ありふれた神様転生の神様の前世の魔王様は異世界に放り込まれる 作:那由多 ユラ
希依は、体全体が何か温かで柔らかな物に包まれているのを感じた。随分と懐かしい感触。
あれ?私、どうしたんだっけ……
覚醒しきらない意識のまま手探りをしようとする。しかし、右手はその意思に反して動かない。
「ぅん……おねー……ちゃ……」
あれ、この声…琴音?
体を起こすと、希依は自分がベッドで寝ていることに気がついた。純白のシーツに豪奢な天蓋付きの高級感溢れるベッド。
そんなことよりもである。希依の右手を抱きながら眠っているのは、間違いなく希依の最愛の妹にして恋人であり、今は死後の世界で魔法学教授をしていてここにいるはずのない喜多琴音であった。
「……どこ、ここ…?
ことねー、ちょっと起きてくれるー?」
希依が琴音の肩をユサユサと揺らすと「んっ、んぅ…」と艶かしい声をこぼしながら目を覚ました。
「あ、おねーちゃん起きたんだ。おはよー」
「ん、おはよ琴音。ここどこ?雫ちゃんと宇未ちゃんは?」
「ここ?ここは、オルクス大迷宮の最奥。解放者、オスカー・オルクスの住処だった場所だよ。
おねーちゃんは二時間くらい寝てて、ヤエちゃんとソラちゃんが物色中」
「ふーん、そっか」
「とりあえず二人のところに案内したげる。おねーちゃん一人で歩かせたら一人で外に出てそうだし」
「失礼な。精々ここから出られなくなるくらいだってば」
二人は楽しげに、手を繋いで雫と宇未のもとへと向かっていく。
「そういえばなんで琴音がいるの?」
「…聞くのちょっと遅くない?」
「だって、会えて嬉しいって気持ちの方がずっと強いし」
「…シスコン」
「琴音もでしょ?」
「まぁそうだけど」
「で、なんでいるの?てかどうやってきたの?」
「んと、お義父さんからおねーちゃんのことを聞いて、ステラちゃんの所に転移して、ごうも…尋問しておねーちゃんのいる座標を聞いて転移してきたの」
「…一応ステラちゃんは私の同一体だって分かってるんだよね?もしかしてもしかしなくても、その拷問は前に『性的な』が付くよね?」
「……」
「こーとーねー?」
「さっ、ここだよおねーちゃん!」
「ちょっと!?」
二人は三階の奥の部屋に向かった。奥の扉を開けると、そこには直径7~8m精緻で繊細な魔法陣が部屋の中央の床に刻まれていた。
しかし、それよりも注目すべきなのは、その魔法陣の向こう側、直前まで誰かが長いこと座っていたような跡のある豪奢な椅子。
そんな不気味でありながら、どこか神秘的な部屋に雫と宇未もいた。
「…宇未ちゃん、食べすぎた?」
「違います!死体は最初からなか…お姉ちゃん目が覚めたのですか!…そちらの方は?」
「あら、希依さん目がさめ…おかしいわね、私も疲れてるのかしら。一人多い気がするのだけれど」
怪訝な目で琴音を見る雫と宇未。
「初めまして、私はおねーちゃんの恋人で妹の喜多琴音。よろしくね。ヤエちゃん、ソラちゃん」
「ヤエちゃん!?初対面で、いえ、そうでなくてもそんな呼ばれ方したことないわよ!?」
「私もです。ソラちゃん、いい響きです。今日は喜多姓とよく会う日ですね」
「おねーちゃんと血の繋がりは無いんだけどね」
「あなたのことはちょっとだけ希依さんから聞いているわよ。私は八重樫雫。よろしくお願いするわ」
「あれ、別に私が起きる前に出会ってた訳じゃないのね」
「はい。私と雫さんで寝落ちしたお姉ちゃんをたまたま見つけたベッドに寝かせたあと、琴音さんとは出会っていません」
てっきり、琴音が知り合ってる風に話したからてっきり知り合ってるものかと思ってた。
「ほむ。で、琴音、ここはなんの場所なの?」
「ここは言わば大迷宮のゴール、報酬を貰える場所だよ。三人ともそこの魔法陣の上に立ってくれる?」
琴音に言われるがまま、希依と宇未と雫は魔法陣の中央に立つ。
魔法陣の中央に足を踏み込んだ瞬間、カッと純白の光が爆ぜ部屋を真っ白に染め上げる。
やがて光が収まり、目を開けた三人の目の前には、黒衣の青年が立っていた。
中央に立つ三人の眼前に立つ青年は、古めかしいローブを着ていた。
「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」
話し始めた彼はオスカー・オルクスというらしい。【オルクス大迷宮】の創造者のようだ。琴音にその名を聞いた希依と、原作を既読済みの宇未はともかく雫は驚きながら彼の話を聞く。
「ああ、質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。……我々は反逆者であって反逆者ではないということを」
語られるのは狂った神とその子孫達の戦いの物語。
神代の少し後の時代、世界は争いで満たされていた。人間と魔人、様々な亜人達が絶えず戦争を続けていた。争う理由は様々。領土拡大、種族的価値観、支配欲、他にも色々あるが、その一番は〝神敵〟だから。今よりずっと種族も国も細かく分かれていた時代、それぞれの種族、国がそれぞれに神を祭っていた。その神からの神託で人々は争い続けていたのだ。
だが、そんな何百年と続く争いに終止符を討たんとする者達が現れた。それが当時、〝解放者〟と呼ばれた集団。
彼らには共通する繋がりがあった。それは全員が神代から続く神々の直系の子孫であったということ。そのためか〝解放者〟のリーダーは、ある時偶然にも神々の真意を知ってしまった。何と神々は、人々を駒に遊戯のつもりで戦争を促していたのだ。〝解放者〟のリーダーは、神々が裏で人々を巧みに操り戦争へと駆り立てていることに耐えられなくなり志を同じくするものを集めたのだ。
彼等は、〝神域〟と呼ばれる神々がいると言われている場所を突き止めた。〝解放者〟のメンバーでも先祖返りと言われる強力な力を持った七人を中心に、彼等は神々に戦いを挑んだ。
しかし、その目論見は戦う前に破綻してしまう。何と、神は人々を巧みに操り、〝解放者〟達を世界に破滅をもたらそうとする神敵であると認識させて人々自身に相手をさせたのだ。その過程にも紆余曲折はあったのだが、結局、守るべき人々に力を振るう訳にもいかず、神の恩恵も忘れて世界を滅ぼさんと神に仇なした〝反逆者〟のレッテルを貼られ〝解放者〟達は討たれていった。
最後まで残ったのは中心の七人だけだった。世界を敵に回し、彼等は、もはや自分達では神を討つことはできないと判断する。そして、バラバラに大陸の果てに迷宮を創り潜伏することにしたのだ。試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を譲り、いつの日か神の遊戯を終わらせる者が現れることを願って。
長い話が終わり、オスカーは穏やかに微笑む。
「君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」
そう話を締めくくり、オスカーの記録映像はスっと消えた。
同時に、三人の脳裏に何かが侵入してくる。ズキズキと痛むが、それがとある魔法を刷り込んでいたためと理解できたので大人しく耐えた。
やがて、痛みも収まり魔法陣の光も収まる。
「なるほどねぇ。雫ちゃん、どうだった?」
雫は足を震わせ、鳥肌を立たせている。
「こんなのって、私たちは、なんのためにこの世界に連れてこられたの?」
雫の言葉に答えたのは琴音だった。
「邪神、エヒトルジュエが裏で暗躍している戦争に加えるスパイスってところだろうね。深い意味は無いよ。今も続く戦争に意味が無いんだから」
「…なんか、何もかも知ってそうな言い方をするのね。それになにか隠してそう」
「世界の全てを理解し、魔王のよき理解者となって導くのが私、理解者の役目だからね。一応なんでも知ってるよ」
琴音の、この世界で言うところの天職は『理解者』
ありとあらゆる知識を閲覧できる存在。希依が魔王となった世界では一人の魔王と一人の理解者がワンセットで、そのペアは何かしら深い縁、絆で繋がっている者達が後天的になるものだった。
「まぁ琴音のことは置いといて、雫ちゃん、どうする?」
「…光輝なら、話を信じずに戦争を続けるのでしょうね。でも、話が本当なら魔王を倒したところで帰ることはおそらく出来ない。
南雲くんは、多分ある程度は信じて神エヒトに頼らずに帰る方法を探している」
雫は険しい顔をして悩み込む。
「その通りだろうね。愛子ちゃんは、いつの間にかハジメくんから聞いてたみたいだし、もうそろそろ行動に出る頃かもしれないね」
「そう、先生が…」
「宇未ちゃんはどうする?エヒト殴る?」
「私は、お姉ちゃんと一緒に居られればそれでいいです」
「そっか。それで琴音は、どうするの?帰るの?てか帰れるの?」
「んー、ステラちゃんに頼めば帰れるだろうけど、現状自力で帰るのは無理かな。そもそも帰りたくないし。
ヤエちゃん達を元の世界に帰すのはもっと無理。魔法で帰すには知識だけじゃなくて技術もいるねこれは」
「もうちょい詳しく」
希依の言葉に若干面倒くさそうな顔をしながらも琴音は話した。
「魔法で転移する時は魔法陣に場所の座標を入れなきゃいけないんだよ。X軸、Y軸、Z軸って感じでね。私があの世に帰れないのはそれとは別問題だから置いておくとして、ヤエちゃん達を帰せないのはこの座標が問題なんだよ。
分からないってわけじゃないんだけどね、まったく同じ座標が二つあるんだよ。だからこそ、この世界に勇者達を呼ぶことがエヒトには出来たんだけど、これは同じ座標を重ねたからこそ成功した。
逆に私のやり方だと、どうしてもエラー、矛盾、パラドックスが発生する。同じ座標に同じ人間は居られないから、最悪のパターンとして文字通り無の空間に放り込まれることになる」
琴音の長い説明に、疲れきっていた雫は頭を抑えてしまう。
「とりあえず、しばらく休もっか」
休みを提案した希依自身、疲れたような表情をしていた。
希依達が眠っていたベッドに雫と宇未を寝かせ、希依と琴音はオスカーの住処で発見した大浴場に浸かる。二年ぶりの二人での団欒。
「琴音が地獄だか天国だかで魔法学の先生やってるってのは聞いたんだけどさ、結局なに教えてるの?」
「んー、色々だよ、色々。魔法の作り方とか、魔法による犯罪に関することとか、戦闘用魔法の日常生活での役立て方とか、色々。
…私のことよりもさ、おねーちゃん大丈夫なの?お義父さんから聞いてるんだよ?過去の記憶に干渉するタイプの精神攻撃受けたって」
「へーきへーき、だいじょ「大丈夫じゃないでしょ。私に隠し事できると思った?」…ごめん、まだ結構怖い」
「心配したんだからね?会ったばっかりの時みたいにぐったりしてて見てられなかったよ。何を見せられたの?」
「…宇未ちゃんに、嫌いって言われて刺された。お父さんに、家族じゃないって。琴音に、いらないって捨てられて。…いっぱい、いっぱい失くす夢見た。最後は…また一人になって…いっぱい犯されて…殴られて…怒られて……
琴音?な――
なんで、泣いてるの?
最後まで言えなかった。
「なんでなんて、言わないでよ。心配、したんだからね?おねーちゃんの妹で恋人なんだから、おねーちゃんが酷い目にあって泣かないなんて無理だもん!」
最愛の子が、私のために泣いてくれて、抱きしめてくれる。そんな私は、どうしようもなく幸せだ。
「おねーちゃん♪」
「なにっ――」
希依に琴音の唇が重ねられる。舌を絡ませたり、舐め回したり。
殺し別れて二年ぶりのキスの味は、甘くてちょっと、しょっぱかった。