ありふれた神様転生の神様の前世の魔王様は異世界に放り込まれる   作:那由多 ユラ

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第26話

二人の少女と幼女が月明かりに照らされて佇んでいた。

 

場所は、小さなアーチを描く橋の上だった。町の裏路地や商店の合間を縫うように設けられた水路に掛けられものだ。水路は料理店や宿泊施設が多いことから必要に迫られて多く作られており、そのゆるりと流れる水面には、下弦の月が写り込んでいて、反射した月明かりが橋の欄干に腰掛け、足をプラプラとさせながら水面を覗き込む幼女の整った顔を照らしていた。

 

目はルビーのように輝かせ、容姿は幼いながらもユエとは違う妖艶さを振りまく幼女の顔は、さながら洗脳されて人を殺し、その後洗脳が解けて罪悪感に苛まれる正義感溢れる主人公のように負を纏う幼女こそ、東江宇未である。

 

「なにか、文句の一つでも言ったらどうなんですか?」

 

宇未が、後ろに振り向いて声をかけた。その相手は、昼間何度も殺された勇者の幼馴染の片割れ、八重樫雫だ。

 

雫は、宇未とは違って橋の欄干に背を預けながら、少し仰け反るように天を仰ぎ空に浮かぶ月を眺めていた。欄干の向こう側に、トレードマークのポニーテールが風に遊ばれるようにゆらりゆらり揺れている。名前を知る程度で、あまり知らない幼女の言葉に、雫もやはり視線を合わせず、月を見つめたまま静かに返した。

 

「何か言って欲しいの?」

 

「……」

 

今、宇未はお世辞にもいい表情と言える顔をしていないが、それでも決して天之川光輝を、最終的な損害は剣と鎧だけとはいえ殺したことに罪悪感など一切感じてはいなかった。

 

今罪悪感を感じているのは天之川光輝の関係者であるクラスメイト、特に幼なじみである八重樫雫、白崎香織の前で凄惨な光景を見せてしまったことにである。

 

「…光輝みたいに、あなたは悪くないなんて、言う気は全くないわよ」

 

「言われなくても。

天之川光輝を殺したことに関して、悪いことをしたなんて思ってもいません。お姉ちゃん、ステラ様がお許しになったからというわけでもなく。産まれて、いえ、死んで始めてやりたかったことをやりきれたのですから」

 

「それにしては、あまりいい表情とは言えなかったわね。あんなワンワン泣いて、誰も怒るに怒れないじゃない」

 

「…忘れてください。泣いてる顔なんて、いくら見られても出来れば見られたくないんです」

 

「血の涙なんて、普通では無かったと思う。あなたは何を思って光輝を殺し、あなたは泣いていたのかしら」

 

水面に映る宇未の赤い眼を見つめる。

 

「あの時は、殺したい一心でした。大迷宮の90層の時から、抑えるのに必死で、すぐにでも殺したかったんです。

別に天之川光輝に恨みがあったわけではありません。似た人間を殺すだけじゃ足りないくらいに恨んでいただけで。

ほら、私を怒らないのですか?こんな自分勝手な八つ当たりで幼なじみを殺そうとした私を」

 

「怒らないわよ。それで帰れるならまだしも」

 

雫は微笑みながら宇未に目線を合わせる。

 

「…そんなこと言わず、怒ってくださいよ。正直、今のあなたの笑顔が、私は怖いです。なんで幼なじみを殺した人に微笑みかけることが出来るんですか」

 

「大丈夫そうだから、かしらね?」

 

「…は?」

 

宇未は呆けた返事を返す。

 

「南雲くんが奈落に落ちた時ね、皆暗い顔してたのに希依さんだけは笑ってたの。彼が無事であるのを察してね」

 

「…お姉ちゃんが?」

 

「ええ。あなたのお姉ちゃんが、よ。ちょっとは似てたかしら?」

 

雫の言葉にクスッと笑って答えた。

 

「似てはいませんね。あなたの微笑みは、母親が娘に向けるような、そんな笑みです。イメージでしかありませんが」

 

宇未の答えに一瞬「あんたもか」と顔を歪ませるもすぐに戻し、宇未の頭を撫でる。

宇未も、それに甘んじて受け、目を細める。

 

「ずいぶんと、大きい娘ね」

 

「これでも0歳です。産まれたばかりの赤ちゃんですよ」

 

「赤ちゃんに戦闘で敵わないようじゃ、まだまだ訓練が足りないわね」

 

「……八重樫雫さん、もし、もし良ければなんですけど、私と一緒に大迷宮に行きませんか?南雲ハジメさんが行ったという奈落の更に底へ」

 

「…私は近接だから、多分居なくてもそんなに問題は無いと思うけど……」

 

「私から見て、あなたは強さは頭一つ抜けてます。正直、あなたや天之川光輝が居ない方が、あなたのクラスメイト達が戦闘経験を積むということにおいては効率がいいです」

 

天之川光輝は未だ目を覚まさず、近々王宮に送られる予定となっている。他のクラスメイト達も戦線復帰まであと少なくともあと数日はあるだろう。

 

「そうね、武器がすぐにでも用意できるようならお願いしたいんだけど…」

 

「なら、お詫びも兼ねてこれを差し上げます」

 

宇未白い鞘の日本刀を出す。抜くと、黒い刀身が覗く。

 

「神が創った刀の模造品。『模刀(もとう) 現切り(うつつぎり)』」

 

「現…切り…」

 

雫は恐る恐る刀を受け取る。

 

「ステラ様の創った刀、『妖刀 現崩し(うつつくずし)』を元に創った刀です。刃に触れた部分を崩壊させる効果を持ち、ありとあらゆるものを切断できる、要するに手入れ不要でよく切れる刀です」

 

雫は鞘から抜き、黒光りする現切りを素振りする。振り心地、重さなどを確かめ、鞘に収める。

 

「一つ注意事項です。通常の刀と違い、当てるだけで切れてしまうので多少切り心地に違和感が生じるかもしれません」

 

「それくらいの方が、使いこなし甲斐があるってものよ」

 

ニヤリと笑みを浮かべて柄を撫でる。

 

 

 

「――こんな所で何してんの?」

 

「「っ!?」」

 

突然声をかけられ、顔を合わせた二人は肩をビクッとさせる。

夜の橋の上に居る二人に声をかけたのはTシャツ一枚の希依だった。

 

「お、お姉ちゃん。…寝てたのでは?」

 

「いや、余裕で起きてたけど」

 

「バレないように宿を出た私の努力は…」

 

顔に両手を当てる宇未。羽根もへんなりとする。

 

「こっ、こんばんはー、希依さん」

 

「ん、ばんはー、雫ちゃん。およ、その刀どったの?宇未ちゃんの新作?それともハジメくん?」

 

「東江さんよ。それで、その…」

 

「迷宮に着いてくるんでしょ?いいよー。最低でもハジメくん程度には強くしたげる」

 

「聞いてたのね…」

 

「お姉ちゃん、どこから聞いてたの?」

 

「んー、「なにか、文句の一つでも言ったらどうですか?」ってところからだけど」

 

「最初っからじゃないですか!」

 

「そんなことよりもほら、二人とも串焼き食べる?」

 

希依が取り出したのは肉と野菜が三つ交互に刺さった串焼き。タレがテカテカと月明かりを反射していて、空腹を誘う香りが漂う。

 

「お姉ちゃん、それどうしたんですか?」

 

「宿の厨房を借りてね。あ、ちゃんと材料は私が買ったやつだよ」

 

二人に手渡しながら自分も肉にかぶりつく。

 

「ん、美味しい。さすが私」

 

「確かに美味しいわね。希依さん、あなた料理出来たのね。意外だわ」

 

「まともなご飯食べてこれなかった子に美味しいもの食べさせてあげようと思ったら自然にね。今では趣味のひとつだよ」

 

「…ハムっ………ハムっ……」

 

無言で食べる宇未。何も言わないが、頬が緩み、羽根がパタパタと動いている。

 

「ねぇ希依さん、あなた恋人がいるって言ってたわよね。どんな子なのかしら?」

 

「んー、琴音がどんな子か、ねぇ。とりあえず可愛い子だったよ。私みたいな茶色混じりじゃない黒髪姫カットで、私と違ってゴスロリが似合ってた。

性格は、身内には優しい子って感じかな。喧嘩っぱやくて、勇者が攻めてきた時はそいつが拠点にしてた場所を魔境に変貌させて街ごとほぼ全滅にしてたし」

 

「なんだか南雲くんみたいな子ね」

 

「言われてみれば確かにそうかも。…久々に話したら会いたくなってきた」

 

「今はどうしてるのでしょうね」

 

「さぁね、天国か地獄で楽しくしてたらいいけど」

 

「っ!…ごめんなさい、失言だったわ」

 

「んーん、そんな気にしなくていいよ。琴音を殺したのは私だし、私を殺したのは琴音だもん。お互い未練なく死ねて、私はステラちゃんになって琴音は魔法学の教員としてあの世で働いてる」

 

「死んだ…のよね?」

 

「琴音は確かに大量殺人をしてるけど、過去と経緯を考慮して地獄で働くって形で償いをしてるの」

 

「過去って…」

 

食べ終えた宇未が話に入ってくる。

 

「内容は伏せるけどぶっちゃけ宇未ちゃん以上に酷かったね。10歳まで拷問みたいな虐待受けて、学校ではいじめにあってって感じで、まぁ人の不幸なんて比べたところで無駄なんだけどさ」

 

「なんか、お姉ちゃんの周りの人って…」

 

「偶然だよ偶然。類は友を呼ぶってやつなのかもね。じゃ、そろそろ宿に戻ろっか。明日からしばらく帰って来れないからちゃんと休みなね」

 

「明日から行くのかしら?準備は?」

 

「ハジメくんは準備して落ちた?」

 

「…なるほどね。それなら今からでもいいわよ」

 

「強い子だね、雫ちゃんは。でも宇未ちゃんが眠そうだから明日からね」

 

宇未は眠そうに目を擦り、船をこいでいる。希依は宇未の腰に手を回し、抱き抱える。

 

「まったく、可愛いねぇうちの子は」

 

 

 

 

 

 

 


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