ありふれた神様転生の神様の前世の魔王様は異世界に放り込まれる 作:那由多 ユラ
どうやら、先の魔法陣は転移させるものだったらしい。巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。
橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。皆ははその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。
それを確認したメルドが、険しい表情をしながら指示を飛ばした。
「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」
雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。
しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現したからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が現れた。
その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。
――まさか……ベヒモス……なのか。
さらに階段側からも魔法陣が発生。その魔法陣は一メートル位と小さいのだが、その数がおびただしい。
小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物、トラウムソルジャーが溢れるように出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けているようだ。
「なんか、無双ゲームを思い出すような演出だね。爽快感は無さそうだけど」
約一名、気の抜けるようなことを言っているがそれに耳を貸すものはいない。
十メートル級の魔法陣からは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現したからだ。もっとも近い既存の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。ただし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているという付加要素が付くが……
メルドが呟いたベヒモスという魔物は、大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。
「グルァァァァァアアアアア!!」
「ッ!?」
その咆哮で正気に戻ったのか、メルド団長が矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」
「待って下さい、メルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も…」
「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! ヤツは六十五階層の魔物。かつて、『最強』と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ!さっさと行け!私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」
へぇ、最強が、ねぇ。
メルドの鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる光輝。
どうにか撤退させようと、再度メルドが光輝に話そうとした瞬間、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員轢殺してしまうだろう。
そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。
「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、
「いいよぉ、引っ込んでて。最強があの程度に負けるわけにはいかないでしょ」――おい希依!下がれ!」
角に炎を灯して突進してくるベヒモスに対して希依は両手をポケットにいれ、ベヒモスを待ち構える。
「さてどうしようか。スピード系じゃパワー不足であの巨体の運動エネルギーを処理しきれないし、パワー系じゃ橋を壊しかねないし…」
希依が呟きながら考え事をしていると既にベヒモスも目と鼻の先。
「ちょっと待って。今考えてるから」
そう言いながら希依は左手でベヒモスの鼻を抑えて突進を止める。
生徒たちや騎士団は、表情が無いはずのトラウムソルジャーやベヒモスも「えっ?」といった表情を浮かべているのを幻視する。
その隙も一瞬で、トラウムソルジャーは剣を振るい、ベヒモスは数歩下がって角に炎を灯す。
ちょ、あっちの方がやばくない!?
希依はベヒモスの頭をかかと落としでめり込ませて生徒たちに襲いかかるトラウムソルジャーに飛びかかる。
そのとき、かかと落としと跳躍で石橋に巨大なヒビが入るが、それを気にするものはこの場にいない。
希依はトラウムソルジャーの剣を握力で握りつぶし、背骨を蹴り砕いて次々と戦闘不能にしていく。
希依の無双により余裕の出来た生徒たちはメルドの指示を無視し、光輝の指揮でベヒモスに魔法を放って攻撃し、近接戦に特化した生徒は残ったトラウムソルジャーを倒しにかかる。
魔法攻撃により、ベヒモスにはほとんどダメージが入らないが橋には存分にダメージが入り、ベヒモスは頭が抜けると突進を始める。
ベヒモスのドシドシといった足音に気がつくと生徒たちは魔法攻撃をやめて後退していく。唯一後退するどころか前に出たのは、
南雲ハジメだった。
「錬成!」
彼は錬成を使い、橋に巨大な壁を作るもベヒモスは足を止めることなく壁を粉砕する。
「錬成!錬成!錬成!錬成!」
今度は地面を一時的に柔らかくし、足がめり込んだタイミングで硬質化させる。
それを何度も繰り返し、ベヒモスはハジメと1mもない距離で制止する。
ハジメはすぐさま走り、メルド達がいる場所へと下がろうとする
それとほぼ同タイミングでトラウムソルジャーを殲滅し終え、生徒たちはメルドの指示でハジメがある程度ベヒモスと離れた頃に魔法の総攻撃を始めた。
ハジメは走る。
そんななか、希依は攻撃には参加せず、前の方にいるとある男子生徒のもとへ行こうとするが他の生徒が邪魔でなかなか行けないでいる。
その男子生徒が、歪んだ笑みを浮かべているのに気がついたのは希依だけだった。
夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。
いける!と確信し、転ばないよう注意しながら頭を下げて全力で走るハジメ。すぐ頭上を致死性の魔法が次々と通っていく感覚は正直生きた心地がしないが、チート集団がそんなミスをするはずないと信じて駆ける。ベヒモスとの距離は既に三十メートルは広がった。
思わず、頬が緩む。
しかし、その直後、ハジメの表情は凍りついた。
無数に飛び交う魔法の中で、一つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げたのだ。
……ハジメの方に向かって。
明らかにハジメを狙い誘導されたものだった。
「ごめん!遅かった!」
そう希依が叫ぶ声が、ハジメには、ハジメだけには届いていた。
疑問や困惑、驚愕が一瞬で脳内を駆け巡り、ハジメは愕然とする。
咄嗟に踏ん張り、止まろうと地を滑るハジメの眼前に、その火球は突き刺さった。着弾の衝撃波をモロに浴び、来た道を引き返すように吹き飛ぶ。直撃は避けたし、内臓などへのダメージもないが、三半規管をやられ平衡感覚が狂ってしまった。
フラフラしながら少しでも前に進もうと立ち上がるが……
ベヒモスも、いつまでも一方的にやられっぱなしではなかった。ハジメが立ち上がった直後、背後で咆哮が鳴り響く。思わず振り返ると三度目の赤熱化をしたベヒモスの眼光がしっかりハジメを捉えていた。
そして、赤熱化した頭部を盾のようにかざしながらハジメに向かって突進する。
フラつく頭、霞む視界、迫り来るベヒモス、遠くで焦りの表情を浮かべ悲鳴と怒号を上げるクラスメイト達。
ハジメは、なけなしの力を振り絞り、必死にその場を飛び退いた。直後、怒りの全てを集束したような激烈な衝撃が橋全体を襲った。ベヒモスの攻撃で橋は限界を迎える。着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走り、メキメキと橋が悲鳴を上げる。
そして遂に……橋が崩壊を始めた。
度重なる強大な攻撃にさらされ続けた石造りの橋は、遂に耐久限度を超えたのだ。
「グウァアアア!?」
悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヒモスの断末魔が木霊する。
ハジメもなんとか脱出しようと這いずるが、しがみつく場所も次々と崩壊していく。
ああ、ダメだ……
そう思いながら対岸のクラスメイト達の方へ視線を向けると、香織が飛び出そうとして雫や光輝に羽交い締めにされているのが見えた。他のクラスメイトは青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしている。メルド達騎士団の面々も悔しそうな表情でハジメを見ている。しかし、希依だけはなにかを察し安心したような、優しい笑みを浮かべていた。
ハジメの足場も完全に崩壊し、ハジメは仰向けになりながら奈落へと落ちていく。徐々に小さくなる光に手を伸ばしながら……