ありふれた神様転生の神様の前世の魔王様は異世界に放り込まれる 作:那由多 ユラ
「ただいまーステラちゃん」
「ん、おかえり。希依ちゃん、宇未ちゃん」
「お、おおおおお邪魔しますステラしゃま!」
「にゃはは、ステラはステラちゃんでいいよ。よろしくね」
場所は家具も本も文字もペンも、何もかもが白い空間。八歳児ほどの身長で綺麗な赤と白のオッドアイの目、口の端からキラリとのぞく八重歯。今年で十歳になる彼女こそがステラ・スカーレットである。
「あ、東江宇未です。眷属となりました、よろしくお願いします」
「ウンウンよろしく!それにしても希依ちゃん、可愛い子を眷属にしたんだね」
そう言いながらステラの胸元に管のようなものが数本付いた目玉が現れ、ステラの紅白の目と共に宇未を見つめる。
「あ、あの…?」
そうすること数秒。
微笑ましいものを見る目から一変、優しい目に変わった。
「苦労、したんだね。もう、大丈夫だよ。ステラ達が宇未ちゃんの家族だから、いっぱい頼ってね」
「え?あの、はい。あれ?」
何がどうだか分からないという様子の宇未。
「ステラちゃんはね、修行時代に身体の一部を弄ったりしてるの。胸元の目は妖怪『覚』の目。心を読む目。わざわざ物質化する必要は無いんだけど、そこはまぁステラちゃんの趣味だね」
「は、はぁ。お気遣いありがとうございます。ステラさん」
「にゃはは、いいのいいの。ところで宇未ちゃん、希依ちゃんの子ってだけでなく、私の子にもなる気は無い?デメリットは無いはずだよ。吸血鬼になってもステラの眷属なら血を吸う必要なんてほとんどない訳だし。どう?どう?」
「えぇっと、それで、お姉ちゃんやステラさんの役に立てるなら、お願いします」
「それは宇未ちゃん次第だね。とりあえず途方もなく強くなるし死ななくなるけど、それでもステラのおかーさんは基本ニートだし。どう?」
「強く、死ななく…
お願い、します。もっと強くなって、お姉ちゃんの役に立ちたいんです」
「おっけー。希依ちゃん、一応聞くけどいいよね?」
「聞くだけ無駄でしょ?ステラちゃんだって私なんだから」
「じゃ、いくよ」
「はい!」
「カプッ」と、宇未の首筋に牙を立てて皮膚を食い破る。
「ンッ、んぁっ、んんんっ」
ステラの吸血は若干の痛みとともに快楽を伴わせる。宇未は嬌声をこぼしながら希依に倒れそうな身体を支えられる。
「ンクッ。…終わったよ。身体平気?」
牙を抜いて、最後に零れた血を舌で舐めとって宇未
に微笑みかける。
「はひぃ~。…ら、らいひょうふでしゅ」
「あらら、蕩けちゃったか」
「…ステラちゃん、牙に媚薬とか塗ってない?」
「無いよ!」
「じゃあ宇未ちゃんが敏感なだけか。そろそろ戻っていい?あ、それともステラちゃんも来る?」
「ううん、いいや。てか、この後宇未ちゃんを送る世界を間違えた人の所に行って、さらにその後他にミスが無いか色んな世界巡ってこなきゃだから」
「それめっちゃ忙しくない?」
「流石にこれをステラだけではやらないからね?他の神もこれから探しに行くから。
あ、希依ちゃん吸血鬼の力の使い方って教えられる?」
「大丈夫。傷物語の原作と映画両方見てきた」
「ならば良し。あぁ、そうそう、ちょっとお願いがあるんだけど」
「何?」
「いま希依ちゃんが色々してる世界、イレギュラーは宇未ちゃんだけじゃないみたいだから見つけたらよろしくね」
ステラが腕を振ると希依の足元に裂け目のようなものができ、宇未を背負った希依が落下していく。
「落下なんて今更ありふれてるっつーの!」
不遇な少女達に、幸があらんことを。
なんて、ステラには似合わないか。
場所はオルクス大迷宮90層
「ごめん……先に逝く……愛してるよ、ミハイル……」
愛しそうな表情で、手に持つロケットペンダントを見つめながら、そんな呟きを漏らす魔人族。
彼女の頭上数ミリの場所から聖剣を振れないでいる天之河光輝。
光輝の表情は愕然としており、目をこれでもかと見開いて魔人族の女を見下ろしている。その瞳には、何かに気がつき、それに対する恐怖と躊躇いが生まれていた。その光輝の瞳を見た魔人族の女は、何が光輝の剣を止めたのかを正確に悟り、侮蔑の眼差しを返した。その眼差しに光輝は更に動揺する。
「……呆れたね……まさか、今になってようやく気がついたのかい? 〝人〟を殺そうとしていることに」
「ッ!?」
そう、光輝にとって、魔人族とはイシュタルに教えられた通り、残忍で卑劣な知恵の回る魔物の上位版、あるいは魔物が進化した存在くらいの認識だったのだ。実際、魔物と共にあり、魔物を使役していることが、その認識に拍車をかけた。自分達と同じように、誰かを愛し、誰かに愛され、何かの為に必死に生きている、そんな戦っている〝人〟だとは思っていなかったのである。あるいは、無意識にそう思わないようにしていたのか……
その認識が、魔人族の女の愛しそう表情で愛する人の名を呼ぶ声により覆された。否応なく、自分が今、手にかけようとした相手が魔物などでなく、紛れもなく自分達と同じ〝人〟だと気がついてしまった。自分のしようとしていることが〝人殺し〟であると認識してしまったのだ。
「まさか、あたし達を〝人〟とすら認めていなかったとは……随分と傲慢なことだね」
「ち、ちが……俺は、知らなくて……」
「――知らなかった?私が結構最初の方で教えたでしょうが。魔族、魔人族にだって彼らなりの正義があり、家族がある。妻がいる人、夫がいる人、娘がいる人、息子がいる人、恋人がいる人、友人がいる人、親友がいる人、悪友がいる人、恩師がいる人、愛する人、愛される人、そんな人達を滅ぼせるの?ってさ」
「ウガッ」
「あ、ごめん。踏んだ」
「っ……喜多さん?なぜ君がこんな所にいるんだ!ここは君がいていい場所じゃない!」
突然どこかから現れた希依と宇未。二人は光輝を睨みつけていた魔人族の女の上に着地してしまっていた。
「アハトド! この女を狙え! 全隊、攻撃せよ!」
アハトドと呼ばれた怪我を負った魔物が魔人族の女の命令に従って、猛烈な勢いで希依に迫る。突如現れた、魔人族を味方するようなことを言いながら自身を踏みつけたどちらの勢力かも分からない希依を真っ先に狙わせたのだ。
「宇未ちゃん、待機。今はまだその時ではないよ」
「はい、お姉ちゃん」
ガシッというより、グワシッといった方が正しいような掴み方でアハトドの顔面を掴み、希依は持ち上げる。
「君、アハトドって言ったっけ。魔のものが私に襲いかかるのがどういうことか、分かってる?」
「グッ、ガァ」
「故郷にでも帰って怪我を治して、健気に生きなね」
希依が離すと、アハトドはどこかへ立ち去ってしまう。
「アハトド!…あんた、いま何をしたんだい!」
希依がいましたのは初代魔王が得意としていた言葉の通じない生物とのコミュニケーション能力と、13代目魔王の十八番、無意識下にあった欲望の解放。
「魔人族の人とは初めてあった…いや、ウルでも顔をチラッと見たんだっけ。まいっか。んー、やっぱり魔族とは違うっぽい。
ほらほらみんなも、アハトド君に続いて帰りなね」
魔人族の女に従っていた他の魔物達も希依の言葉を聞いてどこかへ立ち去ってしまう。
ドォゴオオン!!
轟音と共に天井が崩落し、同時に紅い雷を纏った巨大な漆黒の杭が凄絶な威力を以て飛び出した。
全長百二十センチのほとんどを地中に埋め紅いスパークを放っている巨杭に、眼前にいた香織と雫はもちろんのこと、光輝達、そして魔人族の女までもが硬直する。
戦場には似つかわしくない静寂が辺りを支配し、誰もが訳も分からず呆然と立ち尽くしていると、崩落した天井から人影が飛び降りてきた。その人物は、香織達に背を向ける形でスタッと軽やかに魔人族の女を踏みつけながら降り立つと、周囲を睥睨する。
そして、肩越しに振り返り背後で寄り添い合う香織と雫を見やった。
「……相変わらず仲がいいな、お前等」
苦笑いしながら、そんな事をいう彼に、考えるよりも早く香織の心が歓喜で満たされていく。
「ハジメくん!!」
「遅いよハジメくん。もうあらかた終わったよ?」
「げっ、喜多。なんでここに…つーか、なんでお前がいてここまでになんだよ」
「私もここに来たばっかなんだよ。分かる?実家から戻ってきてまず視界に入るのが可愛い愛子ちゃんかと思ったら岩壁と魔人族だった私の思いが」
「分かんねぇよ」