ありふれた神様転生の神様の前世の魔王様は異世界に放り込まれる   作:那由多 ユラ

19 / 67
第19話

「愛子様、万歳!」

 

 

ハジメが、銃のようなものを空にかまえ、空から街に襲いかかる魔物を倒し、愛子を讃える言葉を張り上げた。すると、次の瞬間……

 

「「「「「「愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!」」」」」」

 

「「「「「「女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!」」」」」」

 

 

ウルの町に女神が誕生した。町の人々は皆一様に、希望に目を輝かせ愛子を女神として讃える雄叫びを上げている。遠くで、愛子が顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。その瞳は真っ直ぐにハジメに向けられており、小さな口が「ど・う・い・う・こ・と・で・す・か!」と動いている。

 

 

 

 

宇未を眷属化するという、本来神社や教会、神の住まう土地などで行われるような儀式を路地裏のような神聖でないどころか良くないものが集まりかねない場所で神聖な儀式を行うのは希依と同一体であるステラ、そして実は先代にして現最高神である『おじいちゃん』から続く一種の恒例行事ともいえた。

 

そんな神としてあるまじき行為、という程悪質ではなくむしろステラや希依が他の神々に可愛がられる要因の一つとなる奇妙な習性を終えた希依とその眷属にして部下、宇未は路地裏にも聞こえてきた騒ぎに駆けつけると、そこではさながら現人神のように担ぎあげられていた。

 

「ちゃおー愛子ちゃん。ちゃんとお賽銭貰ってる?」

 

「希依さんまでなんですかもう!あなたも戦ってください!」

 

愛子が指さす方にはハジメ達が兵器や魔法で無双している光景が広がっていた。

 

「やだよ、めんどくさい」

 

「ちょっと!?なんですかその理由!…あれ、宇未ちゃんの服、巫女さんですか?」

 

担ぎあげられた恥ずかしさから半狂乱になった愛子の言葉に返した希依の答えは面倒という理由にもならないような理由による拒否だった。大抵のお願いは二つ返事でやってくれたり、お願いする前に既に終えてたりする希依が拒否するという予想外の返答に愛子は冷静さを取り戻した。

 

「ってそうじゃなくて、なんですかめんどくさいって!宇未ちゃんからも言ってください!」

 

「…ごめんなさい、畑山先生。私は、この町の人達のためには戦いたくないです」

 

宇未は希依の腕にしがみつき、羽根と脚は微かに震えている。

 

「それって、どういう…っ」

 

愛子は、自身を祭り上げていた人間達の視線の異常に気づく。

 

女神として祭り上げられて人権以上の立場を持った愛子、二万年前、不幸も幸運も全てが負として降りかかった希依とも、宇未は違う。

 

宇未は街ぐるみのいじめによって自殺をし、それから転生して一日も経っていない。

 

幼げながらも整った顔、細すぎず太すぎずのバランスのいい身体、見慣れぬ服装、悪魔や龍のような皮膜のある翼。

 

その肉体、容姿は魔人、魔物への『嫌悪』、女気のない冒険者達や騎士の『情欲』を一身に受けていた。

 

「愛子ちゃん、私はいつでも弱い子の味方って言ったよね」

 

「は、はい…」

 

「この場合、私はどっちに着くべきなのかな?家族をこんなにした人間に味方すべきなのか、放っておいてもハジメくんが無双して全滅するであろう魔物達か。

私は結構本気で、この街の人間には滅んで欲しいと思っちゃってるんだよね。

魔に対して持つべき嫌悪も、私は残念なんて全く思わないけど欠落してるし」

 

「そ、それはもちろん人間の…」

 

「私は天之河光輝のように、無償で表面的な解決なんて出来ない。

有償で、根本的な解決を」

 

「…有…償」

 

「愛子ちゃんが望むなら、後払いでいいよ」

 

「お願いします!魔物を倒し、それを操る人を私の前へ連れてきてください!」

 

「その願い、承った。

いくよ、宇未ちゃん!人間の為じゃない、愛子ちゃんの為に!」

 

「はい、お姉ちゃん」

 

希依が宇未の頭を撫でると、最初に出会った時と同じ赤眼の龍へと変化する。

 

宇未は希依を乗せて空へ飛び立つ。

 

上空から見下ろすと、地上に約20000、空中には残り100体も居ない。

ティオやユエがかなりの活躍をしたようだ。

 

「魔物達、大した恨みはないけど、君たちを私の敵と認識する。

『FAIRY TAIL』より『妖精の法律(フェアリーロウ)』を、出力」

 

希依は宇未の背に立ち、手を合わせて優しくも強烈な光が街や荒野、山脈を覆う。

 

術者の主観での敵のみを攻撃する超差別敵攻撃は辺り一帯の魔物を消滅させた。

 

「さ、戻ろうか宇未ちゃん。グダグダと貰うもの貰って美味しいものでも食べに行こ」

 

『はい。楽しみです』

 

黒幕らしき人間をハジメが回収するのを見届けると希依は宇未の背に腰を下ろした。

 

希依を乗せた宇未はウルの町の、龍形態の宇未が着陸できる広場に降り立つ。

 

 

 

着陸した宇未に、一般人はいないものの騎士達と愛子、その生徒達が集まってきた。

 

宇未を撫でて人形態に戻す希依に愛子は歩み寄る。

宇未という得体の知れない存在に近づくなと、騎士達が押さえ込もうとするが愛子の覚悟を決めたような顔に怯み、立ち止まってしまう。

そんな愛子を見て希依はニヤニヤとしながら愛子と視線を合わせる。

 

「ありがとうございます、希依さん。宇未ちゃん」

 

「お礼は要らないよ、愛子ちゃん。神に願ったんだもん、するべきことがあるよね?」

 

「…はい」

 

「ちょっと待って!喜多さん、愛ちゃん先生に何するつもり!」

 

短剣を握りしめて希依に詰め寄るのは愛子の生徒の一人、優花。

 

「何って、貰うべきものを貰うだけだけど」

 

「いいんです園部さん、私が決めたことですから」

 

「そんなっ、ダメだって!」

 

騎士達に生徒たちまでもが希依を睨みつける。険悪な雰囲気のなか、希依の言葉は彼らの不安、心配を盛大に踏みにじった。

 

 

「お賽銭。二拝二拍手一拝は省略でいいよ。相場はやっぱり五円が定番かな?」

 

「ほえっ?」

 

愛子は一気に緊張感が抜けて変な声が出て、生徒たちは腰が抜けたように座り込む。騎士達は賽銭やゴエンなど聞きなれない単語に疑問符を浮かべ、愛子たちの反応から危険はないことを察するのが限界だった。

 

「あっはっはー。まさか生贄になるのを想定してた?想像してた?期待してた?まさか。生贄信仰なんて今どき時代遅れだよ?確かに昔は神も食べるものに困って食物と一緒に若い女の子を要求したみたいだけど、最近は生贄なんて捧げられてもその捧げられた子を自分の子として育てるために必死に子育てするから民になにかする余裕が無くなって一時的に怒りとか無くなったあと怒りがより強くなるだけだし。

あ、もしかして愛子ちゃん私の子になりたかった?」

 

「ち、違います!…五円で、いいんですか?」

 

「額なんて関係ないからね。お金を受け取ったっていうのが重要なんだよ」

 

「は、はぁ。」

 

愛子は財布を取り出し、日本の五円玉を希依に手渡した。

 

「まいどあり。愛子ちゃんに幸があらんことを。ってね。

さてさて、それじゃああとは仕上げかな。破壊力min」

 

 

 

 

流石に疲れを見せながら帰ってきたハジメが運んできた今回の黒幕、行方不明だった生徒、清水を希依は一切の破壊力のない蹴りを放ち、愛子のすぐ近くまで蹴り飛ばした。

 

「何だよ! 何なんだよ! ありえないだろ! 本当なら、俺が勇者グペッ!?」

 

悪態を付きながら必死に立ち上がる清水の後頭部に拳骨をかます希依。清水は、顔面から地面叩きつけられ、再度倒れる。

 

「悪いけど、基本的に勇者は敵の称号だから。私の気に障ることをする度に殴るからそのつもりで」

 

地面に手を付き、立ち上がろうとする清水に希依は理不尽極まりない忠告を告げる。

 

 

 

「清水君、落ち着いて下さい。誰もあなたに危害を加えるつもりはありません。…先生は、清水君とお話がしたいのです。どうして、こんなことをしたのか……どんな事でも構いません。先生に、清水君の気持ちを聞かせてくれませんか?」

 

膝立ちで清水に視線を合わせる愛子に、清水のギョロ目が動きを止める。そして、視線を逸らして顔を俯かせるとボソボソと聞き取りにくい声で話……というより悪態をつき始めた。

 

「なぜ? そんな事もわかんないのかよ。だから、どいつもこいつも無能だっつうんだよ。馬鹿にしやがって……勇者、勇者うるさいんだよ。俺の方がずっと上手く出来るのに……気付きもしないで、モブ扱いしやがって……ホント、馬鹿ばっかりだ……だから俺の価値を示してやろうと思っただけだろうが……グガァッ」

 

「あ、ごめん。汚いのが気に障った」

 

確かに血や泥で汚れていて、それは、ハジメに魔物の血肉や土埃の舞う大地を魔力駆動二輪で引き摺られて来たからである。

 

再度顔面をめり込ませた希依に冷たい視線が突き刺さるが、清水の汚れが消え去ったので文句は言えなかった。

 

「てめぇ!なにしやがグゴッ」

 

「今の話し相手は愛子ちゃんでしょうが。ちゃんと聞け。ちゃんと話せ」

 

「ちっ…」

 

「沢山不満があったのですね……でも、清水君。みんなを見返そうというのなら、なおさら、先生にはわかりません。どうして、町を襲おうとしたのですか? もし、あのまま町が襲われて……多くの人々が亡くなっていたら……多くの魔物を従えるだけならともかく、それでは君の価値を示せません」

 

 愛子のもっともな質問に、清水は少し顔を上げると薄汚れて垂れ下がった前髪の隙間から陰鬱で暗く澱んだ瞳を愛子に向け、薄らと笑みを浮かべた。

 

「……示せるさ……魔人族になら」

 

「なっ!?」

 

 清水の口から飛び出したまさかの言葉に愛子のみならず、希依や宇未、ハジメ達を除いた、その場の全員が驚愕を表にする。清水は、その様子に満足気な表情となり、聞き取りにくさは相変わらずだが、先程までよりは力の篭った声で話し始めた。

 

「魔物を捕まえに、一人で北の山脈地帯に行ったんだ。その時、俺は一人の魔人族と出会った。最初は、もちろん警戒したけどな……その魔人族は、俺との話しを望んだ。そして、わかってくれたのさ。俺の本当の価値ってやつを。だから俺は、そいつと……魔人族側と契約したんだよ」

 

「契約……ですか? それは、どのような?」

 

 戦争の相手である魔人族とつながっていたという事実に愛子は動揺しながらも、きっとその魔人族が自分の生徒を誑かしたのだとフツフツと湧き上がる怒りを抑えながら聞き返す。

 

 そんな愛子に、一体何がおかしいのかニヤニヤしながら清水が衝撃の言葉を口にする。

 

「……畑山先生……あんたを殺す事だよ」 

 

「……え?」

 

愛子は、一瞬何を言われたのかわからなかったようで思わず間抜けな声を漏らした。周囲の者達も同様で、一瞬ポカンとするものの、愛子よりは早く意味を理解し、激しい怒りを瞳に宿して清水を睨みつけた。

 

清水は、生徒達や護衛隊の騎士達のあまりに強烈な怒りが宿った眼光に射抜かれて一瞬身を竦めるものの、半ばやけくそになっているのか視線を振り切るように話を続けた。

 

「何だよ、その間抜面。自分が魔人族から目を付けられていないとでも思ったのか?ある意味、勇者より厄介な存在を魔人族が放っておくわけないだろ……『豊穣の女神』……あんたを町の住人ごと殺せば、俺は、魔人族側の勇者として招かれる。そういう契約だった。俺の能力は素晴らしいってさ。勇者の下で燻っているのは勿体無いってさ。やっぱり、分かるやつには分かるんだよ。実際、超強い魔物も貸してくれたし、それで、想像以上の軍勢も作れたし……だから、だから絶対、あんたを殺せると思ったのに!何だよ!何なんだよっ!何で、六万の軍勢が負けるんだよ!何で異世界にあんな兵器があるんだよっ!魔物を全て消し去る魔法とかどうなってんだよ!お前は、お前らは一体何なんだよっ!」

 

最初は嘲笑するように、生徒から放たれた殺すという言葉に呆然とする愛子を見ていた清水だったが、話している内に興奮してきたのか、ハジメと希依を視線が転じ喚き立て始めた。その眼は、陰鬱さや卑屈さ以上に、思い通りにいかない現実への苛立ちと、邪魔したハジメへの憎しみ、理解不能な魔法を使った希依への慷慨、そして、その力への嫉妬などがない交ぜになってドロドロとヘドロのように濁っており狂気を宿していた。

 

どうやら、清水は目の前の白髪眼帯の少年をクラスメイトの南雲ハジメだとは気がついていないらしい。元々、話したこともない関係なので仕方ないと言えば仕方ないが……

 

清水は、今にも襲いかからんばかりの形相でハジメを睨み罵倒を続けるが、突然矛先を向けられたハジメはと言うと、清水の罵倒の中に入っていた「厨二キャラのくせに」という言葉に、実は結構深いダメージをくらい現実逃避気味に遠くを見る目をしていたので、その態度が「俺、お前とか眼中にないし」という態度に見えてしまい、更に清水を激高させる原因になっていた。

 

なお、それを希依が面白がり機嫌を良くしたのは言うまでもないだろう。

 

ハジメの心情を察して、後ろから背中をポンポンしてくれているユエの優しさがまた泣けてくる。

 

シリアスな空気を無視して自分の世界に入っているハジメとシリアスを天然で破壊する希依のおかげ?で、衝撃から我を取り戻す時間が与えられた愛子は、一つ深呼吸をすると激昂しながらも立ち向かう勇気はないようでその場を動かない清水の片手を握り、静かに語りかけた。

 

「清水君。落ち着いて下さい」

 

「な、なんだよっ! 離せよっ!」

 

突然触れられたことにビクッとして、咄嗟に振り払おうとする清水だったが、愛子は決して離さないと云わんばかりに更に力を込めてギュッと握り締める。清水は、愛子の真剣な眼差しと視線を合わせることが出来ないのか、徐々に落ち着きを取り戻しつつも再び俯き、前髪で表情を隠した。

 

「清水君……君の気持ちはよく分かりました。『特別』でありたい。そう思う君の気持ちは間違ってなどいません。人として自然な望みです。そして、君ならきっと特別になれます。だって、方法は間違えたけれど、これだけの事が実際にできるのですから……でも、魔人族側には行ってはいけません。君の話してくれたその魔人族の方は、そんな君の思いを利用したのです。そんな人に、先生は、大事な生徒を預けるつもりは一切ありません……清水君。もう一度やり直しましょう? みんなには戦って欲しくはありませんが、清水君が望むなら、先生は応援します。君なら絶対、天之河君達とも肩を並べて戦えます。そして、いつか、みんなで日本に帰る方法を見つけ出して、一緒に帰りましょう?」

 

清水は、愛子の話しを黙って聞きながら、何時しか肩を震わせていた。生徒達も護衛隊の騎士達も、清水が愛子の言葉に心を震わせ泣いているのだと思った。実は、クラス一涙脆いと評判の園部優花が、既に涙ぐんで二人の様子を見つめている。

 

が、そんなに簡単に行くほど甘くはなかった。肩を震わせ項垂れる清水の頭を優しい表情で撫でようと身を乗り出した愛子に対して、清水は突然、握られていた手を逆に握り返しグッと引き寄せ、愛子の首に腕を回してキツく締め上げたのだ。思わず呻き声を上げる愛子を後ろから羽交い絞めにし、何処に隠していたのか十センチ程の針を取り出すと、それを愛子の首筋に突きつけた。

 

「動くなぁ! ぶっ刺すぞぉ!」

 

裏返ったヒステリックな声でそう叫ぶ清水。その表情は、ピクピクと痙攣しているように引き攣り、眼はハジメに向けていた時と同じ狂気を宿している。先程まで肩を震わせていたのは、どうやら嗤っていただけらしい。

 

愛子が、苦しそうに自分の喉に食い込む清水の腕を掴んでいるが引き離せないようだ。周囲の者達が、清水の警告を受けて飛び出しそうな体を必死に押し止める。清水の様子から、やると言ったら本気で殺るということが分かったからだ。みな、口々に心配そうな、悔しそうな声音で愛子の名を呼び、清水を罵倒する。

 

ちなみに、この時になってようやく、ハジメは現実に復帰した。今の今まで自分の見た目に対する現実逃避でトリップしていたので、いきなりの急展開に「おや? いつの間に…」という顔をしている。

 

「いいかぁ、この針は北の山脈の魔物から採った毒針だっ! 刺せば数分も持たずに苦しんで死ぬぞ! わかったら、全員、武器を捨てて手を上げろ!」

 

清水の狂気を宿した言葉に、周囲の者達が顔を青ざめさせる。完全に動きを止めた生徒達や護衛隊の騎士達にニヤニヤと笑う清水は、その視線をハジメに向ける。

 

「おい、お前、厨二野郎、お前だ! 後ろじゃねぇよ! お前だっつってんだろっ! 馬鹿にしやがって、クソが! これ以上ふざけた態度とる気なら、マジで殺すからなっ! わかったら、銃を寄越せ! それと他の兵器もだ!」

 

「あはははははははっ!」

 

清水の余りに酷い呼び掛けに、つい後ろを振り返って「自分じゃない」アピールをしてみるが無駄に終わり、嫌そうな顔をするハジメ。緊迫した状況にもかかわらず、全く変わらない態度で平然としていることに、またもや馬鹿にされたと思い清水は癇癪を起こす。そして、ヒステリックに、ハジメの持つ重火器を渡せと要求した。

 

ハジメは、それを聞いて非常に冷めた眼で清水を見返した。

 

「いや、お前、殺されたくなかったらって……そもそも、先生殺さないと魔人族側行けないんだから、どっちにしろ殺すんだろ? じゃあ、渡し損じゃねぇか」

 

「うるさい、うるさい、うるさい! いいから黙って全部渡しやがれ! お前らみたいな馬鹿どもは俺の言うこと聞いてればいいんだよぉ! そ、そうだ、へへ、おい、お前のその奴隷も貰ってやるよ。そいつに持ってこさせろ!」

 

冷静に返されて、更に喚き散らす清水。追い詰められすぎて、既に正常な判断が出来なくなっているようだ。その清水に目を付けられたシアは、全身をブルリと震わせて嫌悪感丸出しの表情を見せた。

 

「お前が、うるさい三連発しても、ただひたすらキモイだけだろうに……ていうか、シア、気持ち悪いからって俺の後ろに隠れるなよ。アイツ凄い形相になってるだろうが。可哀想だろ」

 

「だって、ホントに気持ち悪くて……生理的に受け付けないというか……見て下さい、この鳥肌。有り得ない気持ち悪さですよぉ」

 

「まぁ、勇者願望あるのに、セリフが、最初期に出てきて主人公にあっさり殺られるゲスイ踏み台盗賊と同じだしなぁ」

 

「あははははっ!

てことはさぁああ!ここでハジメくんが助けたら愛子ちゃんはヒロイン入り!?あはははははっ!」

 

「喜多、ちょっと黙れ」

 

「お姉ちゃん、うるさい」

 

本人達は声を潜めているつもりなのかもしれないが、嫌悪感のせいで自然と声が大きくなり普通に全員に聞こえていた。清水は、口をパクパクさせながら次第に顔色を赤く染めていき、更に青色へと変化して、最後に白くなった。怒りが高くなり過ぎた場合の顔色変化がよくわかる例である。

 

清水は、虚ろな目で「俺が勇者だ、俺が特別なんだ、どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ、アイツ等が悪いんだ、問題ない、望んだ通り全部上手くいく、だって勇者だ、俺は特別だ」等とブツブツと呟き始め、そして、突然何かが振り切れたように奇声をあげて笑い出した。

 

「……し、清水君……どうか、話しを……大丈夫……ですから……」

 

狂態を晒す清水に愛子は苦しそうにしながらも、なお言葉を投げかけるが、その声を聞いた瞬間、清水はピタリと笑いを止めて更に愛子を締め上げた。

 

「……うっさいよ。いい人ぶりやがって、この偽善者が。お前は黙って、ここから脱出するための道具になっていればいいんだ」

 

暗く澱んだ声音でそう呟いた清水は、再びハジメに視線を向けた。興奮も何もなく、負の感情を煮詰めたような眼でハジメを見て、次いで太もものホルスターに収められた銃を見る。言葉はなくても言いたいことは伝わった。ここで渋れば、自分の生死を度外視して、いや、都合のいい未来を夢想して愛子を害しかねない。

 

ハジメは溜息をつき、銃を渡す際にワイヤーを飛ばして愛子ごと〝纏雷〟でもしてやろうと考えつつ、清水を刺激しないようにゆっくりとドンナー・シュラークに手を伸ばした。愛子は体がちっこいので、ほとんど盾の役割を果たしておらず、ハジメの抜き撃ちの速度なら清水が認識する前にヒットさせることも出来るのだが、愛子も少し痛い目を見た方がいいだろうという意図だ。

 

 

 

が、ハジメの手が下がり始めたその瞬間、事態は急変する。

 

 

 

「ッ!? ダメです! 避けて!」

 

そう叫びながら、シアは、一瞬で完了した全力の身体強化で縮地並みの高速移動をし、愛子に飛びかかった。

 

突然の事態に、清水が咄嗟に針を愛子に突き刺そうとする。シアが無理やり愛子を引き剥がし何かから庇うように身を捻ったのと、蒼色の水流が、清水の胸を貫通して、ついさっきまで愛子の頭があった場所をレーザーの如く通過したのはほぼ同時だった。

 

射線上にいたハジメが、ドンナーで水のレーザー、おそらく水系攻撃魔法〝破断〟を打ち払う。そして、シアの方は、愛子を抱きしめ突進の勢いそのままに肩から地面にダイブし地を滑った。もうもうと砂埃を上げながら、ようやく停止したシアは、「うぐっ」と苦しそうな呻き声を上げて横たわったままだ。

 

「シア!」

 

突然の事態に誰もが硬直する中、ユエがシアの名を呼びながら全力で駆け寄る。そして、追撃に備えてシアと彼女が抱きしめる愛子を守るように陣取った。

 

ハジメは、何も言わずとも望んだ通りの行動をしてくれたユエに内心で感謝と称賛を送りながら、ドンナーを両手で構え〝遠見〟で〝破断〟の射線を辿る。すると、遠くで黒い服を来た耳の尖ったオールバックの男が、大型の鳥のような魔物に乗り込む姿が見えた。

 

ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ!

 

ハジメは、一瞬のタメの後、飛び立った魔物と人影にレールガンを連射する。オールバックの男は、攻撃されることを予期していたように、ハジメの方を確認しつつ鳥型の魔物をバレルロールさせながら必死に回避行動を行った。中々の機動力をもってかわしていた魔物だが、全ては回避しきれなかったようで、鳥型の魔物の片足が吹き飛び、オールバックの男の片腕も吹き飛んだようだ。それでも、落ちるどころか速度すら緩めず一目散に遁走を図る。攻撃してからの一連の引き際はいっそ見事という他ない。

 

 おそらく、あれが清水の言っていた魔人族なのだろうとハジメは推測した。既に低空で町を迂回し、町そのものを盾にするようにして視界から消えている。ハジメの攻撃手段を知っていたような逃走方法だったことから、魔人族側にハジメ達の情報が渡るだろうと苦い表情をするハジメ。逃走方向がウルディア湖の方だった事から、その手前にある林に逃げ込んだなら無人偵察機などによる追跡も難しいだろう。何より、今は優先しなければならないことがある。

 

「ハジメ!」

 

 ユエも敵の逃走を察したのだろう、普段の落ち着た声音とは異なる焦りを含んだ声でハジメを呼ぶ。

 

 ハジメは、ドンナーをホルスターにしまうと、近くで倒れている清水には目もくれずシアのもとへ駆け寄る。シアは、ユエに膝枕された状態で仰向けになり苦痛に顔を歪めていた。傍には愛子もおり同じく表情を歪めてユエに抱きしめられている。

 

「ハ、ハジメさん……うくっ……私は……大丈夫……です……は、早く、先生さんを……毒針が掠っていて……」

 

 シアの横腹には直径三センチ程の穴が空いていた。身体強化の応用によって出血自体は抑えられているようだが、顔を流れる脂汗に相当な激痛が走っている事がわかる。にもかかわらず、引き攣った微笑みを浮かべながら震える声で愛子を優先しろと言う。

 

 見れば、愛子の表情は真っ青になっており、手足が痙攣し始めている。愛子は、シアとハジメの会話が聞こえていたのか、必死で首を振り視線でシアを先にと訴えていた。言葉にしないのは、毒素が回っていて既に話せないのだろう。清水の言葉が正しければ、もって数分、いや、愛子の様子からすれば一分も持たないようだ。遅れれば遅れるほど障害も残るかもしれない。

 

ハジメが何かをしようと近寄るが、それより先に希依が愛子達のもとへ来る。

 

「ハジメくんはいいよ。宇未ちゃんに攻撃させないためとはいえ、何も出来なかった私にこれくらいはさせて」

 

「すぐに治癒の魔法でもあるのか!?俺はこの程度すぐに直せる薬を持ってんだぞ!」

 

「治癒なんて、そんな素敵に綺麗なものじゃないよ。因果律コントロール、MAX」

 

希依は清水の顔面を蹴飛ばす。

 

すると、愛子の顔色は良くなり、シアの横腹の穴は最初から無かったかのように塞がっていた。

 

「二人とも無事?違和感とかない?痛むところは?どっか上手く動かないとかない?」

 

「「な、何をしたんですか!?」」

 

愛子にシアだけでなく、ハジメ達含む全員が今何があった?という表情をしていた。

 

「私は何もしてないよ。因果律を操作して、なんとなく蹴り飛ばしたら、たまたま愛子ちゃんの毒が消滅して、たまたまシアちゃんの怪我が何故か完治しただけで」

 

「あ、ありがとうございます。えと、希依さんとお呼びしていいですか?」

 

「ん、どういたしまして。ついでに治したい所はない?」

 

「た、大丈夫です」

 

「俺からも礼を言う。ありがとう、喜多」

 

「ハジメくんから礼を言われる筋合いは無いし…あ、そうだ。その腕直したげよっか?」

 

「いや、今はいい。便利だしな。直せるなら帰れてからにしてくれ」

 

「それまで私がいるか分かんないけど、うん。その時はちゃんと直すよ」

 

 

 

 

一段落着いたと察した外野が再び騒ぎ始める前に、おそらく全員が忘却しているであろう哀れな存在を思い出させることにした。特に、愛子にとっては重要なことだ。おそらく、愛子は、突然の出来事だったので忘却しているわけではなく理解していないのだろう。

 

ハジメは、一番清水に近い場所にいた護衛騎士の一人に声をかけた。

 

「……あんた、清水はまだ生きているか?」

 

その言葉に全員が「あっ」と今思い出したような表情をして清水の倒れている場所を振り返った。愛子だけが、「えっ? えっ?」と困惑したように表情をしてキョロキョロするが、自分がシアに庇われた時の状況を思い出したのだろう。顔色を変え、慌てた様子で清水がいた場所に駆け寄る。

 

「清水君! ああ、こんな……ひどい」

 

清水の左胸にはシアと同じサイズの穴がポッカリと空いていた。出血が激しく、大きな血溜まりが出来、心臓は止まっていた。確実に死んでいるだろう。

 

「希依さん!私とシアさんにしたのを清水君にも!」

 

「ごめん、死んだ奴を生き返らせるのは、無理。物理的に出来ない訳では無いけどやりたくない、けど愛子ちゃんのためだったらやってあげたいけど、無理」

 

「なんでですか!出来るならやってください!お金なら払いますから!言うことを何でもしろと言うのならしますから!」

 

「そうじゃない。そうじゃないんだよ愛子ちゃん。神はね、人を生き返らせてはいけないんだよ。死んだ人を生き返らせていいのは、人だけなんだよ。

これは私のやる気とかでも、愛子ちゃんの意志とか、そんなのは関係ない。

転生はさせることは出来るかもしれないけど、罪深すぎる。まずは地獄で罰を受けて反省した後だから何兆年も先になる。

というかそもそもさぁ、私情で愛子ちゃんを殺そうとし、ついでに町一つ滅ぼそうとしたこのクズを助けたいなんて、正気の沙汰じゃない。狂気の沙汰だよ。教師としても、人間としても異常だよ」

 

「確かに、そうかもしれません。いえ、きっとそうなのでしょう。でも、私がそういう先生でありたいのです。何があっても生徒の味方、そう誓って先生になったのです」

 

愛子の言葉に、優花達だけでなく騎士達までもが涙を流している。

 

そんな者達を退けて、宇未が前に出てくる。

 

「畑山先生、その意思は素晴らしいものだと思います。やっぱり、貴女が私の担任だったら今頃私はこの場に居ないでしょう。

でも、それでも救うことだけでなく罰することも大事だということを知っておいてください。

私や姉さん(壊された姉)お姉ちゃん(希依)のような人達は救うべき善良な悪党ですが、この人は悪質な悪党です。この世界に来る前、私がこの世界に来る前どうだったか知りません。ですが、南雲ハジメさんが連れてきたあとの私から見たこの人は確実に、罰するべき悪党でしかありません。

罰するというのは敵対する行為ではなく、無駄に背負った分の罪悪感を払拭する行為です。

どうか、救うというのは味方になるだけでなく、罰するということも含まれることを、あなたは知るべきです。そうじゃなきゃ、あなたの理想は幻想でしかありません。いつか破綻します」

 

宇未の救われる側の、被害者側の言葉は既に疲弊した愛子の心にストンと落ち着いた。

 

 

辺りは静寂に包まれ、ハジメ達は魔力駆動四輪に乗り込んでいて、愛子の前で止めていた。

 

「……先生の理想は既に幻想だ。ただ、世界が変わっても俺達の先生であろうとしてくれている事は嬉しく思う……出来れば、折れないでくれ」

 

そして、今度こそ立ち止まらず周囲の輪を抜けると走り去ってしまった。

 

後には、何とも言えない微妙な空気と生き残ったことを喜ぶ町の喧騒だけが残った。

 

「…南雲くん、最後の最後で、宇未ちゃんとセリフ被ってます」

 

 




い、一万文字超えてたァ…

感想や評価よろしくですよー

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。