ありふれた神様転生の神様の前世の魔王様は異世界に放り込まれる   作:那由多 ユラ

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第22話

 

「へ?ハジメくん?って南雲くん?えっ?なに?どういうこと?それに喜多さんまで」

 

香織の歓喜に満ちた叫びに、隣の雫が混乱しながら香織とハジメ、希依を転々と見やる。どうやら、香織は一発で目の前の白髪眼帯黒コートの人物がハジメだと看破したようだが、雫にはまだ認識が及ばないらしい。

 

しかし、それでも肩越しに振り返って自分達を苦笑い気味に見ている少年の顔立ちが、記憶にある南雲ハジメと重なりだすと、雫は大きく目を見開いて驚愕の声を上げた。

 

「えっ? えっ? ホントに? ホントに南雲くんなの? えっ? なに? ホントどういうこと?」

 

「いや、落ち着けよ八重樫。お前の売りは冷静沈着さだろ?」

 

「いやいやハジメくん。君の格好は堕ちる前と比べたらイメチェンどころか厨二病拗らせてガチコスプレした高校生くらい変貌してんだから、雫ちゃんの反応が正しいよ。むしろすぐに分かった香織ちゃんがおかしい」

 

 香織と同じく死を覚悟した直後の一連の出来事に、流石の雫も混乱が収まらないようで痛みも忘れて言葉をこぼす。

 

ハジメは、ふと気配を感じて頭上を見上げた。そして、落下してきた金髪の女の子ユエをお姫様抱っこで受け止めると恭しく脇に降ろし、ついで飛び降りてきたウサミミ少女シアも同じように抱きとめて脇に降ろす。

 

最後に降り立ったのは全身黒装束の少年、遠藤浩介だ。

 

「な、南雲ぉ! おまっ! 余波でぶっ飛ばされただろ! ていうか今の何だよ! いきなり迷宮の地面ぶち抜くとか……」

 

文句を言いながら周囲を見渡した遠藤は、そこに親友達と魔物の群れがいて、硬直しながら自分達を見ていることに気がつき「ぬおっ!」などと奇怪な悲鳴を上げた。そんな遠藤に、再会の喜びとなぜ戻ってきたのかという憤りを半分ずつ含めた声がかかる。

 

「「浩介!」」

 

「重吾! 健太郎! 助けを呼んできたぞ!」

 

「…ハジメくん、あれだれ?」

 

「影薄いやつ。むしろ無い」

 

「グハッ」

 

「「浩介~!!」」

 

「重吾、健太郎。助けを…呼んできた、…ぞ」

 

「「造介~!!」」

 

もうここは、完全にはシリアスになりきれない空間となってしまった。

 

 

「そこの赤毛の女。今すぐ去るなら追いはしない。死にたくなければ、さっさと消えろ」

 

ハジメは銃を突きつけて彼女に問いかける。

 

「……何だって?」

 

「戦場での判断は迅速にな。死にたくなければ消えろと言ったんだ。わかったか?」

 

改めて、聞き間違いではないとわかり、魔人族の女はスっと表情を消すと「殺しな」と諦めたように顔を伏せた。

 

 

 

 

「何なんだ……彼は一体、何者なんだ!?」

 

光輝が動かない体を横たわらせながら、そんな事を呟く。今、周りにいる全員が思っていることだった。その答えをもたらしたのは、先に逃がし、けれど自らの意志で戻ってきた仲間、遠藤だった。

 

「はは、信じられないだろうけど……あいつは南雲だよ」

 

「「「「「「は?」」」」」」

 

遠藤の言葉に、光輝達が一斉に間の抜けた声を出す。遠藤を見て「頭大丈夫か、こいつ?」と思っているのが手に取るようにわかる。遠藤は、無理もないなぁ~と思いながらも、事実なんだから仕方ないと肩を竦めた。

 

「だから、南雲、南雲ハジメだよ。あの日、橋から落ちた南雲だ。迷宮の底で生き延びて、自力で這い上がってきたらしいぜ。ここに来るまでも、迷宮の魔物が完全に雑魚扱いだった。マジ有り得ねぇ! って俺も思うけど……事実だよ」

 

「南雲って、え? 南雲が生きていたのか!?」

 

光輝が驚愕の声を漏らす。そして、他の皆も一斉に、現在進行形で自分達よりずっと強い魔人族を殺そうとするハジメを見て……やはり一斉に否定した。「どこをどう見たら南雲なんだ?」と。そんな心情もやはり、手に取るようにわかる遠藤は、「いや、本当なんだって。めっちゃ変わってるけど、ステータスプレートも見たし」と乾いた笑みを浮かべながら、彼が南雲ハジメであることを再度伝える。

 

皆が、信じられない思いで、ハジメの無情ぶりを茫然と眺めていると、ひどく狼狽した声で遠藤に喰ってかかる人物が現れた。

 

「う、うそだ。南雲は死んだんだ。そうだろ? みんな見てたじゃんか。生きてるわけない! 適当なこと言ってんじゃねぇよ!」

 

「うわっ、なんだよ! ステータスプレートも見たし、本人が認めてんだから間違いないだろ!」

 

「うそだ! 何か細工でもしたんだろ! それか、なりすまして何か企んでるんだ!」

 

「いや、何言ってんだよ? そんなことする意味、何にもないじゃないか」

 

遠藤の胸ぐらを掴んで無茶苦茶なことを言うのは檜山だ。顔を青ざめさせ尋常ではない様子でハジメの生存を否定する。周りにいる近藤達も檜山の様子に何事かと若干引いてしまっているようだ。

 

そんな錯乱気味の檜山に、比喩ではなくそのままの意味で冷水が浴びせかけられた。檜山の頭上に突如発生した大量の水が小規模な滝となって降り注いだのだ。呼吸のタイミングが悪かったようで若干溺れかける檜山。水浸しになりながらゲホッゲホッと咳き込む。一体何が!? と混乱する檜山に、冷水以上に冷ややかな声がかけられる。

 

「……大人しくして。鬱陶しいから」

 

その物言いに再び激高しそうになった檜山だったが、声のする方へ視線を向けた途端、思わず言葉を呑み込んだ。なぜなら、その声の主、ユエの檜山を見る眼差しが、まるで虫けらでも見るかのような余りに冷たいものだったからだ。同時に、その理想の少女を模した最高級のビスクドールの如き美貌に状況も忘れて見蕩れてしまったというのも少なからずある。

 

それは、光輝達も同じだったようで、突然現れた美貌の少女に男女関係なく自然と視線が吸い寄せられた。鈴などは明からさまに見蕩れて「ほわ~」と変な声を上げている。単に、美しい容姿というだけでなく、どこか妖艶な雰囲気を纏っているのも、見た目の幼さに反して光輝達を見蕩れさせている要因だろう。

 

「宇未ちゃん、あれが吸血鬼の特性の一つ、魅了だよ。ちゃんと使えるようになったら是非とも私に使ってね」

 

「…っ、貴女、宇未…だっけ、吸血鬼、なの?」

 

希依が宇未に話した内容にユエが興味を持ち、宇未に詰め寄る。

 

「い、一応はい、そうです」

 

「よろしく。仲良くしよう」

 

ユエにとっては初めての同種族の女の子。宇未は是非とも仲良くしたい存在だった。

宇未も満更でもないようで、羽根がパタパタと動きながらユエの差し出す手を握り返した。

 

「私は東江宇未です。よろしくお願いします!」

 

「私はユエ。よろしく」

 

「良かったね宇未ちゃん。もしかして愛子ちゃんと私以外だと友達って初めてなんじゃない?」

 

「はい!」

 

「ユエちゃん、宇未ちゃんと仲良くしたげてね」

 

「…ん、ハジメを狙わないなら、是非」

 

 

 

 

 

「あんた、本当に人間?」

 

「実は、自分でも結構疑わしいんだ。だが、化け物というのも存外悪くないもんだぞ?」

 

希依が目を逸らしているうちにも事態は進行していた。

 

魔人族の女は手足に銃撃による怪我が無数にあり、大量出血で今にも死にそうな様子。

 

「さて、普通はこういう時、何か言い遺すことは? と聞くんだろうが……生憎、お前の遺言なんぞ聞く気はない。それより、魔人族がこんな場所で何をしていたのか……それと、あの魔物を何処で手に入れたのか……吐いてもらおうか?」

 

「あたしが話すと思うのかい? 人間族の有利になるかもしれないのに? バカにされたもんだね」

 

嘲笑するように鼻を鳴らした魔人族の女に、ハジメは冷めた眼差しを返した。そして、何の躊躇いもなくドンナーを発砲し魔人族の女の両足をさらに撃ち抜いた。

 

「あがぁあ!!」

 

悲鳴を上げて崩れ落ちる魔人族の女。魔物が息絶え静寂が戻った部屋に悲鳴が響き渡る。情け容赦ないハジメの行為に、背後でクラスメイト達が息を呑むのがわかった。しかし、ハジメはそんな事は微塵も気にせず、ドンナーを魔人族の女に向けながら再度話しかけた。

 

「人間族だの魔人族だの、お前等の世界の事情なんざ知ったことか。俺は人間族として聞いているんじゃない。俺が知りたいから聞いているんだ。さっさと答えろ」

 

「……」

 

痛みに歯を食いしばりながらも、ハジメを睨みつける魔人族の女。その瞳を見て、話すことはないだろうと悟ったハジメは、勝手に推測を話し始めた。

 

「ま、大体の予想はつく。ここに来たのは、〝本当の大迷宮〟を攻略するためだろ?」

 

魔人族の女が、ハジメの言葉に眉をピクリと動かした。その様子をつぶさに観察しながらハジメが言葉を続ける。

 

「あの魔物達は、神代魔法の産物……図星みたいだな。なるほど、魔人族側の変化は大迷宮攻略によって魔物の使役に関する神代魔法を手に入れたからか……とすると、魔人族側は勇者達の調査・勧誘と並行して大迷宮攻略に動いているわけか……」

 

「どうして……まさか……」

 

ハジメが口にした推測の尽くが図星だったようで、悔しそうに表情を歪める魔人族の女は、どうしてそこまで分かるのかと疑問を抱き、そして一つの可能性に思い至る。その表情を見て、ハジメは、魔人族の女が、ハジメもまた大迷宮の攻略者であると推測した事に気がつき、視線で「正解」と伝えてやった。

 

「なるほどね。あの方と同じなら……化け物じみた強さも頷ける……もう、いいだろ? ひと思いに殺りなよ。あたしは、捕虜になるつもりはないからね……」

 

「あの方……ね。魔物は攻略者からの賜り物ってわけか……」

 

捕虜にされるくらいならば、どんな手を使っても自殺してやると魔人族の女の表情が物語っていた。そして、だからこそ、出来ることなら戦いの果てに死にたいとも。ハジメとしては神代魔法と攻略者が別にいるという情報を聞けただけで十分だったので、もう用済みだとその瞳に殺意を宿した。

 

魔人族の女は、道半ばで逝くことの腹いせに、負け惜しみと分かりながらハジメに言葉をぶつけた。

 

「いつか、あたしの恋人があんたを殺すよ」

 

その言葉に、ハジメは口元を歪めて不敵な笑みを浮かべる。

 

「敵だと言うなら神だって殺す。その神に踊らされてる程度の奴じゃあ、俺には届かない」

 

互いにもう話すことはないと口を閉じ、ハジメは、ドンナーの銃口を魔人族の女の頭部に向けた。

 

しかし、いざ引き金を引くという瞬間、大声で制止がかかる。

 

「待て! 待つんだ、南雲! 彼女はもう戦えないんだぞ! 殺す必要はないだろ!」

 

「……」

 

ハジメは、ドンナーの引き金に指をかけたまま、「何言ってんだ、アイツ?」と訝しそうな表情をして肩越しに振り返った。光輝は、フラフラしながらも少し回復したようで何とか立ち上がると、更に声を張り上げた。

 

「捕虜に、そうだ、捕虜にすればいい。無抵抗の人を殺すなんて、絶対ダメだ。俺は勇者だ。南雲も仲間なんだから、ここは俺に免じて引いてくれ」

 

「うわ、うわぁ…お姉ちゃん、まだダメ?」

 

「ダメ。R18Gを今やるのはちょっとよろしくない。せめて外に上がってからね」

 

「…はい」

 

 

余りにツッコミどころ満載の言い分に、ハジメは聞く価値すらないと即行で切って捨てた。そして、無言のまま……引き金を引いた。

 

ドパンッ!

 

乾いた破裂音が室内に木霊する。解き放たれた殺意は、狙い違わず魔人族の女の額を撃ち抜き、彼女を一瞬で絶命させた。

 

静寂が辺りを包む。クラスメイト達は、今更だと頭では分かっていても同じクラスメイトが目の前で躊躇いなく人を殺した光景に息を呑み戸惑ったようにただ佇む。そんな彼等の中でも一番ショックを受けていたのは香織のようだった。

 

人を殺したことにではない。それは、香織自身覚悟していたことだ。この世界で、戦いに身を投じるというのはそういうことなのだ。迷宮で魔物を相手にしていたのは、あくまで実戦訓練なのだから。

 

だから、殺し合いになった時、敵対した人を殺さなければならない日は必ず来ると覚悟していた。自分が後衛職で治癒師である以上、直接手にかけるのは雫や光輝達だと思っていたから、その時は、手を血で汚した友人達を例え僅かでも、一瞬であっても忌避したりしないようにと心に決めていた。

 

香織がショックを受けたのは、ハジメに、人殺しに対する忌避感や嫌悪感、躊躇いというものが一切なかったからである。息をするように自然に人を殺した。香織の知るハジメは、弱く抵抗する手段がなくとも、他人の為に渦中へ飛び込めるような優しく強い人だった。

 

その〝強さ〟とは、決して暴力的な強さをいうのではない。どんな時でも、どんな状況でも〝他人を思いやれる〟という強さだ。だから、無抵抗で戦意を喪失している相手を何の躊躇いも感慨もなく殺せることが、自分の知るハジメと余りに異なり衝撃だったのだ。

 

雫は、親友だからこそ、香織が強いショックを受けていることが手に取るようにわかった。そして、日本にいるとき、普段から散々聞かされてきたハジメの話しから、香織が何にショックを受けているのかも察していた。

 

雫は、涼しい顔をしているハジメを見て、確かに変わりすぎだと思ったが、何も知らない自分がそんな文句を言うのはお門違いもいいところだということもわかっていた。なので、結局、何をすることも出来ず、ただ香織に寄り添うだけに止めた。

 

だが、当然、正義感の塊たる勇者の方は黙っているはずがなく、静寂の満ちる空間に押し殺したような光輝の声が響いた。

 

「なぜ、なぜ殺したんだ。殺す必要があったのか……」

 

ハジメは、シアの方へ歩みを進めながら、自分を鋭い眼光で睨みつける光輝を視界の端に捉え、一瞬、どう答えようかと迷ったが、次の瞬間には、そもそも答える必要ないな!と考え、さらりと無視することにした。

 

もっとも、そんなハジメの態度を相手が許容するかは別問題である。

 

必死に感情を押し殺した光輝の声が響く中、その言葉を向けられている当人はというと、まるでその言葉が聞こえていないかのように、スタスタと倒れ伏すメルドの傍に寄り添うシアのもとへ歩みを進めた。

 

ユエの方も、宇未と存分に話せたのかハジメ達の方へ向かう。背後で「あぁ、お姉さまぁ!」と速攻で落ちた羽根をパタつかせる幼女が叫んでいたがスルーだ。

 

「シア、メルドの容態はどうだ?」

 

「危なかったです。あと少し遅ければ助かりませんでした。……指示通り〝神水〟を使って置きましたけど……良かったのですか?」

 

「ああ、この人には、それなりに世話になったんだ。それに、メルドが抜ける穴は、色んな意味で大きすぎる。特に、勇者パーティーの教育係に変なのがついても困るしな。まぁ、あの様子を見る限り、メルドもきちんと教育しきれていないようだが……人格者であることに違いはない。死なせるにはいろんな意味で惜しい人だ」

 

ハジメは、龍太郎に支えられつつクラスメイト達と共に歩み寄ってくる光輝が、未だハジメを睨みつけているのをチラリと見ながら、シアに、メルドへの神水の使用許可を出した理由を話した。ちなみに、〝変なの〟とは、例えば、聖教教会のイシュタルのような人物のことである。

 

「……ハジメ」

 

「ユエ」

 

「んっ」

 

シアと話しているうちにユエが到着する。自分の名を呼び見上げてくるユエの頬を優しく撫でながら、ハジメは、感謝の意を伝えた。それに、視線で「気にしないで」と伝えながらも、嬉しそうに目元を綻ばせるユエ。自然、ハジメの眼差しも和らぎ見つめ合う形になる。

 

「……お二人共、空気読んで下さいよ……ほら、正気に戻って! ぞろぞろ集まって来ましたよ!」

 

既に病気と言ってもいいくらい、いつも通り二人の世界を作り始めたハジメとユエに、シアがパンパンと手を鳴らしながらツッコミを入れて正気に戻す。

 

何やら、光輝とは違う意味で睨む視線が増えたような気がするハジメ。特に、光輝達とは別方向から来る視線に、何故か背筋が粟立った。

 

「おい、南雲。なぜ、彼女を……」

 

「ハジメくん……いろいろ聞きたい事はあるんだけど、取り敢えずメルドさんはどうなったの? 見た感じ、傷が塞がっているみたいだし呼吸も安定してる。致命傷だったはずなのに……」

 

ハジメを問い詰めようとした光輝の言葉を遮って、香織が、真剣な表情でメルドの傍に膝を突き、詳しく容態を確かめながらハジメに尋ねた。

 

ハジメは、一瞬、自分に向けられた香織の視線に肝が冷えるような感覚を味わったが、気のせいだと思うことにして、香織の疑問に答えることにした。

 

「ああ、それな……ちょっと特別な薬を使ったんだよ。飲めば瀕死でも一瞬で完全治癒するって代物だ」

 

「そ、そんな薬、聞いたことないよ?」

 

「そりゃ、伝説になってるくらいだしな……普通は手に入らない。だから、八重樫は、喜多にでも直して貰え。できるだろ?」

 

取り敢えず、メルドは心配ないとわかり安堵の息を吐く香織達。そこで、光輝が再び口を開く。

 

「おい、南雲、メルドさんの事は礼を言うが、なぜ、かの……」

 

「雫ちゃんこっちおいでー。他にも怪我してる子はこっちね。女の子が顔に怪我なんて残しちゃダメだよ!」

 

「は、はい」

 

希依は「因果律コントロールMAX」と呟きながら雫の頭を撫でると、怪我だけでなく防具も新品同様に直ってしまう。

 

「おい、南雲、メルドさんの事は礼を言うが、なぜ、かの……」

 

「ハジメくん。メルドさんを助けてくれてありがとう。私達のことも……助けに来てくれてありがとう」

 

そして、再び、香織によって遮られた。光輝が、物凄く微妙な表情になっている。しかし、香織は、そんな光輝のことは全く気にせず真っ直ぐにハジメだけを見ていた。ハジメの変わりように激しいショックを受けはしたが、それでも、どうしても伝えたい事があったのだ。メルドの事と、自分達を救ってくれたことのお礼を言いつつハジメの目の前まで歩み寄る。

 

そして、グッと込み上げてくる何かを堪えるように服の裾を両の手で握り締め、しかし、堪えきれずにホロホロと涙をこぼし始めた。嗚咽を漏らしながら、それでも目の前のハジメの存在が夢幻でないことを確かめるように片時も目を離さない。ハジメは、そんな香織を静かに見返した。

 

「ハジメぐん……生きででくれで、ぐすっ、ありがどうっ。あの時、守れなぐて……ひっく……ゴメンねっ……ぐすっ」

 

クラスメイトのうち、女子は香織の気持ちを察していたので生暖かい眼差しを向けており、男子の中でも何となく察していた者は同じような眼差しを、近藤達は苦虫を噛み潰したような目を、光輝と龍太郎は香織が誰を想っていたのか分かっていないのでキョトンとした表情をしている。鈍感主人公を地で行く光輝と脳筋の龍太郎、雫の苦労が目に浮かぶ。

 

シアは「むっ、もしや新たなライバル?」と難しい表情をし、ユエはいつにも増して無表情でジッと香織を見つめている。

 

ハジメは、目の前で顔をくしゃくしゃにして泣く香織が、遠藤に聞いていた通り、あの日からずっと自分の事を気にしていたのだと悟り、何とも言えない表情をした。

 

正直、ユエには一度、自分の境遇を話す上で香織の話をしたことはあったのだが、それは奈落にいるときのことで、それ以降、ウルの町で愛子達に再会するまで香織の事は完全に忘れていたのだ。なので、これほど強く想われていた事に、少しだけ罪悪感が湧き上がった。

 

ハジメは、困ったような迷うような表情をした後、苦笑いしながら香織に言葉を返した。

 

「……何つーか、心配かけたようだな。直ぐに連絡しなくて悪かったよ。まぁ、この通り、しっかり生きてっから……謝る必要はないし……その、何だ、泣かないでくれ」

 

そう言って香織を見るハジメの眼差しは、いつか見た「守ってくれ」と言った時と同じ香織を気遣う優しさが宿っていた。その眼差しに、あの約束を交わした夜を思い出し、胸がいっぱいになる香織。思わずワッと泣き出し、そのままハジメの胸に飛び込んでしまった。

 

胸元に縋り付いて泣く香織に、どうしたものかと両手をホールドアップしたまま途方に暮れるハジメ。他のクラスメイトだったら、問答無用に鬱陶しいと投げ飛ばすか、ヤクザキックで意識を刈り取るかするのだが、ここまで純粋に変わらない好意を向けられると、奈落に落ちる前のこともあり、邪険にしづらい。

 

ただ、ユエの手前、ほかの女を抱きしめるのははばかられたので、銃口を突きつけられた人のように両手をホールドアップさせたまま、香織の泣くに任せるという中途半端な対応になってしまった。実に、ハジメらしくない。

 

傍らにいる雫から「私の親友が泣いているのよ! 抱きしめてあげてよぉ!」という視線が叩きつけられているが、無言で見つめてくるユエの視線もあるので身動きが取りづらい。仕方なく間をとって、ポンポンと軽く頭を撫でるに止めてみた。本当に、いつになくヘタレているハジメだった。

 

 

「……ふぅ、香織は本当に優し……」

 

「あ、喜多さん喜多さん!名前で呼んでいい?鈴のことは鈴って呼んでね!」

 

「おっけ鈴ちゃん!あ、プリン食べる?」

 

「食べるー!」

 

ハジメと香織に割って入ろうとした光輝、クラスメイトの女子を落とし餌付けを始める希依、そしてされる谷口鈴。三名にお前ら空気読め!という視線が突き刺さるも本人達は気づかない。

 

「あれが、天之川光輝…」

 

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