実力派エリート、迅の予知。
未来から来た“最後のボーダー”、ソフィアの予言。
そして、先の大規模侵攻での捕虜、エネドラからの聴取。
それらから裏付けを取った結果、近いうちに再び近界民が侵入してくる可能性が濃厚となり、開かれる事となったのが、この緊急防衛対策会議だ。
しかし、それを始める前に疑問の声が上がる。
「すいません、忍田本部長。本題に入る前に、質問があります」
「どうした、三輪?」
「東さんは例外として、何故この場にB級部隊の隊長が居るのでしょうか」
それは、事情を知らない三輪にとってはどうしても聞いておかなければならない事だった。
かつてA級1位部隊を率い、今は後進の育成に当たるためB級部隊の一隊長となってはいるが、実質的にボーダーの幹部候補である東は例外として、噂になってはいても、ただのB級部隊……それも、今期に加わったばかりの新部隊を率いる新人隊長でしかないソフィアが、何故この場にいるのか、という事だ。
「わたしの事かしら?」
「……そうです」
図々しくも近界民を使っている玉狛のメガネならばともかく、三輪は別にソフィアの事を嫌っているわけではないし、むしろ尊敬に値すると思ってはいる。
しかしそれとこれは話が別なのだ。
「まあ俺も気になるな。なぁ、太刀川?」
「そうだな、冬島さん。ソフィアさんは確かにめちゃくちゃ強いけど、だからと言ってこういう会議に出席する理由にはならないだろ」
「俺たちがごちゃごちゃ言っていても仕方がない。忍田本部長、説明をお願いします」
そしてその疑問は当然、太刀川や冬島、嵐山や風間といった他の隊長たちも持っている。
故に、忍田は軽く頷き、口を開いた。
「軽々しく口外しないで欲しいが、彼女……ソフィアは四年後に起きる大規模侵攻によって、ボーダーと三門市がアフトクラトルの軍勢に壊滅させられた未来から来た。当然、これから先何が起こるかも知っているし、その中には今回の議題の主役である近界民の国、“ガロプラ”の情報も含まれる。故にこうして出席してもらった」
「「……は?」」
しかし、忍田の口から飛び出したとんでもない言葉に彼らは揃って呆けた。
平然としているのは、既に事情を聞いていた東と迅、そして城戸司令や本部長補佐の沢村ぐらいである。
ちなみに東は先程ソフィアの車椅子を押している最中にサラッと告げられた。
しばし呆けた後、彼らなりに情報を咀嚼する。
そして──。
「冗談……では、無さそうですね」
「当然だ。信じられないのも無理はないがな」
「……では、彼女が未来から来たという証拠は?」
「…………」
「忍田さん」
当然、そんな現実離れした話を聞かされて、はいそうですか、と素直に頷くA級隊長たちではない。特に風間。
太刀川あたりは「へぇ、そうなのかー」と師である忍田の言葉を鵜呑みにしているが。
そんな夢物語をはっきりと言い切るからには、証拠があるのだろうな、と風間が忍田を問い詰める。
しかし、何故か忍田は顔を渋くするばかりで、何も答えない。
忍田だけではなく、迅や沢村、そして東も同様に沈んだ表情を浮かべて口を噤んでいる。
そんな彼らを見かねたのか、城戸司令が口を開く。
「彼女の肉体は近界民のものだと思われる未知の技術によって改造されている。常人では歩く事もままならないどころか、とっくに死んでいる程のものをな。しかし、近界民に攫われた人間がこちらに戻ってきたという事実は一切確認されていない。加えて、彼女に使われている技術は信じられない程に高度なものだ。それでは不足かね? 彼女が車椅子に乗っているのも、そういった事情を考慮してこちらで用意したからだ」
「「な……」」
「城戸さんッ!! あなたは……!!」
「落ち着いて、忍田さん。別にわたしは平気よ。だって事実だもの。いずれ分かる事だしね」
「ソフィア……しかし……いや、取り乱してすまない……」
当然、ボーダーのトップである城戸司令はソフィアの身体の事も把握している。
しかし、あまりにも残酷な事を平然とした表情で暴露する彼に、忍田が怒りを露わにした。
が、他でもないソフィア本人に宥められた事により、それを鎮める。
「……分かりました。アンデルセン隊長、申し訳ありません。知らなかったとはいえ、俺はなんて事を……」
「気にしなくていいわ、秀次くん。風間くんたちも、いいわね。納得頂けたなら、本題に入りましょう?」
「「……ああ」」
ニッコリと笑顔を浮かべて語るソフィアを、痛ましげに見つめる忍田だったが、気持ちを切り替えてリクエスト通り本題に入る事にした。
そして──。
「……先日の大規模侵攻で捕らえた元黒トリガー使い、エネドラから聴取を続けた結果、アフトクラトルの従属国の軌道が二つ、こちら側に接近しているという事がわかった。迅のサイドエフェクトも同様に侵攻を予知しており、ソフィアからもこの時期に近界民の侵攻を受ける、という知らせを受けている」
「さすがに三つも情報が重なれば間違ってるなんて事は無いでしょ。この実力派エリートが言うんだから間違いない」
「従属国というだけあって、アフトクラトル程大っぴらには攻めて来ないけど、その目標が厄介よ。もちろん、わたしの記憶とは異なる可能性もあるけれど。そこは迅の予知に任せるわ」
忍田、迅、そしてソフィアの言葉を聞き、飲み込む。
たしかに、三つも証言が重なれば確信に至るには十分と言えるだろう。
「接近している二つの従属国。それぞれ、ガロプラ、ロドクルーンという名前のようだ」
「直接攻めてくるのはガロプラだけど、ロドクルーンもアフトクラトル……というかハイレインの指令を受けてガロプラにトリオン兵を貸しているから、実質二国同時に来ると思っていいわ」
「ハイレイン……先の大規模侵攻の首魁ですか?」
「そうよ。わたしの身体を改造した男でもあるわ」
「「……!」」
ソフィアの言葉を聞き、忍田の目に炎が灯る。
──四年後。必ず私の手で叩き斬る。
「アンデルセン。参考程度に聞くが、そのガロプラとやらはどれだけの戦力で来る?」
「んー……トリオン兵が400ぐらいに、人型近界民が……えっと、5、6人? 一小隊だったはずよ。ごめんなさいね、わたしにとっては四年前の事だから、細かいところはちょっと」
「構わない。参考程度と言っただろう。トリオン兵が400となると、少々骨が折れるな。こっちも数が必要になる」
「俺らが知らないようなトリオン兵も来るのか?」
「そうね。犬型と人型。共に連携を武器に数で押してくるタイプが主戦力になっているはずよ」
「ほぉー。生意気にもトリオン兵が連携か」
「敵を侮るのは厳禁だが、連携ならこっちに分がある。たしかに、先の大規模侵攻ほど大っぴらな事にはならなそうだな」
牙を研ぐ忍田はさておき、風間がソフィアに質問した事を皮切りに、隊長たちが次々に質問し、ソフィアも逐一それに答えていく。
「ところで、敵の目的はまたトリオン能力者を攫う事ですか?」
「ソフィアの言によれば、敵は我々の遠征艇を狙ってくるそうだ。が、それが外れる事も考慮する必要はあるな」
「遠征艇……! なるほど、そう来るのか……。迅、あんたはどうなんだ」
「おや、まさか三輪が俺に意見を求めるとは……って悪い悪い、睨むなよ。せっかくの機会なのに申し訳ないが、市民の皆さんにもボーダーの人にも攫われる未来は見えなかったって事ぐらいしか分かってないよ」
「ちっ、役立たずめ」
そんなこんなで、ひとまずソフィアの言葉をメインに対策を組み立てていく。
予言が外れた時に備えて、予備のプランも当然用意しておく事も忘れない。
「……今回の件にあたって、城戸司令から一つ指示がある」
忍田に話を振られた城戸司令が放った言葉。
それは、今回の迎撃作戦は可能な限り対外秘にする、というもの。
故に、作戦はB級以上の必要最低限な人員にのみ伝えられる事となる。
先日大規模侵攻があったばかりなだけに、再び近界民の侵攻がある、などと市民に知られれば色々と不利益が生じ、遠征計画にも支障が出かねないからだ。
もっとも、敵が目標を達成してしまえば一年は遠征計画が頓挫するので、意地でも防がねばならないが。
そして、ソフィアの予言を参考に、迅の未来予知をフル活用する事が決まり、会議は閉幕となった。
ガロプラが侵攻して来るまで、残り数日。
会議終了後……。
「アンデルセン隊長」
「あら、秀次くん。どうしたの? それと、ソフィアでいいわよ」
一生懸命車椅子を動かすソフィアの前に、先の会議に参加した三輪が現れた。
どうした、と聞くソフィアではあるが、三輪が暗い表情を浮かべている事から、言いたい事は予想がついている。
「……ソフィアさん、申し訳ありませんでした。会議での失言、重ね重ね謝罪します」
「あら、なんのことかしら?」
「その……どうしてあなたが会議に出席しているのか、と。本部長や司令が何も言わなかったのだから、きちんとした理由がある事は容易に察する事ができたはずなのに、俺は……」
「なんだ、そんなこと? 言ったでしょう? いずれ分かる事だし、大したことでもないわ。気にしなくていいわよ」
「……しかしっ!!」
「しかしもかかしも無いの。大体、抱いて当然の疑問だもの。同じ立場だったらわたしだって聞いてたわ」
「…………」
三輪は、知らなかったとはいえソフィアの残酷な事情を暴いてしまった事を悔いていた。
常人であれば死んでいる程に身体を改造されている、などと、自分であれば必死にひた隠し、バレたら発狂していた自信がある。
「……強いですね、ソフィアさんは。それに、あなたは俺と違って近界民そのものを恨んでいるようには見えない」
「そう? だってわたしが恨んでいるのはあくまでハイレインと、あいつの切り札でありわたしの宿敵でもあるヴィザという個人だもの。こちら側に多種多様な人間がいるように、近界民だって色んな人がいる。そのうちの一人や二人に恨みがあったって、近界民全部を恨んでも仕方ないじゃない?」
「…………そう、でしょうか」
わからない。
なぜこの人は……。
ただ姉を失っただけの自分と、全てを近界民に奪われたソフィア。
彼女の恨みは、自分とは比較にならないはずだ。
なのに何故……。
「ふふっ、あなたにもいつか分かるわ。だって、その証拠に今回はあの迅に意見を求める事ができたでしょう? 考えが凝り固まったままのあなたなら、絶対に有り得なかったはずよ」
「それは……そうなんですが……はぁ。ソフィアさんは大人ですね……」
「秀次くん。近界民全てを殺し尽くす事なんて、絶対にできないわ。やろうとしたら全面戦争になるし。そんな事になれば、この三門市はどうなると思う?」
「……!」
「守るべきものを忘れないで。それじゃあね」
「はい……お疲れ様です……」
近界民を根絶やしにしようとすれば、近界民との全面戦争になる。
それを聞いた三輪は、頭を全力でガツンと殴られた思いだった。
近界側は一国であるのに対し、ボーダーはあくまで一つの市に拠点を置く一組織でしかない。
全面戦争になれば、勝機などあるはずもないのだ。
「……ファンクラブ、入るか。影浦さんがいるのが微妙に気になるが……」
ソフィアちゃん親衛隊への加入を決めた三輪を、実力派エリートが陰からこっそり見ていた。
そして──。
「おーい、ソフィアさーん。車椅子、押してくよ?」
「あら、迅。ありがとう、お願いするわね」
「あっ、ま、待て迅!! それは俺がやる!」
直接会ったのに、ソフィアの車椅子を押すという考えに至らなかった自分を罵りつつ、ソフィアを追いかけ、迅から車椅子の押手を奪い取る三輪。
軽い口論……というより一方的に迅に突っかかる三輪をちらりと見ながら、ソフィアが微笑む。
確実に、ソフィアのファンクラブがその領域を広げていた。