ありふれた神様転生の神様の前世の魔王様は異世界に放り込まれる   作:那由多 ユラ

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第32話

 

 

 

勇者達が、【宿場町ホルアド】にて衝撃の再会と天之河光輝の虐殺から三週間が経過した。

 

現在、勇者達の早急に対処しなければならない欠点、〝人を殺す〟ことについて浅慮が過ぎるという点をどうにかしなければこれ以上戦えないという事と、意識を失い眠ったままの天之河光輝を休ませるという事で、彼等は王都に戻って来ていた。魔人族との戦争にこのまま参加するならば、人殺しの経験は必ず必要となる。

 

もっとも、考える時間は、もうあまり残されていないと考えるのが妥当だ。ウルの町での出来事は、既に勇者達の耳にも入っており、自分達が襲撃を受けたことからも、魔人族の動きが活発になっていることは明らかで、開戦が近い事は誰もが暗黙の内に察している事だった。従って、勇者達は出来るだけ早く、この問題を何かしらの形で乗り越えねばならなかった。

 

さらに、天之河光輝には声が届かないうえ、回復・治癒魔法も大した効果を発揮しないという始末。その上八重樫雫が行方不明になったことも多大な影響を与えている。

 

 

そんな勇者達はというと、現在、ひたすらメルド団長率いる騎士達と対人戦の訓練を行っていた。龍太郎や近藤達、永山達も、ある程度の覚悟はあったものの、実際、ハジメが魔人族の女の頭を撃ち抜く瞬間を見て、自分にも出来るのかと自問自答を繰り返していた。時間はないものの、無理に人殺しをさせて壊れてしまっては大事なので、メルド達騎士団も頭を悩ませている。

 

そんな、ある意味鬱屈した彼等に、その日、ちょっとした朗報が飛び込んできた。

 

愛子達の帰還だ。普段なら、光輝のカリスマにぐいぐい引っ張られていくクラスメイト達だったが、当の勇者に再起不能なことや、雫が行方不明になっていることで皆どこか沈みがちだった。手痛い敗戦と直面した問題に折れてしまわないのは、近藤や永山といった思慮深い者達のフォローと鈴のムードメイクのおかげだろうが、それでも心に巣食ったモヤモヤを解決するのに、身近な信頼出来る大人の存在は有難かった。みな、いつだって自分達の事に一生懸命になってくれる先生に、とても会いたかったのだ。

 

 

だが、帰って来たのは愛子だけではなかった。

 

ホルアドの街で豊穣の女神が帰ってきたという噂を聞いた雫も、クラスメイトのいる王宮へと向かったのだ。

 

白髪になり、身体が成長したのを見て驚かないかなど、愛子に会うのは楽しみにし、ハジメと似た変貌を遂げた自分をクラスメイトに見られたくないなと、色々な思いを胸にこっそりと、誰にも会わずお忍びで愛子の部屋向かう途中で、愛子が廊下の奥から、トボトボと何だかしょげかえった様子で、それでも必死に頭を巡らせているとわかる深刻な表情をしながら前も見ずに歩いてくるのを発見する。

 

雫は、一体何があったのだと、訝しそうにしながら、愛子を呼び止めた。

 

「先生……先生!」

 

「ほえっ!?」

 

奇怪な声を上げてビクリと体を震わせた愛子は、キョロキョロと辺りを見回し、ようやく雫の存在に気がつく。そして、長身白髪に変貌した雫を雫だと気づかず「だ、誰ですか?」と疑問を口にする。

 

「予想通りの反応で安心しました。私です、八重樫雫です。色々あってこんなになっちゃいましたけど正真正銘八重樫雫です」

 

「え…えええぇぇぇぇえええ!!?」

 

「お変わり無いようで何よりです」

 

「やっ、ややや八重樫さんですか!?どうしたんですかその姿は!?」

 

「成長期です。いっぱい食べて育ちました。背も、胸も。髪はストレスでしょうか」

 

平然と嘘ではないが限りなく嘘に近い言葉を愛子も真に受けてしまう。

 

「えっ、ええ?いえ、確かにそうですね、しばらく見ないうちに背が伸びるだなんてよくある事です。それでも育ちすぎな気もしますが、いえ、私の身長が伸びなかったことを気にしている訳ではありませんよええ、分かっていますとも。それにしてもその髪は、一体どれだけの苦労をかけてしまったのでしょう」

 

今の今まで沈んでいたというのに、口から飛び出るのは生徒の変貌っぷりへの驚愕と心配ばかり。相変わらずの愛ちゃん先生の姿に、自然と雫の頬も綻び、同時に安心感が胸中を満たす。

 

しばし、二人は再会と互いの無事を喜び、その後、情報交換と相談事のため愛子の部屋へと入っていった。

 

 

 

「そう、ですか……清水君が……」

 

雫と愛子、二人っきりの部屋で、可愛らしい猫脚テーブルを挟んで紅茶を飲みながら互いに何があったのか情報を交換する。そして、愛子からウルの町であった事の次第を聞き、雫が最初に発した言葉がそれだった。

 

室内には、やり切れなさが漂っている。愛子は、悄然と肩を落としており、清水のことを気に病んでいるのは一目瞭然だった。雫は、愛子の性格や価値観を思えば、どんな事情が絡んでいても気にするのは仕方ないと思い、掛けるべき言葉が見つからない。

 

しかし、このまま落ち込んでいても仕方ないので、努めて明るく、愛子の無事を喜んだ。

 

「清水君のことは残念です……でも、それでも先生が生きていてくれて本当よかったです。南雲君と希依さんには本当に感謝ですね」

 

 愛子は、微笑みかけてくる雫に、また、生徒に気を使わせてしまったと反省し、同じく微笑みを返した。

 

「そういえば先生、光輝のことは聞いていますか?」

 

清水が死んだ話の後に雫が振る話題は天之河光輝が殺された話。

 

「…はい。詳しくは分かりませんでしたが、異端者に殺されたものの、神の奇跡により無傷で生還したけれど、今は寝たきりだと、聞いています」

 

愛子が聞いた話は、事実とかなり異なる点がある。殺したのは宇未で、傷を治したのは宇未の血涙。決して神の奇跡では無い。

 

「先生、光輝を殺したのは、東江宇未という、羽根の生えた女の子なんです。決して異端者認定を受けているわけでもありません。そして、傷を治したのも彼女です」

 

「宇未ちゃんのことは、私も知っていますよ。天之河君のことを殺したがっていたことも。

宇未ちゃんはどんな様子でしたか?宇未ちゃんが私を先生と呼んでくれた以上、あの子も私の生徒です」

 

「…光輝を何度も殺しては生き返らせてを繰り返して、最後は泣いていました。どれだけ殺しても満たされない、どうしたらいいのか分からないって」

 

「そう…ですか。

宇未ちゃんの過去は私も聞いてますが、そこから来る恨みがどれだけのものか、私には分かりません。先生として、情けないです」

 

小さな手が拳を握り膝の上でプルプルと震わせる。

 

「その日の夜、私は彼女と話しました。もう光輝を殺すとは思えませんが、それでもあの子が何で満たされるのかは、結局分かりませんでしたが」

 

雫は宇未がくれた刀、現切りをそっと撫でる。

 

「それは…日本刀、ですか?もしかして南雲君の…?」

 

「いえ、これは宇未さんに貰ったものです。神が創った刀の模造品、『模刀 現切り』、生前の彼女のように癖が強くもたくましい、良い刀です」

 

恨み合うことなく、仲良く出来ているのを察した愛子は優しい笑みを浮かべた。

 

 

 

「そうだ、忘れてました。八重樫さん、その姿はいったい何があったのですか?さっきは誤魔化されそうになりましたが先生を誤魔化すことはできませんよ!」

 

「だから成長期ですって」

 

「そんなはずありません!その姿はまるで…」

 

愛子は雫を心配するような目で見つめ、言葉を濁らせる。

 

「まるで南雲くんのよう、ですか?」

 

雫と同じように、ハジメもウルの街であったときは背が伸び、白髪になっていた。

 

「…はい。一体何でそうなったのか、話してくれませんか?」

 

正直なところ、雫には話さない理由が『背を伸ばしたくなった愛子が魔物を食べようとするのを止めるのが面倒』程度しかない。ハジメから詳しく聞けなかったからなのか、必死な表情をしている愛子に話さないという考えは雫にはなかった。

 

「私は、強くなるために南雲くんが落ちたオルクス大迷宮65層から飛び降りて最下層まで降りてきました。希依さん、宇未さんと一緒に」

 

「そっ、そんな危険なことをしていたんですか!?」

 

「はい。希依さんに鍛えてもらうために。

この姿になったのは、希依さんの魔物料理を食べてすぐのことでした。希依さんいわく『良くないもの』を取り除いた魔物の肉を食べて、気がついたらこんな身体に」

 

とてつもなく危険なことをしてきた雫がハジメのように腕や目を失わずに帰ってきていることに愛子は安堵する。

 

「…南雲君は、奈落の底で解放者の語る世界の真実を聞いたと言っていました。八重樫さんも、聞きましたか?」

 

「はい。しっかりと。そして、それは真実で間違いないそうです」

 

「やっぱり、そうなんでしょうか」

 

「その事なんですが先生、私は、この世界の神を倒そうと思っています。みんなとは別行動で」

 

「なっ、何を言ってるんですか!?ダメです!絶対ダメです!危険すぎます!」

 

必死に止める愛子だが、もう雫は決心してしまっている。

 

「真実を知って、私は南雲くんのようにこの世界を完全に見捨てることは出来ない程度にはここにも愛着があります。でもやっぱり私は帰りたいんです。世界を救う訳ではありませんから、大したことではありませんよ」

 

「そう…ですか」

 

光輝のカリスマによる流れ・ノリ以上に止められそうにないことを愛子は察し、諦めるようなため息を吐く。

 

「それなら、聞いておいて欲しいことがあります。

正式に、…南雲君が異端者認定を受けました」

 

「っ!?それは……どういうことですか?いえ、何となく予想は出来ますが……それは余りに浅慮な決定では?」

 

ハジメの力は強大だ。希依含む僅か数人で六万以上の魔物の大群を、未知のアーティファクトで撃退した。ハジメの仲間も、通常では有り得ない程の力を有している。にもかかわらず、聖教教会に非協力的で、場合によっては敵対することも厭わないというスタンス。王国や聖教教会が危険視するのも頷ける。

 

しかし、だからといって、直ちに異端者認定するなど浅慮が過ぎるというものだ。異端者認定とは、聖教教会の教えに背く異端者を神敵と定めるもので、この認定を受けるということは何時でも誰にでもハジメの討伐が法の下に許されるという事だ。場合によっては、神殿騎士や王国軍が動くこともある。

 

そして、異端者認定を理由にハジメに襲いかかれば、それは同時に、ハジメからも敵対者認定を受けるということであり、あの容赦のない苛烈な攻撃が振るわれるということだ。その危険性が上層部に理解出来ないはずがない。にもかかわらず、愛子の報告を聞いて、その場で認定を下したというのだ。雫が驚くのも無理はない。

 

雫がそこまで察していることに相変わらず頭の回転が早い子だと感心しながら愛子は頷く。

 

「全くその通りです。しかも、いくら教会に従わない大きな力とはいえ、結果的にウルの町を救っている上、私がいくら抗議をしてもまるで取り合ってもらえませんでした。南雲君は、こういう事態も予想して、ウルの町で唯でさえ高い豊穣の女神の名声を更に格上げしたのに、です。護衛隊の人に聞きましたが〝豊穣の女神〟の名と〝女神の剣〟の名は、既に、相当な広がりを見せているそうです。今、彼を異端者認定することは、自分達を救った〝豊穣の女神〟そのものを否定するに等しい行為です。私の抗議をそう簡単に無視することなど出来ないはずなのです。でも、彼等は、強硬に決定を下しました。明らかにおかしいです……今、思えば、イシュタルさん達はともかく、陛下達王国側の人達の様子が少しおかしかったような……」

 

「……それは、気になりますね。彼等が何を考えているのか……でも、取り敢えず考えないといけないのは、唯でさえ強い南雲君に誰を差し向けるつもりなのか? という点ではないでしょうか」

 

「……そうですね。おそらくは……」

 

「ええ。私達でしょう……まっぴらゴメンですよ?私は、まだ死にたくありません。南雲くんを殺すなんてしたら、ユエさん達が悲しんで、私が希依さんに殺されます……想像するのも嫌です。

私以外のみんなじゃすぐ殺されそうですしね」

 

雫がぶるりと体を震わせ、愛子は、逆に殺されるとは言わないのかと苦笑いする。

 

そして、国と教会側からいいように言いくるめられて、ハジメと敵対する前に、愛子は、光輝達にハジメから聞いた狂った神の話とハジメの旅の目的を話す決意をした。証拠は何もないので、信じられるかは分からない。なにせ、今まで、魔人族との戦争に勝利すれば、神が元の世界に戻してくれると信じて頑張ってきたのだ。

 

実は、その神は愉快犯で、帰してくれる可能性は極めて低く、だから、昔、神に反逆した者達の住処を探して自力で帰る方法を探そう! などといきなり言われても信じられるものではないだろう。光輝達が話を聞いたあと、戯言だと切って捨てて今まで通り戦うか、それとも信じて別の方針をとるか……それは愛子にも分からないが、とにかく教会を信じすぎないように釘を刺す必要はある。愛子は、今回のことでそれを確信した。

 

「今晩……いえ、夕方、全員が揃ったら先生からお話したいと思います」

 

「それは……いえ、そうですか。私はその場には居られませんが…」

 

「仕方ない、ですね。今の八重樫を見て、みんなが冷静でいられるとは、あまり思えません」

 

「私は希依さんや宇未さんと、今晩にでも別の街へ向かいます。エヒトをおびき寄せるために色々とすることがあるので」

 

「くれぐれも、危険なことはしないでくださいね」

 

「はい。私も、帰りたいですからね」

 

雫の言葉に愛子は満足気に微笑む。

 

その後、雫と愛子は雑談を交わし、程よい時間で分かれた。

 

 

 

 

そして時刻は夕方。

 

鮮やかな橙色をその日一日の置き土産に、太陽が地平の彼方へと沈む頃、雫は既に王宮から立ち去り、愛子は一人誰もいない廊下を歩いていた。廊下に面した窓から差し込む夕日が、反対側の壁と床に見事なコントラストを描いている。

 

夕日の美しさに目を奪われながら夕食に向かう愛子だったが、ふと何者かの気配を感じて足を止めた。前方を見れば、ちょうど影になっている部分に女性らしき姿が見える。廊下のど真ん中で、背筋をスっと伸ばし足を揃えて優雅に佇んでいる。服装は、聖教教会の修道服のようだ。

 

その女性が、美しい、しかしどこか機械的な冷たさのある声音で愛子に話しかけた。

 

「はじめまして、畑山愛子。あなたを迎えに来ました」

 

愛子は、その声に何故だか背筋を悪寒で震わせながらも、初対面の相手に失礼は出来ないと平静を装う。

 

「えっと、はじめまして。迎えに来たというのは……これから生徒達と夕食なのですが」

 

「いいえ、あなたの行き先は本山です」

 

「えっ?」

 

有無を言わせぬ物言いに、思わず愛子が問い返す。と、そこで、女性が影から夕日の当たる場所へ進み出てきた。その人物を見て、愛子は息を呑む。同性の愛子から見ても、思わず見蕩れてしまうくらい美しい女性だったからだ。

 

夕日に反射してキラキラと輝く銀髪に、大きく切れ長の碧眼、少女にも大人の女にも見える不思議で神秘的な顔立ち、全てのパーツが完璧な位置で整っている。まるで、人形のように。

 

身長は、女性にしては高い方で百七十センチくらいあり、愛子では、軽く見上げなければならい。白磁のようになめらかで白い肌に、スラリと伸びた手足。胸は大きすぎず小さすぎず、全体のバランスを考えれば、まさに絶妙な大きさ。

 

ただ、残念なのは表情が全くないことだ。無表情というより、能面という表現がしっくりくる。著名な美術作家による最高傑作の彫像だと言われても、誰も疑わないだろう。全身何もかもが人形のように美しい女だった。

 

その女は、息を呑む愛子に、にこりともせず淡々と言葉を続けた。

 

「あなたが今からしようとしていることを、主は不都合だと感じております。あなたの生徒がしようとしていることの方が〝面白そうだ〟と。なので、時が来るまで、あなたには一時的に、退場していただきます」

 

「な、なにを言って……」

 

ゆっくり足音も立てずに近寄ってくる美貌の修道女に、愛子は無意識に後退る。その時、修道女の碧眼が一瞬、輝いたように見えた。途端、愛子は頭に霞がかかったように感じた。思わず、魔法を使うときのように集中すると、弾かれた様にモヤが霧散した。

 

「……なるほど。流石は、主を差し置いて神を名乗るだけはあります。私の魅了を弾くとは。仕方ありません。物理的に連れて行くことにしましょう」

 

「こ、来ないで!も、求めるはっ……うっ!?」

 

得体の入れない威圧感に、愛子は咄嗟に魔法を使おうとする。しかし、詠唱を唱え終わるより早く、一瞬で距離を詰めてきた修道女によって鳩尾に強烈な拳を叩き込まれてしまった。崩れ落ちる愛子は、意識が闇に飲まれていくのを感じながら、修道女のつぶやきを聞いた。

 

「ご安心を。殺しはしません。あなたは優秀な駒です。あのイレギュラー達を排除するのにも役立つかもしれません」

 

 愛子の脳裏に、自分を娘と呼ぶ魔王少女が思い浮かぶ。そして、届かないと知りながら、完全に意識が落ちる一瞬前に心の中で彼女の名を叫んだ。

 

―――希依さん!

 

 

 

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