ありふれた神様転生の神様の前世の魔王様は異世界に放り込まれる   作:那由多 ユラ

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第10話

 

 

「はぁ、今日も手掛かりはなしですか……清水君、一体どこに行ってしまったんですか……」

 

悄然と肩を落とし、ウルの町の表通りで希依に肩車されながら項垂れるのは召喚組の一人にして教師、畑山愛子。普段の快活な様子がなりを潜め、今は、不安と心配に苛まれて陰鬱な雰囲気を漂わせている。心なしか、表通りを彩る街灯の灯りすら、いつもより薄暗い気がする。

 

「愛子、あまり気を落とすな。まだ、何も分かっていないんだ。無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ」

 

「そうですよ、愛ちゃん先生。清水君の部屋だって荒らされた様子はなかったんです。自分で何処かに行った可能性だって高いんですよ? 悪い方にばかり考えないでください」

 

元気のない愛子に、そう声をかけたのは愛子専属護衛隊隊長のデビッドと生徒の園部優花だ。周りには他にも、毎度お馴染みに騎士達と生徒達がいる。彼等も口々に愛子を気遣うような言葉をかけた。

 

「ま、学校で警察沙汰起こして退学になるなんてよくある事だしそう落ち込まないでよ。愛子ちゃんは悪くないんだしさ」

 

「清水君を不良みたいに言わないでください!」

 

「痛い痛い愛子ちゃん!ハゲる!ハゲるから髪引っ張らないで!

あ、私髪の強度とかもMAXだったわ。愛子ちゃん手を切らないように気をつけてね」

 

「演技なら演技らしく最後まで続けてくださいよ、もぅ」

 

希依と愛子は案外相性がいいらしく、よく愛子の仕事を手伝ったりしている。なんでも魔王時代に食料問題を抱えて色々と動いた経験が生きるらしい。

 

 

クラスメイトの一人、清水幸利が失踪してから既に二週間と少し。愛子達は、八方手を尽くして清水を探したが、その行方はようとして知れなかった。町中に目撃情報はなく、近隣の町や村にも使いを出して目撃情報を求めたが、全て空振りだった。

 

当初は事件に巻き込まれたのではと騒然となったのだが、清水の部屋が荒らされていなかったこと、清水自身が〝闇術師〟という闇系魔法に特別才能を持つ天職を所持しており、他の系統魔法についても高い適性を持っていたことから、そうそう、その辺のゴロツキにやられるとは思えず、今では自発的な失踪と考える者が多かった。

 

元々、清水は、大人しいインドアタイプの人間で社交性もあまり高くなかった。クラスメイトとも、特別親しい友人はおらず、愛ちゃん護衛隊に参加したことも驚かれたぐらいだ。そんなわけで、既に愛子以外の生徒は、清水の安否より、それを憂いて日に日に元気がなくなっていく愛子の方が心配だった。

 

希依は何かを察しているようだったが「中二病は不治の病。私にはどうしようもない」とか言いながら愛子の代わりに農地の点検を行ったりしていた。

おかげで愛子は捜索に専念できるわけだが、性格も相まってかやはり愛子の方が評判はいい。

 

ちなみに、王国と教会には報告済みであり、捜索隊を編成して応援に来るようだ。清水も、魔法の才能に関しては召喚された者らしく極めて優秀なので、ハジメの時のように、上層部は楽観視していない。捜索隊が到着するまで、あと二、三日といったところだ。

 

「皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。清水君は優秀な魔法使いです。きっと大丈夫。今は、無事を信じて出来ることをしましょう。取り敢えずは、本日の晩御飯です! お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」

 

無理しているのは丸分かりだが、気合の入った掛け声に生徒達も「は~い」と素直に返事をする。騎士達は、その様子を微笑ましげに眺めた。

 

「あ、私はバイトがあるから先に行ってるね。アデュー!」

 

希依はどこの国のものかも知らない挨拶を残し、愛子を降ろしてからこれから彼らが入る店に駆け込んでいく。

 

 

 

 

カランッカランッ

 

そんな音を立てて、愛子達は自分達が宿泊している宿の扉を開いた。ウルの町で一番の高級宿だ。名を『水妖精の宿』という。昔、ウルディア湖から現れた妖精を一組の夫婦が泊めたことが由来だそうだ。ウルディア湖は、ウルの町の近郊にある大陸一の大きさを誇る湖だ。大きさは日本の琵琶湖の四倍程である。

 

水妖精の宿は、一階部分がレストランになっており、ウルの町の名物である米料理が数多く揃えられている。内装は、落ち着きがあって、目立ちはしないが細部までこだわりが見て取れる装飾の施された重厚なテーブルやバーカウンターがある。

 

当初、愛子達は、高級すぎては落ち着かないと他の宿を希望したのだが、〝神の使徒〟あるいは〝豊穣の女神〟とまで呼ばれ始めている愛子や生徒達を普通の宿に止めるのは外聞的に有り得ないので、騎士達の説得の末、ウルの町における滞在場所として目出度く確定した。

 

ちなみに希依がここでバイトをしている理由はときどき料理をしたくなるからという趣味全開な理由だった。

 

全員が一番奥の専用となりつつあるVIP席に座り、その日の夕食に舌鼓を打つ。

 

「ああ、相変わらず美味しいぃ~異世界に来てカレーが食べれるとは思わなかったよ」

「まぁ、見た目はシチューなんだけどな……いや、ホワイトカレーってあったけ?」

「いや、それよりも天丼だろ? このタレとか絶品だぞ? 日本負けてんじゃない?」

「それは、玉井君がちゃんとした天丼食べたことないからでしょ? ホカ弁の天丼と比べちゃだめだよ」

「いや、チャーハンモドキ一択で。これやめられないよ」

 

極めて地球の料理に近い米料理に毎晩生徒達のテンションは上がりっぱなしだ。見た目や微妙な味の違いはあるのだが、料理の発想自体はとても似通っている。素材が豊富というのも、ウルの町の料理の質を押し上げている理由の一つだろう。米は言うに及ばず、ウルディア湖で取れる魚、山脈地帯の山菜や香辛料などもある。

ちなみに希依がバイトに入ってからは『オヤコドン』や『オムライス』、『タマゴカケライス』などの卵料理がメニューに追加されたが愛子達は材料が疑わしく注文出来ないでいた。

 

各々料理を食べていると、席を囲んでいたカーテンの外から決して無視できない会話が愛子達に届いた。

 

「もうっ、何度言えばわかるんですか。私を放置してユエさんと二人の世界を作るのは止めて下さいよぉ。ホント凄く虚しいんですよ、あれ。聞いてます? 〝ハジメ〟さん」

「聞いてる、聞いてる。見るのが嫌なら別室にしたらいいじゃねぇか」

「んまっ! 聞きました? ユエさん。〝ハジメ〟さんが冷たいこと言いますぅ」

「……〝ハジメ〟……メッ!」

「へいへい」

「いらっしゃいませお客さま~。オススメはタマゴカケライスにございますことよ~」

「なに?ゲッ、なんでここにいやがる妖怪微笑みババァ!」

「乙女に向かってババァとはなんだババァとは!ババァなめると空間ごとオムライスにされて美味しく食われるぞこら!」

「まず妖怪を否定しやがれぶっ殺すぞ!」

「きゃーこわーい。愛子ちゃんたすけてー」

 

希依は危機感の欠けらも無い棒読みで愛子に助けを求めながら愛子達のいる席のカーテンを開けるとそこにはカーテンを視線で焼き払わんばかりに目を見開く愛子。急にカーテンが開いたからか目をぱちくりさせている。

 

それは、傍らの園部優花や他の生徒達も同じだった。彼らの脳裏に、およそ四ヶ月前に奈落の底へと消えていった、とある少年が浮かび上がる。クラスメイト達に〝異世界での死〟というものを強く認識させた少年、消したい記憶の根幹となっている少年、良くも悪くも目立っていた少年。と思わしき彼がいま目の前に居た。

 

「南雲君!」

 

「あぁ? ……………………………………………先生?」

 

愛子の目の前にいたのは、片目を大きく見開き驚愕をあらわにする、眼帯をした白髪の少年だった。記憶の中にある南雲ハジメとは大きく異なった外見だ。外見だけでなく、雰囲気も大きく異なっている。愛子の知る南雲ハジメは、何時もどこかボーとした、穏やかな性格の大人しい少年だった。実は、苦笑いが一番似合う子と認識していたのは愛子の秘密である。だが、目の前の少年は鷹のように鋭い目と、どこか近寄りがたい鋭い雰囲気を纏っている。あまりに記憶と異なっており、普通に町ですれ違っただけなら、きっと目の前の少年を南雲ハジメだとは思わなかっただろう。

 

「え、やっぱりこれハジメくんなの?なに、イメチェン?それとも中二病?」

 

よくよく見れば顔立ちや声は記憶のものと一致する。そして何より……目の前の少年は自分を何と呼んだのか。そう、『先生』だ。愛子は確信した。外見も雰囲気も大きく変わってしまっているが、目の前の少年は、確かに自分の教え子である南雲ハジメであると。

 

「南雲君……やっぱり南雲君なんですね? 生きて……本当に生きて…」

 

「いえ、人違いです。では」

 

「ぷっ、うっくくく…」

 

「へ?」

 

死んだと思っていた教え子と奇跡のような再会。感動して、涙腺が緩んだのか、涙目になる愛子。今まで何処にいたのか、一体何があったのか、本当に無事でよかった、と言いたいことは山ほどあるのに言葉にならない。それでも必死に言葉を紡ごうとする愛子に返ってきたのは、彼が頬をあかく染めながら返したのは、全くもって予想外の言葉だった。

 

思わず間抜けな声を上げて、涙も引っ込む愛子。中二病呼ばわりされて羞恥と怒りに顔を赤くするハジメを見て今にも吹き出しそうな希依。スタスタと宿の出口に向かって歩き始めたハジメを呆然と見ると、ハッと正気を取り戻し、慌てて追いかけ愛子は袖口を掴んだ。

 

「ちょっと待って下さい! 南雲君ですよね? 先生のこと先生と呼びましたよね? なぜ、人違いだなんて」

 

「いや、聞き間違いだ。あれは……そう、方言で〝チッコイ〟て意味だ。うん」

 

「あっははははははは!は、ハジメくんは地下でギャグセンスも磨いてきたの!?あはははははっ!ひぃ〜お腹痛い~」

 

「それはそれで、物凄く失礼ですよ!ていうかそんな方言あるわけないでしょう。どうして誤魔化すんですか?それにその格好……何があったんですか? こんなところで何をしているんですか?何故、直ぐに皆のところへ戻らなかったんですか?南雲君! 答えなさい! 先生は誤魔化されませんよ!

そして希依さん笑いすぎです!厨房に戻ってください!」

 

「あははははっ!

いや、私が満足したから今日は上がりだよ。あ、卵料理が食べたいなら作ってくるよ?ハジメくんとそのお嫁さん達にも奢っちゃうよー?」

 

「お、お嫁さんだなんてそんなぁ」

 

「ん、よく分かってる」

 

「おい。ユエはともかくシアは違うだろ」

 

「いりません!希依さんは卵料理禁止です!」

 

 


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