ありふれた神様転生の神様の前世の魔王様は異世界に放り込まれる   作:那由多 ユラ

2 / 67
第2話

現在、希依達は場所を移り、十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。

 

煌びやかな作りで、素人目にも調度品や飾られた絵、壁紙が職人芸の粋を集めたものなのだろうとわかる。

 

おそらく、晩餐会などをする場所なのだろう。上座に近い方に畑山愛子という素晴らしく凄まじいセクハラを受けた少女とカーストトップ四人組が座り、後はその取り巻き順に適当に座っている。希依は愛子を膝の上に乗せ、愛子の肩に頭を乗せている。

 

ここに案内されるまでに希依は全員の紹介を受けたが、一度に三十人近くを紹介された所で全員の名をおぼえられなかった。

 

全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。そう、生メイドである。地球産の某聖地にいるようなエセメイドや外国にいるデップリしたおばさんメイドではない。正真正銘、男子の夢を具現化したような美女・美少女メイド。

 

思春期男子の飽くなき探究心と欲望は健在でクラス男子の大半がメイドさん達を凝視している。もっとも、それを見た女子達の視線は、氷河期もかくやという冷たさを宿していたのだが…

 

「なんかラストさん思い出すなぁ。ねぇ愛子ちゃん、このいかにもハニトラ目的って分かるこの状況みてどう思う?」

 

「どうと聞かれましてもまだ何がなにやらでさっぱりですし…

それと、子供扱いはやめてください!私は先生なんですよ!」

 

「あっはっは。残念だったね愛子ちゃん。私は愛子ちゃんの生徒じゃないし、そもそも基本的に教師という生き物を信用も信頼もして無い。不遇少女の名は伊達じゃないよ」

 

愛子は希依の言葉を聞いて不味いことを言ったかと思い謝罪しようとするが、そのあとに続く希依の言葉に顔を赤く染めて黙ってしまう。

 

「ま、愛子ちゃん個人は信用してるけどね。結構好きだよ?人間として」

 

「ヒョワ!?き、喜多さん?いったい何を…」

 

 

全員に飲み物が行き渡るのを確認するとイシュタルが話し始めた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

そう言って始めたイシュタルの話は実にファンタジーでテンプレで、どうしようもないくらい勝手で、くだらない戯れ言だった。

 

 

まず、この世界はトータスと呼ばれている。そして、トータスには大きく分けて三つの種族がある。人間族、魔人族、亜人族。

 

人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。

 

この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。

 

魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きく、その力の差に人間族は数で対抗していた。戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていないらしいが、最近、異常事態が多発している。

 

それが、魔人族による魔物の使役。

 

魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことだ、と言われている。この世界の人々も正確な魔物の生体は分かっていないらしい。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣とのこと。

 

今まで本能のままに活動する彼等を使役できる者はほとんど居なかった。使役できても、せいぜい一、二匹程度だという。その常識が覆されたのである。

 

それ即ち、人間族の数というアドバンテージが覆され、このままでは魔人族に滅ぼされてしまう。

 

と、いうことらしい。

 

あーもうまったく、くだらない。

戦争で種族が滅びるなんてことは、そうそう無い。大抵の場合戦争は相手を滅ぼして終わるのではなく、相手を支配下に置いて終わるもの。宗教や神なんかが絡まない限りは。

 

「あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という救いを送ると。あなた方には是非その力を発揮し、エヒト様の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

あ、ダメだ。神が神としてここまで影響及ぼしてるなら遅かれ早かれ人間も魔人もそのうち滅ぶわ。そもそも戦争や闘争と無縁の生活を送っていたみんなに魔人、つまりは人を殺す戦争なんて到底出来るとは思えない。

 

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

ぷりぷりと怒る愛子。彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で非常に人気がある。

150cm程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒のためにとあくせく走り回る姿はなんとも微笑ましく、そのいつでも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒は少なくない。今は少なくとも外見は美少女である希依の膝の上にいるおかげでさらに加護欲を上乗せされる。

 

 

「お気持ちはお察しします。しかし、あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

場に静寂が満ちる。重く冷たい空気が全身に押しかかっているようだ。誰もが何を言われたのか分からないという表情でイシュタルを見やる。

 

「ふ、不可能って、ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 

愛子が叫ぶ。

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

 

「そ、そんな……」

 

「無駄だよ愛子ちゃん。仮に皆を元の世界に帰せたとして、あの狂信者は帰す気なんて欠けらも無い。どうせ今も『なぜエヒト様に選ばれて喜べないのか』とか思ってる。宗教とはそういうものなんだよ。彼らの優先順位はいつでも神が、人よりも家族よりも種族よりも高いんだよ」

 

 

「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

 

パニックになる生徒達。

 

誰もが狼狽える中、イシュタルは特に口を挟むでもなく静かにその様子を眺めていた。

 

未だパニックが収まらない中、スクールカースト一位、天之河光輝が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり注目する生徒達。光輝は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

 

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

 

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

 

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

 

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

ギュッと握り拳を作りそう宣言する光輝。無駄に歯がキラリと光る。

同時に、彼のカリスマは遺憾なく効果を発揮した。絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。光輝を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。

 

「それ、戦争に参加するってことだよね?それがどういうことなのか、分かってるの?」

 

それにつっかかるのは希依。横槍を入れられた光輝は微かに顔を歪め、光輝を盲信する女子生徒たちは根暗ないじめられっ子を睨むような目で希依を睨みつける。

 

「戦争っていうのは正義と悪の戦いじゃあない。正義と正義の戦いで、悪意と悪意のぶつかり合い。勝つのは素晴らしい正義ではなくおぞましい悪意だということも、ちゃんと分かってる?魔族には魔族の正義があり、家族がある。妻がいる人、夫がいる人、娘がいる人、息子がいる人、恋人がいる人、友人がいる人、親友がいる人、悪友がいる人、恩師がいる人、愛する人、愛される人、そんな人達を滅ぼせるの?魔族にだってちゃんと優しさがある。善意がある。もう一度聞くよ。

ちゃんと殺して滅ぼせるの?それで元の世界に帰れるのかも分からないのに。隣の人が恨まれて憎まれて殺されるかもしれないのに」

 

希依は魔人族ではなく魔族といった。そこに気がつく者は居ないが、希依のなかでは魔人族と魔族が混同していた。

 

「俺は戦う!皆を救って皆を元の世界に帰すんだ!邪魔をするならまずは喜多さん、まずは君を倒す!」

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

 

「龍太郎…」

 

「今のところ、それしかないしね」

 

「雫…」

 

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

 

「香織…」

 

きっと、いわゆるイツメンと言うやつなのだろう。これで勇者パーティの完成である。

彼らはもう私の言葉なんかじゃきっと止まらない。

 

四人以外の皆は愛子が止めようとするものの、勇者パーティの流れを止めるには弱すぎた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。