ありふれた神様転生の神様の前世の魔王様は異世界に放り込まれる   作:那由多 ユラ

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第16話

「いや寝るなし」

 

ウィルとハジメ達のやり取りの間に復活した希依が眠りにつこうとする龍の鼻をクックから抜けた羽でくすぐると龍は目を開き、希依を視界に収めると赤い眼を見開き、四本足を必死に動かして後ずさろうとするが上手く動けないでいる。

 

まるで、産まれたばかりの子鹿のように。

 

『い、いやっ、死にたくないっ、食べないで』

 

「殺さないし食べないっての。会話できる子を食べようとか思うわけないじゃん」

 

『ほ、ほんと?』

 

「すき焼きとしゃぶしゃぶ、どっちが好き?」

 

『いやああああ!!』

 

「あれ、分かるの?」

 

『へ?え、へ?』

 

この世界には焼肉や野菜炒めくらいならともかく、すき焼きやしゃぶしゃぶのような料理は存在しない。それが意味することとは…

 

「なんでもないよ。怖がらせてごめんね」

 

『なに、を…』

 

希依は龍の頭を撫でると、力が抜け、安心したように龍は眠りにつく。

 

「喜多、なんでお前せっかく起きた龍眠らせてんだよ」

 

ハジメは一段落ついたのか、龍と会話したら、ばたつかせたりしている希依の方へ来た。

 

「んー、仕事の内容がやっとわかったとでも、言えばいいのかな」

 

「はぁ?」

 

「それよりハジメくん、あれの相手お願いしていい?」

 

希依はハジメの背後を指さす。

 

低い唸り声を上げ、漆黒の鱗で全身を覆い、翼をはためかせながら空中より金の眼で睥睨するもう一匹の黒龍がそこには居た。

黄金の瞳が、空中よりハジメ達を睥睨する。低い唸り声が、黒竜の喉から漏れ出している。

 

その黒竜は、ウィルの姿を確認するとギロリとその鋭い視線を向けた。そして、硬直する人間達を前に、おもむろに頭部を持ち上げ仰け反ると、鋭い牙の並ぶ顎門をガパッと開けてそこに魔力を集束しだした。

 

キュゥワァアアア!!

 

不思議な音色が夕焼けに染まり始めた山間に響き渡る。ハジメの脳裏に、川の一部と冒険者を消し飛ばしたというブレスが過ぎった。

 

「ッ! 退避しろ!」

 

ハジメは警告を発し、自らもその場から一足飛びで退避した。ユエやシアも付いて来ている。だが、そんなハジメの警告に反応できない者が居た。愛子、そしてウィルはその場に硬直したまま動けていない。愛子は、あまりに突然の事態に体がついてこず、ウィルは恐怖に縛られて視線すら逸らせていなかった。

 

「あーもぅ、忙しい時に!

求めるは防壁、もたらすは不変、大きければなおよし!」

 

希依の詠唱もどきにより地面から巨大で分厚い壁が飛び出てきて、金眼の方の黒龍のレーザーのようなブレスから愛子とウィル、眠る赤眼の黒龍に一切の怪我を負わせなかった。

 

「愛子ちゃん、ウィルさん、絶対にここから髪一本たりとも動かないで」

 

「「は、はい!」」

 

「じゃあ私はちょっと連絡することがあるから」

 

そう言い残して希依は壁の向こう側に背を預けてハジメ達と黒龍の戦闘を観戦する。

 

 

「おぉ~。って、そんな場合じゃないんだった」

 

希依はジーンズのポケットから折りたたみ式の携帯電話、いわゆるガラケーを出して登録してある番号に電話をかける。

 

コールはほとんど鳴らず、相手はすぐに出た。

 

「もしもし、ステラちゃん今ひま?」

 

『もっしー、希依ちゃん。今暇だよー。どったの?』

 

電話に出たのは希依の同一体にして送り出した張本人、ステラ・スカーレットだった。

 

「世界一個作って貰っていい?原作通りで、一切転生者とかの干渉が無い世界」

 

『んんー、なるほどね。わかった、いいよ。原作は?』

 

「〈ありふれた職業で世界最強〉錬成士の少年がなんやかんやで最強になったりハーレム作ったりする異世界転移ファンタジー」

 

『はーい。ところで希依ちゃん、そっちは楽しい?』

 

「まぁ、うん。琴音がいなくて寂しいけどそこそこ楽しいよ」

 

『そっか。ん、作り終わったよ。もうそっちは好き勝手壊しまくって大丈夫だからね』

 

「ありがとステラちゃん、愛してる」

 

『へっ!?ちょ、ステラには――

 

通話を終了してハジメ達の方を見ると、既に戦闘は終わりに近いようで、ハジメのパイルバンカーが黒竜の尻にズブリと音を立てて勢いよく突き刺さった。と、その瞬間、

 

『アッーーーーーなのじゃああああーーーーー!!!』

 

痛々しい悲鳴が、希依や愛子にまでしっかりと届いた。

 

『お尻がぁ~、妾のお尻がぁ~』

 

黒竜の悲しげで、切なげで、それでいて何処か興奮したような声音に「一体何事!?」と度肝を抜かれ、黒竜を凝視したまま硬直する。

 

どうやら、ただの龍退治とはいかないようだった。

 

『ぬ、抜いてたもぉ~、お尻のそれ抜いてたもぉ~』

 

北の山脈地帯の中腹、薙ぎ倒された木々と荒れ果てた川原に、何とも情けない声が響いていた。声質は女だ。直接声を出しているわけではなく、広域版の念話の様に響いている。竜の声帯と口内では人間の言葉など話せないから、空気の振動以外の方法で伝達しているのは間違いない。

 

どうしよう、すっごい話しかけたくない。

 

「希依さーん!もうそっちに行って大丈夫ですかー!」

 

愛子にあのような光景を見せる訳にはいかないので希依は愛子がいる方へと戻っていった。

 

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「愛子ちゃんはあっちに行っちゃダメ。教育上よろしくないから」

 

「あなたは私のなんなんですか!…いえ、さっきの声で何があったのかはなんとなく分かりますけど」

 

「とりあえずウィルさんは行っていいよ。というかちょっとどっかいってて」

 

「は、はあ」

 

ウィルはしぶしぶといった様子だがハジメ達の方へと向かっていった。

これでこの場にいるのは赤眼の黒龍と愛子、希依だけになった。

 

希依は眠る龍の頭部を膝に乗せてなでると、

 

龍は全裸で黒髪ボブの幼女へと変化した。よく見ると背中には小さい羽が生えている。

 

幼女は希依の膝枕で眠り続ける。

 

「あの、希依さん。その子は一体なんなんですか?」

 

愛子の当然の疑問に希依は優しく頭を撫でながら答えた。

 

「この子はいわゆる転生者ってやつだよ。愛子ちゃんや香織ちゃん達とは違って、一度死んでから生前の記憶を持ってここに召喚、または誕生した子。

そしてかつての私の同類でもある」

 

「同類、ですか?希依さんの?」

 

「一応プライバシーだからね、この子が起きてから――

 

「ん、んん…、あれ?ここどこ?」

 

タイミングよく起きた幼女は寝ぼけ目で辺りを見渡し、最後に見上げると希依の顔があって怯えるが希依が頭を撫でているのでそこから逃げられない。

 

「あれ、なんで、人になってる?」

 

「なりきれてないし、たぶんそういう種族なんだろうね。龍人族とかそんな感じの。君、生前の名前は言える?」

 

「えっ、なんで知ってるの?」

 

「私は君を転生させた神の、えっと、まぁ上司みたいなものなんだよ。ちょっと部下がやらかしたから旅行ついでに私がミスの修正に来たって感じ」

 

「…修正、私を殺すんですか?」

 

「そんなこと私がさせません!希依さん、絶対ダメですよ!」

 

「しないってば。さっきしなくていいようにお願いしてきたからね。で、名前は?」

 

「…東江(あがりえ) 宇未(そらみ)

 

「日本の方、だったんですか」

 

「愛子ちゃん、転生者の見た目と出身地に関係性はないよ」

 

「そ、そうなんですか」

 

「宇未ちゃん、実は私、君の記憶を一通り見ちゃったんだけど、愛子ちゃんに話していい?宇未ちゃんの目的は、愛子ちゃんに少なからず影響があるのは分かるでしょ?」

 

「愛子、あなたが、畑山先生、ですか?」

 

「は、はい!私が畑山愛子です」

 

「一度でいいから、あなたのような先生が担任だったら、きっとこの場にはいなかったでしょう。会えて嬉しいです」

 

「ど、どういたしまして?

…希依さん、なぜ彼女は私のことを?」

 

「それは、転生者の都合っていうか、神のみぞ知るっていうか…。ごめん、ちょっと言えないや」

 

「…そうですか」

 

「私の過去、でしたね。いいですよ話して。知られたところで大した影響はないでしょうから」

 

「では。

愛子ちゃん、さっき宇未ちゃんは私の同類って言ったよね、覚えてる?」

 

「私は先生です。しっかり覚えてます。で、どういうことなんですか?」

 

「彼女のことをものすごく省略して言うと、他人の正義に削り潰されて自殺に追い込まれた、人畜無害で善良な悪党。どういうことかわかる?元の世界に帰っても教師を続けるつもりなら、私は是非とも愛子ちゃんに知っておいてもらいたいんだけど」

 

「…ごめんなさい、分からないです」

 

「世の中にはね、自分の正義を絶対なものだと信じて、他人にも信じさせられるようなカリスマ性をもった、まさしく天之河光輝のような人間が稀によくいるんだよ。そんな人間は、多くの人間を助けると同時に少数の人間を追い詰めているんだよ。

 

宇未ちゃんはとても身体の弱い子だった。運動なんて当然出来ないし、かといって勉強も得意という訳ではなかった。

 

天之河光輝のような人間、仮に勇者と呼ぼうか。

勇者は宇未ちゃんの低スペックぶりを、努力が足りないと罵った。当時中学三年生の宇未ちゃんを、全校生徒約500人全員でね。その中には、勇者の正義を信じて疑わない担任の教師や校長なんかもそこにはいた。

彼らは宇未ちゃんから色んなものを奪っていった。努力をしないやつには必要ないと教科書を破き捨て、ペンを折って捨て、決して多くないお小遣いを貰った次の日には奪い、女の子として大切な処女すらも奪っていった。

 

咎めるものは、誰一人いなかった。学校や街は既に勇者の正義が侵食を終えていて、両親は周囲の目を気にして宇未ちゃんの努力不足だと罵らざるを得なかった。警察はイタズラも程々にしろとまともに聞き入れない。

宇未ちゃんの楽しみ、生きる理由は図書館で読む小説と、普段遊び回っていてたまにしか帰ってこない、お世辞にも良い姉とは言えない姉との会話だけだった。

そんな姉も、妹の評判の被害を受け、ある日ボロボロの体で家に帰ってきてからは部屋に引きこもり、また宇未ちゃんの生きる理由がひとつ無くなった。

両親はそれすらも宇未ちゃんのせいだと罵り、図書館に行くことを禁止した。学校や図書館に連絡して、見つけたらすぐに連絡するように根回しまでして。

 

生きる理由を完全に無くした宇未ちゃんは、最後に姉に『ごめんね、今までありがとう』という手紙を残して学校の屋上から飛び降りた。

この時、不幸なことに足から落ちてしまった宇未ちゃんは死に切れず、最後は勇者が蹴ったサッカーボールが偶然頭部にあたって首が折れ、それでやっと死に至った。

 

これから愛子ちゃんが学ぶべき教訓はね、教師は正義の味方だけをすればいいという訳では無いし、時には悪の味方をして欲しいという、私や宇未ちゃんのようないじめられっ子の些細でちっぽけな願望なんだよ。

この件は教師達が必死に宇未ちゃんの味方をすれば、街や学校に勇者の正義が侵食することは無かったからね」

 

希依は顔を伏せ、宇未は静かに涙を流す。愛子は自身も泣いてるにも関わらずハンカチを宇未に手渡す。

 

「…ねぇ、神様、畑山先生。私、どうやったら幸せになれたんでしょう。私は、姉や両親と仲良く暮らせればそれで良かったのに、これは悪いことだったんですか?」

 

「そんなことありえません!!そんなこと…」

 

「私のために、泣いてくれるんですね。あなたはきっと、いい先生になれると思います」

 

「家族と仲良く暮らしたい、それは決して悪いことではないよ。ただ、運が悪かっただけで。

いじめに関して悪い悪くないっていうのはね、運の問題なんだよ。運悪くいじめの標的になってしまったらその人は殺人犯もびっくりの大悪党になるし、運良くいじめをする側になったらその人は悪を裁く正義の英雄となる。

どちらでもない人が大悪党の味方と正義の味方、どっちになるかなんて一目瞭然でしょ。

学校の場合、教師という平等の裁判長がいることが唯一の希望なんだけど、教師は正義に染まりやすい。

私の高一の時の担任なんて『世の中に無駄なものなんてない。あらゆるものが世界を救っている。つまりいじめにあっている貴女は世界を救っている』なんて超理論を私の前で話して周囲の教師から拍手貰ってたしね」

 

宇未は涙を拭い、一つ決心して話す。

 

「…私の目的は、天之河光輝を見極め、殺すことです。出来ることなら神様が言うところの勇者を殺したいと言ったのですが、それは出来ないと言われましたから」

 

「天之河君を!?なんで、そんなのって」

 

「えぇ、八つ当たりです。分かっていますそんなことは。正しいことだとも思ってません。それでも、偽りの正義の体現者から真意を聞き、殺さないと気が済まないんです!誰かのためなんて言いません。私のために、私から姉を奪った者と似ているだけでも、私を犯した者と似ているだけでも、それを殴りたくて潰したくて殺したくて仕方がないんですよ!!」

 

宇未の悲痛の嘆きは愛子に痛いほど伝わっていた。決して感情移入できる内容ではなかったが、教師として、人間としてそれを強引に止める訳にはいかないと。

 

 

 

 

 

 


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