ありふれた神様転生の神様の前世の魔王様は異世界に放り込まれる 作:那由多 ユラ
ハジメ達の乗る魔力駆動四輪の姿が見えなくなるまで見送った後、怒声が聞こえてくる。
縁結びから開放された天之川光輝が希依達のもとへと詰め寄って来た。
「なんてことをしてくれたんだ!君たちのせいで香織が南雲に連れ去られたじゃないか!」
「お姉ちゃん、いい?」
「いいよ。もう精神を殴るような悲劇的シーンなんて作れないだろうしね」
ついに希依が天之川光輝殺害の許可を出した。
「世界と星を司る神、ステラ・スカーレットの名をもって許す。思うがままにやりきりなさい。
ワンポイントアドバイス!ステラちゃん曰く特殊な武器を作る時に重要なのは絶対的なその武器への自信と奇抜なイメージだってさ!」
「はい。ありがとうございます、ステラ様」
希依のアドバイスを聞きながら希依の前に出る宇未。
「喜多希依!俺と決闘しろ!武器を捨てて素手で勝負だ!俺が勝ったら、ちゃんと皆に謝るんだ!そうでなきゃ君たちを仲間として背を任せられない!」
「天之川光輝、あなたの相手は私。私の八つ当たりのために死ね」
「なんなんだ君は!魔人族の君は決闘の後に牢獄へ連れていく!」
光輝の的外れで無意味な発言を無視し、宇未は目を閉じて吸血鬼の物質創造能力で創る武器のイメージを固める。
宇未を無視して希依に近づこうとする光輝の文字通り目の前に、白い刀身が飛び出る。驚愕し突き出した方を見ると宇未の手には少し前に創った『罰廻』とは違い打ち合えば折れそうな細身の白い日本刀が握られていて、もう片手には紫色の刀身の小刀が握られている。
「あなたは私と関係ない。だけど死ね」
「何!」
当然飛び退く光輝。後退して距離を置く光輝に、宇未はゆっくりと近づいていく。
「待ってくれ!今ならまだ間に合う!捕虜になるんだ!そうすれば君は生きられる!」
「一つ聞きたかったことがあります。
あなたは南雲ハジメさんに『努力をしないオタク』と、言ったことがあるそうですね。まるであの方を悪人のように。いえ、今もそれに加えて殺人鬼でもあると決めつけているのでしょう。
努力をしないのは、悪いことなのですか?」
「当たり前だ!そんなのはただの甘えだ!迷惑でしかない!」
「それは天才の考え方ですね」
「違う!俺は努力で力を手に入れた!」
「かの天才は言いました。天才とは、99%の努力と1%の才能で出来ている、と。南雲ハジメさんの力は1%の才能である『錬成』と、99%の努力である『迷宮からの脱出』であのような力を手に入れられたのでしょうね。
しかし世の中には、努力ができない人間が存在します。やる気が無いという意味ではなく、出来る環境が無いという意味で。
勉強がしたくとも机も紙もペンも無い。
運動がしたくとも周囲には強い敵だらけ。
そのような恵まれなかった私でも、それは悪人ですか?」
「そ、そうだ!努力をしないで弱いお前が悪い!」
「…やはり、『悪質な正義』であるあなたと『善良な悪党』である私では話になりませんね。だから死ね」
一気に駆け寄り刀を振るう。
光輝は聖剣で受け止めると、黒く変色した後に折れてしまう。
「なっ!何をしたんだ!卑怯だぞ!」
「悪い頭で作り上げた刀。名を『
小刀の方は後ろに下げ、黄泉送りだけを振るう。
キラキラと輝いていた鎧は砕け、胴には黒い一筋の切り跡を残して光輝は倒れた。
倒れた光輝に馬乗りになり、宇未は振るわなかった小刀を光輝の胸に突き刺す。
「神では使えない刀、『
死んだ光輝は生き返るも、宇未は胸に突き刺さった黄泉帰しをグリグリと動かすと「がァあああああ!」と悲鳴をあげる。
光輝のクラスメイト達は止めようにも天之川光輝が最大戦力であり、それに大きく劣る自分達では宇未に敵わないことを理解せざるを得なかった。
「一度死んだくらいで楽になれると思うな。私は毎日死ぬ思いで生きてきた。せめてその日数分は死ね」
胸の次は腕、その次は脚と、鎧を黄泉送りで破壊してから黄泉帰しを突き刺すという拷問の域を超えた猟奇的な戦闘には希依も苦笑い。
「死ね!死ね!死ね!!」
「あああアアアアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」
全身突き刺した宇未の手には大量の五寸釘。それを一本一本丁寧に突き刺し、地面に縫い付けていく。
二十本を超えたあたりで心臓を貫き、死亡するも顔面に黄泉帰しが刺さっていて即座に蘇る。
三十本、四十本と突き刺すにつれて、宇未の動きが鈍くなっていく。
「死ね…死ね…しね…」
「……………」
もう悲鳴をあげることすらできない光輝。
握った釘に刺さっていた釘があたり、宇未の動きは止まってしまう。
「…どうして、どうしてなんですか。…満たされないんです。…あれだけ我慢したのに。あれだけ殺したかったのに。あれとこれはそっくりなのに。…どうして、私の心は満たされないんですか。
どうしたら、私は満足できるんですか。私は、私は一体どうすればいいんですか。
ヒーローのように、人助けでもすればよかったんですか。
魔王のように、世界を支配でもすればよかったんですか。
アイドルのように、たくさんの人を笑顔にできればよかったんですか。
テロリストのように、笑顔を無くせばよかったんですか。
ペットのように、飼い主に可愛がられてればよかったんですか。
奴隷のように、鞭を打たれていればよかったんですか。
一体どうすれば、私は満足に死んで、今を生きられるんですか」
宇未の口から出るのは疑問では無くただの愚痴。答えなど無く、それは全知全能の神であろうともどうしようもないこと。
宇未は顔を歪め、血の涙を流す。涙は頬を伝い、光輝に零れ落ちる。
吸血鬼の血は治癒力を急激に上昇させ、傷を全快させる。二振りの刀と釘はいつの間にか消滅していて、そこにはただ天之川光輝に馬乗りになり、宇未が血の涙を流しているという奇妙な光景が出来上がっていた。
「殺してみてどうだった?」
希依は中腰になって宇未に視線を合わせ、聞くまでもないことを聞く。
「…お姉ちゃん。分からないんです。私が何をしたいのか。私はどうすればいいのか。どうしたら、いいんですか?教えてください」
希依は困ったような顔をしながらハンカチを取り出し、涙を拭う。白いハンカチに血が染み、赤く染まる。
「っ……」
眼から頬に残った血の跡を洗い流すように、透明な涙が一筋流れた。
「宇未ちゃん?」
宇未は希依の首元に手を回し、しがみつくように抱きついた。
「宇未ちゃん?どうしたの?」
「分かんない、分かんないんです。…でも今は、こうしたいんです」
「…そっか」
生前、宇未が姉を生きる理由にしていたのは姉が宇未をきちんと人間として、妹として見ていたから。
生前、宇未が読書を生きる理由にしていたのは主人公に、またはそのヒロインに自分を投影して擬似的にでも愛を感じたかったから。
無意識であろうとも、宇未が求めていたのは『家族』と『愛情』
それは産まれてから十年近く家族がいなかった希依、血縁の居ないステラが求めたものでもあった。
宇未はその欲求に上塗りするように、
それは実際に殺すことで薄れていき、それまで内から滲み出る程度だった家族と愛情への欲求が溢れ出した。
それは、覚の目を物質化して心を見るステラ程の読心能力を持たず、明確に読み切れない希依にも分かってしまうほどにわかりやすいものだった。