深紅の狙撃手《クリムゾン・スナイパー》   作:伊藤 薫

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 トールヴァルトは工事業者が使う物置代わりの小屋にいた。砲撃で穴が開いた壁から、双眼鏡でヘルマゴールの西に広がる市街地を覗いている。

 近くの果樹園では兵士たちが塹壕を堀ったり、土嚢を積んだりしている。その前方を戦闘配置の兵士が砲撃で破壊された瓦礫を盾に警戒している。今度は砲撃で屋根が吹き飛ばされた家の天井に焦点を当てる。

 その背後では捕虜がタオルを口に噛まされて、呻き声を上げ続けていた。アダムの部下の1人でレスラーのような体型をした兵士が縛り上げた男の首を太い腕で締め上げている。上下の腕と肘を効かせて男の首を後ろから羽交い絞めにする。男は二度、三度と簡単に失神する。顔をひっぱたいて叩き起こし、また首を絞める。外傷を残さない非常に効果的な拷問だが、今では憲兵隊でもさすがに誰もやる者がいなくなった。

 首を絞められる方は失神の回数が重なるたびに死の恐怖がつのっていく。捕虜は尋問を始めてから約1時間耐えているが、そろそろ意識も怪しくなりかけている。眼の反応も鈍くなっていた。尋問者は同じ質問を繰り返した。

「《女狐》は今日、どこにいる?誰を狙うつもりだ?」

 捕虜の顔は腫れ上がっていた。喋るのも億劫そうだった。

「そんなこと、分かるわけがない」

「なぜだ?」

 捕虜は答えなかった。尋問者がレスラーにうなずいた。レスラーがまた捕虜の首を絞める。何度目かの失神から目覚めさせられた男がしきりに首を振り始めた。額に脂汗を垂らして何か言おうとしていた。

「言うか?」尋問者は言った。

「常に移動しているんだ。どこにいるかなんて分かりっこない。10分前にこっちにいたかと思うと、今はあっちにいたって感じなんだから」

 トールヴァルトは捕虜を一瞥した。野戦服に縫い付けられた名前の刺繍を見る。

 ホフマン。昨日の昼間に哨戒中だった小隊がゼメリンク通りの近くで捕らえた。前線司令所の一室でも同じ尋問を受けた後、この小屋に連行された。

「その通りだ、ホフマン二等兵」トールヴァルトは言った。「《女狐》は狙撃手だ。狙撃手は常に場所を移動する。私も含めて狙撃手はそういう風に躾けられているんだ。そのことを承知の上で、私たちは君に聞いている。《女狐》はどこにいる?」

 ホフマンは答えなかった。その腹にレスラーの足蹴りが飛ぶ。ホフマンは血の混じった胃液を吐き出してすすり泣いた。

「君の最後の砦はどこにあるんだ、ホフマン二等兵。私はそれを崩して見せよう。まず私が狙っている《女狐》は君の上官なのか?」

「違う」

「そうか。実は奴が君の上官だろうが、そうじゃなかろうがあまり関係はない。奴のことは手に取るように分かっているつもりだ。なぜなら奴を狙撃手として躾けたのは私なのだ」

 トールヴァルトはホフマンの反応を窺う。動揺したようなそぶりは見せない。

「《女狐》のライフルはシュレスヴィヒ=マンフレートだ。タイプはM1895。先日の夜襲で使ったのはアサルトライフルだが、それは稀だ。あの時は大勢の兵士を狙撃する必要があったからだ。照準器はヘーネル社の望遠照準器だろう。あそこの照準器は性能がいいからな。シュレスヴィヒ=マンフレートとヘーネル社の望遠照準器。この組み合わせで奴の腕前なら百発百中ってとこだろう。これじゃまるで私はストーカーだ。そうは思わないか、えっ?」

 周囲にいた兵士たちが低い笑い声を上げる。トールヴァルトもにやりと笑った。笑い声がおさまると、トールヴァルトは繰り返した。

「《女狐》はどこだ?」

「わからない」

「《女狐》は何を狙っている?例えば・・・この近くには機関銃座があるんだが、あれなんかどうだろう。ここ数日ずっと敵の進撃を阻んできた」

「わからない」

「なら、教えてもらおう」

 トールヴァルトは近くにいた兵士に命じる。

「服を脱がせろ。それとライフルを持ってこい」

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