「餠子ー!いないのー?」
私の名を呼ぶ声で私は目覚めた。おそらくてゐの声だろう。畳の上で熟睡してた私の頬には畳の跡が付いていて赤くなっている。
「なぁ〜にぃ?昼寝で忙しいんだけど〜?」
「昼寝は忙しくやるもんじゃないよこのぐうたらウサ公。お師匠様が呼んでるよ。早く言ったほうがいいんじゃない?」
永琳様からの呼び出し……ま、まさか実験台!?
私は立ち上がり、彼女の元へとむかう。
それにしても、ああ…ついに実験うさぎデビューか…鈴仙と違って玉兎ではない自分の体は耐えられるのだろうか。
そんな考えを頭の中でぐるぐると巡らせていると、永琳様の部屋の前へと到着した。
襖を開いて中を覗く。永琳は何やら書類を読んでいたようだが、こちらに気づいて振り向いた。
「遅い」
「す、すみません……あの、用件は……」
「配達よ配達。鈴仙でポジティブになる薬を実験してたら、以前飲ませた薬と相性悪かったみたいで逆に超ネガティブになっちゃったの。そんですぐ首を吊ろうとするようになったから治るまで縛ってんのよ」
何やってるんだこの人達は……
「わかりました。それで、配達先は?」
「霧雨魔理沙って知ってる?」
「き、霧雨魔理沙…一応知ってます…」
こないだ追いかけてきた魔法使い……身包みを剥ぐというのが嘘と分かったものの、逃げたから追ってくるという人物は普通に怖い。
しかし、永琳様には住まわさせて頂いてる身……断ることはできない。
「わかりました……」
「これが大体の地図ね」
* * * * * * * * * *
魔法の森の上空、地図に記されている霧雨魔理沙の家の大体の位置までやってきた。目を凝らしてよく探してみると、割と遠くの方に何か黒く光るものが見える。
「あれかな…?」
ふと、真下を見ると森の中の木の開けた場所にポツンと家があるのを見つけた。もう一度さっきの光の方を見ると、すでに何もなかった。
気のせいだろう、と結論づけた私はそこへ向かって降下していき、玄関の前へと降り立った。
「ここか…」
茶色い屋根のこじんまりとした二階建て。“魔法使いの家”と聞くとおどろおどろしい古びた洋館を思い浮かべそうだが、そんなことはなく、むしろ庭も多少の手入れを施された清潔感のある家だ。ドアの上に“霧雨魔法店”と書かれた看板が取り付けられている。
私はとりあえずドアをノックしてみた…が、家主がいる気配がしない。
「何してんだ?」
突然話しかけられ、ビクゥッ!っと体が跳ね上がる。恐る恐る振り返ると、黒白の服に金髪の少女がいた。
彼女もこちらが誰か気づいたようで、“あっ!”とでも良いそうな表情をしている。
「お前は…」
「お、お久しぶりです…」
「マツコ!!」
「違います!餅子です!」
デラックスな名前に間違われ、私は大きな声でツッコミを入れた。
「ああ、そうかすまんすまん。で、何しにきたんだ?」
用件を伝え、配達物を渡す。すると、魔理沙は帽子をゴソゴソと漁りだし、何かを取り出した。
「ほら、代金。これでちょうどだろ?」
「な、なんですと……!!」
「どうした?」
驚愕した。この人、きちんと代金を払っている…絶対に払わないだろうと思っていた私は度肝を抜かれ、目を見開き言葉を失った。
「なんだよそこまで驚くほどの事か?代金くらい払うわよ普通に」
「……意外です」
「意外って失礼だな」
* * * * * * * * * *
家の中に入ると彼女はお茶を出してくれた。私は椅子に座ってお茶を啜りながら家の中を見回す。どこかの図書館で見たような本が積み上げられ、並べてある瓶の中には多種多様なキノコが丁寧に保管されていた。また、何らかの実験か何かに使ったのか色々な器具が散らかっていた。
「外の方が綺麗ですね」
「あっはっはっ、言ってくれるなぁ」
私が軽くからかうと魔理沙さんはケラケラと笑いながらお茶を啜った。
思ったより器が大きそうだ。
「ところで何買ったんですか?」
「ん?ああ、これだよこれ」
さっき私が渡した紙袋の中をあさり、こちらに見せて軽くフルフルと揺らす。それは小瓶で、中には淡い碧色の粘性の高い液体がゆらゆらしている。
「なんですかそれ?」
「ああ、私の魔法は森の化け茸がベースになっててさ、新しい魔法(っぽいもの)を開発するにより純度の高いものが必要なんだけど、私の技術じゃ超高純度になるまで抽出するには限界があるからお前の所の永琳サマに依頼してるんだ」
「へぇ〜、それにしてもキノコがベースの魔法って珍しいですね」
「私は“魔法を使う人間”って意味での魔法使いだからな、他の“種族としての魔法使い”の奴らの様にゼロからエネルギーを生み出すのはまだまだ難しいのよ。あと、私自身が熱を放つ魔法が苦手ってのもあるけどな」
この人と喋ってると意外な発見が多い。男勝りかと思えば女性らしい所も所々見られるし、才能で蹴散らすタイプに見えて彼女の発言やこの部屋の散らかり方にも実験に次ぐ実験を繰り返したのが感じられ、彼女が努力して今の様になってると言うことがわかる。もしかしたら将来、種族としての魔女へと昇華する日が来るのかもしれない。
「あ、そうだ!お前ウサギだろ?ちょっと手伝ってくれないか?」
「え?まあ、いいですよ。内容次第ですけど」
「なーに、一緒に探し物してくれるだけで良いんだ。竹林のウサギって確か幸せを分け与えるんだろ?」
「それはてゐだけですよ。私の能力は竹を司る程度の能力です。あんなにいるウサギがみんながその能力だったら幸福の概念が崩れちゃいますよ」
「なーんだそうなのかぁ……チェッ、せっかく“黒く光るキノコ”とやらを探すのに役に立つと思ったんだなぁ…」
「黒く光る…?
あ、それっぽい物ここに来るときに見たような気がします」
「え?」
魔理沙は一瞬きょとんとすると、目をキラキラさせ興奮した様に鼻息をフンフンと鳴らした。
「本当か!?な、なぁ!そこに案内してくれないか!?」
「い、いいですよ」
「やっぱり幸運のウサギじゃないか、あの憎たらしいチビウサギ追い出してお前が代わりになればいいんじゃないか?」