ありふれた神様転生の神様の前世の魔王様は異世界に放り込まれる   作:那由多 ユラ

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第7話

響き渡り消えゆくベヒモスの断末魔。ガラガラと騒音を立てながら崩れ落ちてゆく石橋。

 

そして、瓦礫と共に奈落へと吸い込まれるように消えてゆくハジメ。

 

その光景を、まるでスローモーションのように緩やかになった時間の中で、ただ見ていることしかできない香織は自分に絶望する。

 

どこか遠くで聞こえていた悲鳴が、実は自分のものだと気がついた香織は、急速に戻ってきた正常な感覚に顔を顰めた。

 

「離して!南雲くんの所に行かないと!約束したのに!私がぁ、私が守るって!離してぇ!」

 

飛び出そうとする香織を雫と光輝が必死に羽交い締めにするが、二人を希依が離し、香織の正面にわたって首筋をトンと、優しく人差し指でつくと力が抜けたように座り込みそうになるのを希依に支えられる。

 

どういう原理か分からない雫は驚き、光輝はキッと希依を睨みつけ、殴りかかろうとするが雫に抑えられる。

 

この時と希依は香織を支えながら微笑んでいた。

 

「なんで、そんな顔して、られるの!?南雲くんが、南雲くんがぁ」

 

香織は泣き、力の入らない身体で必死に希依に爪を立てたりしながら抵抗する。

 

希依は娘をあやすように背を撫でて耳元に囁きかける。

 

「大丈夫。彼は大丈夫だから。後で全部説明してあげるから、今は休みなさい」

 

まるで母親のような、優しい声を聞いた香織は希依に頭を預けて眠りにつく。

 

「ほら、帰るよ。こんな時に勇者のカリスマ発揮しないでどうするのさ」

 

香織を姫抱きしながらの言葉に困惑しながらも光輝は応える。

 

「あ、ああ。

皆! 今は、生き残ることだけ考えるんだ! 撤退するぞ!」

 

その言葉に、クラスメイト達はノロノロと動き出す。

 

 光輝は必死に声を張り上げ、クラスメイト達に脱出を促した。メルドや騎士団員達も生徒達を鼓舞する。

 

そして全員が階段への脱出を果たした。

 

上階への階段は長かった。

 

先が暗闇で見えない程ずっと上方へ続いており、感覚では既に三十階以上、上っているはずだ。魔法による身体強化をしていても、そろそろ疲労を感じる頃である。先の戦いでのダメージもある。薄暗く長い階段はそれだけで気が滅入るものだ。

 

そろそろ小休止を挟むべきかとメルド団長が考え始めたとき、ついに上方に魔法陣が描かれた大きな壁が現れた。

 

クラスメイト達の顔に生気が戻り始める。メルド団長は扉に駆け寄り詳しく調べ始めた。フェアスコープを使うのも忘れない。

 

その結果、どうやらトラップの可能性はなさそうであることがわかった。魔法陣に刻まれた式は、目の前の壁を動かすためのもののようだ。

 

メルドは魔法陣に刻まれた式通りに一言の詠唱をして魔力を流し込む。すると、まるで忍者屋敷の隠し扉のように扉がクルリと回転し奥の部屋へと道を開いた。

 

扉を潜ると、そこは元の二十階層の部屋だった。

 

「帰ってきたの?」

「戻ったのか!」

「帰れた……帰れたよぉ……」

 

生徒達が次々と安堵の吐息を漏らす。中には泣き出す子やへたり込む生徒もいた。光輝達ですら壁にもたれかかり今にも座り込んでしまいそうだ。

 

しかし、ここはまだ迷宮の中。低レベルとは言え、いつどこから魔物が現れるかわからない。完全に緊張の糸が切れてしまう前に、迷宮からの脱出を果たさなければならない。

 

メルドは休ませてやりたいという気持ちを抑え、心を鬼にして生徒達を立ち上がらせた。

 

「お前達!座り込むな!ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ!魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する!ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」

 

少しくらい休ませてくれよ、という生徒達の無言の訴えをギンッと目を吊り上げて封殺する。

 

渋々、フラフラしながら立ち上がる生徒達。光輝が疲れを隠して率先して先をゆく。道中の敵を、騎士団員達が中心となって最小限だけ倒しながら一気に地上へ向けて突き進んだ。

 

そして遂に、一階の正面門となんだか懐かしい気さえする受付が見えた。迷宮に入って一日も立っていないはずなのに、ここを通ったのがもう随分昔のような気がしているのは、きっと少数ではないだろう。

 

今度こそ本当に安堵の表情で外に出て行く生徒達。正面門の広場で大の字になって倒れ込む生徒もいる。一様に生き残ったことを喜び合っているようだ。

 

 

 

 

 

ホルアドの町に戻った一行は何かする元気もなく宿屋の部屋に入った。幾人かの生徒は生徒同士で話し合ったりしているようだが、ほとんどの生徒は真っ直ぐベッドにダイブし、そのまま深い眠りに落ちた。

 

 

希依は香織を、雫と香織の部屋に運び、雫と一緒に香織の看病をしていた。

 

「ねぇ、喜多さん。香織は、大丈夫なのかしら」

 

「ん、大丈夫だよ。一気に疲れがなだれ込んだあと一気に回復するツボをついたからね。起きたらきっとものっそい元気になってるんじゃないかな」

 

「そんなツボ、聞いたことないのだけど」

 

「まぁうそだからね」

 

「ちょっと!?」

 

「ただ力が抜けるように撫でてあげただけだよ。命に別状はない」

 

「いつ、目覚めるかしらね」

 

「早ければ2~3日、遅ければ一生かな。例えそんなことないとしても、想い人が死ぬ所を見ちゃったら精神的ショックは凄まじいと思う。香織ちゃんのヤンデレ予備軍っぷりを見るにね」

 

「そんな…」

 

希依の診断に涙を流す雫。

 

「でもこれさえあればだいじょーぶ」

 

「へ?」

 

泣き顔を隠すために顔を伏せた雫は希依の言葉に顔を上げる。

 

希依の手には血のように赤い液体の入った瓶が握られていた。

 

「そ、それは何なのかしら?」

 

目を赤くしながら雫は希依に尋ねる。

 

「無病息災、欠陥修復、商売繁盛、金運上昇、恋愛成就、安産、学業成就、その他色々な効果のある星神印の万能薬だよ」

 

希依は液体の効能を話しながら一滴、香織の口に垂らす。

 

「ちょっ、大丈夫なのそれ!?」

 

「んっ、んん、…あれ、雫ちゃん?それに、…喜多さん」

 

薬を飲ませて数秒後、香織は何事もなく目を覚ました。

 

「おはよう、香織ちゃん。といってももう夕方だけどね」

 

「……南雲くんは」

 

「ッ、それは」

 

苦しげな表情でどう伝えるべきか悩む雫。

 

そんなこと知ったことかとばかりに希依は微笑みながら現実を告げた。

 

「落ちたよ。奈落の底に、ベヒモスの死体と一緒に」

 

「ちょっとあなたねぇ!」

 

「まぁ落ち着いてよ雫ちゃん。物語シリーズの愛読者としては何かいい事でもあったのかい?とでも言いたくなるよ」

希依はそう言いながら部屋の鍵を閉めた。

それからすぐのこと、ドンドンというノックと天之河光輝の「香織!香織は!」という大声が聞こえてきた。

 

激昂する雫とは違い、香織は冷静に、泣きそうになりながらも涙を流さずに希依にあの時のことを聞く。

 

「説明してくれるって、言ったよね。話して、くれるんだよね?あの時あなたが笑ってた理由」

 

「まぁ、うん、そうだね。じゃあ順序だてて、遠回りに夕飯までの暇つぶしになるように話していくよ。

 

香織ちゃん、雫ちゃん。主人公って、どんな人だと思う?」

 

「主人公、光輝みたいな勇者とかかしら」

 

「うん、私も雫ちゃんと同じ、かな。勇者みたいな人」

 

「検討はずれで的外れ。

主人公っていうのはね、必ずしも勇者を示す言葉じゃあないんだよ。

最強の冒険者でも、異世界から召喚された勇者でもない。

どんな相手でも、最終的に勝つ。負けて終わるなんて許されない存在。それが主人公なんだよ。

ま、これも少なからず例外はあるんだけどね」

 

「それが、なんだっていうの?南雲くんとなにか関係あるの?」

 

「察しが悪いね、香織ちゃん。雫ちゃんは分かった?」

 

「南雲くんが、主人公ってこと?」

 

「雫ちゃんだいせいかーい。そう、彼こそが主人公だよ。

ま、これに気がついたのはあのー、あれ、檜山って言ったっけ?あのクズの魔法を喰らった直後くらいだったんだけどね。

南雲ハジメくんのそれはまさしく主人公だけが持つ不幸体質っていうか、巻き込まれ体質っていうか。

あの時まで気が付かなかったのはもしかしたら勇者、天之河光輝の方だったかもしれないからだね」

 

「…南雲くんが主人公っていうのはなんとなくわかったよ。小説みたいで納得はいかないけど、とりあえずそれは置いとく。

でも喜多さん「あ、希依ちゃんって呼んでいいよ」…喜多さん、「希依ちゃんって呼んで」…喜多、さん「希依ちゃんと呼びなさい」……希依ちゃん、なんであの時南雲くんを助けてくれなかったの?あんなに強いならベヒモスを倒すことだって出来たでしょ?」

 

「香織ちゃん、私は弱い子と可愛い子の味方につくって決めてるんだよ。いちいち善だの悪だの考えてどっちに着くか考えてたらキリがないからね」

 

「それならどうして!」

 

「弱い子が強くなるチャンスを潰すほど、私はクズでは無いつもりだよ。

私は彼が誰よりも強くなって迷宮から出てくると確信している」

 

「「確信?」」

 

「麦わら帽子の海賊、モンキー・D・ルフィのようにはるかに格上の脅威を退け、

吸血鬼もどきの人間、阿良々木暦のように死につづけながらも立ち向かい、

地球育ちのサイヤ人、孫悟空のように死の淵からよみがえり、

美食四天王、トリコのように喰らうもの全てを力に変え、

英雄に憧れる少年、ベル・クラネルのように規格外な成長速度とステータスを持って、

黒の剣士、キリトのように可愛らしい女の子達を仲間にし、

快楽主義の問題児、逆廻十六夜のように逸脱した力をつけ、

妖怪と人間のクォーター、奴良リクオのように魑魅魍魎をつき従え、

楽園の素敵な巫女、博麗霊夢のように容赦なく、

腐り目のひねくれ者、比企谷八幡のように小悪党で、

レベル0の無能力者、上条当麻のようにバランスブレイカーな主人公となって迷宮から這い上がり、いつか姿を現すと私は確信している。

 

神、ステラ・スカーレットとして保証するよ」

 

「「……」」

 

「喋ってたらお腹すいたね。外の屋台でガッツリしたものでも食べ歩きに行こっか」

 

ほっとしたような、不安が残るような顔をした二人を連れて希依は外に繰り出そうとドアを開けると、ドアの目の前にいたのか勇者と脳筋がドアに頭を打ち気絶していた。

 

が、三人は起こすと面倒なことになるのを察して見なかったことにした。というか起こす気力が雫、香織にはそもそもなかった。

 

 

 

 

 




わかる人はわかるでしょうけどユラさんは天之河光輝みたいな人がリアル、二次元問わず大っ嫌いです。

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