務室にて店長の信濃川に即刻言い渡された言葉は、まるでこの()()を読んでいるようであり、明日から来なくて良いと言われてしまったのである。

 

「店長……以前から私のこと嫌ったりしてましたっけ?」

「いいや。先日言ったでしょ?流れだよ流れ。そろそろだな、って」

「また、なんでそんな?」

「もともと気慰みでここに来てたでしょ?ぼかぁおじさんだからね、人生経験の長さでわかるものはわかるさ」

 

 信濃川匙は五十代の男性である。

 もっとも、あまり顔にシワも白髪もないため、多くの人は三十路から四十路の合間だと、彼を一見して判断する。

 無論、もみじも以前までは、その多くの人間の内の一人だった。

 

「よく年齢を間違われる僕だから言えるけど、若さってのは意欲さ。エネルギッシュさってのはこう、空気に出てくる。今の君は空気が良い」

「それは……なんとなくわかりますけど」

「だろう?君は他の皆より一段と背負ってて、視野も見えてる。同じ年の他の子よりいくらかも。でもその分、見るこっちも慣れればわかりやすいから、いつも暇な時は影からのんびりと」

「店長、だから他の人によく神出鬼没って言われるんですね」

「まぁね」

 

 頬を某悪徳セールスマンの如く、綺麗に整った白い歯並びをちらつかせる。

 今にも中空に「してやったり」と、ピコーンとした光が浮かんできそうな悪い顔だ。

 

「そゆわけで、シフトの実験を一ヶ月前からしててね。君がいつ抜けても問題ないようになってる。気にすることぁ無い」

「店長……」

「だから、気にしないでいいって」

 

 信濃川から見るもみじは、普段は明るくこそ振る舞うが、内心が暗い印象が強く目立っていた。

 元々が気慰みでここラウンドワンに務めていた、と見えたのも有るが……彼には、もみじが年には不相応な悩みを常日頃から抱えていると思わざるを得なかった。

 故に――――

 

「ボーダーでしょ?前見たら、B級の名簿には載ってたし」

「……知ってたんですか?履歴書に書かなかったんですけど」

「そりゃあ、如何にもガチで何かをやってます的なオーラを、ダーツする度に出してたら気になるさ。ここ三門市で代表的なのと言えば、それは一つだろう?」

 

 三年半以上前に三門市に突如降り掛かったネイバーフッドの襲撃。

 三年以上前に立ち上がった、界境防衛機関ボーダー基地。

 ここ数年で、すっかり三門市は様変わりしてしまった。

 

「アレが有ってからさ、ここも変わったよね。良い意味でも悪い意味でも」

「……」

「――――って感傷に浸るのは大人の特権!やりたいことが決まってるなら、若い子はやりたいことをやれば良いのさ!じゃ、行った行った!」

「おっと」

 

 背中を少しばかり強めに押し出され、上半身をお辞儀する形になったもみじは、足が不動のまま上半身をシームレスに元の位置に戻した。

 

「――――……それ、前に歩いとくもんじゃないの?」

「……つい癖で!」

 

 ……自分の悪癖に苦笑いと冷や汗を浮かべながら、ぐだぐだした空気でラウンドワンから情けなく出ていく女子高生の姿がそこには有った。

 

 

 

 

 

 

 こうして、A級ソロ隊員五十嵐もみじとして、改めて活動を開始した彼女だったが、当然ながら問題は有った。

 

「さしあたっては、得意武器の個人ランクポイントで上位に入るようにしてほしいねぇ。可能なら、攻撃手(アタッカー)で三指に入ることが好ましい」

 

 メディア対策室長・根付栄蔵が出した『課題』は、単純かつ厳格なものであった。

 ポイントレーティングで腕を競い合うボーダーランク戦のうち、近接武器において最上位付近に位置すること。

 恐らくはそれが、彼が周囲に自身を『売り込む』ために必要な条件であると、もみじは理解していた。

 

 

 ボーダー隊員の役割(ポジション)は、当人の最も得意とする武器で分けられるのが基本だ。

 

 近接攻撃武器を操るのが攻撃手(アタッカー)

 トリオンの弾丸を銃を用いて打ち出すのが銃手(ガンナー)

 トリオンを、キューブと呼ばれる塊にして、銃口を介さず中空から打ち込むのが射手(シューター)

 銃の使い手の内、狙撃銃を専門にした者を狙撃手(スナイパー)

 

 他にも万能手(オールラウンダー)、トラッパーと言ったポジションも存在するが……

 十二月現在の時点で、このうち、アタッカーとして最上位のランクポイントを保有する隊員は、その誰もがA級。

 しかも、ボーダー開設時からの初期入隊、或いは――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 

 NO.3アタッカー・風間蒼也。

 NO.2アタッカー・太刀川慶。

 そしてNO.1アタッカーである――――()()()()

 

 

 このうちの三人で太刀川と小南は常日頃から個人ランク戦に張り付いており、反対に風間はあまり個人ランク戦を嗜んでいない。

 ランクポイントは個人ランク戦以外にも、A級やB級ごとの部隊ランクマッチ、防衛任務などでも得ることが出来る。

 風間は姿が透明になるトリガー『カメレオン』の最高峰の使い手として有名だ。

 もともと高い実力を持っていたが、以前開発されたこのトリガーとの噛み合い具合から圧倒的なキリングスコアを稼ぐようになり、またたく間にランクポイント最上位近くへと上り詰めたのだ。

 

 だが、今のこの時期。

 珍しくこの風間蒼也が個人ランク戦に張り付き、釣られて他の隊員達もブースに寄り集う流れから、個人ランク戦はかつてない賑わいを見せていた。

 レイガストで稼いだポイントの低いもみじは、競争が激しいこの時期を、レイガストによってこの者たち最上位アタッカー達に並び立たねばならない――――

 

 

 

「――――というわけで!ポイントありがとー米屋(ヨー)君っ!」

「おまえほんとさらっと言うよなぁ」

 

 よって、もみじはまず挨拶代わりに、バトル大好きな米屋陽介のポイントをかじりまくっていた。

 レーティングマッチ制度は、ポイントが低い者がポイントを高い者を倒した時、より多くのポイントを得られるようになっている。

 反対に、ポイントが高い者がポイントの低い者に負けた時は、多くのポイントを喪失する。

 十回勝負を七対三で米屋に勝利した彼女は、ランクポイント閲覧用に装着した専用の腕時計(クロックウォッチ)から、稼いだポイントを喜々として眺めていた。

 

「こういう時一番気軽にやりあってくれるのはヨー君でしょっ!」

「そうだけどな。でも()は他も格別だぜ?」

「今は?てっきり隊員の数が一年前より増えたから、ずっとこんな感じかと思ってた」

 

 ランク戦ブースは、外の冬の寒さに似合わない熱狂を奮っている。

 もみじはてっきり「ここもここまで賑わうようになったんだなぁ……」と感心したまま観察を終える所だったのを、米屋の一言で状況のズレに気がついた。

 

「あー、一年ここ来てなかったおまえにはそう映っか。A級ランク戦(チームの)見てた?」

三輪隊(そっち)のとこしか見てなかったなぁ……」

「あんがとよ。おまえが復帰したの含めて秀次達に伝えとくわ。っと、それより……今期の始めに、ある隊から爆弾発言が開幕で飛び交ってな」

「爆弾発言?」

 

 ……よっぽどのことじゃないと驚きそうにないけど……。

 

 先日、地雷原であるボーダー上層部に足を運んだもみじにとって、想定する爆弾のハードルはものすごく高かった。

 一歩でも踏み外せば連鎖爆発する戦場のど真ん中から五体無事で帰ってきた彼女にとって、生半可な言葉なぞBB弾の破壊力にも満たない。

 無敵じゃないけど鋼鉄。

 今もみじには、何故かそう言い切れる極端な自信が体内を充満していた。

 

「木崎隊が今期でランク戦を最後にするってな。個人ランク戦ももうやらねーって」

「へぇー、あの木崎隊が……――――えっ!?」

「そう、あの木崎隊がな」

 

 木崎隊。

 驚異のトリオン量に、堅実な判断力と知識によって裏打ちされ、数多い武装の熟練を誇る『完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)』木崎レイジを隊長とした――――A級()()部隊。

 エースに最強のアタッカーである小南桐絵……そう、あの小南桐絵を抱え、数多くの隊員たちの頂点に立つ、王の中の王と言っても良い最強の部隊。

 

 

 そう、星輪女学院のもみじの同学年の……あの小南桐絵を抱える。

 NO.1アタッカーである、あの小南桐絵を――――

 

 

「――――えーーーーーーっ!?」

 

 

 はい、爆発しました。

 

「その様子だと、まじで何も聞いたなかったっぽい?」

「一言も聞いてないよーっ!小南(ナー)ちゃん強気だから全然自分から弱音とかなんか言わないもん!」

「ははは!確かに見栄張ってるからあいつから言わないのも不思議じゃねーよな!」

「ああもうヨー君っ!他人事みたいなこと言って!もっと早く復帰しとけばよかった!」

 

 腕を振り下ろしぷんぷんと怒っている様子はブースの熱狂にかき消されて紛れてこそ居るが、光明さに溢れた愛らしさを隠しきれては居ない。

 わかる者がいれば、遠目からそれが五十嵐もみじだと判断できる存在は、この空間に多少なりと存在していた。

 

「――――五十嵐か。先日の件、聞いたぞ」

「! 風間さん!」

「風間さんおいっす」

 

 もみじと米屋の前に姿を現したのは、今話題の一人、NO.3アタッカー風間蒼也。

 黒髪をラフに整えた、青と黒を基調とした隊服。

 一見してギリギリ中学生と見間違える身長の低さとはかけ離れた冷静さと鋭い目つき……そして二十という年齢を兼ね備えたクールボーイ。

 アタッカーとして言えば、スコーピオンで最も高いポイントを持っている、今話題の隊員の一人、その人だ。

 

「挨拶に来た。一年前からおまえを知っている者に、おまえの復帰を喜んでいない奴はいない。今か今かとおまえを待っているぞ」

「ありがとうございますっ!そういう風間さんも、私に?」

「今日はここまでだ。生身を慣らす時間を取らないと、寝れずに明日以降が崩れる。また明日からだ」

「やっぱ真面目だなぁ、風間さん」

「お前はもう少し学業を頑張ることだ。時折そっちの隊からおまえへの嘆きが聞こえてくるぞ」

「へーい」

「あっ!ヨー君また化学補修したの!?」

「げっ、そういや言ってなかった!お先っ!」

「ヨーくーんっ!?」

 

 弱みを握られ、たまらず逃げ帰った米屋の方向に手をのばすも、もみじが掴むものは虚空だけ。

 普段の米屋相手なら、彼をひっ捕まえては古寺のところに連れて行って説教する作戦が効くのだが……何年も年が上である風間さんの前でそうこうはしゃぐわけにもいかない。

 

「やれやれ。太刀川ほどではないが、ため息が出る」

「太刀川さん……ええ、はい」

「これは言うべきではなかったようだな」

 

 瞬時にもみじの太刀川への苛つきを看破し、風間はもみじへ振る話題を選ぶ。

 

「先程、米屋と話していたことは木崎隊の件か」

「はい……だいぶ驚いちゃいまして」

「俺も聞いたときは内心似たようなものだった」

「風間さんが?」

「ああ。お前も知っていると思うが、あいつらはここで最も()()ボーダー隊員だ」

「(……風間さんが驚いてる姿を想像できないって意味だったんだけど)」

 

 少しばかり目を細めているもみじのことを知ってか知らずか、話は続く。

 

「俺は、あいつらがずっとボーダーを牽引していくものと思っていた」

「東さんとかは?」

「あの人は()()()だ。トリオンの成長期はとっくに終えているから、隊の編成を変えて後塵を拝したり、戦術やトリオンの研究に尽くしている」

 

 一度もみじの元へと振り返り、そしてまたブースの大画面へと振り返り。

 

「木崎隊はそれとは違う。木崎は二十歳だが、少なくとも小南はお前と同じ十六……まだ上にいるつもりだと、俺は思っていた。木崎隊が抜ける理由は聞いたか?」

「いえ、そこまでは」

「支部を立ち上げ、林藤元開発室長が支部長に付くそうだ。そしてランク戦の規格から完全に外れたトリガーを試作し、木崎隊の面々が運用モデルになると聞いている」

「そう、なんですか……」

「あいつらも、東さんに近い()になるということだ」

 

 

 ……林藤さんとは、ナーちゃんとの繋がりでそれなりに話したことが有る。

 常に飄々とした表情と態度を崩さず、それでいてどことなく大人のしっかりとした対応力を持っている。

 ナーちゃんは古くからあの人の世話になっているようで、彼をボスと言って慕っていた。

 その彼が支部長に付いて新しい支部を立ち上げることは、きっと大きなプロジェクトの一つだろう。

 その経緯や構想の推移、展開を、私は予想できない。

 だけど先日からさっきまで……あの人が発した一言に私はちょっとした疑問を残していた。

 

 

“桐絵の奴がまた喜びそうだなぁ~”

 

 

 以前、こっそりあの人が私に伝えたことといえば、私がナーちゃんの同級生になってたのを喜んでた、という内容だったか。

 

 ……思い返してみると、あの時の私は密かに落ち込んでいてばかりで、ナーちゃんが清涼剤だった。

 ずっと、彼女に迷惑ばっかかけてた気がする。

 ナーちゃんは習い事を中学でやめて、高校に上がってから、水を得た魚のようにボーダーでランクポイントを稼いでいった。

 でも、私がポイントを賭けてナーちゃんと一人で戦えるチャンスは、一度としてなかった。

 

 なら、きっとこれは――――最後のチャンスなんだ。

 

「五十嵐。おまえはどう思う?」

「……風間さんはどう思ってますか?」

「勝ち逃げはされたくないな」

「風間さん、案外負けず嫌いですよね」

「俺が今日ここに居る理由だ。おまえはどうだ?」

「私は……」

 

 胸に手を当てて、少しの間だけ、瞳を閉じて。

 そして――――開く。

 

「……私より順位を下にしたいですね」

「五十嵐。おまえは案外負けず嫌いだな」

「……根に持ってます?」

「明日から楽しみにしている」

「風間さんっ!?」

 

 爽やかな笑顔で手を振り、ブースから去っていった風間に乾いた笑いを浮かべながら、もみじは心の内を整理する。

 そう長く日にちは残されていないと、誰の目にもわかるだろう。

 彼女は、決意を新たにする。

 

 ナーちゃんが寂しかった分。

 私が暗かった間も強がっていてくれた分。

 その借金を、今清算するときだ。

 

 両手で頬を叩く。

 叩いて、気つけする。

 

 

「よしっ!」

 

 

 ――――あの頂上から、彼女を全力で、私が引きずり落としてみせる。

 それがきっと――私に出来る、彼女への、友達への最大の礼儀だから。

 

 

「ナーちゃんに――――勝つっ!」

 

 

 目標は、心のすぐそこに有るんだから。

 

 


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