ありふれた神様転生の神様の前世の魔王様は異世界に放り込まれる   作:那由多 ユラ

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第33話

 

 

薄暗く明かり一つ無い部屋の中に、格子の嵌った小さな窓から月明かりだけが差し込んで黒と白のコントラストを作り出していた。

 

部屋の中は酷く簡素な作りになっている。鋼鉄造りの六畳一間、木製のベッドにイス、小さな机、そしてむき出しのトイレ。地球の刑務所の方がまだましな空間を提供してくれそうだ。

 

そんなどう見ても牢獄にしか思えない部屋のベッドの上で壁際に寄りながら三角座りをし、自らの膝に顔を埋めているのは畑山愛子その人だ。

 

愛子が、この部屋に連れて来られて三日が経とうとしている。

 

愛子の手首にはブレスレット型のアーティファクトが付けられており、その効果として愛子は現在、全く魔法が使えない状況に陥っていた。それでも、当初は、何とか脱出しようと試みたのだが、物理的な力では鋼鉄の扉を開けることなど出来るはずもなく、また唯一の窓にも格子が嵌っていて、せいぜい腕を出すくらいが限界であった。

 

もっとも、仮に格子がなくとも部屋のある場所が高い塔の天辺な上に、ここが【神山】である以上、聖教教会関係者達の目を掻い潜って地上に降りるなど不可能に近いのだが。

 

そんなわけで、生徒達の身を案じつつも、何も出来ることがない愛子は悄然と項垂れ、ベッドの上で唯でさえ小さい体を更に小さくしているのである。

 

「……私の生徒がしようとしていること……一体何が……」

 

僅かに顔を上げた愛子が呟いたのは、攫われる前に銀髪の修道女が口にしたことだ。愛子が、ハジメから聞いた話を光輝達に話すことで与えてしまう影響は不都合だと、彼女の言う〝主〟とやらは思っているらしい。そして、生徒の誰かがしようとしていることの方が面白そうだとも。

 

愛子の胸中に言い知れぬ不安が渦巻く。思い出すのは、ウルの町で暴走し、その命を散らした生徒の一人、清水幸利のことだ。もしかしたら、また、生徒の誰かが、取り返しのつかない事をしようとしているのではないかと愛子は気が気でなかった。

 

「どうにか……ここから…」

 

所持品を特に奪われなかった愛子の手には、いつか希依が願いの対価として要求した日本円の五円玉。

人任せになってしまうが、それでも自分の意地よりも生徒の安全を愛子は願った。

 

――にゃっははは、いいよ、その願い叶えてあげる。

 

にゃははと、奇妙な笑い声が部屋に響き渡る。

 

「だ、誰ですか?いったいどこから…」

 

「ここ、ここ。こっちだよー」

 

部屋の、小さな机の方から声が聞こえてきた。扉は開いていないことから警戒する愛子。

机の方を見ると、机の上から金色の髪、右目が白で左目が赤の、愛子をここに幽閉した女とは違う美しさを放つ女性の頭部が机に乗っている。

 

「ひっ!」

 

愛子から見たら机に生首が乗っているように見え、咄嗟にベッドの上に立ち上がって後ずさる。

 

「あ、は、ああ」

 

「にゃははは、怖がらせちゃった?」

 

女性は机の上に這い上がるように首から下が出てきて、机に腰掛ける。

 

身長は180を優に超える長身で、暴力的なまでに豊満な胸、宇未の着ていた白黒の巫女服を紅白にしたような巫女服を身につけていた。

 

「ステラはステラ・スカーレット。希依ちゃんから少しは聞いてない?」

 

「ステ…ラ…って、名前は聞いてますが、話ではもっと幼い容姿だとばかり……」

 

「まぁ幼女姿がデフォだからね。でもこっちの方が神様っぽいでしょ?」

 

「イエーイ」とピースするが、長身でやられても違和感しか感じない。

 

「じゃあさっさとここから出よっか。仕事が終わってステラも遊びに来たのにずっとここじゃ暇だからね」

 

愛子の近くまで来たステラは腰をかがめ、愛子の手をとる。

 

「あ、あの、何を?」

 

「ん?これ邪魔でしょ?」

 

ステラは愛子の腕に付けられたブレスレット型のアーティファクトをパキリと破壊し、その辺へ放り投げる。その際に愛子の手に握られた五円玉をかすめ取る。

 

「お賽銭はしっかりと頂いた。あとは愛ちゃんが救われるだけだよ」

 

「え、あ、えっと、はい…?わわっ!?」

 

流れるような動作に頭がついていかない愛子をステラは持ち上げ、胸が枕やクッションになる位置に抱き抱える。

 

ドパンッ!

 

乾いた破裂音が室内に木霊する。

それは、愛子には聞き覚えのある音だった。

 

「…南雲くん?」

 

「よう、無事か?先生」

 

声のした方、格子の嵌った小さな窓に視線を向ける。するとそこには、窓から顔と銃口を覗かせているハジメの姿があった。

 

「なに…を…キャアアア!!」

 

ステラ頭部が弾け飛び、血肉や脳漿が部屋中に撒き散らされ、それが愛子にもかかっていた。

ステラの頭部を失ってなお愛子を抱き抱えたままその場に立つ様すらも、美しさを損なわず芸術的だった。

 

「南雲くん何を!?」

 

「…いや、危なそうだったから撃ったんだが……それどうなってんだ?」

 

ハジメが本気で分からないような顔でこちらを見る。

 

「へっ?」

 

いつの間にか部屋に飛び散った赤は無くなっていて、ステラの頭部が元通りになっていた。

 

「あー、びっくりした。何すんのさ、ステラは希依ちゃんと違って脆いんだから丁重に扱ってよね」

 

音も立てずに壁に大きな穴を開け、当然のように空を飛んでハジメの前に出る。

 

「わっ、はわわっ!…あれ?」

 

「お前、何者だ?」

 

ハジメは〝空力〟で空中に留まりながらステラに銃を向ける。

 

「ステラはステラ。趣味と実益を兼ねて愛ちゃんの願いをかなえに来たの」

 

と、その時、遠くから何かが砕けるような轟音が微かに響き、僅かではあるが大気が震えた。

 

何事かと緊張に身を強ばらせた愛子がハジメに視線を向けると、ハジメは遠くを見る目をして何かに集中していた。現在、ハジメは地上にいるユエ達から念話で情報を貰っているのである。

 

「ちっ、なんてタイミングだよ。……まぁ、ある意味好都合かもしれないが……」

 

 しばらくすると、ハジメは舌打ちしながら視線を愛子に戻す。愛子は、ハジメが念話を使えることを知らないが、非常識なアーティファクト類を沢山見てきたので、それらにより何か情報を掴んだのだろうと察し、視線で説明を求めた。

 

「先生、魔人族の襲撃だ。さっきのは王都を覆う大結界が破られた音らしい」

 

「魔人族の襲撃!?それって……」

 

「ん、魔物は数は約十万、種類多数で強さはそれなり。南雲さん、とりあえずは休戦でいいよね?いま殺りあってる暇はない」

 

「チッ。先生が死んだらぶっ殺すからな」

 

ハジメが忠告した直後、

 

カッ!!

 

外から強烈な光が降り注いだ。

 

「「「ッ!?」」」

 

部屋に差し込んでいた月の光をそのまま強くしたような銀色の光に、本能がけたたましく警鐘を鳴らす。

 

ハジメとステラは脇目も振らず外壁の穴から飛び出した。急激な動きに愛子が耳元で悲鳴を上げギュッと抱きついてくるが、今は気にしている場合ではない。

 

二人が、隔離塔の天辺から飛び出したのと銀光がついさっきまで愛子を捕えていた部屋を丸ごと吹き飛ばすのは同時だった。

 

ボバッ!!

 

物が粉砕される轟音などなく、莫大な熱量により消失したわけでもなく、ただ砕けて粒子を撒き散らす破壊。人を捕えるための鋼鉄の塔の天辺は、砂より細かい粒子となり、夜風に吹かれて空へと舞い上がりながら消えていった。

 

目を見開き思わずといった感じで呟く。

 

「……分解……でもしたのか?」

 

「ご名答です、イレギュラー」

 

返答を期待したわけではない独り言に、鈴の鳴るような、しかし、冷たく感情を感じさせない声音が返ってくる。

 

ハジメが声のした方へ鋭い視線を向けると、そこには、隣の尖塔の屋根からハジメ達を睥睨する銀髪碧眼の女がいた。ハジメは、愛子を攫った女だろうと察する。

 

「ステラさん!私を閉じ込めたのはあの人です!」

 

「にゃっはは~。なるほどね」

 

女は白を基調としたドレス甲冑のようなものを纏っていた。ノースリーブの膝下まであるワンピースのドレスに、腕と足、そして頭に金属製の防具を身に付け、腰から両サイドに金属プレートを吊るしている。どう見ても戦闘服だ。

 

銀髪の女は、その場で重さを感じさせずに跳び上がった。そして、天頂に輝く月を背後にくるりと一回転すると、その背中から銀色に光り輝く一対の翼を広げた。

バサァと音を立てて広がったそれは、銀光だけで出来た魔法の翼のようだ。背後に月を背負い、煌く銀髪を風に流すその姿は神秘的で神々しく、この世のものとは思えない美しさと魅力を放っていた。

だが、惜しむらくはその瞳だ。彼女の纏う全てが美しく輝いているにも関わらず、その瞳だけが氷の如き冷たさを放っていた。その冷たさは相手を嫌悪するが故のものではない。ただただ、ひたすらに無感情で機械的。人形のような瞳だった。

 

銀色の女は、愛子を抱きしめ鋭い眼光を飛ばすハジメを見返しながら、おもむろに両手を左右へ水平に伸ばした。

 

すると、ガントレットが一瞬輝き、次の瞬間には、その両手に白い鍔なしの大剣が握られていた。銀色の魔力光を纏った二メートル近い大剣を、重さを感じさずに振り払った銀色の女は、やはり感情を感じさせない声音でハジメに告げる。

 

「ノイントと申します。〝神の使徒〟として、主の盤上より不要な駒を排除します」

 

ノイントから噴き出した銀色の魔力が周囲の空間を軋ませる。大瀑布の水圧を受けたかのような絶大なプレッシャーがハジメと愛子に襲いかかった。

 

愛子は、必死に歯を食いしばって耐えようとするものの、表情は青を通り越して白くなり、体の震えは大きくなる。「もうダメだ」と意識を喪失する寸前、愛子を紅い結界が包み込んだ。愛子を守るように囲う紅い立方体は、ノイントの放つ銀のプレッシャーの一切を寄せ付けなかった。

 

立方体型の結界はそのまま空中に留まり、愛子もそこに閉じ込められた。

 

「愛ちゃん、それビックバンでも壊れない丈夫な結界だからそこでちょっと待っててね」

 

ステラはそう告げてノイントに笑みを向ける。

 

「にゃは♪」

 

ステラは笑みを浮かべたまま、ノイントに一瞬で距離を詰めて殴り飛ばす。

ノイントは吹き飛び、山に衝突してクレーターを作る。

 

「…マジのバケモンかよ」

 

「あれじゃまだ死んでないから。あとは任せたよ」

 

ステラはそう言い残し、ハジメの背後に回る。振り返ると、既にステラも愛子もいなかった。

 

「クソっ!押し付けられた!!」

 

 

 

 

ステラは再び愛子を抱き、街中を歩いていた。

 

「あ、あの、もう降ろして下さい!」

 

「何言ってるのさ、今この状況で一番安全なのはステラの腕の中だよ?愛ちゃんには怪我一つでも負ってもらっちゃ嫌なんだから」

 

既に王都を囲い守っていた三重の結界は全て破れていて、人々は家から飛び出しては砕け散った大結界の残滓を呆然と眺め、そんな彼等に警邏隊の者達が「家から出るな!」と怒声を上げながら駆け回っている。決断の早い人間は、既に最小限の荷物だけ持って王都からの脱出を試みており、また王宮内に避難しようとかなりの数の住人達が門前に集まって中に入れろ! と叫んでいた。

 

夜も遅い時間であることから、まだこの程度の騒ぎで済んでいるが、もうしばらくすれば暴徒と化す人々が出てもおかしくないだろう。王宮側もしばらくは都内の混乱には対処できないはずなので尚更だ。なにせ、今、一番混乱しているのは王宮なのだ。全くもって青天の霹靂とはこの事で、目が覚めたら喉元に剣を突きつけられたような状態だ。無理もないだろう。

 

大地を鳴動させながら魔人族の戦士達と神代魔法により生み出された魔物達が大挙して押し寄せた。残る守りは、王都を囲む石の外壁だけ。それだけでも相当な強度を誇る防壁ではあるが……長く持つと考えるのは楽観が過ぎるだろう。

 

外壁を粉砕すべく、魔人族が複数人で上級魔法を組み上げる。魔物も固有魔法で炎や雷、氷や土の礫を放ち、体長四メートルはありそうなサイクロプスモドキがメイスを振りかぶって外壁を削りにかかる。

 

別の場所でも、体長五メートルはありそうなイノシシ型の魔物が、風を纏いながら猛烈な勢いで外壁に突進し、その度に地震かと思うような衝撃を撒き散らして外壁を崩していく。更に、上空には灰竜や黒鷲のような飛行型の魔物が飛び交い、外壁を無視して王都内へと侵入を果たした。

 

外壁上部や中程に詰めていた王国の兵士達が必死に応戦しているが、全く想定していなかった大軍相手では、その迎撃も酷く頼りない。突進してくる鋼鉄列車にエアガンで反撃しているようなものだ。

 

 

ステラは上空へ飛び上がると、城下町にある大きな時計塔の天辺からどうしたものかと眺めている金髪の幼女、ウサ耳の少女、黒髪金目の女性を発見する。

 

「三人とも、戦う人ってことでいいんだよね?」

 

「「「っ!?」」」

 

ステラは愛子を抱えたまま一瞬で三人のもとへ移動し声をかけた。

 

「誰じゃ?お主…そっちはご主人様の先生殿ではないか」

 

「わっ、スゴい綺麗な人です。ユエさんのお母様とかですか?」

 

「…シア、黙る。こんな母親いない」

 

言わずもがな、ハジメの仲間のユエ、シア、ティオである。

 

「にゃははは、無視するならやっちゃってもいいよね?」

 

城壁の外を見えるくらい上空まで飛び上がり、全体を見渡す。

 

「愛ちゃん、見ない方がいいよ」

 

ステラはそう言いながら愛子の顔を胸に埋める。

下から嫉妬の視線を感じるがステラは貧乳派である。故にその嫉妬を理解することは恐らくないだろう。

 

「っ――!――っ!!」

 

「にゃはは、くすぐったいよ。

六面圧縮結界展開!」

 

ステラは左腕で愛子を抱きしめながら右手を開いて前に突き出す。城壁の外に一辺5mほどの立方体型の結界が大量発生。

それは魔物の侵攻を抑えるのではなく集める。

 

「圧縮!」

 

前に出した手を握ると、結界の六面から圧力が発生。地上にいた魔物達のほとんどがグシャッと高さ2mほどのサイコロ状の塊になる。

 

その光景を見ていた三人と上空にいた魔物、魔人族が目を見開いて固まる。

 

「っ――っぷはっ!窒息するかと思いました!っってなんですかアレ!?」

 

城壁の周囲にばらまかれた赤黒い立方体達に愛子も驚く。

 

「にゃはは、残党狩りの前に愛ちゃんの生徒達を探そっか。三人は残りを先にお願いねー!」

 

返事を聞かず、ステラは白い右目を見開きながら立ち去って行く。

 

 


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